第3話 故郷から故郷へ

 宇宙ステーションから地球へと向かう方法はいくつかある。宇宙エレベーターや宇宙船を利用するのが主な方法であるが、そのどちらの方法を取ったとして、EXA共同連邦の連中に嗅ぎつかれて攻撃されれば一巻の終わりだ。それゆえに位置が固定される宇宙エレベーターは非常にリスクが高い。

 ……となると、大量の生徒志願者を地球に送り届ける方法は一手に限られるだろう。

 そんなわけで、将磨は宇宙船のプラットホームに立っていた。

「はーい、それでは皆さんには二手に分かれて船に乗ってもらいます。すでに渡してある生徒手帳の番号が1から5の方は12番線の船、6から9の方は13番線の船に乗ってくださいねぇ~」

 くだんの物腰柔らかな女性が生徒を誘導している。将磨が生徒手帳を確認すると、その番号は3から始まっていた。ということは―――

 12番線の方に足を向けると、まさに12番線の船へ乗ろうとしている邦香の姿が見えた。どうやら彼女も12番線の組らしい。こちらに気づくと、軽く会釈をしてきた。それに対して、将磨は軽く右手を挙げて返す。

 ……と。

「よう、兄弟! お前さんも色を知る時期とはねえ……いつの間にあんな美少女と知り合ったんだ!?」

 背後からヘリウム風船より軽い声が聞こえて、それと同時に将磨の肩に腕が乗っかってきた。

「……お前と兄弟になった覚えはねえぞ、達治」

 将磨の肩に手をまわして気安く話しかけてきたのは、笠寺達治。将磨とは同じ施設で育った施設仲間であり、あまり他人と関わろうとしなかった将磨にやたらと絡んできて、いつしか腐れ縁とも言える仲になってしまった存在である。

 この宇宙ステーションでの思い出について思い出そうとすると、十中八九この短い金髪をオールバックにした少年との思い出が出てくることに気付いたとき、将磨は酷く複雑な心境になったものだった。

「ツレねえなあ、こちとら集合場所に行ったらみんないなくて、なんかコワモテのおっさんに『遅刻だぞ笠寺ァ!』って恫喝されて悲しみに暮れてんだよお」

「全部自業自得じゃねーか! 集合場所に見当たらねえから先に行ったと思ったらそういうことだったのかよ……」

「へへへ……んで? あの美少女とはどう知り合ったんだい将磨くんよ」

 鼻の下を掻きながらさらに問いただす。この少年、どうやら遅刻については全く反省していないらしい。出発まで時間が押していたのだろうが、将磨としてはそのコワモテのおっさんとやらにもう少し彼の説教をお願いしたいと思った。

「……お前が遅刻している間に話しかけられたんだよ。単に人脈を増やそうとか、そんな感じで話しかけてきたんだと思うけど」

 先ほど邦香がいた場所を見たが、もう船に乗り込んだらしく見当たらなかった。

 そのことに少しばかりほっとする。あの少女が気を利かしてこちらの方に来ていれば、余計にややこしくなるのは必然だった。

 将磨があの少女と話したきっかけは、ぼーっとしていた将磨を気遣う邦香の親切心によるもので、決して人脈を広げるためだけではない。しかしそういった話をすれば、さらにこの少年が食いついてくることを将磨はよく知っている。

 そのためどうにかしてごまかす必要があったし、そういう事情ゆえにあの少女が会話に入ってきてしまうとかなり面倒だった。第一、そうなれば邦香に迷惑をかけるのは間違いない。

「ふーん……」

 そんな将磨の思いを知ってか知らずか、思惑通りに達治は一瞬で興味を失くしたらしい。そのことに将磨は心底安堵した。もし真実を告げていれば、やれあの子はお前に気があるんじゃないかとか、お前の好みに合いそうだとか勝手なことを言ったに違いない。

「ほら、つまらん話は置いといてさっさと行くぞ。お前の船はどっちなんだ?」

「ん、俺か? 俺の学生番号は……2で始まってるな」

「なるほど、お前も12番線のやつか……」

 腐れ縁はこういうところでも発揮されるらしい。二人は12番線の入口へと向かった。

 船に入る手前で手荷物検査をうけつつ、将磨は願う。

 どうか地球まで何事もなく―――具体的にはこの隣で「地球の美人ってどんくらいのレベルなのかな……」とふざけたことを抜かしている少年が目を輝かせるような事件が起きないことを。



      ◇◇


 船、と一言で言ってしまえば色々あるが、将磨たちが乗り込む船はその中でも大きな部類に入るだろう。

 ラスヴィーシェに入学を志願する生徒は、一学年で500人近くに及ぶ。もちろん、数々の宇宙ステーションから集まった生徒の数であり、ひとつひとつのステーションから集まる人数はもう少し少ないものとなるが―――将磨たちのステーションは大規模なものであるため、合わせて100人ほどがステーションから地球へ移動することになる。そして、その生徒らを運ぶ船もまた、相応の大きさでなければならない。

 現在12番線に待機している船は、大体50人か60人を乗せることが出来るくらいの船だ。13番線のものとは違って乗れる人数は少ないが、機能面でははこちらが勝っている……らしい。

 「らしい」というのは、この情報は船に乗り込む際の、達治の説明をそのまま受け売りしたものだからだ。

「いやー。しっかし新型の船に乗れるたあツイてるな。シートもふかふかそうだし僥倖僥倖」

 随分とジジ臭い言い方で自分の座席へと向かう達治。後ろからこの上なく不満げな顔で、将磨は付いていく。

「……おかしい。何かの陰謀か裏工作が働いているに違いない。でなければお前と隣の座席だなんてふざけた構成にならないはずだ!」

「これがう・ん・め・いって奴なのかねえ」

「やめてくれ、その表情で振り向かれた挙句その言い方は、この上なく殴りたくなる」

「けど殴らないんでしょ~。優しいわ~さすが地球行き早々に女の子引っかけた将磨さゴヘェ」

 みなまで言う前に、将磨の拳が達治の顔に刺さる。ノータイムのストレートだった。

「あれ、将磨君……?」

 ……と。言葉と拳の応酬を繰り返して己の座席に進む二人を呼び止める声がした。その声に、将磨は聞き覚えがある。

 それは、将磨にとって最もこの場に居合わせてほしくない人―――邦香だった。

「あ……よ、よう。さっきぶりだな」

 将磨はぎこちない笑みで返事をした。なるべく後ろは見ないようにして。

 振り返らなくとも、後ろの達治の表情は手に取るようにわかる。直視すれば拳を叩き込みたくなる表情をしているのは間違いない。これ以上何かのアクションを起こしてもただの起爆剤にしかならないので、将磨はいち早くこの場から離れようとした。

 が。

「あれ、俺らの座席番号ってえ、ここじゃね?」

 ねっとりと、にやにやしながら―――達治が残酷な現実を突き付けた。


  ◇◇


「いやあ奇遇っすなあ、まさか邦香さんと将磨がさっき知り合ってたんなんて!」

「………」

「そ、そうですね。ええと……」

「あ、俺は笠寺達治って言います! コイツ……将磨とは幼いころから知り合いでしてねえ!」

「……………」

「そうなんですか! この船に乗っているということは、あなたもラスヴィーシェに入学するんですね」

「はい! 俺は魔工科マギエンジニアだから、将磨とは別の学科なんですがね」

「へえ……私は戦闘魔術科マギミリティアなんです! ええと、将磨くんは?」

「…………………戦闘魔術科マギミリティア

 ぼそり、といった調子で将磨は返した。窓の外に移る星々を眺めながら、この上なく不満げに。

 すでに船は出港し、地球へと向かっている。先ほどシートベルトを解除してもいいとアナウンスがあったばかりで、船内の雰囲気も緩み、多くの生徒がこれから学友となる相手との会話を楽しんでいた。

 そんななか、将磨は窓の外を見つめて仏頂面を貫いているわけである。

 理由は単純だ。

「将磨く~ん、そんなにぶすっとしてると幸せが逃げるぜえ?」

「うるせえ」

 隣でさっきからやたらと騒ぎまくっている、全身が口でできているような存在が原因である。

「あの……えと、なんだかすみません。私、何か悪いことでもしましたか……?」

 そんな将磨の様子を見て、邦香は心配そうな顔で将磨をのぞき込んだ。

「あ……いや、君のせいじゃないんだ。ちょっとな、この全身口人間があんまりにうるさいもんだから……。ええと、井筒さんは大丈夫? 迷惑してない?」

「あ、いいえ……その、にぎやかで楽しいです」

 にっこりと笑って、邦香は答える。その様子に将磨は安堵したものの、そのすぐ後に邦香が表情を曇らせたことに気付いた。

「……えーと、どうしたんだ? やっぱり無理してないか?」

「ああ、ええと……その……ちょっと……」

 邦香は少し体をよじらせ、照れたような表情を作った。その様子に、将磨は首をかしげる。

「……? えーと、具合でも悪いのか?」

「! あ、あの、いえ、その……」

 邦香はなにやら煮え切らない態度で、やはり体をもじもじさせている。将磨はさらに続けて何か聞こうとした。が、その言葉は達治の脳天チョップによって止められた。

「すみませんねえ邦香さん! こいつデリカシーが無いもんだから……どうぞ」

 そういうと、達治は邦香が通路に出やすいように座席から立ち上がった。

「あっ……そっか、悪かったな」

 そこまで来て、ようやく将磨も察しがついた。つまり用を足したかったらしい。非常に悪いことを気がして、将磨は邦香に頭を下げる。

 それに邦香は微笑むと、

「ああ、いえ、いいんです。ありがとうございます」

 そう言って通路に出ようとした。


 まさに、そのときだった。

 ―――――――――――ズンッッ!!!!!!!!

 何かの振動が、宇宙船内に響き渡った。

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