第206話 名実115 (273~274・277~278 竹下による本橋の心理推測7)

「じゃあ、結論を言います。本橋さんが、そこまで大事にしていた『管鮑』の名前を、その場限り、しかも酒席とは言え、何故あっさりと変えたのか? 加えてその時に、本橋さんは、『ガキ臭い』や『学や品がない』と言いつつ、案外満更でも無さそうだったのか? その理由を考えました。更に、新しい名前を見た久保山さんは、『精鋭の極道連中が集まっているような』と、好印象を持ったそうですね?」

「せやけど、それはまだ結論やないやろ!」

久保山は、相変わらずもったいぶった竹下に、すかさずツッコミを入れたが、構わず、

「その新しい組の名前と『管鮑』の間に、本質的な違いが無かったからこそ、好みの名前ではない上、本気でそう変えるつもりもなかったにせよ、その場で咄嗟に、その名前に変えてみせられたと思ったんです」

と、自信満々に自説が出て来る背景を述べた。


「竹下はんは、面倒な言い回しが多すぎるわ! 兄貴とそういう所に共通点があるな……。なまじ頭が切れる分、嫌味やで」

久保山が呆れたように言い放ったので、竹下は、以前、吉村にもそんなことを言われたことを思い出しつつも、敢えて反応せず、

「最終的にヒントとなったのは、『残り物には福がある』と『精鋭が集まる』という表現でした。それに加え、大切にしていた、『管鮑の交わり』という言葉が生まれた本質や背景は、言った様に、おそらく変えるつもりはなかったのではないか? と推測しました。すると、1つの結論が出たんです。それがこの『牙仲きばなか』組という名前でした」

そう言って、紙に書かれた名前を指した。


 更に、

「正直、順番的には仲牙の順でしたが、『牙を持った極道仲間が集まる』という意味では、順番を逆にした方が据わりが良かったので、単純にそうしてみた訳です。それに、牙の字を先にする方が、何となく格好良いというか、そんな感じもしたんで……。全て訓読みにしたのは、その方が語呂が良かった、ただそれだけです。キバナカがベストというわけでも無かったですが、音読みのガチュウだと、もっと『これは無いな』と思ったんで」

と長々と付け加えた。


「問題は、どっからその『牙仲』っちゅう名前が出て来たかやろ? 今の説明からは見えて来んぞ!」

久保山も黒田も、牙仲という文字を再び見つつ、到底納得出来ないと言った雰囲気を隠さなかったが、それに対し、改めて竹下は、紙片の牙仲と書かれていない方を表にし、それを元に説明を再開した。


「『管鮑』とは、さっきも説明したように、管仲と鮑叔牙の、それぞれの頭の部分のみを羅列しただけで、単に2人の関係性を表すために、わかりやすくピックアップしたに過ぎません。このマルで囲った部分ですね」

竹下は、先程書き込んだ部分を指した。

「逆に言えば、語源さえ理解していれば、そのネーミング自体に本質的な意味はない。それは本橋さんも、よく理解していたはずです。本橋さんにとって重要なのは、管鮑の交わりのエピソードであり、その2つの漢字の選択ではない。そこで、『残り物には福がある』という言葉が意味を持ってくる。『管鮑の交わり』で使われなかった、それぞれの名前……」

そう言い掛けた時、やっと2人も、竹下がそう推理した理由わけをよく理解したようで、黒田は叫んだ。


「なるほど! 『管鮑』で使われなかった、余りモンの管仲の『仲』と鮑叔牙の『牙』を選んだわけやな!」

その発言に竹下は深く頷き、

「そうです! 『管鮑の交わり』に使われなかった、2人の名前のそれぞれの部分、『仲』と『叔牙』のうち、『仲』は使用せざるを得ないので、久保山さんが喜びそうな、大変失礼ですが、悪く言えばヤクザが喜びそうな、如何にもワルそうな名前にするため、叔牙の内から『牙』という言葉を選び出し、順番を変えて、『一か八か』並べてみたんです。その結果、『当てずっぽう』がたまたま当たった、そういうことですよ。そして、本橋さんにとっても、『ガキ臭い』ネーミングではあったが、『福』があるという残り物から、管鮑の交わりという言葉の本質を損なわないように選べたという意味では、満更悪いネーミングではなかったと……。発想としては、むしろ『管鮑組』より一捻り出来て、案外満足出来たんじゃないでしょうか? それが、文句を言いつつも、満更でも無さそうだった理由じゃないですかね」

そう、誇らしげに言うと、久保山の方を一瞥した。


「兄貴の奴、『牙仲』の語源を全然教えといてくれんもんやから、名前をあっさりと忘れてしもうたわ……」

久保山は長年の懸案が解決して、すっきりした表情を見せながらも、そう嘆いてみせたが、

「そういうところが、本橋さんらしいじゃないですか。ニヤニヤしながら見てたんでしょう」

と言って、竹下自身もニヤリとした。


 一方の黒田は、

「さっきまでの推理もなかなかやったが、こっちはもっと面白い推理やったな……。竹下さん、ホンマは『根拠』も『論理』もあると自覚しとったやろ?」

と、竹下の表情をじっと窺うように確認してきた。

「まあ……。そんなこともないかもしれませんね」

言い方だけ捉えれば、何とも煮え切らないモノだったが、現実に当たったが故、十分に確信に満ちた言いっぷりだった。


「しかし、今の今まで、あんたの推理をずっと聞いてとって、幸夫がどんな思いで、どんな考えで、ああいう行動や言動を取ったか、こういう手紙を書いたかについて、それだけでも『説得力がある』と満足しとった。せやけど、それどころか、それを遥かに飛び越えて、『間違いなくホンマのことやった』と、改めて確信が持てたわ! いやあ、それにしても大したもんやで!」

黒田は、手放しでそう褒め称えてくれた。


「お褒めにいただき光栄です」

竹下はそう言って、多少おどけたが、すぐに、

「でも、自分で言うのも何ですが、これまでの、自分なりの本橋さんに対する考えが、実はかなり核心を突いているのではないかと、牙仲これを言い当てたことで、結構自信が持てるようになったのは確かですね」

と、黒田の発言を受けて、敢えて真正面から肯定してみせた。


 すると、そう返した竹下に、

「つまり、ホームズにとっての『羊』が、今のあんたにとっては、『牙仲』やった訳やな」

と、黒田は、銀星号事件のストーリーに絡めて表現した。それに対し、

「なるほど、そう来ましたか……」

と、一瞬感心してみせたが、その話の流れをそのまま切らないように、

「ただ、ホームズにとっての傷を負った『羊』とは対照的に、私にとっては、牙を持った『狼』でしたね」

と、こちらも牙仲組の名前に掛けて、竹下は茶目っ気たっぷりに言い返した。


「それにしても、ワシの長年の喉に刺さった鰻の骨は、竹下はん! あんたのおかげで、今キレイに取り除かれたわ。しかし牙仲組やったか……。まあ、ちゃんと憶えとらんかったら、すぐに出てくる名前やないわな……」

感慨深げな久保山に、

「それはそうと……。どうでしょう? 本橋さんの空になってしまった骨壷に、あの色紙を入れてみては。……ああ。とは言っても、あの大きさだと、もっと大きな骨壷を買わないと入らないでしょうね」

竹下がそう言いながら、「管鮑之交」と本橋が書いたと言う、色紙が飾ってある、部屋の神棚の方を見上げた。


「あれを入れるんか?」

久保山が、一転して険しい顔付きで問い返してきた。

「ええ。いくら無垢な『魂』が、日向子さんの墓に埋葬されるべき本質だったとしても、中身のない骨壷を入れておくよりは、さすがに何か入れておいてあげた方が良さそうですから……。証拠物は、さっきも言ったように、おそらくはもう戻らないでしょうし……。今ならもう、直接的な形見を入れてあげてもいいんじゃないでしょうか、例え生前の本橋さんの形見であったとしても……。結果として罪は償ったわけですからね……。本橋さんは、ひょっとするとそれを良しとはしないかもしれませんが、許す許さないは、ご本人以上に、周りが決めてあげる方が、むしろフェアのような気もします」

竹下は、本人の遺志に背く部分もあるとは言え、それぐらいのことはしてやっても良いと、今は自然に思えていた。


「正直、あれを手放すのは、ワシとしても名残惜しいんやが、兄貴の為になるなら、しゃあないな……。そうなると、確かに新しく骨壷も買わなあかんか……」

竹下の発言で、久保山は、更に一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に変えて竹下にそう答えた。ただ、その時、黒田が、

「あの色紙の代わりに、別の色紙をここに飾れば良いやんけ!」

と言い出した。


「別の色紙?」

その発言の意図がわからず、久保山が問い返すと、

「せや! 折角竹下さんが、お前のために、今ここで再現してくれた『牙仲』という名前を、達筆な奴か書家にでも頼んで、書き込まれた色紙をここに飾ったらええやんけ」

と答えた。


 この具体的な提案を受けて、竹下も付け加える。

「なるほど! そう言えば、久保山さんへ、本橋さんが死刑前に書いた手紙には、『本橋さんの子分へと鞍替えする予定』が、久保山さんがヤクザ自体から足を洗わなかったならば、あったようでしたね。ということは、更に本橋さんが破門にならず、自分の組を立ち上げていたらですよ。つまり、『もし』が2度続いたとすれば、本当に久保山さんは、本橋さんの組に、子分として入っていてもおかしくなかった訳ですよ。勿論、それは現実にはあり得なかったとしてもです。本当に、牙仲組と言う名前になった可能性は、正直なところ、ほとんど無いとしても、一度は、本橋さんが久保山さんの為だけに、ふざけ半分とは言え、わざわざ検討してくれた名前です。本橋さんと久保山さんの御二人にとっては、幻の……、一緒に大暴れ出来た組だったと言ってもいいかもしれない。だとすれば、その幻の組名を、久保山さんが色紙としてあそこに飾っておくことは、本橋さんを慕う久保山さんにとって、大いに意味があるんじゃないですかね? ある意味、久保山さんとは直接関係の無い『管鮑之交』よりも、むしろしっくり来る言葉なのでは?」


 この竹下と黒田の説得が功を奏したか、久保山は気分が良くなった様で、

「確かに、神棚に置くのは『牙仲』の方が、むしろエエような気がしてきましたわ! それに日向子はんの墓には、古くからの付き合いを大切にする『管鮑之交』が、確かに合うように思います」

と上機嫌で喋った。

「ああ、それがエエ!」

黒田がそう言って手を叩いたとほぼ同時に、久保山の携帯が鳴り、新庄の車の用意が出来たという連絡が来たようだ。


「ほな、丁度良いタイミングで下に行きまっか!」

2人にそう言いながら、久保山は慌ただしく携帯を仕舞うと、黒田と竹下も用意を済ませ、特に竹下は、証拠物件を再びビニール袋にしっかり入れたか確認して、千田金融の事務所を後にした。


※※※※※※※


 外は相変わらず強い雨が降っていたが、屋根がある入口から直接乗り込めたので、雨に濡れることもなく、まず竹下のホテルへと車は向かった。と言っても、車なら2分も掛からない距離だったこともあり、あっという間にホテルの玄関先に車は付けられた。


 竹下は車を降りてドアを閉める直前、後部座席の2人に

「今日は本当にありがとうございました。これだけすぐに、本橋さんが我々に与えようとしていたものが見つかったのも、御二人のご協力のおかげです」

と、深々と頭を下げた。

「いやいや、こっちこそ色々と感謝しとります」

黒田が丁重にそう返した後、

「後のことは、しっかり頼むで!」

久保山が逆の窓側から覗き込むように言った。

「その点は、任せてください! 責任を持って処理させてもらいます」

竹下も力強く返すと、対照的に静かにドアを締め、自動ドアからロビーの中へと消えて行った。


※※※※※※※


 ホテルのフロントで、預けていたカードキーを受け取った竹下は、部屋に戻る為、エレベーターホールでエレベーターを待っていた。


 すると、竹下よりは年上と思われる、50代前半から40代後半と思しき男と、30代ぐらいの2名の男の合計3名がやって来た。おそらく2人の上司だろうが、その年長らしき男は、まだ8時をちょっと過ぎた程度だというのに、既にかなり「出来上がっている」状態に、竹下からは見えた。


 すると、いきなり竹下の方に、おぼつかない足取りで寄って来て、

「兄ちゃん 元気か!」

と上気した顔で、酒臭い息を撒き散らかしながら話し掛けてきた。おそらくは、せいぜい十程の年齢の差の相手から「兄ちゃん」と呼び掛けられたことも含め、竹下としても、「やっかいな奴に絡まれたな」とは思ったが、

「ええまあ」

と気のない返事をした。すると、

「東京から出張でやって来たが、大阪の女は薄情だ」

と言った意味合いのことを、余りろれつが回っていない口で喋った様だった。さすがに、一緒に居た部下と思われる男が寄って来て、上司を引き離すと、

「スイマセン。キャバクラで若いにあんまり相手にされず、酒に強くもない癖に、不貞腐れて無理に飲んじゃって……」

と、如何にも申し訳ないという風に言いながら、何度も頭を下げてきたので、

「いいですよ、気にしてないんで」

と、顔の前で手を振ってみせた。


 そのまま、下りて来たエレベーターに共に乗り込み、竹下は10階、3名の一行は5階を押し、エレベーターは静かに上昇し始めた。すると、悪酔いしている男が再び、

「大阪は、食い倒れやら人情の街やら言われてるが、食い倒れはともかく、人情は明らかに薄い」

と言った様なことを再び喋った。


 それにしても、キャバクラでイマイチ相手にされなかったことに、まだ管を巻いているらしく、その上司を抱き抱える様にして、部下が口だけ「スイマセン」と動かして、再び詫てきたが、上司はそれにも気付かず、

「兄ちゃんもそう思うだろ?」

と、竹下は下から覗き込むように聞かれた。


 それに対しては、

「人情の街かどうかは、正直よくはわからないですね。ただ、これだけは言えますよ。……厚い友情の街だったと」

と、敢えて真正面から、淡々と回答してみせた。当然、酔っぱらいは意味がわからず、「うん?」と言うような表情をしたが、相手が仮に素面しらふだったとしても、その発言の意図が理解出来たはずもない。丁度エレベーターが5階に到着したので、酔客は意味もわからないまま、部下に引っ張られる様に降りていった。


 竹下は、それを確認してすぐに「閉」のボタンを押すと、再びエレベーターは上昇を始めた。その時、竹下の胸に去来していたのは、千田金融の事務所で、久保山がイタコに絡めて竹下を褒めた時の、黒田の態度についてだった。


 竹下が、久保山の発言を受けて、あることを指摘しようとした時、黒田が急に割って入ってきて、久保山の話に同調した上、竹下の本橋に対する「読み勝ち」を強調したシーンのことだ。


 実はあの時、黒田が会話に入ってこなかったら、竹下は久保山の考えを否定しようと思っていた。というのも、本橋が日記の中で、「イタコについて否定していたこと」を久保山は引用していたが、それは、本橋の本心では無かっただろうと、竹下は推測していたからだ。


 その根拠は、当然あった。まず本橋は、佐田実を殺害するために北見へと赴く際に、先に恐山を訪れようとしていた。だが、天候の悪化により諦めていた。しかし、帰路に着いた後も、恐山を訪れることを考え、妙に恐山にこだわっていたように思われた。


 事実、北見からの帰りに寄った際にも、天候不良を理由に、わざわざ1日順延するために宿泊してまで、恐山を訪問しようとしていた。


 確かに、恐山だけではなく、一見して八甲田にもこだわっているように見えたが、総合的に見れば、八甲田はあくまで「ついで」であり、意図はしていないが、特に恐山に意味があることを暗に示唆するような書き方だったと、竹下は捉えていた。


 ところが、実際に恐山を訪れてみると、本橋の事前調査が足りず、イタコはそこには居なかった。この時、本橋は、イタコの口寄せを非科学的なものとして切り捨て、「やり込めてやろうと思っていたが残念」と記していた。


 しかし、単にイタコをやり込める為だけに、行きも帰りも、恐山のことが頭から離れていないというのも、常識的に見て、かなり無理があるという感覚を覚えていたのだ。


 本橋の子どもの頃からの性格を、神戸へ向かう車中で黒田に聞いた分には、非常に負けず嫌いであり、己の弱さなどを余り見せたくないタイプであることは間違い無さそうだった。言うなれば、強がりを言うタイプだと見ることが出来る。また、芝谷日向子が亡くなった際にも、涙をこらえる姿を黒田は陰から目撃していた。


 その点を考慮すると、「イタコをやり込める」こと自体が、実際には「強がり」だったと見ることは、そう無理な考えであるまい。つまり、「やり込め」に行ったのではなく、むしろイタコに何か口寄せしてもらうつもりがあったのではないか? という可能性が考えられたのだ。


 しかし、イタコが居なかったことで……、否、当然ながら仮に居たとしても、本当のことを書いたとは思えないが、そういう強がりを、意図したか無意識かはともかく、文章にしてしまったのではないかと、竹下は推理していたのだ。


 あの時、本橋は、瀧川に命じられて人を殺めている流れの最中であり、この旅路もその行き帰りだった。幾ら本橋とは言え、精神的に必ずしも良い状態だったとは言えまい。


 その時に、イタコの口寄せに何か「救い」を求めたとしても、そうおかしい話ではなかろう。言うまでも無く、死者の口寄せの対象は日向子だったろう。そして、子どもの頃から本橋を知る黒田は、日記を見て、おそらくその本橋の真の心情を、瞬時に察したのではないか?


 確かに、日向子への思いのようなことについては、黒田自身は以前から認識していたし、ついさっきも、竹下が2人に対して既に表沙汰にしていた。しかし、あのイタコのくだりは、もし日向子の口寄せを頼むつもりだったとすれば、ヤクザとしては……、というより男として、単純に遥かに女々しく、且つ情けない感情の発露という解釈が出て来ることには疑う余地がない(無論、否定的な解釈だけとは限らないが)。


 故に、久保山の振った話に竹下が反論しようとした時、竹下が真実を話すことを恐れ、久保山にとっての「強い兄貴分」の思い出を、彼の中でそのままにしたかったか、或いは本橋の日記での強がりを、死んだ本橋のために、そのまま維持してやりたかったか、または両方か、黒田は、咄嗟に竹下の言葉を封じた。そう推測していた。そして、竹下もその黒田の心中を察し、本音を寸前で抑えた。


「ひょっとすると、『嘘も貫き通せば真となる』って言う奴は、単なる暗号を解くヒントだけではなかったのかもしれないな……」

エレベーターのドアが開いて、自分の部屋があるフロアに歩を進めた竹下は、久保山宛の遺言とも言える、死刑直前に本橋が書いた、その前に書いておいた手紙を読み解くための言葉ヒントに思いを巡らせていた。


「人のためを思って最後まで突き通す嘘は、真心(まこと=真実、真心、誠意の意味)にも通じる」と、本橋は、ヒントとして記していた。だが、その言葉は、久保山に読み解かせる為だけの、『適当』にでっち上げた言葉ではなく、ひょっとすると、黒田や旧友との間にあった、何らかの体験からもたらされた言葉だったとすれば、黒田の突然の言動も十分理解出来るものだった。


 とは言っても、黒田にその点についてもう確認することは出来ず、竹下自身もするつもりは無かったのだから、今更言っても仕方あるまい。


「全てを明らかにすることが、常に正しいとは限らない」

竹下は、そう自分に言い聞かせると、部屋のドアにカードキーをそっと挿し入れた。

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