第5話 処理

 将磨と達治は即興の計画を立てると、すぐに邦香のカバンを持ち出して船の後部を目指した。

 船内マップによれば船の後部に脱出用のポッドがある。二人はその脱出用ポッドを利用して、この劇物を船外に捨て去ることにしたのだ。

「なあ、思ったんだがこの爆―――カバン、こんな風に動かしてもいいもんなのか?」

「安心しろ兄弟。その爆―――カバンだが、邦香さんはそいつを手で持って船に入っている。しかも船に入ってすぐに俺たちに会っているうえ、周囲の目もあるから船内でブツを組み立てた可能性は極めて低い。となると―――」

「なるほど。つまり井筒さんが持っていたような運び方である限りは安全だってことか」

「そうなるな」

 船内は未だ狂騒の空気で満ちている。各々が各々の感情を表に出して、座席を跨いで好き放題に騒ぎあっていた。そんな騒がしい座席と座席の間を、二人は急ぎ足で通り過ぎる。この状況で爆弾などと言おうものならさらに収拾がつかなくなるのは必至だったので、二人はできる限り言葉を気を付けることにしていた。

 ふと見やると、両脇で座席で騒ぐ生徒たちの中には、外で爆発した船を携帯端末で撮影している者までいる。彼らは一様に、「やべえ」だとか「すげえ」だとかただただ野次馬のように興奮していた。

「呑気なもんだ……俺たちも二の舞になるかもしれないってのに」

「人間ってのは常に自分が安全圏にいると思い込んでるフシがあるからな……。火事が起これば自分の家に燃え移るまで野次馬でいられるってわけだ……まあ、俺たちの場合は燃え移っちまった時点でアウトなわけだが」

「ああ……急ごう」

 達治の見立てによれば、この爆弾はあと10分ほどで爆発するようになっているらしい。どこを見て判断したのか将磨にはちんぷんかんぷんだったが、将磨はそれを疑おうとは思わない。というか、信じたいし信じるしかない。

 もし仮に達治の言っていることが間違っていたら。この爆弾があと1秒で破裂しようとしているんだとしたら。そんな仮定を思ってしまうだけで心が折れそうになってしまう。だから、この爆弾はあと10分で爆発する、まだ余裕はあると信じるしかない。これは信用というより、希望でしかないが―――それでも、やはり人は希望なくして動けない生き物なのだ。

 そうして二人はようやく、船の後方、脱出ポッドエリアへと続くドアの前にたどり着いた。

「……ここか」

「みたいだな」

 目の前にはテンキーのついた鍵。設定された暗証番号を入力することで開閉するタイプのものだろう。

「ナンバーキーか……達治、これなんとかできるか?」

「いや、その必要はなさそうだ。というかこれ、もう開いてるぞ」

「なんだって?」

 ナンバーキーを見ると、確かにすでにオープン状態になっている。ドアに触れると、ドアは静かに開いた。ということは、つまり。

「……なあ」

「ああ、考えることは同じってことか。邦香さんも、俺たちも」

 この宇宙空間で、爆弾を処理する方法も、爆弾を設置した宇宙船から脱出する方法も、根本的な考え方は同じ。脱出ポッドで運ぶものが爆弾であるか、それとも設置者であるかの違いくらいしかない。

 二人は、中に邦香がいるのを警戒して足音を殺す。

 ――――――と。

 二人の目の前で、置いてある脱出ポッドのうちの一つが起動した。

「!!」

 そのとき、将磨は見た。脱出ポッドの中で目を見開く茶髪の少女の姿を。彼女は将磨たちの持っているもの―――爆弾を見るや否や、慌てて脱出ポッドの起動をを強制的に終了しようとする。口封じのために。爆弾を処理させないために。

 将磨たちも同じ。彼女を発見すると同時に、脱出ポッドを操作するキーのもとに走った。彼女を引き留めるために。話を聞き出すために。

 だが、もう遅かった。


 ―――ゴシュゥゥゥッ!!

 

 半ば間抜けにも思えるような音がして、彼女の姿は、そして彼女の乗った脱出ポッドは宇宙船の外へと消えた。

「くそ!!」

 それは彼女のセリフだったのか。それとも将磨のセリフだったのか。悪態を残して、再び緊急脱出用のスペースは沈黙に包まれる。

「おい、将磨」

「…………」

「おいってば! 確かに逃したのは惜しいが、今はほかにもやることがあるだろ!」

「あ、ああ……そうだったな」

 幸いというべきか、彼女のおかげですべての脱出ポッドは軌道状態になっていた。これなら爆弾を放り込んで発射させるだけで済むだろう。早速、二人は近くのポッドを選んで、そこに爆弾を放り込む。

「射出!」

 すぐさま達治がキーを操作する。脱出ポッドのドアが閉まり、船の内壁も閉ざされた。

 そして。先ほどまで脅威であったそれは、静かに宇宙船外へと投げ出され――――――


 ―――――――――――――ッ!!!!!


 音もなく衝撃が発生した。そして船が揺れてすぐに、ガズンッ!!!という音が響く。

 それは、脱出ポッドが爆発した衝撃と、爆発した脱出ポッドの破片が船に衝突した音だ。

「ふいー、一件落着だ」

「いや、おいお前……ちょっと待て」

「なんだ兄弟。事件は解決したんだ、もっと喜べって」

「お前、爆発まで10分って言ってたよな!? まだ5分しか経ってねえんだけど!? なんでアレ爆発してんだオイィ!?!?」

「細かいこと気にすんなって」

「気にするわあああああ!! お前あれだな!? デタラメ言ってたんだな!?」

「結果オーライだろ、間に合ったんだし」

「全ッ然よくねぇわあァァァァァァァァ!!! 危うく死にかけるところだったじゃねえか!!!!」


 その後。船外での爆発に気付いた教員が船尾にやってきて、言い争う二人を発見。二人が事情を説明すると、二人の脳天に拳と称賛と説教が贈られる運びとなった。


    ◇◇


 そこは美しく輝く部屋だった。そして同時に、はなはだしい時代錯誤の感覚を覚える部屋だった。だだっ広い部屋には高そうな壺や絵が飾られ、その最奥には飾り立てられ玉座のようになっている椅子が置かれている。そしてその玉座には女性たちが集まり、玉座に座る男の世話をしていた。まるで中世と呼ばれた時代にタイムスリップしたかのような風景。絢爛豪華なたたずまいは、さながら王政全盛期の支配者の城の一室のようだ。それは数多くの野心家が羨望のまなざしで見つめるような世界に違いない。

 だが、その豪奢な雰囲気の中で、玉座の主は不機嫌そうに眉を吊り上げていた。

 そこに、一人の老人が慌ただしく入ってくる。

 玉座の主はただでさえ吊り上がった眉をさらに吊り上げたが、怒鳴り散らすわけでもなく、老人に顎を振った。

 ―――要件を話せ。

 彼に長年付き添っている老人は、彼の仕草の意味を理解して話し出す。

「も、申し上げます。その……例の作戦ですが」

「ああ、把握している。一隻は成功したみてェだが……あのガキめ、トチりやがったらしいな」

「は、はい……左様で」

「いいだろう。次の行動はすでに考えてある。お前はとっとと持ち場に戻りやがれ」

「はい、かしこまりました」

 その老人は速やかに立ち去った。この後に起こるであろうことは目に見えている。彼の主人は己の能力でことのあらましを把握していたようだが、改めて報告を受ければ間違いなく我慢のタガが外れるだろう。いつものように。

 そうして老人がドアを出ると同時に、先ほど居た部屋から物の壊れる音が響きだした。

 ――――自分の思い通りにならないといつもこうだ。

 老人は彼の悪癖にため息をつき、とばっちりを受けないようにドアの前を離れた。


 玉座の主の名はコーズ。将磨たちの乗る船を爆破しようと策謀した張本人であり、そしてEXAサイド、共同連邦のうち極東地域「エージャス」を守護する、上位のEXAホルダーである。

 彼はひとしきり部屋で暴れまわると、部屋の女性たちに掃除をさせ始めた。

 奇妙なことに、誰一人として動じてはいない。しかし単に慣れによって彼の行動に動揺しなかった、というわけでもない。

 彼女たちの顔からは、一切の表情と呼べるものが消え去っていたのである。


      ◇◇


『まもなく、ラスヴィーシェに到着します。皆様、安全のため着席し、シートに体を固定してください』

 地球到着を告げる船内放送が鳴る。先の爆発によって騒いでいた生徒たちも、教師らの尽力ですっかり大人しくなっていた。ただし、今度は「この船で爆弾を処理した奴がいるらしい」という噂が立ってはいたが。しかし彼らの英雄探しも、地球に到着すれば教師らが何かしら教えてくれるだろう、ということで決着がついたようだった。

「いやはやあ、もう俺の口が英雄譚を叫びたがってウズウズしてるんだが」

「それは黙ってろってさっき先生に言われたばっかだろうが……。向こうに着いてから、先生方が正式に発表するまでは我慢しろ」

「将磨君のイケズう」

「真面目って言え。つーかその言い方本気で気持ち悪ィからやめろ」

 窓の外は白い世界が広がっていた。

 これは雲。水蒸気が上昇気流に乗って上空で水蒸気となったものだ。そしてそれを抜けると―――

「ついに……来たんだな……」

「「おおーーーーーー!!!」」

 船内からどよめきと歓声が上がった。

 ガラス一枚隔てた向こうに、広大な緑の大地と、それより広く青い海が広がっている。

 今まで宇宙空間で聞こえなかった風切り音が、船の外壁を通じて聞こえてきた。

 静かだった船内が、再びにぎやかになる。

 窓の外の写真を撮ろうとするものもいる。

 未だ窓の外に目を奪われていた将磨は、この船の行く先を見つめていた。

 遠くに何か、緑の大地とは異質な点が見える。

 それがどんどん近づくにつれて、建物であることが分かってきた。

「あれが、ラスヴィーシェか」

 将磨とともにガラスを覗いていた達治がつぶやく。

 そう。その建物こそが、この先彼らを育てる学び舎。ラスヴィーシェの校舎であった

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