第97話 名実6 (13~15 ローラー作戦の漏れと鏡殺害犯聴取)

 4月9日、須藤から情報が入った。例の阿部が、95年の10月末に東京に居たと言う裏付けが取れたらしい。Nシステムに、阿部の所有する車が、首都高やその近辺で数日間認識されていたようだ。その上京時に、鏡と何らかの形で接触していたかもしれない? という話だった。


 ただ、肝心の11月11日前後に、阿部が北見に居たことは全く証明出来ていなかった。一方で、その前後に、阿部が地元の姫路に不在だったという話の根拠は、兵庫県警の姫路署が持っていた。


 阿部らしき人物と喧嘩をして怪我をしたという若者が署に現れ、姫路署の刑事課から阿部の自宅固有電話へ11月8日から11月15日までの1週間に渡り、確認のため電話したものの、全く連絡が付かなかったというものだった。結局は人違いで別人が逮捕されたため、その時には何の問題にもならなかったようだが、なるほど、羽振りが良くなっていたということも併せ、状況証拠としてはもっともな事だった。


 それを会議で報告すると、吉村が珍しく問題点を指摘した。

「年齢や立場を考えると、おそらく犯行では鏡が主で、一緒に銃撃した阿部(アベ)が従と言えそうですが、テープの中の、鏡? 相手の喋りの口調も、幾ら何でも、阿部とは一回り違う鏡相手にしてはぞんざいな口調というか、その点も気になります」

これについては、西田も疑問には思っていたが、構成員ではないと言っても、葵一家構成組織の上位の血縁関係者だけに、そういうことを「許す」部分があったのではないか? という考えのもと不問に付していた。しかし、やはり、縦社会である暴力団とその関係者であるとするのならば、大きな問題点と言えばそれは否定出来ない。


「例のアベと呼びかけられている奴の方のテープの音声と、こっちの阿部の声の比較はどうしてるんでしょうか?」

主任の日下の質問に、

「まだ確認してはいないはずだ。ある程度固めてからするんじゃないだろうか?」

と西田は述べるに止めた。突破口になり得るマル被(被疑者)ではあるが、色々と課題も多い対象だ。楽観視は危険過ぎた。


※※※※※※※


 4月11日、三谷課長の許可も得て1時間ちょっと、北村の墓参りに行くことにした。嫌な顔をされるかとも思ったが、さすがに殉職刑事の月命日となると話は違ったようで、花代をポケットマネーで出してくれた。昼食後合流と向坂に伝えると、方面本部、北見署合同の駐車場に、約束の時間通り現れた。


 久慈墓苑までは花屋に寄ったこともあり、25分程度掛かって到着した。既に外気温は10度を超えてはいたが、街中からは消えた積雪が、まだ若干墓地には残っていた。しばらく歩くと、割と立派な墓石が見え、それが北村家の墓だった。


 北村の三回忌に際し、墓石を新しくしたようだと、向坂が2人に告げた。三回忌には、日程の都合が付き、参加していたらしい。


 おそらく親族の手によってか、きちんと掃除されているようで、かなり綺麗だった。そのまま課長の分と自分達の分の花を手向け、ローソクを立てて火を付けた後、線香に火を移した。そして管理所から借りた、水の入った桶から柄杓で墓石に水をかけ、しゃがんで冥福を祈った。供え物は、向坂が購入しておいた、北村の好物だったという、ガラナ(作者注・北海道特有のテーストの飲み物で、コーラと似ています。興味があったら検索ください)ジュースを置いていた。


 西田は一緒に捜査していた時、言われてみれば、北村はよくガラナを飲んでいたなとは思ったが、好物だとは知らなかった。聞けば、向坂も遺族から聞いたらしい。正直、もっと高いモノの方が良いのではないかと思ったが、本人が好きだったというのだからこれでいいのだろう。ひとまず墓参りを終えると、3人は再び北見方面本部へと戻ることにした。


「さすがに毎月はちょっと仕事もあるんで……」

車中で、西田は向坂から何か言われる前に予防線を張ったが、

「いや、そりゃそうだ。ただ、来たばかりでまだ墓参りしてないと思ったから……。北見に居ることだし、今年の命日は出られるといいな」

とだけ言われた。

「そこは余程のことがない限り出ますよ。出来ればそれまでに解決しておきたいところです!」

西田がそう言ったきり、墓参りの帰りだったこともあったか3人の会話は弾むこともなく、北見方面本部へと着いた。


「どうもありがとうございました」

車を降りた2人が運転席の向坂を覗きこむように礼を言うと、

「俺はもう何も出来ないが、捜査の方頼むぞ……。じゃあ、またそのうち連絡するから」

とだけ言い残し、向坂は去っていった。


「もう、あれから7年なんですよねえ……。時が経つのは早いなあ」

それを見送りながら、吉村がしみじみと口にした言葉が、西田にもゆっくりと響いた。


※※※※※※※


 西田達は、組対・須藤係長からの捜査情報を待つ間、銃撃事件当日から数日以内の鏡の動向がどうなっていたか調べ始めていた。正確に言えば、捜査を「再開した」という方が適切かもしれない。


 1年前に鏡の遺体が発見されて、身元と共立病院銃撃事件への関与が判明してから、鏡が犯行後どういうルートで北見から東京へ戻ったかについては、色々な憶測が飛び交った。しかし、事件発生から即座に敷かれた検問に引っかからなかったこともあり、犯行直後の北見市内での潜伏を前提に考えるのが常識的だという結論に達していたようだ。更に、7年前は周辺地域のローラー捜査をしていたのだが、漏れがあった可能性を考慮し、事件再捜査始動の際も、一応同様のローラー捜査はしていたらしい。


 ただ、再捜査後は、鏡の共犯としてのアベを炙り出すため、アベ姓の調査に全力を注いでいたらしく、ローラー捜査が、実態としておざなりになっていた可能性もあったので、西田は更にしっかりし直そうという意図を持って、今回の捜査に当たることにした。


 まず、7年前の検問やローラー作戦の捜査状況を検証する分には、事件発生直後に検問態勢が敷かれたので、少なくとも、北見市外へ出る大きな道路を通って抜けたとすれば、免許の偽造など以外は、到底無理だっただろうことは確かだった。同乗者からトランクまでしっかりチェックするので、下手に隠れていてはバレるし、遠く離れた本州住所の免許などを提示すれば、それだけでマークされかねない。勿論車のナンバーもチェックするので、盗難車であればすぐバレる。


 結局のところ、普通であればまず当日から、北見市内の検問が終わった翌々日までの間に、検問をすり抜けるのは容易ではないと、当時の捜査本部は判断していた。一方で、徒歩などで目立たない狭い住宅街の道路や山林を抜けられていたら、これはどうしようもないと考えてもいた。


 また、JRも北見周辺の各駅にすぐに警官が配置され、道内から出る函館駅でもチェック態勢を整えていた。翌日からの女満別空港(既に当日は最終便は離陸済み)中心に道内の空港、また本州方面へのフェリーがある港では、鉄道以上にチェック態勢が厳しかったので、これも数日間は脱・北見・脱北海道は簡単ではなかったはずだ。


 そこで、ある程度の間、実行犯は北見市内に留まっていたのではないか? という前提で、病院からの逃走に使われた車が放置された近辺で、事件後に、周辺の、特にアパートなどをローラー作戦で洗っていたわけだ。だが、事件発生当時は全く怪しいモノは出て来なかった。これは1年前の再捜査でも同様だった。


 西田はそれを踏まえ、鏡自身が土地鑑(勘)がほとんど無さそうな点を考慮すれば、土地鑑のある協力者がいたにせよ、やはり、しばらく沈静化するまで市内のどこかに居たのではないかという考えに結局は至っていた。7年前の事件発生当時は、西田と吉村はそちらの捜査に従事していなかったため、どの程度詳細に捜査したかを具体的に判断するには、当時の捜査資料を見直すしかなかった。


 それによれば、車が放置された空き地から半径2キロメートル以内の、アパートや単身世帯用の賃貸マンションなどを中心に洗っていたらしい。しかし怪しい居住者は居らず、空振りに終わっていた。


 逆に言えば、それ以外の場所はまともに捜査していなかったということでもあり、1年前の再捜査後もそれと同じだろうと思っていた。しかし、そもそも時間が経ちすぎているので、再捜査の際は、あくまで7年前当時の捜査リストを再チェックしたに過ぎなかったようだ。


 西田の指示で、7年前の時点の住宅地図を中心に、半径4キロ(つまり早歩きで40分程度)までリストアップし、不動産屋、大家、管理会社などを当たってみることにした。当然、かなり時間はかかるが、どうせやれることは限られているので、出来ることをコツコツと地道にやるしかなかった。


※※※※※※※


 4月19日、察庁・組対・係長の須藤から、阿部晋也に関しての情報が入った。思惑が外れ、完全にシロというモノだった。連絡が付かなかった間、阿部はハワイへ行っていた。姫路署が別件で阿部をしょっ引いて詰問した結果、阿部にそれを主張された。これは大阪入国管理局で記録に残っていたので裏付けも取れていた。


 羽振りが良かった理由については、一緒にハワイに行った古着屋の友人から、ビンテージアロハを日本に持ち込む手伝いという話をしていたが、それについてはまだ裏付けは取れていないということだった。ただ、仮にそれが嘘だったとしても、少なくとも実行犯として北見で銃撃事件を起こすのは、入管の記録から物理的に不可能というわけだ。東京での行動など、阿部晋也にまつわるいくつかの怪しかった話も、その時点で全て無意味になってしまった。結局、またもやアベの謎は残ったままになった。新たな希望もすぐに潰えてしまったのだった。


 潜伏先捜査のためのローラー作戦も、しらみ潰しにやっているとかなり時間が掛かり、成果も出ない状況が続いていた。西田は、そんな状況を把握しつつ、地図とにらめっこしながら、色々と思索していた。


 そんな中、車が乗り捨てられた空き地から1キロから2キロ程度離れた場所に、大島海路の北見事務所があったことに気付いた。捜査本部を指揮した当時の首脳陣は、大島の関与を疑ってはいたし、また捜索範囲内でもあったが、大島の直接の支配下で匿っていると考えたところで、確実に居ると言う確証でもなければ、手出しできるはずもなかったわけだ。


 もし、大島の手の者が鏡と共犯者を車で回収し、大島の事務所でしばらく匿ったとすれば、それはもう警察の捜査の及ばない部分だ。西田は、まさかとは思ったが念のため、当時の検問態勢が時系列でどのように敷かれたかの資料を漁った。すると、市内の端の検問は早かったが、市中の検問までは、事件発生直後から30分程度掛かっていたことに着目した。

 

 これは捜査ミスではなく、第一に市外へ逃れられるのを避けるための定石に近いやり方だったが、市内の割と中心部に近いところに、万が一「安全」な場所があったとすれば、裏目に出たとも言えた。


 大島が事件に関与していたとしても、実行犯の逃亡まで直接的に助けるという発想が、佐田実の事件の成り行きを考慮する限りは出てこなかったことも、要因の1つとしてあったかもしれない。佐田の事件で、大島はあくまで周辺にチラチラと存在していたに過ぎなかったからだ。


 7年前の時点で、佐田殺害において、実行まで深く関与した伊坂大吉を始めとする伊坂組関係には、銃撃事件でも関与していた可能性を少しは考慮していたものの、伊坂組関連の社屋含めた施設、伊坂の自宅等は、市内からは少し外れにあり、検問を設置した場所とかなり近かったという点で除外されていた。


「ひょっとすると、考えが甘かったかもな……」

西田は、自分が直接捜査指揮していなかったとは言え、大島の関与を疑ったなら、そこまで徹底すべきだったとほぞを噛む思いだった。もう今更どうやっても、大島の事務所関係者に聴取するわけにもいかないし、証拠もおそらくない。


 但し、国会議員の事務所に、「怪しい」と言うだけでガサ入れすることが、現実に可能かどうかと問われると、やはりそれは「ノー」だと認めざるを得ないという現実があった。


 こうなると、打つ手はどんどん狭まってくる。倉野の計らいで、捲土重来を期して北見へ戻った西田だったが、元々行き詰っていたとは言え、就任早々壁にぶち当たった格好だ。


「遠賀係長! 鏡の殺害の方、犯人ホシで愛人だったホステスから、俺らの事件の聴取はどうなってました?」

西田はそのことを考えても時間の無駄だと思い、唐突に、遠賀に尋ねていた。

「どうなってたかと言われましても……」

実直な遠賀は、思い付きで西田に質問され困惑して聞き返した。


「曖昧な言い方で失礼! 鏡の95年当時の動きについて、犯人のホステスが何か知ってたんじゃないかと思って……。ただ、俺は未だ具体的に聴いてないもんだから……」

「ああ、それですか。本庁(警視庁)の方も聴いてくれたらしいんですが、報告では、何せホステスが鏡と付き合い始めたのが97年の夏ですから。事件当時のことは知らなくて当然でしょう」

「97年か……。ったく何もかも使えんな!」

遠賀からの期待出来ない報告に、舌打ちした西田だったが、吉村が、

「でもねえ、所詮他人事でしょ? 本庁の方からしたら。聞き漏らしてることなんて普通にあり得るんじゃないですか?」

とアドバイスした。


「そうか……。これだけ壁にぶち当たってる以上は、直に聴取してみる価値はあるかな?」

「課長補佐のお気持ち次第じゃないでしょうか」

年上の遠賀だが、西田の独り言に近い問い語りに対し、相変わらず丁重に返答した。

「気持ち次第か……。予算は大丈夫だったかな?」

「問題ないです」

遠賀が即座にそう言ってくれたので、タイミング的には

「じゃあ行ってみるか」

と西田はスムーズに決断出来た。


※※※※※※※


 4月23日午後、西田と吉村は、葛飾区は小菅こすげにある、東京拘置所を訪れていた。拘置所の都合もあり、すぐ聴取という訳には行かなかった。


 聴取の相手は、「相葉あいば 淑子よしこ」32歳。鏡殺しでの、地裁の懲役8年の判決を不服とし、高裁に上告していたので、未だに拘置所に入ったままだった。共謀して殺害遺棄したクラブのボーイは懲役8年を受け入れ、既に刑務所に収監されていた。


 女区(女性が収監されている区域)のある庁舎へと入り、手続きをして面会に入る。面会室に現れた相葉は、化粧っけこそ当然ないものの、さすがに元ホステスというだけあって、色気あふれる美人だった。


 しかし、西田と吉村を見るなり、不貞腐れたような言葉を投げつけた。

「一体何の用よ!」

2人は、未だ自己紹介すらしていない状態だったので、それは無視して、

「どうも。北見方面本部捜査一課の課長補佐西田と、こいつは主任の吉村。今日は鏡が昔犯した犯罪について、色々聴きたいことがあるんで、ちょっとお邪魔したんだ。お忙しいところ申し訳ないね」

と皮肉を交えて伝えた。

「それ、警視庁こっちの刑事連中にもしつこく聴かれた話? だったら知らないわよ! 私が付き合う前のことなんでしょ?」

相変わらず視線を斜め下にそらしたままの様子で、恵まれた容姿も色気も台無しになるような口の悪さだ。ただ、本庁側もちゃんと聞いていてくれたことは、期せずして理解出来た。


「まあまあ。そう機嫌を悪くしないでもらえんかなあ。折角の美人がそんな態度じゃもったいない」

西田はそうご機嫌取りの言葉を口にしたが、相手には微塵も影響していないようだ。拘置所より時間指定があったこともあり、これ以上無駄な時間を掛けるわけにも行かず、2人は本題に入ることにした。

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