第4話 序章4

 その後課長に北見での聴取内容を説明し、その結果として再度の現場検証の必要性を説くと、課長もすんなりと同意してくれた。吉見の死とは直接関係ない、幽霊の行動そのものの事件性については確実性は弱いものの、刑事課自体がそれほど忙しくないこともあり、気になる点はチェックしておくべきという判断が上司にもあったのだろう。


 勿論、場合によっては吉見の死に関係する新たな発見があるかもしれない。不審死や幽霊の「消失」から日数が経っていることもあり、できるだけ早い時期の捜査が必要である。署長にも報告して許可を得た上で、天気予報が晴れということもあり、早速翌日の朝から刑事課の他の係の一部、警備・生活安全課、鑑識などからも応援を得て行うことになった。


 翌日の早朝、現場には、おそらく人気内山中の普段では考えられないであろう数、具体的には18人の「人間」が周辺を静かに蠢いていた。念のため熊避けの鈴を数人が持ってきてはいたが、これだけの人数に驚かない時点で効果はほとんどないように思われた。更に刑事課の数人が拳銃所持を許可されていたが、熊に拳銃がどれほど効くかは、彼ら自身半信半疑だっただろう。否、ライフル銃でもなければ効かないことはよくわかっていたはずだった。


 事件からほぼ一週間経ったとは言え、人がほとんど入ってこない場所だけに、事件発生からそれほど変わっていないように西田には感じた。立ち入り禁止の「規制線」は、場所が場所だけに必要性がなかったこともあって、2日ほどで丸山に回収してもらっていたが、「人魂」の本体と思われた下足痕げそこんは雨がこの間1度しか降らなかったこともあり、まだかなり残っていた。


 保線区員も気を遣ったのか単に死者が出た場所を忌避したのかはわからないが、余り現場に近づかなかったようで、前回から新たな長靴らしき痕跡は見当たらない。ただ、おそらく鉄道写真の撮影に来た、新しい他者の下足痕はあった。幸い、おそらくだが「彼」はそれほど現場を荒らすことなく立ち去ってくれたようだ。一応事件に関連がないと断定はできないので、鑑識に頼んで型を採って貰った。


 今回の現場検証の方針として、特に力を入れなくてはならないのは、前回検証しなかった場所において、吉見の死に関係しそうなものの発見、「発光体の元」が持ち主である遺留品の確保、或いはそれが一体なにを目的としてここに居たのかを認識できる証拠の発見にあった。そのため、割と早めに前回見たところは切り上げて、同心円状に徐々に目視による捜査を開始した。ただ西田、大場、小村の強行・盗犯係3人の面々は、同心円状ではなく、前回出来なかった人魂の靴跡を追跡することに専念した。吉村、黒須、澤田は他の応援組と共に同心円状をしらみつぶしに、沢井課長と主任の竹下はそれぞれそれらの指揮をしていた。


 土の部分が現場から離れるとすぐに草地が多くなるので、かなり念入りに調べると、30mほど現場から遠軽方向に離れた辺りの土の部分に、再び痕跡を発見。追跡の歩みを更に進めると、運転士達が証言していた「発光体」の出現地点の手前辺りに、たき火をしたような跡を発見した。


「係長これですかね、人魂の正体は?」

大場が叫んだ。

「いやちょっと違うんじゃないか? ここは軽く窪地になってるし、線路方向に木がびっしり生えてるから、向こうからは見えないんじゃないかな?」

西田も一瞬、人魂の正体を発見したような感覚を覚えたが、咄嗟の小村の冷静な一言で考えを改めた。

「なるほど、小村の言うことは一理ある。ただ、このたき火自体は、幽霊騒ぎの奴がした可能性は十分にあるな。鑑識呼んで遺留物調べさせないと」

「確かに言われてみれば、小村さんの言うとおりですね。一方でたき火の周りの足跡を見ても、係長の言うとおりたき火したのは奴の可能性は高い」

燃えかすをしゃがんでじっと見ながら、大場も頷いた。西田は更に周囲を見回す。足跡の方向はまだ複数、先まで続いているようだ。

「まだ向こうの方まであるな。大場、ちょっと鑑識呼んできてくれ。俺は小村と先の方まで調べるから」

「わかりました。鑑識呼んできたら俺もそっち行きます」

そう言うと、大場は元来た方向へダッシュした。

「さて、小村はそっち方向の足跡を辿ってくれ、俺はこっちを行く。他の奴は、あっちで捜査してる課長達の仕事が終わってから、応援呼んでじっくり調べればいい」

そう指示すると、ゆっくりと2人はそれぞれの方向へ散らばった。


 大場と共に鑑識の三浦が戻ってきて、色々調べ始めてから更に15分ほど経ったころであろうか、30mほど離れた場所を捜索していた小村が突然声を上げた。

「係長! こっちに何か掘ったような痕跡があります!」

西田と別の所を捜索していた大場が小村のところへ行ってみると、確かに最近地面をいじったような跡があった。

「ここら辺りにも下足痕が結構残ってるな。何かを埋めたのか?」

「幽霊」がなるべく見つからないようにしながらした作業である。場合によってはとんでもないモノを埋めた可能性はある。

「どうでしょう。逆に掘り返した可能性もありますよ。取り敢えずスコップ持ってきて掘り返しましょうか?」

小村の問いに、

「うーん、いや、もうちょっと周りを調べてからにしよう。他にも何かあるかも知れない。きちんと全部を調べ上げてからにしたほうが良いだろう」

そう西田が答えると、3人は持ち場に戻って再び調べ始めた。一通りの鑑識作業を終えた三浦にも手伝って貰うことにした。


 すると5分もしないうちに、西田の持ち場にも地面が「いじられた」場所が複数見つかった。大場と三浦が発見したものも含めると、合計6つもあった。その後も靴跡が追跡できる場所はしらみつぶしに調べ上げたが、更なる発見はなかった。西田はこれ以上はないと判断し、元の場所に戻って課長とまず相談することにした。


 西田から話を聞いた課長は、

「なんだって? 本当か!?」

と驚き、

「何処だ? 早く見せろ!」

と西田に連れていくように急かした。

課長を連れて3人の元に戻ると、山側の少し小高くなっている、やや離れたところに3人が固まって何かを見ていた。

「おい、そこで何やってんだ? 課長が来たぞ!」

と西田は叫んだ。

その声に気付いた大場が、

「課長、係長、ここに面白いものがありますよ」

と叫び返した。大場に言われてしぶしぶ行ってみると、簡易な石碑らしきものと墓、かなり朽ちた卒塔婆があった。面白いと言う言葉とは到底無縁のものであった。本人も本当に面白おかしいという意味で言ったのではないだろうが。

「なんじゃこりゃ?」

西田は突然出て来たモノに少々面食らって言った。課長も先程聞いたのと全く関係ない話で戸惑っているように見えた。

「石碑を見る限りですが、常紋トンネルのタコ部屋労働犠牲者の慰霊碑か墓標でしょう」

小村の指差した石碑には、若干風化していたが、確かに常紋トンネル殉難者慰霊の字が読み取れた。

「卒塔婆があるってことは、ここに犠牲者の遺骨か何かが埋まっているのか……」

常紋トンネルの逸話を思い出し、思わず手を合わせた西田だったが、課長と他の3人も西田を見て同様にした。しばらくの黙祷の後、目を開けて振り返るといつの間にか竹下も様子を見に来ていたようで、状況を察し黙祷していた。


 改めて石碑の部分を詳しく見ると、西田が黙祷の前に思った通りで、周辺の探索の結果見つかった遺骨が納められているらしい。昭和52年の秋に建てられたようだ。

「こんな山の中に埋葬されるんじゃ、死んでも報われんな、タコ部屋労働者は。誰も普段お参りなんてしてくれないだろ、こんな辺境にあっちゃ……」

西田はボソッと言った。

「いやさすがにここを辺境というのは、人気がないとは言えちょっとオーバーじゃないですかね? 鉄道も近くを走ってるし」

大場が笑いながら言ったが、

「いや十分辺境だろ? 半径数㎞、人っ子一人いない山の中だぞ!」

と少々大人げなく反論する西田であった。課長も、

「辺境か……。そうなるとまさにこれは辺境の墓標ということになるな……。うむ、確かに大げさかもしれないが、この寂寥感というか、そういうものを表現するのに『辺境』って言葉の選択は悪くない」

と、神妙な顔つきで頷きながら静かに言った。

「そんなもんすかねえ……」

多少不満げに大場は言った。しかしその直後、

「こんな状況だと、うちらが掘り返して骨が出て来ても、『こっち』の骨の可能性もありますよね?」

と、鑑識の三浦が、刑事課の4人がこれまで敢えて言わなかった「死体遺棄」の可能性に突拍子もなく言及したことに、刑事達はちょっと驚いて顔を見合わせた。だが実際問題、「幽霊」の謎の大掛かりな行動を考えると、死体が埋められている可能性が全くないとは決して言えないだろうと、刑事達は僅かだが思い始めてもいた。そして墓標から離れ、課長に6箇所の痕跡を見せると、

「これは確実に何かあるな……」

と呟き、

「ひとまず『腹が減っては戦が出来ぬ』って奴だ。飯食ってから一気にやろう!」

と西田達に指示した。

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