第125話 名実34 (73~74)

 6月19日の午前10時過ぎ、流れの悪い捜査状況の中、事前に連絡すら無く、末広からFAXで鑑定結果の報告書が送られてきた。鑑定過程で何も連絡が入らなかったので、少なくとも、ミトコンドリアについて言えば調べられたのだろうと西田は思っていたが、吉村と共に、報告書を受け取って見ている内に、2人とも何となく眺めていたような状態から、最終的には食い入るように確認することとなった。


 因みに、血液試料2点のうち、佐田家所有の証文にあった、桑野の血判から取ったものをS。北条兄弟が元は所有していたと見られる、北網銀行の喜多川の貸し金庫に預けられていた証文にあった、桑野の血判から取ったものをHとして、末広に送付していた。


※※※※※※※


◎照合結果報告  


◯以下の生体試料より、それぞれDNAデータ、mtDNAデータが解析出来たことをまず報告する。


1)紙に不着した血液試料2点 (SのDNAデータをA、mtDNAデータをaとし、HのDNAデータをB、mtDNAデータをbとする)


2)布に不着した血液試料1点(このDNAデータをC、mtDNAデータをcとする)


3)唾液のDNAデータ本体(このDNAデータD、mtDNAデータをdとする)


そして、以上のDNAデータ、mtDNAデータを併せて照合した結果、以下の結果が判明した。


Ⅰ)AとB、aとbが、それぞれまず一致(これについては、事前より同一人物の血液と言う前提だったため確認)。以下、紙に付着した血液試料においては、Aおよびaのみ検討する


Ⅱ)a c dが一致(紙、布、唾液の3種の生体試料の血液保有者は、それぞれ女系の肉親の可能性が高い)


Ⅲ)AとCが一致


Ⅳ)AとD及びCとDの、各組み合わせのDNAデータは一致せず。


故に、ⅢとⅣによって、AとCは同一人物の血液でありDは別人の血液である。


但し、DNAデータにも近接性があること、mtDNAデータの一致の2点より、A(C)とDは女系血縁者であると見て良い。


この照合結果は、経年数を考慮に入れても、ほぼ99パーセントの一致と見て良いと判断する。


 鑑定者  両国大学 バイオサイエンス学部 生体認証研究室 教授 末広 正隆


※※※※※※※


「これは、一体どういうことなんだ?」

西田は目を丸くして吉村に尋ねた。とは言え、吉村も同じ疑問を持っているだろうから、聞いても意味はないとわかってはいたが……。

「というか……、末広が勘違いしたか間違ってるかじゃないですかね? A、Bが桑野の血判からの分析で、Cが死んだ小野寺の衣服から取れたと思われる、端布の血痕からの分析ですよね? Dが大島の唾液から科捜研が分析したDNAデータのはずですから、AとBは当然として、CがAと一致するはずがないでしょ。双子ってことは、生年月日から見てもまずないだろうし……。まあ、それはともかく、やっぱり桑野、小野寺、大島は女系で繋がっていたってことは、まあ以前の通りですから、そっちはいいんですよ、そっちはね……」

吉村も部分的に合点がいかない素振りを見せた。


「ちょっと、末広に直接確認して見た方が良さそうだな」

西田はそう言うと、直接連絡を取ってみることにした。


 電話に出た末広は、明らかに不機嫌だった。どうも実験中だったらしい。西田はそれを詫びた上で話をし始めた。


「FAXで報告書受け取りました。忙しい中、感謝します」

「いやだから、送ったんだから、それでいいじゃないですか」

不貞腐れた言い方だが、構わず話を続ける。

「それでですね、ちょっと気になるというか、おかしい点があったんで、確認させてもらいたいと思いましてね」

「おかしい?」

更に不満気な口ぶりだ。

「この報告書見る限り、AとBは当然、何故かCと一致してるんですよ。これむしろAとBはDと一致してるんじゃないですかね? それを勘違いして書いたとか」


 実は報告書を見終わった時、直接吉村には言わなかったが、西田はある期待を持っていた。つまり、報告書が間違ってA(B)とDの一致をA(B)とCの一致と勘違いしていれば、指紋では一致しなかった、証文の血判上の桑野と今の大島海路が、DNAという別の科学的な視点で一致していたことになるわけだ。


 そうなると、指紋の不一致は何らかの事由が介在することで起きたという、ある意味強引な解釈が可能になるかもしれないという淡い期待である。しかし、例え淡い期待であったとしても、そうなれば話に筋が通る見込みも多少出てくるので、西田としても密かに必死だった。


「あのね西田さん。自分で言うのも何だが、私はこの分野じゃ、日本でもトップクラスの研究者だと自他共認める存在なんですよ! あなた自身、それを前提にして、分析照合依頼をしてきたわけでしょ? ここは私大ではあるが、大学も全面協力してくれているし、勿論ウチのスタッフの技術力も研究設備もトップクラスです。しかも、私は分析中もしっかり管理してたんですよ、自分の目で見てね! その結果をこうして提示しているのに、その態度はちょっと失礼じゃないですかね? 確かにかなり前の劣化DNA情報ではあるが、ウチの技術の前では、それほど難しい分析じゃなかった。勿論ウチだからこそではありますけど」

トーンは怒りを抑えながらではあったが、研究者としてのプライドをにじませ、相当頭にきていることはよく伝わる発言だった。ただ、西田も学者の怒り程度で怯むような柄では、刑事など勤まるはずもない。しつこく食い下がった。


「我々の捜査で考えている分には、AとCのそれぞれは別人でないとおかしいんですよ。何か混在したとか」

言い終わる前に、末広は遮って強弁し始めた。

「それはないと断言できます! しっかり3度やり直して結果は一致している! 送られてきたサンプルの保管状況もしっかりしている! それぐらいのことが出来ないような奴は、一端いっぱしの研究者にはなれんのですよ! まして今回は、正式ではないとは言え、あなた方警察からの分析依頼です。DNA情報1つで、人の人生が変わりかねないことに関与しているわけだから、私もかなりの緊張感を持ってスタッフを指導監督している。私自身も当然緊張感を持って解析、分析、照合に参加している。その結果において、初歩的ミスが入り込む要素はないんです! 私が言いたいことはそれだけですよ。ちょっとこれ以上付き合ってる時間もないんで、切りますよ! そしてこれ以降、この件については連絡はお断りします。別のことはともかく。それでは失礼!」


 一方的に会話を閉ざされた西田だったが、末広の頑なな態度には、最後には傲慢さよりもむしろ、一研究者としての矜持と責任感の強さを感じざるを得なかった。言葉の節々ふしぶしに、好き嫌いを超えた説得力がこもっていた。


「相手の言うことは、直接聞いてないからわからないんですが、なんか揉めてました? そんな感じでしたが……」

吉村が西田に聞いてきたが、西田は、

「ああ。結果には自信があるんだと」

と生返事をしただけで、しばらく何も言えなかった。しかし、こうなると、末広の報告書が事実だと認めるしかないのか? そうなると、死んだはずの小野寺と桑野が親族であることを超えて、今度は同一人物であるとなってしまう。


「桑野と小野寺が実は従兄弟ではなく、さっきは『無いだろう』とは言いましたが、やっぱり双子だったってことなんですかね? まあ昔は、出生届なんかは適当だったとは聞いてますから、子供の居ない姉夫婦に双子の1人をあてがったが、何故か出生届は3年遅れたと……。でも何か苦しいなあ」

そんな西田の思いを察したか、吉村が考えられる理由を口にしていた。


「あり得ないとは言えないが、3年は長すぎるな。せいぜい1年が限度だろ。それに天井あまいからそういう情報は出ていない。勿論、そういう話を知らなかったことも十分考えられるにせよだ」

「しかし、昔は生誕の届け出はかなり適当で、しかも養子縁組なんかも自分達で勝手にやったりしてたってのは聞きますよ?」

吉村は、自分で一度否定していた説に固執していた。


 ただ、末広が自信を持っているとなると、そういう方向に行かざるを得なかったのだろう。(作者注・ある程度のDNAサンプルを必要としますが、今では一卵性双生児のDNAも微妙に差異が出ることが確認されていますのでご注意ください。但し、生後一定の年数を経た状況が必要です。リンクhttp://japanese.engadget.com/2015/04/29/dna/)

「確かに、妹より先に結婚したのに、子供が居なかった姉夫婦に、桑野の双子の兄弟を養子としてということも考えられないわけではないが、それにしても、3年のタイムラグを付ける意味が到底わからん」

そう答えて、西田は腕組みして考え込み始めた。しかし、10分もしないうちに、西田の中にある1つの考えが閃いた。


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