エンディング

「ご苦労様でした」

 編集長の竜野が綱渡に言った。

「もうこれで、あなたに小説を頼むことはありません。安心して本業に励んでください」

「ええ」

『小説野獣』の編集長が変わった。虎尾は倉庫に左遷となり、新たに竜野さんが編集長になった。竜野さんは純文学誌『すみれ』の編集長をしていた。僕は純文学誌の編集長がエンターテイメント系の文学誌の編集長になって大丈夫なのかと不安に思ったが、竜野さんに「純文学とエンターテイメント小説の違いって何?」と言われて答えられなかった。

「そうなのよ、曖昧なのよ。だって芥川賞を獲った作家が平気でミステリーを書く世界よ。私もこれからあっちの作家にどんどんエンターテイメント小説を書かすわ」

 それはまあ、ライトノベルス作家よりも純文学作家の方がエンターテイメント系に参入しやすいかなと思った。

「ところで、聞きたいことがあるんだけど?」

 竜野さんが訪ねてきた。

「なんでしょう」

「あなたの一連の小説を読んだんだけど、全部に『僕』が出てくるでしょ。この『僕』って同一人物なの?」

 綱渡は答えた。

「いいえ。同一人物だったらあちこちに矛盾が生じます。まあ、この小説の世界がパラレルワールドだったら同一人物としてもいいかもしれませんが。これは現代ドラマのくくりですからね」

「そうなのか。じゃあ、純粋な連作短編にはならないわね」

「どういう意味です?」

「『野獣小説賞』は長編または連作短編を対象とした賞なの。あなたの原稿は短編集だから規定外ね」

 おかしなことを言うと綱渡は思い、

「ははは、変なこと言いますね。僕の小説はすでに『小説野獣』に掲載されてます。『野獣小説賞』は未発表の作品に限るでしょ」

 と言った。

「何言ってんの。あなたの小説は『小説野獣』に掲載なんかされてないわよ」

「ええっ?」

 衝撃を受ける綱渡。

「あなた『小説野獣』読んでないの?」

「すみません。お金がないもんで、読んでません」

「著者進呈もされなかったのね。『小説野獣』にはあなたの小説ではなく、虎尾前編集長のつまらない小説が毎回掲載されてたわ。それがクレームになって、虎尾は左遷されたの」

「じゃあ、僕は何で小説を書かされていたんですか?」

「うん、たぶんストックにされてたのね」

「ということは、虎尾さんが、書けなかった時のための……」

「そう、ストック」

「なんてことだ!」

「お気の毒さま」

「でも、じゃあ僕にも『野獣小説賞』に応募する資格があるんですね」

「だから言ったでしょ。短編は資格がないって」

「なら、これらを連作短編にすればいいんですね?」

「どういうこと?」

「各編を強引にくっつけちゃえばいいんです」

「例えば?」

「各編の間に幕間を入れるんです」

「幕間?」

「そう、例えば、僕と編集長との会話を入れたり、僕の取材風景、それに私生活を入れてみてもいい」

「うーん、どうだろう」

「幕間で連結すれば連作になるでしょう?」

「まあ、そうね」

「じゃあ、幕間を書いてきます」

 そう言うと綱渡は編集部を出て行った。

「冗談が過ぎたみたいね、虎尾」

 竜野は煙草に火をつけながら独り言をした。

「あの人、本当に『小説野獣』読んでないのね。読んでたら虎尾の策略に気付くはずだものね」

 フーッと紫煙を吐く。

「あの人の原稿書載せないから左遷されちゃうのよ、虎尾」

 竜野は机の引き出しを開けた。

「あたしに相談すれば、いくらでもストックあげたのに。鯖目なんかに頼るから、こんなことになっちゃうのよ」


 大慌てで「幕間」を綱渡は書いた。そして『野獣小説賞』に応募するのはそれから一ヶ月後のことだった。結果は一次も通らなかった。だが、彼はめげなかった。それは小説に目覚めたからである。綱渡はそのあと、さまざまな文学賞に応募するが、全て一次落ちした。要は小説の才能がなかったのである。

 彼の本分はやはり、ノンフィクションにあったのだ。ノンフィクションライター綱渡通はフィクションではなくノンフィクションを書いてこそ光を放つのであった。

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ノンフィクションライター・綱渡通のフィクション よろしくま・ぺこり @ak1969

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