第222話 名実131 (313~314 犯罪へと1)

 しかし、それに対してにべもなく自分の話を続ける。

「さすがに私も憤慨して、『何てことを仕出かしてくれたんだ!』と、電話ながら詰め寄るかの如く文句を言った記憶がはっきりとあるが、あの男は、『あんたに協力してもらうには、無理にでも巻き込む必要があったからな』と平然と言い放ちおった。こうして私は、佐田を殺害することに否応なく加担することになった。伊坂以上に失うものは、当時の私の方が大きいと言えた訳だから。私が別人に成り済ました上、それが戦中の召集回避目的だったとバレれば、議員以前に人間としての信頼を相当失い、政治生命を絶たれることとなる。これまで積み重ねてきたモノが、一気に全て消え去るという恐怖感は、言葉では言い表せないぐらいに相当のモノがあった。当然佐田の狙いは、私が所属する箱崎派と葵一家との関係だった。以前、強いコネがあるという話を伊坂にしていたことが仇となってしまった……」

「しかし、佐田からあなたに実際に脅迫行為があったんですか?」

西田はその点を確認してみると、

「その話が出てから、……その話があったのは9月のおそらく上旬だったと思うが、9月の末程度を目安に佐田を始末したいというので、箱崎先生に瀧川と連絡が付くように頼み、瀧川には直接、殺害に関与出来る人材を、金銭で北見に派遣するように依頼した。そして瀧川からは、『信頼できる本橋という男を北見に寄越す。一応拳銃で殺る予定だが、細かい計画などは現地そっちの状況がわからないので、そちら側に基本的に任せたい』という返事が来た。しかし、実際に殺害が行われるまで、私には一切の脅迫などはなく、今となってみれば、伊坂が本当に佐田にバラしていたのかは不明というのが正確だろう。実はその後何年かして、伊坂にその話を確認してみたが、『実際にバラした』とその時も言っていたがね」

と答えた。


「脅迫が無かったのなら、それこそしっかりと確認すべきだったのでは? 或いは、実際に脅迫が来るまで待ってみるとかあったんじゃないですかね?」

吉村も、さすがに訝しげに大島を睨みながら尋ねた。

「君はそう簡単に言うが、相手に何をどこまで知っているか、どうやって探りを入れるかは相当難しい話だ。それにこの年の11月に、当時の中根内閣が後継に譲る為に総辞職するという話が、丁度その頃出ていて、後継候補の最右翼だった竹岡先生が組閣した場合には、私も農水大臣として閣内入りする可能性があることが、当時既に内々に申し渡されていた。結果的には次の改造内閣まで待つことになったが、そういう状況ではトラブルは出来るだけ早く、未然に防ぐことが最も重要だった訳だ」

大島は、吉村を諭すように説明した。


 一方で当時の政治状況を見れば、大島の証言通り、1987年11月6日、アメリカとの安定した関係を活かし、それまで長期続いていた中根内閣は内閣総辞職をしていた。そしてその後の10月31日に、既に民友党総裁に就任していた竹岡が、内閣総辞職同日に内閣総理大臣として選出され、竹岡内閣を組閣していた。確かに政治的に重要な時期と重なっていたのだ。


※※※※※※※作者注


 ここら辺の実際の政治動向については、

第三次中曽根内閣

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC3%E6%AC%A1%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%86%85%E9%96%A3


中曽根裁定

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E8%A3%81%E5%AE%9A


竹下内閣

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%8B%E5%86%85%E9%96%A3


を参照ください


※※※※※※※



 これまでの西田の見解であれば、佐田が自ら大島海路の正体を知り得たことはあり得ないというものだったが、さすがに伊坂大吉が率先してバラした可能性があるとすれば、その前提が崩れてしまう。ただ、佐田実が実際に大島を脅迫した事実が無かったとなると、東京に居た政光も、詳細に事情を把握していなかったこともあり、真相は闇の中というのが実情だった。西田は、大吉も佐田実も死亡している以上、この点については真相が明らかになることはなさそうだと諦めつつあった。


 それにしても、以前の取り調べで大島に対し、大島の正体が小野寺道利であることを既に把握していると伝えると共に、伊坂政光の自供から、「佐田実が大島の正体が小野寺だと知っている」と、伊坂大吉が当時大島に嘘を付いていたのではないか? として突き付けたことがあった。その時、大島は黙ったまま怒りを押し殺していた様な印象を西田は受けていた。


 だがこうなってくると、事実関係そのものがまず違っているのだから、その感情の源泉は、少なくとも大島が伊坂大吉に騙されていた(勿論、伊坂が佐田に、わざわざ大島が小野寺であるとバラしたということ自体が、実際には嘘の可能性もあったが)ことを知ったからという理由では確実に無かったことになる。


 その理由についてまで聞く意味が捜査上ないので、西田は敢えて確認することをしなかったが、推測する限り、小野寺道利であることが捜査側にバレたことに加え、当時、佐田にわざわざ大吉が事実を明かしたと告げられた際の怒りが、再び思い起こされたのではないかと考えていた。


 そんな中、

「箱崎元総理については、あなたが殺人の依頼の為に、瀧川との間を取り持ってもらうつもりだったことを認識していたんでしょうか?」

と吉村が聞き、西田はうっかりしていたが、良い助け舟を出してくれた。確かに箱崎は既に故人で罪に問えないとは言え、話の展開上は重要な問題ではある。


「私は直接言ってはいない。しかし、瀧川と箱崎先生の関係を思えば、後から知っていたとしてもおかしくはなかろう。実際、『お前も大層大胆だな』と、事件の後に耳元で囁かれたことがある。ただ、私が勝手に先生の名誉を汚すわけにもいかん以上は、真偽不明というのが限界だ」

そう言った時の大島はやや苦しそうだった。


 この証言が事実なら、状況証拠的には黒に近いとは言え、箱崎が死んでしまっている以上は事実関係の解明は困難を極める。とは言え、あくまで西田の勘ではあるが、箱崎は事実関係をしっかり把握していたことを、大島は『ほのめかし』よりは具体的に知っていた様に感じていた。ただ、それをはっきりと言うこともまた出来ないのは、反省しているならばすべきとは言え、他人が絡む以上仕方ない部分はある。そして死んでいる以上は罪に問い様がないという現実もあった。どうしようもない以上はこの件は捨て置くより他ない。


「そうですか……。そこはこちらとしても、正直何とも言及しようがない部分ですから、ここで打ち止めとして……。佐田の具体的な殺害計画自体については、基本的に伊坂が中心となったということで良いんでしょうか?」

西田は気を取り直して聴く。

「私は基本的に東京にずっと居たから、細かい点については伊坂に任せるしかなかった。これは責任逃れという意味ではなく、単なる事実だから誤解しないで欲しい。殺す意図を持って、積極的に殺し屋を雇った時点で、殺人のそしりを免れることなどあり得ないのは、君らもよくわかっているはずだ。当然、計画の全貌については、伊坂からも、伊坂のサポートをするように命じていた中川からも情報は入っていた」

老政治家は、自分達の側も関わっていたことを強調した。


 それを受けて西田も、

「それについては、小野寺さんの言っていることはおそらく真実だとは思います。ただ、最終的な本橋からの結果報告と、本橋への成功報酬の支払いについては、中川秘書に任せた訳ですよね? 彼は殺害の計画段階では、どの程度関わっていたんでしょうか?」

と、大島の話をなぞった上で、中川の役割について更に尋ねてみた。すると、

「喜多川と……」

そこから先に大島が詰まったので、西田は、

「篠田ですね?」

と助け舟を出した。

「そうだ、篠田だったな……。それで、その篠田や喜多川が本橋をサポートして、生田原の山中で殺害して、そのまま埋めてしまうという計画をまず伊坂が立てた。一方で中川はと言えば、初期段階では葵の瀧川と伊坂との連絡の仲介をし、その両者の関係がきちんと構築されてからは、伊坂が立てた計画を私に報告し、了承をした後は逐一新しい情報を私に入れつつ、伊坂、本橋との連絡調整、そして最終的に、事が成功したかどうかを本橋から報告を受け、報酬を渡す役目を与えた」

この話を聞く限り、かなり重要な役割を中川は大島から命じられていた様だ。


「その報告を中川が受けた後、すぐに小野寺さんの元へも連絡があったんですか?」

今度は吉村が確認する。

「勿論だ。その成否はすぐに東京の私の元へともたらされた。私はその後、一応伊坂の方にも確認したが、伊坂も喜多川と篠田から報告を受けていたらしく、そちらからも裏付けが取れた。そちらはあくまで最後の念押し程度だったがね」

老政治家は淡々と語った。


「その後喜多川や篠田から、戦前の高村という仕事仲間の殺害に関わっていたことがバレて、伊坂大吉が脅迫されたことについては、大吉からは全く聞いてないんですよね?」

西田は、政光から聞いていた話を前提に尋ねると、

「そんなことがあったのか? 正直言って私は全く聞いとらんぞ!」

そう西田に目を剥いて返して来た。どうも全く知らない話だったらしい。その上で、

「一方で、喜多川や篠田は、小野寺さんが関わっていることは知らなかったんですよね?」

と更に確認を入れてみた。

「はっきりしたことはわからんが、連中が最後までこっちに何も言ってこなかった以上、そうなんだろう」

大島は煮え切らない回答をしたが、政光の証言からも、西田もおそらくその点は間違いないと考えていた。


 それにしても、伊坂大吉が佐田実に実際に伝えたかどうかは別にして、大島を巻き込む為に、大島に『佐田にバラした』と言ったことを考えれば、邪魔になった喜多川と篠田を消す為に、大島に再び嘘を付いて、何らかのアクションを起こさせるという選択肢はあったはずだ。しかし、実際にはそれ程の脅威は、政光の証言通り大吉は感じていなかった……。つまり、自らも犯罪に関わっていた2人にとってその脅迫の意味は、せいぜい「自分達の生存を確約させる」ことに、ちょっと毛の生えた、つまり昇進を要求すれば足りた程度の意味しかなかったと、大吉はやはり感じていたのだろう。


「ところで、東京で中川から報告を受けた後は、瀧川に連絡したんですよね?」

西田は話を少し前に戻した。

「ああ。私から直接連絡を入れた。あちらも箱崎派との関係がより密になると、大変喜んでいた記憶があるよ。私としても、直接は葵とのつながりがそれまで無かった訳だから、以降の相互の関係性含め、良くも悪くも『戻れない橋』を渡ってしまったとは思っていた。そうとは言え、自分の立場を守る為だった以上は、やはり引き返せないという覚悟の上だったのも事実だ。少なくともその当時、選択に間違いがあったとは考えなかったというか、考えたくはなかったという方が正確かもしれんがね……。何故なら、こちらが利用したということは、今度は利用される可能性を無視する訳にはいかないのだから」

「ということは、その後何か葵一家側から頼まれたことがあったんですか?」

吉村が更に突っ込んだ。

「当時バブル時期だったからな……。土地取引絡みで、際どい口を利いてやった程度のことは何度かあったな」

「葵一家の方には、当然幾らか払ったと思いますが?」

西田も続ける。

「正確な額は、その時点では確定していなかったと思うが、最終的には煉瓦(作者注・「こんにゃく」=100万に対し、1000万は1つのブロック=煉瓦と称されることがあります。1億円は座布団だそうです。政治のみならず、裏社会ではよく使われる単語です)2つ分。つまり2000万超だな」

「2000! そんなに……」

思わず吉村がうめいた。

「それは成功報酬……、800万と本橋から聞いていますが、それと別ですよね?」

西田は念の為に確認を求めたが、

「当然だ。そっちは瀧川へと渡る分。実行した本橋に渡した分は完全に別の金だ」

と、ぶっきらぼうに返された。


 大島としては、3000万近く使っても死守したかった立場であり、秘密だったということでもある。しかし今になって、その本橋が死んでから瀧川ごと復讐の為に売り渡されるとは、天網恢恢疎にして漏らさずということなのだろうが、諸行無常とはこのことだろう。西田は思わず、

「しかし、また後でも触れると思いますが、事件からまさか15年後の時効間近にこうなるとは思っても見なかったのでは?」

と探りを入れた。無論、本橋が明確な意図を持って事実を死後暴露したことは黙ったままだった。


「そりゃあ、バレる可能性があったとしても、まさか時効ギリギリだとはな……。頭に来ていないなどと言うつもりもない。ただ死んでしまった相手にとやかく言ったところで意味がないし、こっちも彼にとやかく言える資格はないからな……。政治の世界では、隠しておきたいことが後から裏切りで出てくることなど、常に覚悟しておく必要があるのだから、これは偶然の事故だと思えば腹も大して立たん。そもそも悪いのは自分だ」

大島はむしろ苦笑して見せる程だった。


 確かに政治の世界でのし上がっていく為には、庶民には見えない所で、表向き親しい人間の間であっても、相当の駆け引きが常日頃から行われているに違いない。その鈍感さを含めた「慣れ」を、西田や吉村が心から納得出来ることは、おそらく一生ないのだろうが、どっぷりと政界の常識に浸かった人間からすれば、起きれば起きたで受け入れられてしまう土壌があるということか。ただ、本当の意味で裏切りがあったことは、おそらく大島は知ることもなく死んでいくのだろう。


「報酬の支払い方法は? 振込ってことはないでしょうし、金額が確定してなかったって表現も気になりますね」

西田は、大島が本橋に対しては案外怒っていないことに驚きを持っていたが、それを見せない様に冷静さを装い、更に畳み掛けてみた。

「私のとある非上場企業の持ち株を、阪神興業銀行の泉南支店の次長に譲渡して、それを更に次長の親族の会社に譲渡、それが最終的に葵のフロント企業に渡ったということだ」

「ああ。例のリクルート事件(作者注・リクルート子会社・リクルートコスモスの未公開株譲渡を通じた贈収賄で、大変有名な事件ではありますが、時系列・詳細等は https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6 にて)と似たような方法でのロンダリングでしたか……。なるほど……」

西田が以前の疑獄事件を思い起こし、嘆息を漏らすと、

「まさにそれだよ。あの事件では、私は直接関与しなかったが、箱崎先生は譲渡されていてね。立件こそされなかったものの、まあ色々あった訳だから……。但し、その当時はまだ表沙汰になっていなくて、私にそのやり方を伝授してくれたということだ。因みに銀行側や次長、その親族については、殺人の報酬への関与ということは一切知らせていなかったので、余計な追及はよしてやってくれ。それ以外は時効だろうし」

と、気遣ってみせた。おそらくこの件については本当に知らせていなかったのではないかと、西田は大島の表情から推測していた。


「それについては、事情が事情だけに、参考人聴取と言う形はおそらく取らざるを得ないとは思いますが、あくまで参考人ということで……。で、話を戻しますが、それで佐田の殺害後割とすぐの段階で、伊坂は警察からマークされることになって、小野寺さんは警察に圧力を掛けることになるかと思います。当時の道警本部長が、確か箱崎元総理の大学と高校の後輩ということで、その関係を使ったと推測していますが?」

「その点も合っている。私は勿論、道警本部には箱崎先生にも頼んで、二重の形で捜査を止めさせた。何としても伊坂を捕まえさせる訳にはいかない以上、こっちとしても必死だったのだよ」

西田は質問に対する回答を得て、

「そこでも捜査の対象となっている佐田の失踪について、箱崎議員は具体的に知っていなかったというのは無理があるんじゃないですか? やはり瀧川に殺害を頼んだ時も含め、箱崎議員は佐田が瀧川の子分に殺害されていることをわかっていたんじゃないですか?」

と改めて質した。


 だが大島は

「知っていたとしてもそれほど不思議ではなかろうが、私から具体的な殺害の話は、箱崎先生にはしていない」

の一点張りだった。大島としては、故人とは言え、やはりボスであった箱崎の名を汚したくないという意識が強いのだろう。大島としては、世話になった先輩議員への義理の方が、反省しているとは言え譲れない一線なのだろう。


「それにしても警察は典型的な上意下達の組織ですから、そういう圧力に抗し得なかったのは、仕方ないと言えばそうかもしれません。しかし理由はどうであれ、やはりそこで何とかしておけばと、身内ながら正直残念でなりません」

西田は少し食いしばりながら喋った。そこには、当時捜査に関わった向坂の思いも重なっていたことは言うまでもない。


「君らには申し訳ないが、警察というものは、自身が強大な権力でありながら、上の権力には弱いからな……。それが警察というものであり、君らの限界でもある」

そう語った大島の視線は、この時ばかりは、むしろ2人を憐れんでいるかの様だった。


 西田としても、苛立ちながらもそれを否定する言葉を持ち得なかっただけに、それを振り払う様に、

「その後は、見事に作戦が功を奏し、安寧の日々を送っていたはずですが、1991年の年末辺りに、佐田の遺族が新たな発見をしたことで、捜査が一度動きかけたというか、動くかと遺族側が期待したということがありました。具体的には、殺害された佐田が保管していた、証文やら、その証文が出来た経緯について記した手紙が、遺品の金庫から出て来たんです。これについては、小野寺さんの耳にも入っていたんでしょうか? 実際のところ、捜査は結局まともにされず、そこでも事態は何も動かなかったんですけど」

と、西田は新たな疑問を投げ掛けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る