第39話 明暗18 (105~108 竹下の策略

「もしもし?」

「五十嵐さん、竹下です」

相手は大学のサークルのOBで道報の記者・五十嵐だった。

「おう、どうした? おまえが俺に掛けてきたということは、それなりの用事があるんだろうが、借りならこの前返したぞ?」

「いや、借りは返してもらったんですが、今度はこっちから純粋に頼み事があるんです」

「それなら断る! こっちは忙しいんだよっ」

五十嵐は携帯の向こうからですら、関わりたくないという雰囲気を十分に醸し出していた。

「それはわかってますよ。ただね、どでかいスクープを教えるとしたらどうでしょう?」

「どでかいスクープだと?」

竹下の釣り針にダイレクトに五十嵐は食いついてきた。勿論釣り針と言っても、騙しではなくちゃんとした餌を与えるつもりではあったが。

「今ウチで追ってる、佐田実の殺人事件ありますよね?」

「ああ、ほとんど報道すらされてないが、確かに捜査してるようだな」

「それについて大スクープがあるんですがねえ」

「本当に大スクープなんだろうな?」

もったいぶった言い方に、疑っている様子を隠すつもりもないようだ。


「勿論です。ただ、こちらとしても、警察発表があるだろう、明後日の昼過ぎ直後の夕刊より前に出してもらっては困るんですよ。さすがにそれをやると、こっちの信用問題にもなりますから。何せ動いてるのが道警の極一部ですから、ソース元がある程度特定されちゃうんで、本部も黙ってるわけにはいかないと思いますから」

「それじゃ意味ないだろ? こっちにとっては何のメリットもないだろ」

五十嵐の言い分ももっともだった。確かに完全な意味でのスクープとは言えなくなる。

「いや、おそらく警察の会見を元にした記事は、当日の夕刊には、会見の時間帯を考えると間に合わないはずです。だから自分は、警察の会見が行われるちょっと前に、そっちが夕刊で出せる時間帯に情報を提供したいと思います。他の新聞社じゃ間に合いません。まあ今から教えてもいいんですが、五十嵐さんならフライングするかもしれないでしょ?」

竹下は五十嵐を信用していないというわけではなかったが、保険を掛けておく必要性を感じていた。

「おいおい、信頼されてないなあ……。ただ、慎重なおまえが大スクープだと言うんだから、それなりに大きな案件なのは間違いないんだろうな……。それで竹下の要求は?」

五十嵐は予想通りギャンブルに乗ってきた。

「東西新聞の大阪本社・社会部に居る『椎野 聡』ってのを、どういう素性の記者か調べて欲しいんです」

「は? 東西新聞の記者を調べろだって? ……しかも大阪の奴かよ! 一応ウチにも大阪支局はあるが、どうだろうなあ……。字は?」

五十嵐に要求され、1字ごとに教えた。

「これを、さっきのおまえの話だと、明後日? までに調べないといけないんだよな……。結構厳しいかもしれんぞ。知り合いがすぐに見つかればいいんだが、そうもいかないだろうからな……。それにしても何で調べるんだそいつを?」

五十嵐はここに来て、二の足を踏んでいるような態度に竹下からは思えた。実際日数を考えると、「とっかかり」が掴めない場合には厳しい時間かもしれない。

「細かいことは言えませんが、それこそ佐田の事件に関係してきます。いずれにせよ、こっちとしては明後日の昼までに調べてもらえれば……」

「昼じゃ夕刊は厳しいぞ? そっから記事書いて、一面だろうが割付して印刷しないといけないんだから。本当にわかって言ってるんだろうな?」

五十嵐は明らかに不満気だった

「それなら心配しないでください。記事の概要そのものを俺が書いて、そっちにファックスで送ります! ブンヤ稼業のプロなら、そっから記事起こしはすぐに出来るでしょ」

竹下は自信に満ち溢れた口ぶりだった。

「ほう……。まあプロでないとは言え、俺が知るお前の執筆力なら、担当がそう手直ししなくても、すぐ記事には出来るレベルだろうからな。とにかく、最終決定はデスクと相談しないとならんが、デスクからの信頼は割とあると思うし、幾つかスクープを出した実績もある。そっちは俺が説得するのはそう難しいとは思わない。勿論、本来はもっと具体的な内容が欲しい所だが……。問題はやはりこの時間で椎野ってのをを洗えるかどうか。こっちの社会部全員の人脈フル動員しないといけないだろうなあ……。明日が体育の日(作者注・当時は10月10日で固定)で休みってのもキツイんだぞ」

五十嵐はこれからのことに専ら思いを致しているようだった。竹下はそれを邪魔することのないよう、しばらく間を置いてから、

「是非お願いしますよ」

と力を込めて言った。

「まあ余り期待はしないでおいてくれ。スクープは是非とも欲しいところだが……。とにかく、デスクから許可得たら、また電話する。じゃあな」

五十嵐はそう言うと電話を切った。竹下はそれを聞くと、捜査一課の課長室で他のメンバーの帰還を待つことにした。


「梅田と箱崎派は繋がった。問題はその梅田が紹介した椎野が何者かだ。しかもその椎野は本橋の突然の自供に絡んでる。間違いなく何かある!」

竹下は念じるように、ソファに座り1人呟いていた。


※※※※※※※


 拘置所から西田達が戻ってくるのに、近い場所にあることもあってか、それほど時間は掛からなかった。ただ、戻ってきた表情は、道警側と府警側で対照的なものだった。道警にとっては、新たな収穫しかないが、府警側にとってはこれまで同様「追い詰めきれない」ままだったからだ。更に道警側に移送する必要が出てくるなど、府警や大阪拘置所としては面倒な事務手続きばかり増えることになる。竹下はその場では会話は交わさなかったが、小さく平松に会釈して礼の代わりとした。平松も小さく手を上げて応じただけだった。


 その後会議室に移り、本橋の聴取から得た情報の整理と分析が進んだ。倉野、西田共に、殺害当日に現場に居なかったら知り得ない情報を自白したこと、つまり「秘密の暴露」が数点あったことから判断して、事件に関与したことは間違いなく、その上で銃弾の外装成分分析で一致すれば殺害主犯として立件出来ると断言した。問題は府警、道警共に、どういうルートでの本橋への依頼や報酬の受け渡しがあったかを突き止めることだが、これについては、本橋が口を割る可能性は低い、いや、ほぼ皆無という点で一致した。


 一方竹下は、本橋の供述から、必ずしも本橋への殺害依頼が、伊坂大吉によってなされてはいなかった恐れについて言及した。この点については道警内部でも意見が割れた。倉野は、本橋が伊坂を「指示」した人物としか言わなかったとしても、そこまで明確に本人が依頼者と指示者を区別していたかは疑問としたのに対し、西田は竹下の説にも可能性はあると述べた。


 ただ、倉野も竹下の考えを完全に否定したのではなく、あくまで確率は低いという意味であって、明確な対立関係が出来上がったというわけでもなかった。倉野は北見方面本部との合同捜査本部時においても、一定の部下への配慮が出来ていた「上役」であり、今回もその路線は当然踏襲していた。


※※※※※※※


 会議が一通り終わりそうになった時、鑑識の柴田と府警の鑑識課長の笠屋が会議室に入ってきた。分析が済んだようだ。

「どうだ? 一致したか?」

倉野は入ってきた柴田に、間髪入れずに問う。

「ええ。完全に一致しました。まちがいなく、本橋の拳銃が佐田殺害に使用されたと言うことで」

柴田の回答を聞くと、ある程度結論は見えていたとは言え、会議室全体の空気が変わった。その落ち着かない空気が元に戻るまで大して時間は掛からなかったが、その境目を見極めたように、笠屋が口を開いた。

「これまでの事件で本橋の使ってた拳銃は、トカレフの改造モノで、銃弾もトカレフ用の弾丸ではなく、ドイツのマウザー弾を使ってました。今回もこれまでのマウザー弾のジャケット(外装)成分と一致してますから、もうチェックメイトってところですよ」

口ぶりから見ても、「一致している」という以上の意味が感じられた。

「じゃあ、これで後は関係各所に連絡してってところですね……」

府警の共助課長である須貝が道警の共助課長の田丸に話しかけると、

「ええ、後は我々が主に動く番ですな」

とにこやかに応じた。


 それを黙って聞いていた倉野だったが、

「じゃあ、自分は別の捜査もあるんで、夜の便で北海道に戻ります。柴田も一緒に戻るぞ!」

と自分自身にも気合を入れるように言った。

「え? もうお帰りで? 他に抱えてる事件があるんですか?」

平松が驚いたような顔で聞いてきた。

「はい……。報道でご存知かと思いますが、北見近郊で8月に連続強姦殺人あったでしょ? あれですよ。聴取は進んでるんですが、まだ起訴してないんでね」

倉野は苦笑いを浮かべた。

「はいはい! そうかあれに関わってたんですか、倉野さんは。そりゃ大変だ……」

立場としては府警の課長の方が実質上だとしても、身につまされたか、平松は同情の念を禁じ得なかったようだ。そのやりとりを見ていた柴田は、

「いやいや、こっちも大阪をまともに楽しむ暇すらなかったな……」

と、いつものように露骨に口が悪かった。それに対し、

「新千歳から札幌で泊まって、遠山部長に報告してからオレは北見に戻る。おまえも札幌で一泊した後、柴田は結果を持って朝からオホーツク(特急オホーツク号)で北見に戻れ。何なら、札幌で止まらず、夜行のオホーツクで北見まで戻ってもらってもいいが、それは可哀想だからな」

と、一切聞かなかったように、倉野は柴田に「冷酷」な指示を飛ばした。そして話を共助課長の田丸へと向けた。

「それはそうと、田丸課長はどうするんですか?」

「倉野課長、こっちはちょっと今日中には無理かなと思ってる。明日朝一の便で戻って詳細報告ってところかな。今日の夜には電話報告しないとならんが。どっちにしてもまた、上の連中と一緒にとんぼ返りでこっちに戻らないとねえ」

田丸はシステム手帳を開きながら、既に忙しそうだった。

「じゃあ田丸さん、後はウチで話しましょうか」

須貝は田丸に、自分の共助課で打ち合わせすることを提案し、2人は先に退室した。柴田と府警の鑑識の笠屋も一度鑑識課へ戻った。


 それぞれのやりとりを黙ってみていた平松だったが、室野と畑山に、

「ちょっと道警さんと話すことあるから、おまえらも戻っていいぞ」

と指示を与えた。2人はそれを受けて、先に出て行った。


「平松さん、何かありましたか?」

倉野が尋ねた。

「いや、大したことはないんだけれど、さっき竹下君が聞きに行った件で、ちゃんとした感想を聞いておきたくて」

「ああそうですか……。じゃあ自分達は出て行ってもいいのかな」

「いや、居てもらった方がいいでしょ? 道警さんはこれから捜査する側なんだから」

平松は倉野にそう冷静に言うと、竹下に、

「で、どうだった、吉瀬課長の話は? 多少は役に立ったようだけど?」 

とすぐに振ってきた。

「本当に助かりました! 弁護士事務所とヤクザの件も聞きましたが、それ以上に本橋はどうも今でもヤクザと縁が完全に切れてないようですね」

竹下はネクタイを少し緩めると、平松を直視して言った。

「うむ……。こっちもそれをわかってはいるんだが、その先に踏み込もうとしても、なかなか尻尾を掴めないんだな。コアな部分はさすがに警察でも、情報を完全に把握出来てない」

平松は深刻な顔になった。

「とにかく、本橋は元は葵一家の組長の直属の子分で、かなり有力な幹部クラスだったとか聞きました。これについては、そもそも平松さんからも既に詳細に聞いてましたけど、吉瀬さんもかなり詳しく話してくれました」

竹下は平松への配慮も忘れなかった。

「破門はされたが、組長とのコネが強いから、あくまで形だけというのが四課と共に一致した考え。組長絡みとなるとヤクザも口が自ずと固くなる」

平松は椅子の肘掛けに指先をせわしなく打ち付けた。西田も倉野も話に入りたくても入れない話題だ。

「でも、府警が追及し切れなかったのは、単純にそこだけなんですかね?」

竹下の含みのある言葉に、平松はフッと息を漏らした。

「吉瀬はリーガルオフィスと葵一家の話をする際に、葵一家と政治との絡みも話したんだな? ただ一言言っておくが、本橋はそれ以前に口が固い。それが口を割らせられなかった原因だ。さすがにこのレベルの事件で変な誤解はしないで貰いたい。しかし、警察が及び腰の場面があることは確かだ、残念だが……」

平松は否定する際には怒りこそなかったが、竹下相手に少々ムキになっていた。しかし、最後の警察の『弱み』については否定しなかった。

「はい。ただ、ヤクザと政治の癒着はたまに聞いたことがありますが、箱崎派にかなり葵一家が絡んでるってのは、正直驚きましたね」

その竹下の発言に倉野が反応した。

「箱崎ってのは、前首相の?」

「そう。その箱崎。これは暗黙の了解というか、関西方面の人間で裏社会に知識がある人間なら、結構知られてることですよ。当然警察関係者にもある程度知られてるが、まああんまり口にしたくないことで……。触らぬ神に祟りなしって奴でね」

平松は如何にも忌まわしいことを喋っているという口ぶりだった。


「吉瀬課長の話だと、その箱崎と人脈でズブズブの関係の弁護士事務所がリーガルオフィスであり、リーガルオフィスはその関係で葵一家とも裏で繋がっている、そういうことでした。更にそのリーガルオフィスの梅田弁護士の登場です。あ、この人はなんと箱崎派の梅田議員の親族だそうですが、その梅田弁護士の紹介により、東西新聞の椎野という記者が、8月から本橋に接触してましたね。平松課長はご存知かと思いますが、椎野は本橋の告白本の取材という名目で面会するようになったようですが、それは隠れ蓑でしょう。死刑が確定した後の9月末に、椎野が手紙を本橋に送ってから、本橋が突然態度を変えて自供し始めた。時期的に間違いなく、やはりその手紙が本橋に翻意させたはずです。そこは椎野がどういう記者なのか調べてみないと結論は出せないですが……。どちらにせよ色々繋がり過ぎですよ。とにかく平松課長は、実はそのことを吉瀬課長を通して自分に伝えたかったってことでいいですか?」

竹下はそう言うと、平松の顔を窺った。平松はそれに対し黙って口を尖らしながら頷いた後、

「君の話を聞く限りは、吉瀬はこちらの想定以上の話をしてくれたようだが」

そう言って苦笑いした。そして、

「正直あの場で自分の口から言っても良かったんやが、話が長くなるのと、話が上手く、職務上詳しい吉瀬の方がきちんと説明してあげられると思ってたんや。それにな、府警の人間も近くに居たんでね……。ただ、梅田って弁護士が梅田議員の親族だってのは、こっちは初耳やわ。吉瀬の野郎、そっちの情報は喋らんかったなあ」

と、本音を述べたせいか、思わず関西弁が先程までより強く混じった言葉遣いになっていた。

「先に室野さんと畑山さん戻したのは、そういう意味だったんですか?」

西田が機を見て敏とばかりにすかさず突っ込んだ。

「ははは。そりゃ室野も畑山も須貝も信用していないというわけじゃないんだけれども、あんまり話題にしたくないことは、腹心の部下以外の前では露骨にしたくないってのがありましてね……。恥ずかしながらそういうことは否定出来ませんわな……。ただ、本当に用事もないから先に戻したのが主因だよ」

平松はそう誤魔化したが、警察にとっても葵一家が政治の中枢と絡んでいることは、なかなか捜査上やり辛く、内部の人間にとっても触れ辛いことだと、暗に認めているようなものだった。


 竹下はそんな平松の話を無視するかのようにダメを押した。

「詰まるところ、大阪御堂筋リーガルオフィスとやらと箱崎派、そして葵一家の3グループは密接な関係があるってことですよ。そして本橋も葵一家と縁が切れていないし、所属していた葵一家に、金銭面で大変な借りがある。佐田殺害事件については、大島海路が捜査段階で明らかに道警に圧力を掛けた。そしてさっき控室で係長とやりあいましたが、当時の本橋の行動の不可解さ……。今回の本橋の自供は、他に犯行に関わった人間がいるとすれば、そいつにとって、捜査の『打ち止め』という利益になります。完全に捜査対象外になりますからね、関係者が全員あの世行きということで……。仮説ですが、最終的な黒幕は、案外大島なんじゃないかと。少なくとも伊坂とは並立してると思います。そう考えると辻褄が合うんですよねえ」

竹下は自説をその場の全員にして見せた。平松は特に大きな反応はしていないが、道警組は西田含め呆気にとられたままだ。


「竹下が言っているのは、大島海路は、伊坂に頼まれて捜査に圧力を掛けたというより、事件そのものに実は関わっていたって?」

西田は竹下に意見を求めた。

「そう思います。少なくとも、伊坂に頼まれて、本橋を葵一家経由で紹介したのは大島の可能性が高いでしょう。最低でも仲介ということです。ただ、仲介するにしては危険な橋を渡りすぎです。大島にも何らかの動機があったのではないか? そう考えます。ですから、本橋からして見れば直接の依頼者は大島。そして殺害の指示を北見で直接与えたのが伊坂かと……。それが、『依頼』ではなく『指示』と言う言葉に、やけに本橋がこだわっている原因じゃないかと。勿論、本橋は、我々がそれを混同していることを利用して、実は本当のことを言っているのに、結果的に騙しているという意思が明確にあると踏んでいます。しかもその状況をおそらく楽しんですらいる……。ただ、佐田の殺害を伊坂が言い出したのか、大島が言い出したのか、はたまた2人同時にそういうことになったのか、そこはわかりません。しかし、少なくとも、大島が伊坂と同等かそれ以上に、本橋に殺害を依頼したことに正犯として関わった、こういう構図になるのではないかと思ってます」

その場に居た全員が、思わず唸った。竹下がさっきからしつこく気にしていた、本橋の徹底した「指示」と「依頼」の「使い分け」に筋が通るようになったことに気が付いたからだ。


「でも、今、主任は大島にも佐田への殺意があったと考えてると言いましたがそれは何だと思ってるんですか?」

突然、今日はいつもより圧倒的に大人しい吉村が口を開いた。西田はそれが案外気になっていたが、吉村は吉村なりに、余り邪魔をしたくないか、もしくは判ったようなことを言える雰囲気じゃないと察していたのかもしれないと思っていた。それが急に発言したので、少々面食らった。一方、質問をぶつけられた竹下は、吉村の突発的で率直な言葉に窮したが、

「吉村もたまに急所に突っ込んでくるよな」

と苦し紛れに言った。

「ということは、やっぱりそこがネックか」

西田は大事な部分だと、誤魔化しを許さなかった。

「……ええ、そうです。大島の佐田への殺意の根源がまだ説明できません。あくまで自分のは仮説ですから。後は、さっきも言いましたが、告白録とやらの出版のために、最近面会に来ていた東西新聞の記者が何か絡んでいるのかどうか。本橋の自供の時期と送ってきた手紙のタイミングから見て、間違いなく絡んでいると思います。そこを何とかしたいですよね」

竹下はそう現状を白状した。


「大島が犯行に関わったねえ……。まいったよ。申し訳ないが竹下説は間違ってて欲しいもんだ。殺意について何かわからんのなら、まだあくまで推測に過ぎんから……」

倉野は急に天を仰いで、呻くように喋った。その言い方からして、逆に竹下の考えを荒唐無稽とまでは思っていない証拠でもあったが。


「道警さんはどうなの? 政治からの圧力はあるの? 話から聞くと現実に捜査に圧力掛かったらしいけど。倉野さん、そこんとこはどうなん?」

平松は興味津々とばかりに、倉野に矢継ぎ早に尋ねた。

「まあないとは言えないですかね」

口ごもった倉野に、

「まあそりゃそうですわなあ。でもこっちは政治家にヤクザも絡むから、もっとヤバイ。首が飛ぶだけならいいが、下手をするとタマを取られることになりかねないんですわ」

と、平松は首に手を当てたあと、頭に銃を当てる振りをして言った。

「いや、本当に仮説ですからね。申し訳ないです、話の流れを変にして」

竹下は申し訳無さそうに言ったが、倉野は真顔で、

「仮説だろうがなんだろうが、裏をしっかり抑えてからにしないとな。特に政治家の周辺で動くのは……」

と念を押した。ただ、拘置所での西田が竹下へ言ったことと同様、その発言の裏の意味は、「おまえが責任を持って証拠固めが出来るなら、いざというときはこちらも覚悟を決める」と言う意味があるのだと、西田は勝手に受け取っていた。そして、西田もそういう腹づもりでいた。

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