大阪聴取編

第35話 明暗14 (87~91 西田・大阪聴取編 本橋の犯した事件詳細)

 前日は早る気持ちを抑えきれずか、余り寝られなかったため、神保町で買った古本を読み、睡眠不足になっていた西田だったが、日曜の午前中ということで混んでいた新幹線の中でも、睡魔が襲ってくることもなかったので、昨夜同様本を読むことで車中での時間を潰していた。


 その中でも、北海道の裏の開拓史を、開拓初期から終戦前後まで扱った「北海道歴史の暗部」はなかなか読み応えがあった。表の開拓が移民と屯田兵なら、裏の開拓は囚人労働、タコ部屋労働という話である。そしてタコ部屋労働が内地(本州)から待遇を騙して(作者注・場合によっては誘拐まがいのケースもあったとされていますが、実態が不明なため、この点においては一般化は難しいでしょう。尚、後述の朝鮮半島・中国での周旋もこれに類する場合があったことにより、いわゆる「強制連行神話」が生み出された可能性もありますが、その頻度など、一般化すべきかどうかは同様に問題があるとは思います。ただ、そのようなことが「なかった」というのもまた無理があるでしょう)連れてきた日本人が対象となっていた時代から、戦中で日本人が兵士として召集されたことにより人的不足になり、朝鮮半島での朝鮮人、大陸での中国人がその対象へと変化したという流れはわかりやすかった。強制連行神話の大半は、ほぼそれ以前から存在したタコ部屋労働の形態により生まれた、虚偽内容による募集と強制労働がその実態だったというのである(作者注・北海道において、主に戦時中の建設工事で無謀な労働条件により朝鮮人・中国人労働者にかなり死者が出ており、その埋葬においてもかなりいい加減だったケースが見られるという事実が存在する一方、いわゆる正式な「徴用(朝鮮半島限定)」や完全な任意による出稼ぎ[現在日本に残っておられる在日の方のほとんどがこれか、戦後の朝鮮動乱における移民]との混同など、左右両方において間違いが多いので、これを整理しない限り正確な認識は不可能だと考えております。有名処では雨竜第一ダム、藻岩発電所など、1930年代以降にこの手の犠牲者が増えており、慰霊碑が建立されている場所が多いのですが、左派右派の盲目な争いがある限り、なかなか史実の発掘は難しい部分が出てきているのが現状です。左派は未だに全般的な「強制連行」にこだわり、右派は「自由意志」を強調するということをやっていては何も解決しません。死傷者が多数発生するような過酷な労働状況は、自由意志を以ってしても、そもそも正当化できませんが)。


 一方で行政、特に警察がどのような対処をしていたかと言えば、一応は業者側を「検挙」したケースもあるのだが、現在の売春を前提とした性風俗店摘発や、労基署の労働基準法違反摘発と同様、「一応仕事をしている」というポーズが基本だったようだ。大体知ってはいたが、現職の西田にとっても耳の痛い話だった。特に「袖の下」、つまり賄賂絡みでの見逃しは許されるものではない。いつの時代も警察の恣意的な捜査は社会を歪めるのである。が、内部にいればわかっていても抗えないのが組織でもある。勿論賄賂は論外ではあるにせよ、「必要悪」という論理での自己正当化は過去だけでなく現在にも存在しているのである。


※※※※※※※


 昼前には新大阪駅に到着し、駅ビルの中で昼食を食べ、タクシーで大阪府警へと向かった。大阪城の傍にある大阪府警は、高さはないが床面積がありそうなビル(作者注・2007年に新庁舎が建設されたようですが、かなり近代的な建物になっているようです)で、タクシーを降りた直後、西田と吉村は日本第二の警察組織の本部であるその外観を、下から眺めていた。しかし、すぐに思い出したように中の受付へと歩を進めた。


 倉野の言っていた通り、受付で名乗るとすぐに上から職員が案内のために下りてきた。捜査共助課長の須貝と名乗った。府警側でも捜査共助課が出て来たようだ。須貝は西田よりやや上の年齢と思しき職員だった。その須貝に案内され、エレベーターで刑事部・捜査一課の応接間で2人で待っていると、窓の外には大阪城の威風堂々としたフォルムが映っていた。

「懐かしいなあ。高校2年の秋以来ですよ」

吉村は立ち上がってじっと見つめていた。東京もそうだったが、こちらも修学旅行で来て以来だったらしい。


 そんな中、一課長である平松が、捜査一課の「第二強行犯捜査・殺人犯捜査第一係長」という、規模の大きい府警(道警も道警本部では同様の部署がある)ならではの、長い役職名の付いた室野と、もう一人の同じ部署の部下である主任の畑山を連れて現れた。


 まだ倉野達は到着していなかったが、既に伊丹空港には着いたと連絡があったようで、

「そのうち来るんじゃないかな。まあそれまでゆっくり待ちましょう」

と平松は茶を飲みながら鷹揚に構えていた。エリート刑事の割に、案外のんびりした性格には見えたが、おそらくいざ仕事となると豹変するタイプだろうと西田は思っていた。


 ただ室野と畑山は、直接捜査に関与している西田と吉村に、佐田の事件についてある程度、本格的に府警と道警での「会談」が始まる前に「予習」しておきたい意図があったのだろう、世間話をしながらも、幾つかの点で軽く探りを入れてきた。


「道警本部の方から連絡があった分には、本橋が殺害したと言う佐田という人物の遺体は、丁度今年の夏になって発見されたらしいんですが、それは本当なんですか?」

タイミングが妙に良いことに、率直に驚いているようだ。言われてみれば確かにグッドタイミングと言えた。

「そうなんですよ。偶然ですがタイミング良く……。8年前に行方不明になって、おそらく同時に殺害されたと考えてるんですが。他の殺人の捜査の過程で、本件も浮かび上がりましてね……。そんな中、8月の末頃にうちの管轄で、遺体というか遺骨を見つけました。だからこのタイミングで犯人が名乗りでたというのは、よくも悪くも寝耳に水というか青天の霹靂というか……。しかも本橋が実行犯だってんですから、驚いたの何の」

畑山の質問に西田はそう答えた。

「それは偶然ということではなく、ある程度、別の事件の捜査で浮上した情報を元に見つけたということで?」

「正直言うと、確信を持っていた部分と、まさに偶然ということの、両者の産物ですかね。実際問題、8年見つからなかったということは、そう簡単に遺体が出てくるわけじゃないことを証明してますから。何せ最初に遺体が埋められた場所から、数年後に更に墓の中に隠されてましてね」

西田はそれまでの捜査を思い浮かべながら、室野と畑山に実感を込めて喋った。「墓標」の件は、歴史も含めて説明するのが面倒だったので、単に「墓」として喋った。

「墓ですか……。なるほど、それは隠蔽先としては発覚しづらいところを突いてきましたね。よく見つけたと思いますわ。ただ、後で『隠した』と言うのはどういうことですか?」

室野が細かいことに興味を示してきた。

「私も府警さんからの報告書を見た限りですが、協力者として2名居たとゲロったようですね。実は私共が追っていた別の殺人事件とは、どうもそのうちの1名が関与したと思われる事件でしてね……。おそらくですが、それが数年後に、遺体を墓へと移動させた張本人というのが、今考えてる筋書きなんですよ」

「ほう……」

室野と畑山が、西田の言ったことをどれだけ理解出来たかはわからなかったが、かなり複雑な話だけに、この場ではっきりとわからなくても仕方がないと、ある意味諦めていた。


「ところで、その本橋の方ですが、まさに突然自分の犯行を、有罪になった分含め洗いざらいゲロしたということでしたけど、何か契機となるようなことはあったんでしょうか?」

吉村が頃合いを見計らって逆に聞き出した。

「まあ洗いざらいと言っても、『誰に殺しを頼まれたんだ?』と聞いても、それについてはただ、『言いたくない』としか言ってない……。これまでは殺害すら認めてなかったものが、それを認めた上で、更に依頼者をバラしてこそいないが、依頼で殺人してたと認めたようなもんだから、事態は進んではいるんだがねえ……。それはともかく、きっかけついてはこっちもよくわからんのですよ、情けない話だが……」

と平松が突然口を出してきた。そして、

「拘置所から連絡を受けて、すぐに駆けつけて一緒に聴取した担当検事も言ってたけど、考えられるのは、執行を遅らせることが目的じゃないかとね。ただ、既に裁判で確定した事件だけ自供しても、あまり意味が無い可能性があるんで、一緒に発覚してない、道警さんの事件もゲロったってことなんじゃないかと思ってるんですわ。当初は死刑を遅らせるために、自白自体が虚偽じゃないかとすら考えていたんですわ。何せ相手が誰かわからない、勿論、本橋のことだから依頼者も誰だか言わないわけで……。場所も北見の近くというだけでよくわからない。ただ、わざわざいきなり北海道の、しかも北見という地名を出してこられたもんだから、念のため調べてみようとね……」

と続けた。


 なるほど、平松の言う通り、ほとんどが関西、稀に東京と言う一連の事件の犯人が、いきなり北海道の東の外れの地名を出して殺人を自白したとなると、逆に確認してみたくなるという心理が働いたのだろう。

「そしたらビンゴと来たもんですわ。聞いたこっちが驚いた」

そう言うと平松は乾いた笑い声を出した。

「いや、こっちも驚きましたよ。丁度我々はその捜査で東京まで出てきていたタイミングでした。今日も東京からこっちに直で来たんです」

「ああ、そういうわけか。これから来る倉野課長さんから、『2人ほど東京から来るからよろしく』という挨拶をされてね。こっちは警視庁から来るのかと、ちょっと不思議に思ってたところですわ」

ところどころに関西弁を隠し切れない課長は、西田の話で腑に落ちたようだった。


「東京に捜査で来ていたということは、本橋の事件は東京の方にも絡んでるんですか?」

畑山が再び口を開いた。

「いや、あくまでマル害(被害者)の人間関係・背景調査の一環です」

「そっちですか……。なるほど」

西田の端的な返答に畑山はそれ以上の言葉が見つからなかったか、それ以上何か言及することはなかった。


「そうだ! これ東京で北海道への土産にしようかと思ってたんですが、急遽こっちに来ることになったんで……。賞味期限もありますから、こっちで食べてください」

吉村が思い出したように、昨日デパートで買って、ホテルの冷蔵庫で保管していた舟和の芋ようかんの包みを差し出した。

「これはこれは。これね、東京の土産としては実は結構好きなんですわ。すぐにでも頂きたいね」

平松は相好を崩して受け取ると、女性職員を呼んで、すぐに切って持ってくるように命じた。西田と吉村も買ってきた張本人だがおこぼれに預かった。


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 そうこうしていると、内線でいよいよ倉野、竹下、柴田、田丸の4人が到着したとの連絡が受付より入り、須貝が下に迎えに出て行った。


「やっと来ましたな。さて、そろそろ仕事の時間と……」

平松はそう言うと、芋ようかんを全部頬張り、グビッと茶で喉に流し込んだ。遠軽の2名も自分の上司の到着と聞くと、途端になんとなくそわそわして、ソファに座り直した。


「どうも遅くなりまして。私が北見方面本部一課長の倉野、こっちが鑑識課主任の柴田、こっちが遠軽署の刑事課主任の竹下、そして道警本部から共助課の田丸課長。これから色々お世話になります。あとこれ大したもんじゃないですがお土産」

倉野ら4名が室野に案内されて室内に入って来て挨拶を交わすと、先程までの緩い空気がピンと張り詰めていくのを西田は感じた。道警本部傘下の方面本部という組織である以上、都道府県本部と比較すれば間違いなく格下とは言え、そこで捜査一課長を張っている人間と、府警の捜査一課長を張っている人間が対峙すれば、敵対関係でなくとも、やはりバチバチと飛び交う、陳腐な表現をすればオーラのぶつかり合いのようなものを肌で感じたわけだ。ただ、お土産が北見銘菓の「ハッカ樹氷」だったのには、多少クスっとしてしまった西田と吉村だった。


「ところで君らはいつ来たの?」

倉野は横に居た2人に急に気付いたような振りをして言った。

「30分程前ですね」

昨日、倉野に念を押されていた、時間帯を守っていたのだが、倉野は素知らぬふりをして、

「あ、そう。意外と早かったね」

と素っ気なく返した。


 着いたばかりの4人が落ち着くまで、そのまま応接室で応対していた府警側だったが、人数も多いということで、予定通りか、応接室から小さい会議室に場所を移し、すぐに本格的な小規模捜査会議が始まった。先程までジャブの打ち合い的な「非公式」な情報交換をしていた両陣営だったが、須貝と田丸も同席して、いよいよ「公式」に捜査情報を出しあう場となった。


 まず、本橋への道警側の聴取は明日の午前から行われると、平松、須貝から告げられた。拘置所側の都合らしい。マスコミには正式発表まで勘付かれたくないせいか、府警側も表立っては行動していないようだった。また、今回の北見の案件は、大阪府警には、基本的に一切の捜査権限が無いという認識だと、府警側から説明がなされた。既に発覚していた殺人分については、これまた既に有罪判決が確定しているため、警察庁指定の「広域重要指定事件(作者注・基本的に複数の都道府県にまがたる重大犯罪において、警察庁が指定して、各都道府県警が連携して捜査するもの。但し一都道府県で発生した事件であっても、他都道府県警に協力を求めた場合、警察庁が決定すれば、広域重要指定事件となる)」になり得ないためである。


 ただ、本橋の道警絡み以外の事件においては、使用拳銃の線条痕が一致していたため、過去には広域重要指定事件として取り扱われていた。本橋が自供した判決確定事件を捜査していた、府警以外の警視庁と兵庫県警は、府警からの連絡で既に10月5日に本橋に聴取したとのことだった。その際に、自分で喋ったこと以上については、聞かれても答えなかったか誤魔化したかで応対したので、これ以上聴取しても意味がない(実際裁判が有罪を前提に確定していたので無意味ではあった)として、警視庁はさっさと「撤退」していたのだった。府警側と兵庫県警側は、まだ完全に諦めたわけではなかったが、確かに実態解明以上の意味はないと言えた。


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 本橋幸夫が実行した事件は以下の4つ。いずれも拳銃の発射音が周囲で確認されていなかったことから、サイレンサーが用いられたと見られていた。


◯昭和62(1987)年3月16日月曜

大阪府寝屋川市にて、自宅玄関で38歳の主婦(平田 敏子)が胸部に銃弾2発を受けて死亡しているのを帰宅した小学生の次男が発見。当日午後に殺害されたものと見られる。


◯平成元(1989)年3月17日金曜

東京都品川区にて、有限会社・東央とうおうサービス事務所内で社長の久富ひさとみ丈人たけと(52歳)が胸部に銃弾を2発受けて死亡しているのが、翌日出勤してきた従業員により発見される 他の従業員が全員帰宅した前日の16日の夜に殺害されたとみられる。


◯平成2(1990)年8月22日水曜

大阪府箕面市にて、一戸建て自宅のリビングで、会社員の佐々木 孝雄(48歳)・文枝(45歳)夫妻が、孝雄が頭部に1発、文枝が胸部に2発銃弾を受け死亡しているのが発見される。死亡推定時刻から、8月20日の夕方から夜に殺害されたものと見られる。


◯平成3(1991)年4月20日土曜

兵庫県神戸市兵庫区下祇園町の一戸建て自宅玄関にて、元会社役員の行橋ゆきはし正嗣まさつぐ75歳が胸部に2発銃弾を受け死亡しているのを、お手伝いさんが発見。前日19日夜に殺害されたものと見られる。


そして、平成3(1991)年4月23日、岡山県津山市にて、別件の強盗事件の検問に本橋幸夫の乗用車が引っ掛かり、社内から拳銃が発見され、銃刀法違反で現行犯逮捕。その後拳銃の線状痕チェックで、それまでの犯行現場に残っていた銃弾の線状痕と一致。殺人容疑に切り替え再逮捕されたという流れだった。


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 いずれにせよ、これ以降の捜査において、道警側に逐一の捜査情報の開示は求めないという確認が府警側自身から呈示された。ただ関連する事案で、捜査によって未発覚の案件が浮上すれば、即報告して欲しいとの要請があった。つまり、道警を尊重した上での丁重な捜査協力のお願いをしてくれたわけである。当然それについては、道警側から断る理由はなく、田丸も倉野もこの時点で暫定的に受け入れた。


 大阪府警としてそう要請した理由は、地元大阪で、本橋への佐田殺害依頼の仲介などに関与した人物が居る可能性が高いからだった。今回も府警側の対応については感謝すべきであり、「垣根」を越えて良い協力体制を作っておくのは警察業務としても当然であった。


 そして明日の道警の聴取自体にも、府警の室野と畑山の両名も邪魔にならない程度に参加させて欲しいという要望があった。道警の聴取次第で、場合によっては他の殺人での依頼人からの連絡手段、報酬の受け取り手段が判るかもしれないという、「淡い」期待があったらしい。依頼人からどう本橋へとつながったかすら、先日の自供含め未だにわからないからだ。おそらくあったであろう金銭の受け渡し方法についてもまだ解明されておらず、最後の一縷の望みに賭けたいという思いを感じた。


 だが府警側は、今回の聴取でも、その部分について本橋が口を割るとは、ほとんど期待はしていないと語っていた。あくまで「念のため」程度の意識らしい。よく考えれば、これまでの厳しい聴取ですら耐えてきた本橋が、己の犯罪自体はとうとう自白したとは言え、連絡ルートと金の流れという、裏社会の仕組みの核となる部分について、いきなりバラすというのもご都合主義ではあるだろう。


 倉野と田丸はこの提案についてぼそぼそと協議し、倉野が最終的にそれを了承することにした。ただ、拘置所側から時間制限がされた場合には、極力最小限の尋問で済ませるように、倉野は平松に要求した。また、捜査情報の開示については、最終調整は道警本部と府警のトップレベルでの協議になるので、最終的な意思決定は自分達では責任を追えないと田丸は補足した。あくまで現時点での口約束に過ぎないと言うことだ。さすがに捜査共助課の権限程度で全て済ませられる次元の話ではないと、後から感じたからだろう。


 その後、平松からは、本橋の細かい経歴が説明された。本橋は高校時代から、大阪は河内方面の総番長として不良軍団を統率。喧嘩の強さだけでなく、頭が切れることやリーダーとしての資質を見込まれて、関西系の指定暴力団「葵一家」の組員になった。


 と言っても、当時は今程の権勢を誇る組織ではなかったようだ。今の組長である「瀧川たつかわ皇介こうすけ」に可愛がられ順調に出世の道を歩んでいたが、本橋の直属子分による組への不祥事により責任を取り、昭和61(1986)年8月に葵一家を離脱(形式上は破門された)し、フリーの一匹狼ヤクザとして活動。最終的には殺し屋になったという見立てらしい。


 ただ、離脱した後も、葵一家との関係は裏では完全に切れてはいなかったとする向きもあったと平松は言った。そもそも殺し屋になったことが、ある意味「組」からの要求の1つとして行われたという説もあるらしい。加えて、本橋が自供し始めた経緯についても、詳しい話が平松の口から語られた。


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 10月2日午前、朝食を回収しに来た大阪拘置所の看守に『話したいことがある』と告げ、看守部長が死刑囚独房の前で話を聞いた。ただ、内容が有罪死刑判決が確定した殺人の自供ということで、すぐに看守長に報告。看守長による再聴取を経て、大阪拘置所長(正式には矯正長)の指示により府警で捜査に当っていた捜査一課に連絡が来たとのこと。


 内容が内容ということで、捜査一課もすぐに畑山ともう1人の刑事を派遣。聴取をして、更に未発覚の殺人についても自供。この時点で府警上級幹部と協議。まずは発覚していた事件について聴取した上で、その後未発覚の事件を処理することを決定。府警外の関係機関(死刑囚を管理する法務省や起訴した検察庁など)、警視庁、兵庫県警に連絡、聴取を開始。それが済んだ後、大阪府警刑事部長が最終的に道警に照会することを決定。以後、部長から指示を受けた平松が道警に、府警の捜査共助課を通じファックスで報告したという流れだった。


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 ただ、この報告時点では、府警側も半信半疑か、それ以上に本橋の死刑執行遅延狙いのハッタリを疑っていたことは、平松も否定しなかったわけだ。未発覚の事件が、本当にあるかどうか捜査しないまま死刑にすることは、まずあり得ないからである。もはや死刑が確定している以上は、これ以上刑が重くなることはないわけだから、本橋としてはそれに「賭けてみる」価値は当然あった。ただ、これは仮に本橋の証言が事実だったとしても、刑の執行時期に影響するので、本当かウソかを問わず本橋にとっては自白する価値があったわけである。倉野からは、本橋に聴取で確認する事項として以下が挙げられた。


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◯本橋が殺したと言う相手の確定

これについては、佐田実である確率は高いものの、相手が佐田という認識はない以上、佐田とダミーを交えた複数の写真から選ばせるという手段を採る。佐田が殺害された件は北海道でもほとんど報道されていない以上、本橋は大阪拘置所に収監もされており、当該事件に関与した人物以外は知り得ない確率が高い、ほぼ秘密の暴露に当たる。


◯本橋に殺害を依頼した人物の確定

北見で殺害を依頼された人物を特定するために、殺害相手の確定同様、伊坂大吉とその他ダミー写真から選ばせる手段を採る。ただ、これまでの経緯から、本橋は佐田殺害の依頼者について口を閉ざしており、これを具体的に口を割るかは懐疑的である。伊坂大吉がどこまで事件に関わったかについては、警察も未だに確定事項とまでは捉えられていないため、秘密の暴露にはならない。


◯協力者2名の確定

殺害時に現場まで連れて行き、埋葬した2名の特定。上記同様、喜多川、篠田の写真とダミーから選択させる。これもこれまでの本橋の言動を考慮すると口を割るか、現時点で微妙である。


◯殺害方法・殺害場所(遺棄場所含む)

銃殺であったこと、場所が北見郊外であることと、鉄道路線が近くにあったとのことだったので、殺害現場近辺の写真が今回の捜査で撮影されていたこともあり、ダミー含め、それを見せて確認する。また当時の記憶証言からも判断する。これらに関しては殺害相手同様、ほぼ秘密の暴露に当たる(事件報道の地域限定性並びに道内における報道量自体の少なさ)。


◯殺害時の前後状況の聴取

どのように現場に行ったか、どのように殺害したか、その後の埋葬の状態などを聞き出す。これは詳細が一切表に出てないので、秘密の暴露に当たる。


◯犯行に至るまでの経緯と戻ってくるまでの経緯の確認

殺害依頼を受けてから、地元に戻ってくるまでの状況についての聴取。


◯本橋本人ではなく、本橋が使っていた拳銃の銃弾の成分と佐田の遺骨から検出された微量金属成分の分析。完全な殺害関与の証拠になる。これについては柴田と府警の鑑識課との共同作業。


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 これを基本線にして、道警側は本橋に聴取する予定であることを府警側に告げた。最後に改めて府警側の聴取参加を確認し、長い会議はやっと終わった。


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 会議終了後、倉野を始め道警の6名は、荷物を置くために府警近くの「大都ホテル」にチェックインした。東京で泊まったビジネスホテルと違い、有名な関西大手私鉄の系列のホテルだけに、かなり豪華な内装の部屋だった。その後は、鑑識ですぐに成分分析に入った柴田を除いて、須貝のセッティングした双方の捜査陣による会食をホテル近くの別の料亭で行った。官官接待とは言え予算がある府警の主催のせいか、それなりに豪勢な和食だった。吉村が無口なまま美味そうに食べていたのが妙に印象的だった。


 その場の会話で、府警側の平松、室野、畑山、須貝は、今回の捜査が、地方の小規模所轄である遠軽署の単独捜査により、過去の捜査結果さえもヒックリ返して行われたことを知り驚いていた。確かに殺人事件で本部からの協力なしに捜査することも異例なら、数年も前の過去の迷宮入りした単なる失踪事件を、誰の自白も無く殺人だったと暴くのも異例だ。もしかしたら、多少なりとも西田達を侮っていた意識があったかもしれないが、かなり払拭されたに違いない。


 会食が終わると、次の日以降の捜査もあるのでそのまま散会し、道警メンバーは夜の大阪城を見ながらホテルへと戻った。昼間の大阪城もいいが、ライトアップされた大阪城は壮観だった。ホテルのフロントで聞く分には、なんでも昭和30年代初期にはライトアップが始まっていたということで、その歴史の長さにも驚いた。


 部屋で一風呂浴びた後、缶ビールでくつろいでいると、隣の部屋の竹下が訪ねてきた。東京での捜査について、署への報告だけでなく直に西田に話を聞いてみたいようだった。


「政光の件、事件には直接関係したことはなさそうってことが結論のようですけど、建設会社を辞めて北見に戻ってくる前年の秋に、同僚相手に父親の大吉の件でかなり愚痴っていたとか言う話を、係長の東京からの報告で知りました。それについてどう考えてますか?」

「どうって俺に聞くってことは、何か引っかかってるんだな? 竹下は、政光は大吉から何か秘密を聞かされて荒れた、そういうことを考えているのか?」

「バレましたか……。もしかすると、一連の大吉がやったこと、もしくはその内の一部を息子に告白した、そんなところじゃないかと……」

西田はそう語った竹下にも、冷蔵庫から出して缶ビールを勧めると、

「ただ、東京に執着していた節のある政光に、『会社を継いでくれ』と頼んだだけかもしれんぞ。時期的には、翌年に大黒建設を辞めて、そのまま伊坂組を継ぐわけだし、そんなにおかしな話じゃない」

と疑問を呈した。

「それはそうかもしれません。ただ、係長が東京へ行った後で、私が北見で色々嗅ぎまわった限りでは、大吉が社長を辞める前年、つまり政光が秋に荒れた夜があったという92年の秋ですか、その年の夏頃に大吉の心臓に問題が出始めたことが、息子に継がせるきっかけになったようですね。実際、93年の12月に、病死とのことでしたが、正確には心臓発作で亡くなってます」

「病死については以前聞いてたが、心臓の問題だったか……」

警察でも死因については、病死という以上にはっきり把握しているわけではなかった。その点においては怠慢だったかもしれないが、捜査が圧力で実質上まともに出来なかったとなると、余り詳細に知る必要性も無かったのかもしれない。


「しかし、それ以前には、心臓に何か問題があったという話はなかったとも聞いてます。ピンピンしていて、実際ゴルフはそれまでよく行ってたみたいで。それはまさに『財界北海道』の記事なんかでも垣間見えるでしょ?」

言われてみれば、佐田が太助と大吉の同一人物を疑ったと見ている雑誌の記事も、大吉のゴルフ大会の写真付きだった。西田は納得したが、逆に疑問も膨らんだ。

「じゃあどうして心臓が?」

「昨日の白滝の火事に出かける前に、実は北見の高島病院と言う大吉のかかりつけだった病院にちょっと寄ってきて話を聴いてました。まあ以前から話を聞かせてくれと何度も頼んでやっとでしたが……。心臓発作の件もそこで初めて裏がとれまして……。とにかくカルテを見て確認してもらいましたが、3年前、92年の8月中旬から心臓の調子が悪くなり始めて、17日に病院を訪れたそうです。かなり精神的ストレスが溜まっていたような所見だったようです」

「8月17日か……」

西田はビールを飲むのを止め、竹下の言動に耳を傾けた。

「92年の8月17日以前に、大吉の心臓がおかしくなったということ、これは確実です。そして一見無関係ですが、そのちょっと前の8月10日に、篠田が湧別の工事現場で大吉からの電話を受けて、おそらく生田原の現場へ、佐田がちゃんと死んでいるか遺体を確認しに行ったこと。それから佐田の遺体の発掘、例の墓標への移動と言う流れです。そして、その過程で米田の殺害が起きただろうというのが我々の推理です」

「そういうことだな」

西田はひとまず竹下の言葉がただの「復習」だったことを確認し、一度缶に口をつけた。竹下は西田が飲むのを止めるまで黙っていたが、西田が大してビールを飲まなかったのを見届けると、すぐに口を動かした。

「その電話と大吉の心臓の不調発生の時系列が気になります。心臓は文字通り、精神面で直接的に相当の影響が及ぶ臓器です。その精神的負担が、大吉が篠田に佐田の遺体を確認させた原因、おそらく大吉への何者からかの脅迫と何かリンクするんじゃないか、そんな気がしてなりません。どうでしょう?」

西田はそれを聞くと、やおら立ち上がりカバンを開けた。そして完全に埋まった、以前の捜査メモの手帳を取り出し、すばやくめくりながら、

「課長から俺の札幌出張の報告を逐一聞いていると思うが、当時事件捜査の陣頭に立った、今は札幌西署の課長やってる沓掛という人の話は記憶にあるか?」

と尋ねた。

「はい、ありますね」

竹下は即答した。


「時期ははっきりしないが、おそらく今から5年前以内に、伊坂大吉が脅されているという噂を、北見方面本部のマル棒(暴力団対策担当刑事)から聞いていたらしい。そいつ自体は、伊坂組と関係がある双龍会の連中から情報として得ていたという話だった。それについては?」

と更に確認した。

「はい、聞いた記憶ありです」

西田はそれを聞くと話が早いとばかりに、話の核心に移った。

「もしその伊坂への脅迫話が、自分達が知った3年前の篠田と伊坂との電話でのやり取り、と同じものだとすれば面白いことになるな……。それに今の竹下の、大吉の心臓との関係との推理も絡むと尚更だ」

「なかなか興味深いですね。佐田はその脅しに精神的にまいってしまい、その後政光に会社を譲らざるを得なくなると共に、寿命も縮めたと……」

竹下は静かだが自信に満ちた口調だった。

「うむ、1つの説としてはありえなくはない。そして息子の政光は、単純に『家督』を譲られることを、北見に引っ込まなくてはならないという次元で嫌がったのではなく、その根本的理由を聞いて、荒れた」

「係長が考える根本的理由というのは、大吉が犯した罪について、一部にせよ全部にせよ、息子の政光に告白したという意味ですね?」

「そうだ……。勿論これまでのお前の意見を踏まえての話だ。大吉としても、体調不良を以って継がせるだけでも良かったが、実の息子に打ち明けることで、心理的な圧迫から逃れたかったとしても、そう不思議ではない。いや脅されていたとすれば、やはり言わざるを得なかったかもしれんぞ。引き継ぐのは仕事だけとは限らん。その後の脅迫への対応処理も含めてだった可能性はある」

「なるほど、あり得ますね」

竹下は頷いた。ただ、西田の説は自身が認めたように、竹下の説を元に再構築したに過ぎなかったが、竹下はそれを敢えて無視して話に付き合ってくれたようだ。


「しかし、佐田殺害の後で、喜多川や篠田からも脅迫されていたとなると、その時と比較して、大吉が精神的にやられ過ぎに思える。その差にはちょっと違和感があるなあ」

「確かにその点は気になりますね。ただ、高齢者の5年の差は案外大きいとは思います。精神的にも肉体的にもガクッと来ますから、全く想像出来ない差という程でもないかもしれません」

「そうか……。確かに佐田の殺害から米田の殺害まで5年というタイムラグがあるからな……。うむ、そういう意味ではありえなくもない」

西田はそう言うとメモ帳をパタッと閉じた。


 竹下はここで初めて缶の口を開けると、ゴクゴクと一口でかなりの量を飲んでから、改めて話を切り出した。

「ところで、大吉が3年前におそらく佐田の件で脅されたって話、係長はホシについて目星付いてますか?」

唐突な質問で西田はちょっと面食らってしまい、

「いや、想像もつかんな……」

と言うに留めた。

「そうですか……。でも、佐田の失踪について知っている上、それが伊坂と関係があるかもしれないと、3年前の夏には知っている人間がいるでしょ? ほぼ確実に直接関与しただろう篠田と喜多川除いても」

「……。佐田実の遺族と兄の譲か?」

西田は竹下に指摘されて初めて気が付いた。

「はい。現状それを知っているのは当時の警察、つまり南雲さんでしたっけ、その人か北見方面本部の人間か佐田の家族ということになります」

「しかしなあ……、佐田の遺族がか……。さすがにそれはないと思うぞ?」

刑事としては失格とも言える、情に流された末の発言だった。まさかあの佐田の家族がそんなことをするはずがない。そういう考え故の結論だった。竹下はそこを突いてきた。


「いや、係長! 客観的に見れば一番怪しいのは事実です。それに、その脅しが必ずしも悪意から出たとは限りませんよ?」

西田は救いを求めんばかりに、

「竹下、それはどういう意味だ?」

と答えを求めた。

「重要なのは、4年前、91年の初冬に、手紙と証文という新たな情報を佐田家の人達が警察に提出しても、警察は使い物にならなかったということです。そうなると、自分達でなんとかして暴いてやろうという気持ちになっても不思議ありません」

「つまり伊坂へ陽動作戦に出たってことか?」

「ええ、その可能性はあり得ます。はっきりと手紙と証文と大吉の関係についてはわかってなかったでしょうから、何かそれらについて匂わすことで、伊坂の動きを見るということですね。ボロを出すかもしれないと考えた……」

西田もここで缶に口をつけた。唇を潤した程度の量だったが。竹下は上司が缶をテーブルに置くまで待つと、

「問題はですねえ……。例え陽動作戦だとしても、伊坂のそれに対するアクションをどうやって事件と結びつけるか考えると、四六時中張ってるわけにもいきませんから、捜査の素人がそれをすることが現実的かと言われると困る。そうなると、死んだ実同様、結局は『金』目的ということにもなっちゃいますが……」

と続けた。

「いや、やっぱりそれはない!」

西田はきっぱりと否定した。

「そういう連中じゃないよ! 俺には判る。実の財産処分で、妻子は証文と手紙を発見した4年前には、少なくとも金に困っていたということもないんだから!」

多少酔いも回っていたか、少々子供染みた言動になっていた。

「刑事の勘ですか? それともただの情ですか?」

竹下は痛いところを突いた。

「どっちもだ」

「そうですか……」

竹下は困ったなという口調になったが、

「係長がそこまで言うなら、そうなんじゃないですか……」

とポツリと言った。それが理解出来たという意味なのか、ただ追認しただけなのかは西田には、その瞬間は見当がつかなかった。


「実際自分で先に言っておいてなんですが、もし伊坂が佐田の遺族に脅されたとして、それで伊坂が心労を起こして困る程、佐田家は真相に近づいていたかどうかを考えると、さっきも言ったように正直難しいのは明らかです。手紙も証文も、ただ見ただけじゃ、はっきりわかりませんからねえ。遺族が実同様、『財界北海道』か伊坂組の社史でも熱心に読んでない限り、手紙や証文の「伊坂太助」と「伊坂大吉」を同一人物として結びつけていた可能性はほとんどないですよ。結局、すぐにわかる『同姓』程度なら、脅されても大吉としては、『赤の他人』で無視出来るはずです。証文の指紋については、一般人が判断どうこうは無理でしょう。大体伊坂は警察に取り調べられてるのに、政治家まで使って切り抜けてるような奴ですから、しらばっくれようと思えば出来るはず」

竹下は急にやけに弱気な言い回しに変えてきた。そうならば最初から気になるようなことを言ってくれるなとも思った。とにかく西田は竹下の言動の「変化」に多少安心したが、そうなると今度は別の意味で困ることになった。

「じゃあどうなるんだ? まさか警察側か?」

「実際あり得ないと言い切れる程の確信はないですよ。ただ、連絡が行った北見方面本部の捜査員が関与しているとすれば、何故4年前、91年の初冬に佐田家が出してきた情報を、3年前……、つまり翌年である92年の8月まで黙っていたかわからない。時期的に中途半端過ぎませんか? 当然ですが、もし脅すとなると、証文と手紙について、それなりに事実かどうか調べているはずなんです。それが捜査として行われた上での情報なのか、つまり捜査としては隠蔽された末に脅迫を行ったのか、或いはただの警察自体は怠慢捜査で、情報を知った捜査員が個人的に調べた上での脅しなのかはわからないにせよ……。とにかく、いずれであっても調べれば同一人物だということはすぐにわかることです。だから脅すならすぐ脅す、実績を挙げるなら捜査に持っていくのどちらかを早い段階で選択出来ると思うんですよ。そういうわけで、タイムラグについては、後から何か、例えば伊坂組の創立40周年社史をたまたま見たとかで、偶然太助と大吉の改名について知ったとかそういうことでしか説明が付かないんじゃないかと……。まあそれでも釈然としないんですよねえ」

どうにも合点がいかないのか、首を何度か捻った。ただ、伊坂に対する脅迫についての考察自体は、竹下はあらゆる可能性を考えているなと西田は思った。


「確かに、佐田家から警察に手紙と証文の情報が行った時期は91年の冬……。大吉が92の8月に脅されたとしたら、その時期に妙に長いズレがある。この説明が難しい。ひょっとすると、これまでで全く考えもしていない奴が、途中で何か知ることになり、介入してきたという可能性は否定出来ん。余り予断を持たない方がいい」

上司が話を広げたので、部下としては多少救われたか、

「そうですね。可能性は色々ありますか……。取り敢えずは目の前の本橋の聴取に注力すべきかもしれないです」

と、西田の意見に乗った。

「それが賢明だと思う」

西田はそう言うと、ビールを飲み干した。

「それにしても本橋の聴取ですか……。一筋縄ではいかないんだろうなあ……」

竹下もビールを空にすると机に置いた。

「明日で大方決まることになるのかどうなのか……。なんか楽しみでもあり、何故か怖くもあるな」

西田は笑みを浮かべてそう言うと、切れ者の部下も、この時ばかりは多少上気した顔で微笑んだ。


「さあ、今夜はここまで! 明日に備えて寝ようか」

「じゃあ、そういうことにしますか」

そう言うと、竹下はビール缶をゴミ箱に捨てようとしたので、西田はそれを制して、そのまま部屋に戻るように促し、竹下は

「どうも」

と、それに対し一言礼を言うと部屋を出た。


 西田はやっと1人になると、「寝ようか」と言った癖に妙に目が冴えていたので、ホテルの窓の外に見える、ライトアップされた大阪城をしかと見据えた。

「明日はいよいよ大阪『秋の陣』の火蓋が切られるのか……」

そう自分に言い聞かせるように言うと、カーテンをザーっと勢い良く閉じた。そしてテレビを付けて30分ほどベッドの中からニュースを見ていたが、ふと気付いた時には早朝のニュースが既に始まっていた。

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