第4話 動き出す罠の中で

「キャッ!?」

 突然の衝撃。邦香はバランスを崩して、将磨の座る席へと倒れこんだ。

「おっと!?」

 倒れこんできた邦香を慌てて抱き留める。その瞬間、ふわりと邦香の髪が舞い、独特な甘い香りがして―――同時に、将磨は脳内を電気が走るような感覚を覚えた。

(…………なんだ…?)

「……………」

「あの、将磨さん……?」

 不可思議な出来事に硬直する将磨を気遣うように、邦香が顔を覗き込んでくる。

 思えば邦香を抱き留めたままであった。そのことを思い出して、将磨は慌てて手を離す。

「ああ悪い、怪我はないか?」

「はい、大丈夫ですけど……何かありましたか?」

「いや、突然のことで動転してただけだ。何でもない」

 将磨は額に手を当てた。何でもないとは言ったものの、何かが頭の奥の方で響いているような感覚がある。

「おい、将磨……アレ、なんだ……!?」

 そんな将磨の様子を傍目に、達治は窓の外の様子を覗き込んでいた。先ほどの揺れは船全体に響いたようだが、ここは宇宙空間。何かがこの宇宙船に衝突しない限り、先ほどのような衝撃は発生しないはず。

 その衝突したものの正体を探るために、達治は窓の外を覗き込んでいたのだ。だが、その窓の先に遭った光景は……達治が予想していたものをはるかに越えていた。

「……なんなんだよ、アレ…………!?」

 達治の目の前には、火の玉になって散りゆく宇宙船の姿があった。そこからいくつかの破片が飛び散っており、将磨たちの乗っている宇宙船に衝突している。おそらくさっきの衝撃はこれによるものだろう。

 だが。重要なのはそこではない。

 幾千辺の部品と人間をまき散らして、粉々になった船。

 それは、将磨たちの乗る船と一緒にアヴァロンを発ち、ラスヴィーシェを目指していたはずのもう一隻の船に他ならなかった。

「おい、アレ……」

「嘘でしょ……」

「いやっ!!いやあああああ!!」

 信じがたい出来事を前にして、ほかの生徒たちに動揺が広がっていく。船内がパニックに包まれる中、先生たちが必死に生徒たちを抑えようとしているが、一度ついた混乱の火はなかなか消えない。

 そんな中、将磨は未だ額に手を当てていた。

『……く………………………だ』

「……?」

 邦香を受け止めてからずっと、脳内で何かの声が聞こえる。意識をそれに集中すると、ノイズがかって聞き取りにくかった声は、次第にクリアーなものとなり、何を言っているのかも聞き取れるようになってきた。

 ―――そして。衝撃的な言葉が脳内に響いた。


『よくやった―――あとは邦香、お前がブツを置いて脱出すればこの作戦(ミッション)は完了だ』


「え………?」

 脳内に響く声は、確かに邦香と言った。そして、ブツという言葉も聞こえた。

 ブツがなにを指すのかは、わからない。だが……非常に、いやな予感がする。

「………まさか、そんな」

 不意に、邦香の持っていた荷物に目が行った。出港前に、大きな荷物は荷物検査を経て貨物室に入れられている。だから、貨物室に何か妙なものを持ち込むことは出来ないはずだ。

 だが、小さな手荷物はどうだっただろうか。

 金属探知の検査だけで、終わってはいなかっただろうか―――?

「ッ!!」

 周囲を見渡す。しかし、さきほどまで近くにいた邦香の姿はどこにも無い。

 そう。先ほど抱き留め、すぐ横にいたはずの邦香は―――忽然と、姿を消していた。

 将磨の中で、疑念が確信へと変わっていく。そんなはずはない、まさかそんなはずは、と否定しようとする自分がいる一方で、冷静な自分が状況を整理していく―――残酷な答えを導き出すために。

 そして。恐る恐る、将磨は邦香の手荷物を開けた。


 中に入っていたのは、硬化プラスチック製の筒。いくつもの導線がめぐらされたそれは―――見る人が見れば、それがなんであるのかをすぐに理解できる代物。残り時間を示すタイマーこそないものの、まごうことなき時限爆弾だった。


   ◇◇


 宇宙船後部のドアのロックを外すと、邦香は静かにドアの奥へと入り込んだ。客席と比べて電気もついていないため、部屋の中は暗い。しばらく目を暗闇に慣らすために邦香は一度立ち止まり、息を整える。ここまで誰にも見つかってはいない。先ほどまでいた客席の方に耳を傾けると、いくつもの悲鳴や怒号が聞こえた。おそらくはもう一隻の船が爆破されたのに気づいてパニックを起こしているのだろう。

「…………」

 同情はしない。情けはかけない。これは、彼女にとってただの仕事であり、作戦の一環に過ぎない。そのことを強く意識した。

 そうでなければ、芽生えてはいけない良心が芽生えてしまう。

 一つ呼吸をすると、彼女はまっすぐに前を、目的地を見つめた。

 ひときわ大きな衝撃で船内が揺れる。先ほどまでいた客席からはいくつもの悲鳴が聞こえたが、もはや彼女は耳を傾けなかった。

 暗闇に慣らした目で、ただ静かに歩く。聞こえるはずの声も、もう聞こえないことにして―――――彼女は、壁にはめ込まれたナンバーキーへとたどり着いた。

 キーのカバーを外して、何度も何度も暗証し、覚えてきた暗証番号を入力する。ナンバーキーは暗証番号が正しいことを示すメッセージを表示した。そして、最後に偽造した鍵を差し込む。オールクリアー。最後にいくつかある番号の中から一つを選ぶと、近くの壁から駆動音がして、その番号に対応しているドアが開いた。

 その先にあるのは、狭い空間。無論トイレではない。先刻の将磨たちとの会話はあくまで席を立つための演技だ。12番線発の船の爆発と同時刻に、彼女は動き出すことになっている。

 さらなる船の爆発を引き起こすために。

 開いたドアの先にあるのは、非常用の脱出ポッドだった。

「…………悪く思わないでね、坂上……と、誰だったかしら。まあ、もう死ぬんだから悪く思うも何もないか」

 誰も聞く者のない言葉を船内に残すと、彼女は脱出ポッドに乗り込んで発射作業に取り掛かった。


  ◇◇


 邦香の手荷物の中身。それを見て、将磨は固まっていた。周囲で響く悲鳴や怒号が壊れてしまったCDプレーヤーが発するような鈍い音に変わっていく。

 当たってほしくない予感が当たってしまった。手荷物を開けると、そこには女の子が持ち歩くオシャレアイテムがたんまり入っていて、それを覗き込んでしまった将磨は後で邦香に怒られて、その様子を見た達治にいじり倒される、そんな未来でいい、そんな未来であってくれたらいい、そう思って手荷物を覗いたのに――――――入っていたのは冷たく、残酷な現実だけであった。

 達治は、己の親友が先ほどから声を発していないのに気づいていた。ただ、それは目の前で起こった爆発に驚愕しているからだと思い込んでいた。

 しかし横を見ても友人の姿はない。いやそれどころか、窓の近くにすらいない。

 振り返ると、将磨は元の座席にいた。そして誰かのかばんの中身を思い悩むような表情で覗き込んでいる。

「おい、将磨……? どうした……って、それは邦香さんのカバンじゃねーか! お前、このどさくさに何を!?」

「…………………」

 それに対して、将磨は何も言わずに邦香のカバンを差し出した。中身が達治にだけ見えるように。

 達治の表情が一変する。機械に強い彼は、それがなんであるのかを一瞬で看破していた。

「おまッ!? こ、こここここれ時げむむむむっむ!?」

 みなまで言い切る前に、将磨は慌てて達治の口を押えた。ここでその単語を出すのはマズい。ただでさえ混乱状態にある船内が、収拾不能の状態に陥ってしまう。

 達治の口を押えたまま将磨は静かに口に人差し指をつけて、達治にだけ聞こえるボリュームで話し出した。

「……さっきの衝撃の騒ぎの間に、井筒さんが居なくなった。それで嫌な予感がして、手荷物を開けたらこのザマだ」

「ま……マジかよ……どうするんだこれ。見たところ爆発まで時間はありそうだが、こんなもんほっといたらこの船もアレの二の舞だぞ!?」

 同じくヒソヒソ声で、達治は窓の外を指さす。12番線発の船は、未だその残骸をまき散らしていた。

「そこで聞きたいんだが、お前って機械系は得意だったよな?」

「……おい、まさかとは思うが俺にコイツが処理できるとか本気で思ってんのか?」

「………無理か?」

「ッたりめーだ! 今からそのたぐいの勉強をしに行くっていうのに、もうすでにその知識を一式サラッと備えてる道理はねーだろ!」

「……となると、あと残された手は」

「こういう時の教師サマだ。大人を頼るしかねえ」

 先ほどの優しげな顔立ちの女性教員の顔が浮かんだ。果たしてあの教師に頼ってよいものだろうか。余計にパニックを誘発させそうな気がして一瞬躊躇したが、しかし、確かにそれが最善の策だと思えた。

 すぐさま船内を見渡して教師を探し始める。

 と、教師の姿はすぐに見つかった。この状況であれば、座席に大人しく座っているはずはない。こういう時に生徒を統率するのが教師の仕事なのだから、きっと混乱の真っただ中で生徒たちを落ちつけているだろう―――そう思って、客席の中でも最も混乱している場所を見てみると、すぐに見つかった。

 だが。

「あわわ、あわわわわわわわわおおおおおお落ち着いて! 落ち着いてください―――!」

 その頼りになるはずの大人は、生徒以上にパニクりながら生徒を落ち着かせようとしていた。

 もちろん、教師がそんな様子では落ち着くものも落ち着かない。生徒たちは教師の周囲を取り囲んで、恐怖と興奮から好き勝手に騒ぎ立てていた。

「なあ、あそこに爆弾コレ持ってったら、どうなるんだ?」

「想像したくもない、自分で考えろ」

 自分よりも狂乱に陥っている人を見ると、逆に落ち着くという現象があるらしい。二人はまさにそんな感じの状況だった。

「それで、どうする。こんなもん一秒でも早く投げ出しちまいたいんだけど」

 手に爆弾を持ったままというのは非常に心臓に悪い。達治はまだ時間に余裕はありそうだと言っていたが、それでも背筋を走る寒気は消えない。どんなに頑丈な吊り橋だと理解していても、橋の中腹で下を見下ろせば足がすくむのと同じ。このままでは、将磨の内心は焦燥と恐怖でキャパシティオーバーしてしまうだろう。

 そんな将磨の気を和らげるためか、はたまた呑気なだけか、達治はいつもの調子で切り出した。

「……こんな状況、前にもあったの覚えているか?」

「ステーションでか? いやいや、あんな場所で爆発物なんて――――――」

 ない、と言おうとしたと同時に、一つの光景が脳裏に浮かんだ。そういえば、施設にいたころにこんなことがあった。そう、アレは――――

「お前が炭酸ジュースにベトリカ飴入れて危うく施設の布団全部炭酸まみれにしかけた事件か」

「そう、それだ」

 全く悪びれもせずに達治は頷いた。

 かつて将磨たちが7、8歳のころ、特定の炭酸ジュースにステーション限定販売のベトリカ飴という水飴を入れると、急激に炭酸がジュースの中から気化し、爆発するということが判明して話題になったことがあった。そしてこの達治バカはその情報をいち早く仕入れ、布団を敷いた施設の中で唐突にそれを披露しようとして――――――

「そうだ、あの炭酸爆弾……確か」

「ああ、コイツも同じように処理するしかねーだろ」

 そう。処理しきれなくなった爆弾への対処方法としては最もシンプルな解。年齢で言えば小学生低学年くらいの子供でも思いつける方法。


 外に爆弾を放り捨てる。この方法以外に、道はない。

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