第5話 序章5

 取り敢えず全員で昼食を摂り、午後から掘られた跡を調査する作業が始まった。スコップの足りない分は、遠軽署に残っていた署員に持ってきて貰い、まず3箇所を3人ずつに掘らせて一気に調査した。しかしながら、3箇所共に深くまで掘り返して、念入りに調べたが何も出てこなかった。この時点で小村が指摘したように、「掘ったのではなく、掘り返した」可能性が高くなった。


 もし何かを埋めるために掘ったのなら、6箇所中3箇所から、何も出ないなどということが起こる可能性は、極めて低いからである。わざわざダミーの為にそこまでするのかという疑問と、足跡の跡や状況から居た人間は1人である可能性が高いので、作業量を考えると、かなり無理があるわけだ。


「これはどうやら小村の言う通りだったな……」

西田は小村に声を掛けた。

「どうも、やっぱり何か埋めたものを探す為に掘った可能性が高いですね、こうなってくると……」

小村もスコップを地面に突き刺すと、汗をぬぐいながら言った。

「と言うことはだぞ。残り3箇所から何か出てくる可能性は低くなったのかな?」

課長がまいったなという表情を浮かべつつ弱音を吐いた。

「そこら辺はわかりませんね。ただ確実に言えるのは、幽霊があの事件以降消えたのが、事件があって警察沙汰になったからなのか、目的のものを掘り返すことに成功したのかがそれでわかるって話じゃないですか? 一方で、だとすれば、この掘った跡から何か出てくる可能性は、幽霊が中途半端にしかモノを回収できなかったケースに限定されますね。見逃した場合や、最後に掘り返した穴を十分に調べている暇がなく、吉見の事件だか事故だかのせいで、すぐに埋め戻す必要があった場合とか……」

竹下の回答に課長の沢井も西田も頷いた。


 取り敢えず、先に掘ったメンバーを疲労を考慮して入れ替えて、残りの3箇所を捜索することにしたが、案の定何も出てこなかった。結局のところ、幽霊は穴を掘って何かを回収してしまったと言うことなのだろうか? 徒労に終わったことで、現場検証チームは地面に思わずへたり込んで、しばらく黙ったままになった。


「実は、大したものを探していたわけじゃなかったって話だと良いんですけど」

黒須が人ごとのように言う。

「いや、真夜中にこんなところでずっと隠れるように行動してんだから、何か見つかったらマズイものに決まってる!」

思わず、課長が珍しく語気を荒げたが、長年の刑事の勘という奴が騒いだのだろうか。そしてすぐに冷静に続ける。

「とにかく、確実に言えることは、幽霊は回収に成功したか、それとも……」

「それとも未だに掘り返してない場所に何かが埋まっているか」

課長の言葉を西田が無意識に継いだ。

「その通りだ」

課長が西田の方を一瞥すると同時に、小さく且つ力強く言った。


 それから5分程、これからどうするか課長と西田、竹下の3人で協議していた中、突然大場が声をあげた。

「ちょっと見てください!」

「どうした大場?」

竹下が問い掛けると、

「今掘った6箇所に、ちょっとした共通点があると思うんですよ」

と答えた。それを聞いて、大場以外のメンバーが、叫んだ時以上に大場へ強い視線を一気に集めた。大場は、それにとまどった表情を浮かべたが、6つの箇所をそれぞれ指で指すと、

「どの場所にも、他より太い白樺の木がありますよね?」

と指摘した。確かに、白樺の木は点在はしていたが、太い白樺の木の根元と6つの穴は一致していた。

「それでですね、このちょっと先にもう1本、特に太い白樺の木があるんですよ」

大場が新たに指した場所には、なるほど、他の所より更に太い幹の白樺があった。他の太い白樺よりも、周りに違う種類の木が何本かあったので、多少見えにくい場所にあるが、確実に今までの6本より太い白樺の木だった。心なしか、その白樺の周囲の他の木も太いように思えた。その場所は先程西田が掘られたような痕跡はなかったと確認していた。

「あそこはさっき俺が調べたが、掘った跡はなかった。ということは、もし大場の言うことが合っていれば、まだ一切掘られていないことになるな」

西田がやや興奮気味に言った。

「これはラストチャンスが与えられたってことかもしれないな」

課長がやや興奮気味に言うと、

「おい、おまえら、さあさあ全員で掘るぞ!」

と一声活を入れた。


※※※※※※※


 再び気力を取り戻した捜査員達は、課長の指示の下で、数分で50センチ以上掘り進んだが、特に何か出てくる気配はなかった。さすがにここもダメとなると、もはや体力の限界という現実にぶち当たるわけで、全員があきらめかけた瞬間、黒須のスコップが不自然に動きを止めた。


 そしてスコップを後ろに軽く、素早く投げ捨てると、無言のまま軍手で土をはき出した。明らかに何かを見つけた動きに、一緒に掘り進んでいた捜査員達も一度手を止めて、黒須の動きを凝視し続けた。その沈黙が20秒ほど続いたろうか、

「ありましたね」

と、静かだが勝ち誇ったように黒須が言った。


 そこには、あばら骨と思われるアーチ状の骨の一部が剥き出しになっていた。課長も一瞬色めき立ったが、この時点ではまだ人間のモノかどうかはっきりしなかったので、努めて冷静に、

「慎重に全部掘り出して確認しろ!」

と指示した。手を止めていた捜査員達も、鑑識を中心に慎重に掘り進めることを再開し、すぐに人間の頭蓋骨がでてくると、

「おおっ!」

という声がどこからともなく上がった。


 そこからはスムーズに作業は行われ、人間の一体分の全身骨格が現れた。誰に指示されるわけでもなく、西田ら捜査員はそれを見て黙って手を合わせた。


「頭部に鋭利なものでやられたような陥没跡がありますね。間違いなく致命傷ですな」

鑑識主任の松沢が課長と西田に話しかけた。素人が見てもわかるように、頭蓋骨頭頂部に小さい陥没によって出来た穴が開いていた。

「ツルハシか何かかな」

「間違いなく」

西田の問いに松沢が即座に返答した。


「埋められてから数年は経ってるように思います。完全に白骨化とまでは言えないから、おそらく3年から5年程度じゃないかな」

「松沢の見立てじゃ3から5年か……。しかし今頃になって何故探しに来たんだろうな」

と、竹下が横でポツリと言った。

この時点で単なる死体遺棄ではなく、殺人事件として、人魂・幽霊騒ぎから発展したことが確定していた。


※※※※※※※


 遺体を完全に掘り出すまでそこから10分。更に他に遺留物がないか1時間調べ上げて、取り敢えずほとんど骨になった遺体を、慎重にビニールシートに載せた。犯人が持ち去った為だろうか、衣服の着用、発見はなかったが、頭蓋骨の歯には治療痕が残っていたので、被害者が誰なのか確定することは、捜索願が出ていれば、確率的に低いとは言えないはずだと西田は思っていた。


 既に常紋の鬱蒼とした森の中は、日影になってやや暗くなり始めていたが、捜査員達は一時徒労を覚悟しただけに、「得た」モノの大きさに活気づいていた。確かに殺人事件の発覚という時点で不謹慎な態度だったのかもしれないが、刑事にとっての殺人事件捜査というものは、一般のそれとは違う感覚である以上仕方がなかった。そして、犯人を捕まえることが、何よりの仏への弔いになることもまた否定できない事実だった。


 課長の計らいでその場で30分ほど休憩した後、遺体と共に遠軽署に戻ることになったが、休憩中も鑑識の松沢と三浦は遺体を丁寧に調べていた。さすがにそれを見て、他の捜査員達も勝手にリラックスするというわけにもいかず、彼らの作業を立ったままじっと見守っていた。そんな中、小村が、

「それにしても、奴は何故一番太い木に気付かなかったんでしょうねえ。時間が足りなかったのかな?」

と独り言のように言った。それを横で聞いていた竹下が、

「その可能性もあるけど、ほら、横にも幾つか太い落葉樹があるだろ? それに白樺が重なって太さに気付かなかったかもしれない。まして人目を避けて完全な夜に活動していたとなると、いくら灯りで照らしてもよくわからなかっただろうし」

と一説を披露した。


 確かにこの時間帯になってくると、森の中では色々と見辛い部分が出てくる。そして竹下の発言が終わるのを待っていたかのように、松沢が手を動かしながら淡々と語り出した。

「この白樺を中心に周りの木が、余り日が当たらない割にやけに太いのは、遺体が腐敗分解していく中で、土中に栄養分として供給されて、それが影響してるんですよ。まあ仏さんには申し訳ないが、肥料になっちまったって話ですわ」

「うーむ、なるほど」

それを聞いて課長が周囲を見回しながら唸った。


 遺体は、骨盤の形状から男性で、身長が165センチ程度の割と小柄、左脚に骨折の痕があるらしいことが、念入りに調べていた鑑識の彼らから刑事課の面々に告げられた。全身の骨格がまるごと残っていたことで、かなり有力な事実がその場でわかってきたが、更なる科学捜査での詳細な検証でもっと色々なことがわかってくるはずだ。


 既に署に遺体発見の連絡はしてあるので、捜査本部立ち上げの前に、所轄の鑑識よりエリートである、道警北見方面本部の鑑識係が派遣されてくることだろう。その先には、場合によっては道警本部の科捜研が絡んでくるかもしれない。


 取り敢えずの休憩を終え、遺体や新たに見つけた遺留物と共に、更に暗くなった小径を車を駐めた場所へと戻る西田達の足取りは、心地よい疲れのせいかむしろ軽かった。車での遠軽署への移動も行きより早く感じたのは、決して西田だけの印象ではなく、遠軽署の他のメンバーも同じだったに違いない。


※※※※※※※


 署に戻ると、彼らの「凱旋」を、連絡を受けていた署長が、玄関の前で待ち構えていた。久し振りの大きな案件だけに、署長の力の入り具合が明らかに違う。遺体を運び入れながら、沢井課長が槇田署長に軽い挨拶と概要の説明を行った。


「いやあご苦労さん。まさかのでかいヤマにぶち当たったな。これからが大変だが、是非とも仏さんのためにも、遠軽署の名誉のためにも解決してもらいたい!」

そう署長が課長を労いながら言うと、

「今回は、西田係長が積極的に動いたのが功を奏しました。彼を褒めてください」

と、沢井が部下である西田への配慮を見せた。

「そうそう、西田係長が現場検証のやり直しを直訴したんだったか。よくやってくれた!」

署長はそう言うと、西田に握手を求めた。

「いえ、署長にはすんなりと再検証の許可を出していただきまして、こちらこそ助かりました。吉村刑事の情報収集のおかげもありましたし」

「なるほど強行犯係、いや刑事課全体の勝利か……。とにかく、問題はこれから先だな。更にがんばってもらいたい!」


 そう激励した署長の喜色満面の笑顔は、西田の春の着任以来始めてみるものだった。しかし署長の言う通り、問題はこれから先だ。身元確認は当然、犯人逮捕までいけるかどうかであり、そこまで考えると、彼もすんなりと喜んでいるわけにはいかなかった。また、捜査本部立ち上げともなると、道警北見方面本部、札幌の道警本部からの指示に従わなくてはならないので、独自捜査の裁量も狭くなり、所轄刑事課としてはやりづらい側面も出てくる。本部からの応援組は優秀だが、同時に官僚的であることは、西田自体の経験から理解わかり切っていることだからだ。


 刑事課の部屋に戻ると、留守番していた刑事課の他の係のメンバーから、盛大な祝福を受けた。彼らも捜査本部が立ちあがったら、強行犯係同様、捜査協力をすることになるせいか、力が入っている様だ。殺人事件の捜査は警察で言えば花形だけに、普段別の係として強行犯案件にほとんど関わりがなく、更に平和なローカル署だけに応援捜査の経験すらあまり積めない彼らにとっては、ある意味貴重な経験になるはずだ。勿論西田達もそういう経験は少ないだけに、人のことをとやかく言えた義理ではないが……。


 ただ、そんな彼らの祝福に応えて一緒になって喜んでいる暇はなく、西田と竹下はすぐに捜査資料の作成をしなくてはならなかった。捜査用の作業着から着替えると、すぐにデスクワークに入った。そして北見方面本部の鑑識係が遺体を引き取りに来たのは、彼らがひと息ついて夕食にでかけようとした頃であった。

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