第6話 栄誉と罪過

 キィィィィッィィィン。

 風を切って船が降り立ち、滑走路に車輪が擦れる音が響く。そして着陸。

 飛んでいる時とは違って、船は何事もなく地球に降り立った。

 着地の緊張で満ちていた船内に、今度は安心感が満ちていく。

「ふう……着地と同時にドカン、なんてことは無かったな」

「そいつはねーだろ、流石に」

 そんな会話をハハハ、と笑って出来るのも、彼らが無事に地上に降り立つことが出来たからだ。

 船はその着陸時の惰性のまま滑走路をしばらく走ると、所定の位置へと移動し始める。着陸直後の船の表面は非常に熱くなっているので、これを冷ます必要があるのだった。

 ステーションにはない船の冷却施設を見て、生徒たちからどよめきが起こる。将磨たちにとって見たことのないものばかりだ。そもそも、こんなにも広い滑走路がステーションにない。あるのはここに来るときに利用した駅くらいのものである。

 すっかり表面を冷やした船は、乗降場所へと移動を始めた。

 達治の話によるとこの施設は、もともと空港だった場所を再利用しているらしい。そのため設備は未だ旧式のものが大半を占めており、現在では逆に貴重な代物になっているらしい。―――といっても将磨には空港そのものがどんなものか、よくわかっていないのだが。

 そんな話をしているうちに、船は所定の位置に停船した。窓から降り口の様子を除くと、降り口からこちらの船に向けて橋がかけられている最中だった。

 その作業があらかた済むと、ポーン、という音とともに船内にアナウンスが響く。

『ただいま乗降のための作業が完了いたしました。生徒の皆さんは先生方の指示に従って移動を開始してください――――――』

 そのアナウンスを合図に先生も動き出したようだ。先頭の座席に座っていた生徒たちが先生に誘導されながら出口へと移動していく。

 そこまできて、ようやく将磨と達治は真の安堵を得たのであった。


 生徒全員が降り口から出ると、教師達はセキュリティゲートへと誘導を始めた。乗船していた生徒がEXAサイドの人間でないかを確かめるらしい。普段ならこういったこともあまり行わないらしいが、場合が場合だ。この中にまだEXAサイドの人間が残っている可能性は否めない。慎重になるのも仕方のない話だった。

 多くの生徒達はゲートへと急ぎ進む。

 そんななか、将磨と達治は後ろを振り返っていた。そこにあったのは、無人の乗降口。自分達の乗ってきた船の乗降口の、すぐ隣。

 あの12番線発の船が、到着するはずだった場所だ。

 未来に眼を輝かせる生徒達が、自分達のようにちょっと騒ぎながら、そして楽しそうに話し合っていたはずの場所だ。

 しかし……そこにあるのは沈黙だけ。 居たはずだった生徒は、地球圏に入ることもなく宇宙に散った。

「………………」

「…………………」

 救えなかった、とは言わない。言えるはずがない。そもそも救う手段もない。救えるタイミングもない。そんな状態だった。神でもなんでもない将磨と達治がどうこうできる問題ではなかったのだ。

 けれど。

 歯がゆい思いで一杯だった。もしかしたら、彼らだって助かっていたかもしれないのに。そんな思いが、将磨のなかでくすぶっている。

 対して、達治は別のことを考えていた。それは、もし12番線の彼らが助かっていたら―――自分たちが死んでいたかもしれないという可能性だ。彼らの乗った船が爆発したからこそ、達治たちは危機感を抱けた。そしてすぐに、船内の爆弾を処理できた。

 けれど。もし彼らが順当に爆弾を処理できていたら?

 自分と将磨はきちんとあの爆弾の危険性を理解して、迅速に行動できただろうか?

 何故自分達は生き残れたのだろう。何故彼らは死ななければならなかったのだろう……そんな問いが、二人に重くのし掛かる。

 単に偶然だったのだ、彼らは不運だったのだ―――そう言うのは容易い。だが、言葉でそう言う事が出来ても、心はそんなに簡単ではない。いや、むしろ―――たかだかそんな「偶然」や「運」で生死が別たれたことが、ここに居ない「彼ら」への罪悪感を募らせる。

 賑やかに立ち去る他の生徒たちの中も、そう思っている者はいるはずだ。ただ声に出せないだけで。

 ここに着くまでにやたらと喋りまくっていた彼らもまた、悲壮感や罪悪感に押し潰されないために、空虚な言葉を並べて騒いでいるだけなのだ。

 生徒たちは誘導されるまま、スムーズにゲートを通り抜けていく。

 その度に、彼らと乗降口の距離は開いていく。

「……行こう。そろそろ俺たちの番だ」

「ああ……そうだな」

 気まずい思いを胸に、二人はゲートに向かった。

 だが。

 異変はそこで起こった。


『ビーーーッビーーーッビーーーッビーーーッ!!』


 けたたましい警報音が鳴り響く。

 ちょうど、将磨がゲートを通り抜けるタイミングで。

「——、」

 え、と言う暇さえなかった。

 一瞬の浮遊感の後、ガツン、と頭に衝撃が走る。カハッ、という声にならない声が喉の奥から漏れ、呼吸が止まった。気が付くと、将磨は地面で仰向けになっていた。

「何が……?」

 起こった、と仰向けのまま達治に訪ねようと頭を上げるが、それもすぐに地面に叩きつけられる。

「ッグ!?」

 脳がグラグラと揺れる感覚。気が遠くなるのをなんとか耐えて、眼だけで達治の方を見上げると──達治は動揺と焦燥が混じった眼でこちらを見ていた。

 そしてその達治の向こう側。自分が今しがた潜ったゲートの文字が見える。

 文字には、こう書いてあった。

 『EXA因子探知(サーチャー)』、と。


「!?」

 そのときになって、ようやく将磨は理解する。

 自分はセキュリティに引っ掛かったのだと。

 今、自分はセキュリティゲートの職員に取り押さえられているのだと。

 そして──自分が、あの爆発の容疑者にされようとしているのだと。

「ち、違う!! 何かの間違いだ!!」

「うるさい、黙れ!!」

 後ろ手に締め上げられた腕を振りほどこうともがくが、職員の力は凄まじかった。それでもなお抵抗はやめない。ここで犯人扱いされれば、一体どんな目に遭うことか。第一、爆弾を処理したのは将磨と達治だ。にもかかわらず、その事件の犯人にされてはたまったものではない。

 だが、たとえ無実であっとしても──一度容疑者とされた者が抵抗すれば、周囲からはこう見える。

『奴は逃げようとしている』、と。

 抵抗するなかで頭を上げた将磨の目に写ったのは、一緒に地球へやって来た同志の──軽蔑、畏怖、そして責め立てるような眼差しだった。

「──────」

 仮に。何かの事件の末に友を失った者がいたとして。その者が生き残ったことへの罪悪感を持っていたとしよう。

 そこに、いきなり「友を殺した」とされる男が現れたら──彼らは一体どんな反応をするだろうか。

 彼らの、その犯人への激情に、己の罪悪感も上乗せされるのではないだろうか──?

 怒りはより強い怒りに。憎しみはさらなる憎悪に結び付くのではないだろうか。

「──────」

 将磨は、そんな目線のなかにいた。憎悪、怒り、果てには殺意。視線の圧が、将磨を黙らせる。

 そして。

 とどめと言わんばかりに、将磨の首筋にバチリと衝撃が走った。

 一瞬の電撃に仰け反る。そして──将磨はそのまま床に突っ伏した。

「将磨ァ!!」

「危ないから下がっていなさい!!」

 朦朧とする意識のなか、遠くに達治の声を聴いて──将磨は完全に気を失った。

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