東京へ

第98話 名実7 (16~18 高垣再会)

「鏡と付き合い始めたのは、97年の夏ということだが、どういう経緯で?」

「なんでそんなこと話さなきゃいけないの? あいつが昔やらかしたことで来たんでしょ?」

「まあまあ、話の導入部だから、そうイライラしないで」

吉村が典型的な宥め役としての役割を演じた。

「ったく、しょうがないわね……。入った店の常連だったらしくて、新入りの頃からよく指名してくれたって、よくある話……。正直、ヤーさんとは恋仲になるつもりはなかったんだけど、ああ見えて、意外とマメだったのよ、同棲する前までは……」

「その後、暴力を振るうようになったわけか……。ダメカップルによくあるパターンだな、最初は妙に男が優しかったりするんだが、後から後悔することになる」

相葉の話を受けて、西田は感想をストレートに言った、と言うよりは、思わず言ってしまった。

「あー、うっさいわねえ! ホント刑事ってデリカシーに欠ける人ばっか! みんなこんな感じだった、前の取り調べの時も」

憤慨しながらも、短くカットされた髪の毛を弄る。西田はそれには取り合わず、話をさっさと次の話題に移す。

「なんか夜中にうなされたり、声上げたりしてなかった?」

と尋ねた。凶悪犯罪者であれば、骨の髄から鬼畜のような人間もいるが、強がったところで殺人という大罪への良心の呵責に、実はギリギリで耐えている犯罪者も案外多いもんだと、ベテランの刑事から若い頃聞いたことがあった。そういう点を踏まえた、ちょっとしたギャンブルの質問だった。

「うーん、そんなにうなされているようなことはなかったと思うけど……」

相葉の言い方に、西田は感じるものがあったので、更に突っ込んで尋ねてみた。

「何か気になることがあったみたいだけど?」

「……言われてみれば、よく酔っ払って寝ていた時に、突然『コンセントだ 早くしろ!』みたいな意味不明なことを叫んでたのが何度かあったわね。夢見てるみたいで、何度かあったから、『あれは何なの?』って聞いてみたけど、びっくりしたような顔して、『そんなこと言ってたのか?』と言ったきり黙っちゃったから……。それ以降はあっても聞かないようにしたのよ」


 それを聞いた西田と吉村は、思わず顔を見合わせた。間違いなく、あの北村の録音していたテープと同じ状況のシーンを夢で見ていたのだと確信したわけだ。

「他には何か……、例えば『全員殺ったか?』とか『早く一緒にアベ!』とか言ってなかったか?」

具体的にテープの中身の発言を羅列した吉村に、

「それが不思議なもので、毎回そこだけなのよねえ……」

と言ったきり黙った。その部分だけ同じことを繰り返した理由は、はっきりとはわからないが、殺害実行後、回収すべきモノを急いで発見して逃亡するため焦っていたのは間違いないだけに、そこが特に強く印象に残っていたのかもしれない。


 他にも色々と質問してみたが、実際に、鏡が具体的に何か彼女に明かしていたことはなかったようだった。殺しておいて、今更鏡のために義理立てする必要もなさそうだし、それ自体に嘘はなかったろう。むしろ出所後の、鏡のヤクザ仲間からの報復の方を恐れていた感じだった。


※※※※※※※


 時間が来たので、相葉は面会室から連れ出されていったが、それを見送った西田に、吉村があることを指摘した。

「でも、今になってよく考えてみると、ちょっとおかしいですよね? さっきの台詞を、実際に鏡が事件当時、自分で口にしていたとなると、流れ的には、『アベ』と呼ばれたのは鏡自体にならないですか?」

「ああ、言われてみるとそうだな……」

西田もその時は気付かなかったが、吉村の言うことはもっともだった。何しろ、テープの音声は、


※※※※※※※


『紙とそいつが持ってたメモ帳は俺が回収したから。さっさとアレ回収しとけ!』

『どこだっけ?』

『コンセントの所だってよ、早くしろ!』

『あ、あったあった! 早く一緒にアベ!』

「あ……、また余計な癖が……。早く行くぞ!」


※※※※※※※


という流れだったのだから、鏡がコンセントに言及していたとすれば、呼びかけられたアベが実は鏡ということになるのが、常識的な考え方だ。これまでは、アベと呼びかけたのが鏡だという前提での捜査をしていたので、これは明らかにおかしなことになる。


「でも、自分で言ったことじゃなく、言われたことが印象に残るってのもあるだろ? 或いは、これ言っちゃうと、今までの捜査の前提が完全に無駄になるが、コードネーム(秘匿名)のようにお互いに違う名前を付けて呼び合っていたとか」

「いやいや、西田課長補佐! そりゃないでしょ!? 今までの、『呼び掛けられた方がアベ姓』を前提にしてきた捜査の否定は、必要な修正であれば、考えたくはないけど、残念ながら仕方ないとしてもですよ……。もしコードネームみたいな扱いだったとしたら、その後『悪い癖』なんて言う必要ないでしょ。もともと本名ばれないようにするためのもので、その通りに捜査が撹乱されたことになるわけですから。まさか、より、本当の苗字かと勘違いさせるための『演技』だとすれば、それはもう相手が上手うわて過ぎですが、そこまで演技する余裕なんてあったんですかね?」

西田は取り繕うとしたが、吉村はそれに全く納得できないようで、首を捻るばかりだった。


「だけど、よく考えてみれば、結局音声の方も、北村さんの胸ポケットにレコーダーが入っていたことと、2人の声に特徴が大して無く、同じような感じだったこともあって、どっちのモノかはっきり識別できなかったわけです。つまり、アベと言ったのがどちらかすら、究極的には、はっきりしてるとは言えないんですよね?」

「そういうこともあって、行った声紋分析では、それぞれの犯人ホシの音声の識別こそ付いたが、鏡の生前の声のデータはなかったから、どっちが鏡かということもわからず仕舞いなのは確かだ。勿論、相手のデータなんか、あるわけないからな現時点では。ただ、コンセントについて言及した犯人と、アベと言った犯人は確実に別人だ」

「ああ、耳で聴いてもわからないってことで、声紋分析に掛けたんでしたっけ……。しかし、どっちが鏡の声かわからないことは間違いない。となると、鏡が『アベ』と呼び掛けられたってことは、確かにあり得るんですよね……。悪い癖ってのは、人の名前を間違ったということを意味しているとすれば、あり得なくはないのか……」

「え? じゃあ吉村は、やっぱり「早く一緒にアベ」と呼び掛けられた方が、実は鏡だと思ってるのか?」

西田は、さっき自分の説を否定された挙句、吉村も似たような方向になってきたので、皮肉も込めて大げさに尋ねた。


「否、そこまでってわけじゃないんですが……。今回の鏡のコンセントのうわ言の件を、本人が言ったと考えると、色々と何か割り切れないんで……」

しっくりこないせいか、そのまま特に何か付け加えるようなことはなかった。


「しかし、東京まで来た割に、悔しいが思うような成果は無かったなあ。それどころか、むしろ混迷が深まったってのが正確なところか……」

拘置所入り口の前でタクシーを待ちながら、西田は吉村に愚痴った。


※※※※※※※


 その日の午後6時、新宿ゴールデン街の「シャルマン」のカウンターに、西田と吉村が座っていた。どうせ東京で泊まっていくならば、折角だから高垣に会っておこうと、事前に、捜査の一環で上京すると伝えていたのだ。ホテルも、葛飾からも羽田からも共に離れた、新宿に取っていたのはこれが目的だった。高垣と直接会うのは、95年の11月、北見へと高垣がやって来て以来だった。まさに7年弱もの間会っていなかったことになる。


 一方。シャルマンには、実は3年前に、千歳署時代に捜査で東京出張した際に寄っていた。マスターの斉藤は、西田をしっかりと憶えており、刑事だったということも忘れてはいなかった。勿論、今回も西田が来店したた際に、西田だと把握していた。それどころか、7年会っていなかったにもかかわらず、同行していた吉村のこともしっかり憶えており、その記憶力に西田も舌を巻いていた。やはり、北海道の刑事がわざわざ新宿の場末のバーに現れたということが、強烈に記憶に残っていたかららしい。


 マスターを含めた3名は、再会を祝してハイボールで乾杯したが、もう1人の主役、高垣は西田に『ちょっと遅れる』と言う連絡を残したまま、午後9時過ぎてもやって来なかった。西田も吉村も気分良く飲んでいたので、もはや高垣のことは半ばどうでもよくなりつつあったが、そんな状況を知ってか知らずか、ようやくやって来た高垣は店のドアを勢い良く開けた。


「よう! 久しぶりだな!」

相変わらずデカイ声と態度だなと2人は思ったが、それはお首にも出さず、

「遅かったじゃないですか! 待ちわびてましたよ!」

と応じた。

「いやあスマンスマン! ちょっと取材対象と会ってたら時間が掛かってな……。2人共、結構出来上がってる感じだが?」

高垣はそう言うと、マスターの方を見て確認した。マスターは笑って頷いたので、

「やっぱりそうか」

と納得すると、例のごとく壁際の席に陣取った。


「どうだ? 鏡を殺った女の聴取は? 上手く行ったか?」

「さすがに細かいことは、高垣さんにゃ言えませんよ!」

吉村が毒づいた。

「そりゃそうだろうな。前、あんたらも痛い目に遭いかけたんだから!」

高垣はそう言って高笑いした。


「簡潔に言えば、『基本的に東京にわざわざ来るほどの甲斐はなかった』って結論でいいです」

西田は少し投げやりな言い方で答えた。

「ほう……。そいつは残念だったな。それにしても、一連の事件に関与してる奴は、何と言うかよく死ぬな。ツタンカーメンよろしく呪われてるのかな?」

本気か冗談かどちらとも取れない言動に、

「北海道はエジプトじゃないんですよ!」

吉村は冷たく端から否定した。

「そりゃ女ぶん殴ってたら、呪い以前に恨まれるに決まってるわな……」

西田が呆れたように言うと、

「呪いより現実の女の方が手強いってわけだな」

と大袈裟に笑った。


 高垣も交えて、しばらく飲みながら、たわいもない話をしていたが、再び話が事件に及んだ。

「佐田実殺害の方はどうなんだ? 本橋の起訴から判決確定まで含め、今年……で丁度時効だったよな? 何か事件に繋がりそうな情報とか、ありそうなのか?」

「それの時効が、俺と吉村が北見に転属された、実は隠れた大きな要因ですから、解決すべき順番で言うと、病院の銃撃事件よりも、実はそっちなんですよねえ……。本橋に最終的に押し付けて、一応解決したことになってるんですが……。あ、マスター、ハイボール追加で! ……取っ掛かりは、正直全くないです」

西田は途中でおかわりをマスターに要求しながら、現状を説明した。


「指紋がなあ……。アレが痛かったよな。俺の送った指紋で一致しなかった後、わざわざ大島の懐にまで潜り込んで、指紋取ってもダメだったんだよな? 竹下から後で聞いた限りじゃ」

「そうですね。おそらく、大島の実人物が、桑野を殺害してそのまま成り済ましたなんじゃないかと思ってるんですが、如何せん仮説なんでね。それに、仮にそうだとしても、何で桑野に成り済ます必要があったか、そこがはっきりわからない」


 西田は、マスターが作ったハイボールを、目の前に置かれたそばから、一息でゴクッとかなりの量飲み込んだ。

「それについても、以前竹下から聞いてる。竹下とは4年前に、俺が北海道に取材に行った時に札幌で、2年前はあいつが東京に来た時にそれぞれ会ってるんだ」

「結構直接会ってたんですね」

「吉村君よ! そりゃ、一応あいつも俺と同業者になったわけだから、こっちも親近感が以前よりあるし、あいつも電話で、先輩である俺にアドバイス求めたりすることもあったわけよ。まあ、新聞協会賞とるような連載記事の執筆陣として名前出る程の奴に、今更アドバイスなんて出来る立場じゃねえけど」

出来上がりつつも、得意げにそして自虐も交え吉村に語った。


「あ、高垣さんも見たんですか、奴も関わった震災の記事?」

「西田さんよ。リアルタイムじゃ見てない。後からまとめて見たんだ。兵庫新聞の記者と道報の記者、なかなかやるなと思ったよ。感傷を極力排除しつつ、被災者にも寄り添った良い記事だった。問題点や課題も具体的にしっかり抉ってたし」

「確かに。俺も記事の良し悪しをとやかく言えるような立場じゃないですが、なかなか読ませる記事だったと思います。奴にも直接そう伝えましたよ」

「あんたもそう思ったか! 元上司にそんな風に思われたら、転職した甲斐があったと言えるだろうな、竹下も」

高垣は満足そうにタバコに火を付けた。


「一緒に捜査してた人が、今や新聞記者ですからねえ……。もともと警官向きのタイプじゃないとは思ってたけど、今思うとやっぱり不思議だな……。7年程度前ですけど、それについては、やけに昔のことのように感じますよ」

「そりゃな。俺もそんなパターンはアイツ以外では聞いたことがない。前代未聞ってことはないと思うけど」

吉村と高垣の会話も、先程までのノリと違ってきて、西田自身懐かしい感情が湧いてきていた。


「ところで、高垣さんは、今何か書いてるんですか?」

そういう気分もあって、話題を敢えて変えようとした。

「今は高松首相の周辺と民友党の内部力学の変化を追ってる最中だ」

「へえ……。で、どうなんです、高松の『徹底的再構築』とやらは?」

「西田さんがそういう言い方をするってことは、あんまり信用してないんだな?」

「じゃあ、高垣さんは出来ると思ってるんですか?」

「あははは。こいつは痛いところを突かれたな!」

高笑いしたものの、心からの笑いではないのは明らかだった。


「やっぱりダメですか?」

「まあな……。結局は箱崎・梅田派から志徹会へと、利権がシフトしただけだったんじゃないか? 俺が見ている限り、現状では、残念ながら、それが正しい認識で間違いないと思うぞ!」

「断言しちゃうんですねえ」

囃し立てるような言い方をした吉村に、

「マジだ」

とポツリと答えたあたりに、西田はむしろ「リアリティ」を感じていた。


「そうそう……、それはともかく、『与党内政権交代』は、あんたらには追い風みたいだな。色んな場面で梅田派の圧力は下がり気味だから」

「それは多少なりとも感じてますよ、やっぱり」

西田もそれは実感していた。

「そもそも、大島自体も年だからなあ。何だかんだ言って、80は後半だっけ? 次はもうないだろ? 箱崎派も、既に死んだオヤジの箱崎からジュニア箱崎、と言っても、いい年のおっさんだけどさ……。それに世襲して、一般的には、梅田辰之助が領袖の、梅田派扱いに、完全になっちゃってるわけで」

実際、西田は箱崎派という言い方を、まだすることもあるが、報道では今は「梅田派」というのが一般的だ。


「それはそうと、竹下に頼まれていた大島の学歴調査、旧制二高で躓いたそうですが、よくそこまで調べましたね。戦争やら寿命やらで結構亡くなってる人も多かったでしょうに」

「実際難儀したよ……。噂通り、本物の桑野が優秀だったのは、ほぼ間違いないはずだ。旧制中学を飛び級だからな。しかし、その先の二高時代の話は全く出てこない。学友だった連中が死んだ可能性もあるが、退学したのではみたいなことも言われたな……」

「皮肉なことに、大島……、当時の多田靖の『旧制中学までしか出てない』って発言と一致してることになるんですよね、その中退説が本当なら」

「そうなるな。大島の方が、桑野のそれを知っていて、意識的に言ったのか、それとも偶然なのか、はたまた大島自身がそういう境遇に実際にあったのかはわからんが」


 そこに吉村が割って入った。

「本物の桑野自身が、旧制高校を中退したという前提で考えると、津波で彼の実家が大変な被害を受けた時代と微妙に重なってるわけですから、やっぱり『大島』が多田桜や小柴に言ったように、『経済的な理由』が、退学の引き金になって、実質旧制中学までの学歴になった可能性はありますよね? 本物の桑野についても。大島もそれを知っていての発言なのかな? それとも、大島が自分自身の境遇を言っただけなのか……」

「色々わからないことは多いが、これだけ長い間、大島海路が桑野に成りすましていて……、それが結論かどうかはともかく……、それが誰にもバレてないということは、やはり桑野は、津波で天涯孤独になっちまったんじゃないかな? そうなると、吉村君が言うように、旧制高校の学費を払えるとは思えないな。当時もかなりの額だったはずだ」

高垣は、吉村の最初の説を支持した。


「当時の旧制高校は、かなり学力が高くないと行けなかったというのは聞いてますから、飛び級含め、相当優秀だったのは確実です。これは、佐田徹と北条正人の桑野評と強く一致してます。人望もあったらしい。その人物が忽然と消え、理由はともかく、大島海路の実人物がそれに成り代わっていた可能性が高い。そして、東京都議だった小柴の桑野『靖』評は、小柴自身が東京帝大出ということもあったかもしれないが、それ程高いモノではなかった。しかし、旧制高校に飛び級するようなレベルの人物だったとすれば、帝大出であっても、何か感じるところがあったはず……。やはり、その時には、桑野本人じゃないことを裏付ける証言にもなっているんでしょうか? しかし、何があったのか……。桑野殺しの説は正しいのか、そうだとして理由は何か、うーん」

唸ったままの西田をしばし見つめていた高垣は、

「まあ、あんたらも頭が痛いだろうな。大昔のことが複雑に絡みすぎてる。直接的に関わってはいないが、大変なのは察するよ……」

と言ってグラスを傾けた。


「それはそうと、銃撃事件の捜査の話は、昨年辺りに鏡の件がニュースになって以来、あんまり詳しいことは聞かないが、どうなってんだ? 共犯の目星は付いてるのか? あんたらが今日、鏡の女に話を聞いたのはともかくとしてだ。竹下も、今は警察の情報は知りたくても知ることが出来ないから、わからないので教えられないとずっと言ってる」

高垣は軽く唇を潤すような飲み方をした後、突然そう言い出した。

「竹下がそんなこと言ってるんですか?」

この発言を西田は多少驚きを持って聞いていた。というのも、竹下なら入手しようと思えば、西田に聞くなど、ある程度までの情報収集は出来ると思っていたからだ。


 これまでは、警察を離れた以上、関心がないわけではなかっただろうが、特に聞く必要がないので、そうしていなかったように勝手に想像していた。竹下から西田に対し、捜査状況について詳しく聞きたがったようなことは、警察を辞めてからほとんどなかった。勿論、西田自身も遠軽を離れてからは、この捜査に直接従事していたわけでもなかったので、得られる情報は限定されてはいたが……。


 しかし、最近の状況や、今の高垣の話を聞く限り、竹下が警察を離れたから聞く必要がなかったというのは絶対に違う気がした。確実に、一連の事件が気にならないはずはない。アレほど入れ込んでいたのだから……。そして西田は、今年の春から「現場」に復帰していた。そうなると、新聞記者になった以上は、ある程度警察とマスコミは緊張関係にあった方がいいと考え、敢えて詳しく聞くことを我慢しているか、或いは、事件担当である西田の「権限逸脱」に気を遣ったかのどちらかではないかと考えた。一方で最近の竹下は、捜査が新たな展開を示しつつあったせいか、その「熱望」を抑えるのにギリギリのラインにあるのではないかとも、何となく思いつつあった。


「ああ、そう言ってるし言ってたよ」

高垣はそう答えた。

「そうでしたか……。自分には聞いてきたことはないです。それで話を戻しますが、銃撃事件の捜査は、ある条件の問題で暗礁に乗り上げてます、残念ながら」

西田は、高垣にはテープの「アベ」情報をまだ与えていなかったことを意識して、唐突に話を変えた。

「1人実行犯が見つかったってのは、相当デカイ収穫だと思ったんだが」

「そりゃそうですよ。思いもしないところから出て来たんですからね。死んでましたけど」

「そして今日、殺した女からは収穫はなしと……。しかし、『ある条件』ってのは何だ?」

さすがにそこを突かないジャーナリストはいないだろう。高垣も例外ではなかった。

「7年前も言わなかった以上、今も言えません」

「西田さんよ! 7年後だからこそ言えることもあるだろ? それに自分で話に出しといてそりゃないんじゃないか?」

高垣は大げさに西田の肩を叩いた。

「いや、言えませんね、それは」

指摘通り、話題に出しておきながらの冷たい素振りに、

「頑固だねえ」

とおどけて言いつつ、高垣は残りの酒を飲み干した。

「いや、お互い様でしょ。むしろそっちが頑固」

西田も笑って負けずに応じた。


 そんなしょうもないやりとりをしたまま、しばらく飲んだ後、2人は高垣と共に店を出た。高垣はゴールデン街の入り口でタクシーを拾い、身をかがめながら乗り込む最中に西田達の方を見ると、

「俺が協力すると言った話は、7年後の今も継続中だからな! そいつだけは忘れんでくれ!」

と突然叫んだ。


「わかってます! 何かあったら、いの一番に助けを求めますよ!」

そう言った西田を確認すると同時に、二度三度手を振って、姿が車中に完全に収まるとすぐ、ドアが閉まり、タクシーは走り去った。


「見た目も中身もあの頃のままでしたね……」

「ああ、変わらんなあの人は。良くも悪くも……。逆に俺達はどうなんだろうな?」

「は? ……ええっと、どうなんでしょうね。自分達のことは自分達じゃ、案外よくわからんもんじゃないですか?」

西田に逆に問い返されて、吉村は誤魔化した。聞いた西田も実はよくわからなかった。成長したのか、劣化したのか、はたまた変わらないのか。

「さて、明日はまた北見へとんぼ返りだ。戻ってさっさと寝ようか」

2人は止めていた歩みを再開し、近くに取っておいたビジネスホテルへと向かった。


※※※※※※※※※※※※※※

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