第177話 名実86 (203~205 いよいよ西田が大島を取り調べる)

 9月19日木曜日。西田や吉村など、札幌に滞在する家や実家がある者については、直行が本日より認められていたので、札幌拘置支所に、伏見地区にある家から直接向かっていた。そして着いてからは、北見の捜査本部へと一度電話連絡した。


 取り調べは午前10時から正午まで、そして午後2時から4時までの2回に渡り、合計4時間というスケジュールだった。その為9時前着いた西田には、かなり余裕があったことに加え、本日、北見の伊坂や中川ら4名の勾留延長請求があり、それについて気になっていたせいもあった。


「どうですか、大島は?」

遠賀係長の方から、むしろ先に切り出される形になり、

「話すことは話すが、さすがになかなか手強そうですわ」

と素直に認めた。

「そうですか。さすがに国会議員が黙秘戦術というのは、恥だと思ったんですかねえ」

「そういう部分はあるかもしれないです」

西田はひとまずは、相手の話に合わせた上で本題に入る。

「ところで、中川は相変わらずですか?」

「まあ……。ここまで来たら、互いに耐えるのみじゃないですか? ぶん殴ってでもって言うわけにも、さすがに行きませんしねえ……」

遠賀は簡単に口を割るとは思っていないようだ。


「そうですか……。それはそうと、少なくとも東館については、北見こっちから札幌拘置支所さっぽろ送りでいいんじゃないですか?こっちでの取り調べは完全に終わってますから」

遠賀は、北見の周辺に拘置所がないことを前提に提案してきた。

「問題は、中川、伊坂、坂本、板垣との自供との突き合わせとか、そういうこともあるから、北見に一緒にしといた方がいいと思いますよ」

西田は否定的な見方を示したものの、中川も大島との関係だけで言うなら、札幌に共に置いておく方が、供述を突き合わせる際には、都合が良いような気もしていた。


 午前中の取り調べも、大島は雑談には積極的に応じつつ、核心部分は、中川の犯行は自分とは独立したものだと強弁する連続だった。そのまま表面上受け取るならば、子分の秘書のせいにして、親分の自分だけが逃げ切ると言う形だが、中川の徹底抗戦ぶりを見る限り、両者の共同作業という方が、西田から見て正解な気がしていた。


 そもそも相手が現役の大物国会議員で、且つ高齢と来れば、取り調べ側もそうそう言葉を荒げて取り調べというわけにも行かず、それ自体がなかなか厳しい足かせと言えた。おまけに取り調べ時間も短いのだからどうにもならない。昼過ぎには担当弁護士との接見もあり、午後の取り調べも肩透かしのまま終わった。


 一方で、夕方には五十嵐から、遅ればせながらのちゃんとした礼の電話があった。やはり、あれからかなり忙しかったらしい。連絡が遅れた件についての非礼(西田はそうは取っていなかったが)を深く詫びられた。竹下にとっては、割と口の悪い先輩のようだが、西田にしてみれば、これまでのやり取りからは、そのような印象は皆無だった。そしてお互いのこれからの健闘を祈り合った。


※※※※※※※


「ホント悔しいな」

取り調べを終え、道警本部に戻った後、日下が会議室の壁を、拳で軽くドンと殴ってみせた。

「腹はそりゃ据わってるわな。そんな簡単に行く相手なわけがない」

西田は慰めるというよりはむしろ、「当たり前じゃないか」という意味を込めて言い返した。拘置支所からずっと一緒だった道警本部・刑事部長の五条も、

「福島県警に出向していた頃、県議会議員レベルを取り調べたことがあるが、あのレベルでもなかなかの喰わせモンなんだから、そりゃ仕方ない」

と笑った。とは言え、西田からすると、そこまで余裕のある心境でもない。捜査への思い入れが五条とは違うのだから……。


「病院銃撃については、客観的な証拠や証言から、外堀を埋めていくことで、ギリギリ起訴出来るレベルに仕上げられたとしても、問題は佐田殺害の方をどうするか。どうにも妙案が思い浮かばんなあ」

西田はドサッと椅子に腰を下ろしたが、疲れが出たというより、先行きの見えなさがそのようなダラしない動作につながっていた。


※※※※※※※


 9月26日木曜日。大島の勾留開始から1週間以上経っていたこの日、取調室では、日下の代わりに、西田が吉村と共に座って大島を待っていた。別に日下が結果を出せなかったから替わったわけではない。この日の9月26日は、どうしても西田が取り調べておきたかったということもあり、日下には取り調べが始まった当初から、「この日は、余程のことがない限り、俺にやらせてくれ」と伝えてあった。


 この間、訪朝・拉致問題が一息付いてからは、世の中の報道は、大島の逮捕の話題がメインになりつつあった。しかしながら、大島の逮捕は、あくまでも北見共立病院銃撃事件絡みであって、さすがに、佐田実の事件に大島が関与していると報じている報道機関はなかった。正確に言えば、勘付いている所は、ひょっとするとあったのかもしれないが、確信がないのか、表沙汰にはならなかった。とは言え、あったとすれば、それは西田達に近い人間、つまり五十嵐や高垣しかほぼ考えられないわけで、彼らがそれを表沙汰にすることはなかっただろう。


 そして、察庁から札幌にお目付け役として派遣されていた、警察庁・刑事局の支援室長・星野は既に帰京していた。正直もうちょっと介入してくるかと思ったが、ほとんど北海道こちらの人間に任せており、ただ北海道に旅行しに来ただけと言っても違和感の無いレベルで、西田達もある意味拍子抜けしていた。


 話を本日の取り調べの件に戻せば、言うまでもなく15年前のこの日は、佐田実が本橋と喜多川、篠田等によって殺害された日でもあった。そして本橋が北見から逃亡する際、北見駅で中川秘書が本橋から何か報告を受けていたと思われる日でもあった。本来全く何もなければ、そのままストレートに時効が成立した日でもあったが、本橋の起訴から判決確定までの時効停止など、まだ3ヶ月程の、事実上の延長(作者注・法的解釈で言うと、延長ではなく、あくまでその間の日数が時効から除外されるという解釈のようです)が許されていた。


 西田としては、キリの良い日だったこともあったが、この名目上の時効成立日に、大島がどんな心境でいるのか、またはそれが何か影響しているのか、しっかりと探っておきたいという意識が、逮捕当日からあったため、日下に交替を事前要請していたのだ。


 取調室へと入ってきた大島は、入ってくるなり、いつもと違う取調官にすぐに気付き、腰紐を外されて椅子に座る直前、

「いつもの若いのはどうしたのかね? 今日は先日会った、少しベテランの刑事のようだが」

と切り出した。

「どうも、こちらに来た時会った以来で……。横の吉村の上司の西田と申……、言います。今日は特別に、私が色々聞かせてもらいたいということで、代わりました」

無意識に「申します」と言おうとしたが、そこまでへりくだる必要もないと、言いかけて止めたのだった。


「まあ、好きにすればいい。私は誰が相手であっても、自分の潔白を主張するだけだから」

そううそぶいた大島の顔を、西田は直視することもなく、机の上の捜査資料に視線を落とした。


「田所さん、これまでは、北見共立病院の殺人事件について取り調べさせてもらいましたが、今日は、ちょっと違う話をさせてもらいたいんですよ。それもあって、横の西田課長補佐が、今日の取り調べに参加しているわけです」

吉村の発言から、取り調べ開始のゴングが鳴った。


「違う話とは?」

「本橋 幸夫という名前に記憶がありますか?」

西田はまず、本橋の名前を挙げた。

「本橋……、はて」

今度は大島の様子をマジマジと見て、反応を試す西田だったが、特に動揺した様子は見られない。とは言え、大島の言葉の選択には少々白々しさを覚えてはいた。


「4年で計6名を殺害した凶悪犯ですよ。5年前の97年10月に、死刑が執行されています」

「ああ、思い出したよ君! あの本橋か……、うんうん」

数度頷いた大島は、手を胸の前で組んだ。

「思い出していただけましたか。殺し屋とも呼ばれた元暴力団員で、裁判上死刑が確定した後、最終的にそれまでの犯行を一切合切自白した、とんでもない極悪人でした」

西田はいつもよりゆっくりと喋った。大島が高齢のため、話を聞き取りにくいだろうと配慮したつもりではなく、西田自身を冷静な状態に常に置いておくという意識がそうさせていた。


「そうか。確かに殺し屋とか言われていたな、言われてみれば。酷い事件だった」

「おまけにその際、行方不明案件に留まり、明らかにされていなかった殺人についても自白しまして。私も隣の吉村も、その事件捜査に深く関わっていたんです」

「ほう。深く?」

大島は白々しい言い方をした。

「はい。田所さんは、基本的に余り地元には戻ってないので、それ程認知していなくても仕方ないのでしょうが、佐田実という初老の男性が、北見で行方不明になった案件を、おそらく事件だろうとして追っていまして……。それから8年後の95年、運良く遺体も発見しました。しかし、誰が佐田を殺ったのかは、はっきりとはわからないまま、途方にくれていたんです」

その話について、大島は特に何か言うこともなく、反応することもなかったので、西田はそのまま話を続ける。


「しかし、7年前の95年10月に、その本橋が佐田の殺害を突然自供したわけです。当初、死刑確定により、全て暴露する気になったと言う話もありましたが、どうも裏で動いていた連中が居た。それがあなたの周辺の人間でしょう? 梅田派、当時は箱崎派でしたか……。その議員の親族の弁護士や、あなた方に近い新聞記者のことです」

ここで西田は大島を一瞥してから、いきなり核心を突いて様子を探った。しかし、特に何か反応した様は窺えなかった。残念だが、一々気にしてもいられないので、話を続ける。

「その連中の動きで、事実関係がまだほとんど判明していなかった、佐田実の殺害関与を本橋が自供することになったと、当時の捜査で確信するに至ったわけです。もっと正確に言えば、本橋の死刑が確定する前から……、何しろあの高裁判決を覆すのは無理があったわけですから、それより先に、捜査が地味に進展していたこともあって『保険』目的で、動いていたようですがね」

「君は何を言いたいのかね?」

ここで、大島は表情そのものは朗らかではあったが、声には隠し切れない棘があるように西田は感じ取った。やはり完全に反応を隠すことは出来ないのだろう。


「まあいいじゃないですか。こちらから一方的に話すのを、あなたにはただ黙って聞いてもらえれば、良いわけですから」

吉村も何か察したように、場をとりなすように喋った。そして、

「結局、本橋は、自分と共犯、まああなたの後援者であった伊坂大吉も、それに含まれてたのはわかっているかと思いますが、既に死んでいた彼らについては、関与の詳細を喋ったものの、それ以外は墓場まで持って行ってしまって、佐田実の殺害については、それ以上よくわからないままになってしまいました。今回のあなたの逮捕の要因であり、これまで重点的に取り調べている共立病院銃撃事件も、元はといえば、その佐田の殺人が原因となったのではないかと考えてたんですが、そちらも結局は有耶無耶になってしまいまして……。無力感に襲われた記憶が未だに消えません」

と、吉村は恨み辛みを隠しつつ、事実を羅列した。そんな彼を横目にして、

「そして昨年、銃撃事件に関わった人間が洗い出せた……。とは言っても既に死んでましたが、そこから再び捜査が動き出した。そしてあなたをやっと逮捕出来た。あなたが何と言おうが、病院銃撃事件では必ず起訴して、裁判で罪は償ってもらいますよ、これだけは確実に。更に佐田の件でも、しっかりと追及することは言うまでもありません」

と、西田は「柔らかい」啖呵を切った。


 正直に言えば、銃撃事件の方も、中川の事件への強い関与と、中川と大島の強い関係性という2段階の証明を必要とする時点で、そこまで強気に言い切るべきではなかったかもしれないが、そう言いたくなったのも仕方あるまい。


「君らが言いたいことは、私を吊るしあげたいということ、それだけはよくわかるが、それ以外が抽象的過ぎて、全く意味をなしていないね。最近の日本の警察もこの程度なのかね?」

西田の挑戦状をそっと受け取りつつも、すぐ軽く放り投げるような言動で返す大島だったが、さりとて共立病院事件については、大島も絶対大丈夫とも思っているわけはなかろう。圧力で起訴もしくは、裁判をどう切り抜けるかに頭を切り替えているに違いない。それでも、警察の権限の範囲内のことだけは譲れない。


「しかし、今回の銃撃事件の一連の逮捕劇で、最も大きな意味があったのは、大吉の息子である伊坂政光から、色々聞くことが出来たことです。あなたと密接な関係があった伊坂大吉、否、元々は伊坂太助でしたが、彼とあなたの関係なんかも含めて、なかなか興味深い話が多かった」

西田の言葉に、一瞬目が泳いだのを見逃すことはない。中川については、一定の信頼感はあるだろうが、大吉の息子である政光とは、色々と関係性も弱くなっているため、彼を大島は信用ならないと思っているはずだ。と同時に、「どこまで」大島の知られたくないことを政光が知っているかについても、大島自身が完璧には把握していない可能性があった。二重の意味で不確定要素がある以上は、幾ら強がっても、どこかに反応が出るはずだ。そしてそれが今出たのだと、西田は推測していた。

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