第79話 明暗58 (244~245)
正直な話、向坂と高垣は水と油とまでは言わないが、昔気質の色濃い最後の世代の刑事と、典型的な反権力の塊の記者とでは、話が噛み合うか西田はかなり不安であり懐疑的だった。しかし、この2人を直に会わせておいた方が、捜査のためになる可能性があるかもしれないと判断した末の会食のセッティングだった。
4名と人数が多いこともあり、カウンターではなく、店の小上がりで静かに始まった。最初は西田にお互い紹介されたものの、相互の会話も無かった。普段はうるさい吉村も、今日は酒が飲めないということもあり、「食い」に徹していたが、単に食い気に負けたのではなく、若造の自分が立ち入れない雰囲気を考えてのことだろうと西田は察していた。問題の2人の方はと言うと、様子見の時間を経て、酒が入り始めると、少しずつ会話が始まった。
「テレビとかたまに出てるのを拝見したことがありますよ。何か警察とか行政に文句があるようですが、今回は協力してもらったみたいで素直に感謝します」
「それは、こっちの為という意識の方が強いから、感謝してもらうようなもんでもないですよ」
向坂の発言に対し、そう無機質に言うと、高垣は美味しそうに鮭のルイベを箸で摘んで口に入れた。始まったはいいが、ぎこちないジャブの打ち合いに、西田は予想通り先行きに不安を覚えた。だが、年齢的にはほぼ同い年と言って良い2人で、そういう共通点はあるはずだ。
「向坂さんは、昭和22年生まれでしたっけ? 高垣さんは?」
「1949年だね。向坂さん? より2つ下」
「昭和で言うと……、24年になりますかね……」
西田はそう確認したが、敢えて西暦で答える辺りに高垣のひねくれ具合を痛感させられた。しかし、そんなことを気にした所で話は進まない。
「ということは、モロに団塊の世代って奴ですね」
その一言に、向坂が先に拒否反応を示した。
「そういう風に一括りにされるのは気分が悪いな。個人個人で生き方も考え方も違うだろ?」
向坂が自分でコップにビールを注ぎながら文句を言った。西田は「やっちまったな」と思ったが時既に遅し。まさか仲間内から反撃されるとは思ってもみなかった。
しかし、
「全くですな。堺屋太一(作者注・実際に『団塊』と言うネーミングは、官僚出身の評論家・小説家の堺屋太一氏の小説の題名が元になっています)の小説なんかに影響受けて、適当に名前つけやがって。俺も気に食わないですよ、そういう十把一絡げの扱いは。個人個人を見ない、如何にも日本的発想だ。まあアメリカあたりでも、『ロストジェネレーション』やら『ベビーブーマー』やらの世代論はあるが、日本はより顕著だから」
と、高垣も日本酒をクイッとやりつつ嘆いた。西田としては、会話の共通点を探る一環の中で、全く予期しない流れではあったが、2人の話が妙な所で合ったことにむしろホッとしていた。
※※※※※※※
その後の話は、必ずしもがっちり噛みあうことはなかったが、必然的に話は捜査へと移っていった。
「今日、西田さん達から全部話を聞いたわけじゃないが、本橋の事件から、裏で大島が動いていた可能性が高いと聞いて、正直驚きましたよ」
「自分も8年前に、その事件の捜査に参加していて、有耶無耶に終わってしまって……。それにしても、当時はあくまで、大島が有力後援者である伊坂大吉への『サービス』としての圧力だと思っていたら、はるか後のこいつらの捜査で、どうも事件そのものに関わっていたんじゃないかって出て来てね……」
小上がりとは言え、仕切りも何もあるわけではない。周囲の飲兵衛達の話し声がむしろ遮蔽になっているだけという環境である以上、2人はヒソヒソと会話を進めていた。西田は歯車が回り始めた以上、邪魔すること無く、年長2人の会話を見守っていた。
「その事件は、全然関係ない事件から再びクローズアップされることになったんだっけ? さっきの話を聞く限り」
高垣から話を振られたので、
「そうです。最初の事件というか死亡事故から、どんどん話が広がってきて、今に至るわけです。まあ明日も説明の続きやりますから、ここで細かい話はしませんが」
と西田は答えた。
「難事件なんてもんは、思ってもみないところから解決の筋道が見えてくるなんてことは、過去の例でもあるし、今回もそういうところなんだろうな……。しかし、箱崎派と葵一家との絡みなんか見ても、戦後日本政治と裏社会の暗躍と言う典型的事例だな、話が真実なら」
「やっぱりそういうもんかい? ジャーナリストから見ても?」
向坂がそう問うと、
「そうそう。箱崎派に限らんですよ。民友党はそれぞれの派閥にヤクザが絡んでる。勿論野党も、ヤクザと絡んでる連中はワンサカ居るが……。バブルの時に銀行がヤクザとつるんだ時も、政治が甘い汁吸ったわけですわ。ツケは国民が払うことになるのにね。一方で、そういう奴らを選んでるのも、また有権者たる国民だと言われてしまえば、それは全くその通りなんだなこれが!」
と頬を不満気に膨らませた。
そんな中、向坂が話題を元に戻すためかのように、高垣に質問した。
「ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」
「どうぞ」
「あんたは、権力批判してる側だと思うが、与党の連中に接する人間との繋がりはあるのかい? 失礼かもしれないが、そういう人脈があるとは思えないんだが?」
向坂は半信半疑というトーンで話を振った。それを聞いた西田は、先程向坂にされた「指紋」のことを切り出す前振りだと勘付いた。それに対し、高垣はやや嘲笑うような態度を見せた。向坂はそれを我慢しているようだった。
「基本的に、自分自身そういうポジションなのは確かですよ。でもね、同じタイプの人間だけと付き合っていては、この業界じゃ生き残れないし、事実も探れないんでね……。具体的には『単なる金のやりとり』と言うドライな関係でもって、情報を提供してもらうためだけの付き合いをしている人間はそれなりに居るんですわ」
高垣はそう言いながら、向坂の空のコップにビールを注ぎ、話を続ける。
「ただ、それだけじゃなく、権力側に表向きニコニコしながら、裏では馬鹿にしているタイプの人間も、奴らの周りに結構居るんですよ。それこそ、さっき捜査情報を聞いた時に出て来た、東西新聞でも有名な、番記者の椎野みたいなガチの『犬』もいれば、そうじゃないのも居るんです! 東西みたいなところは、基本的にそういう犬が多いのは否定しないが、反権力的な毎朝新聞や東洋新聞、東日本販売なんかにも犬はいるし、東西にも多くはないが、そういう体質に反抗しながらもギリギリのラインで組織にとどまっている奴、或いは今言ったように、面従腹背の奴も居る。そういう連中とは、金のやりとり以前に、ちゃんと『主義主張』を以って裏で繋がってますよ」
「つまり、端的に居るってことでいいんだな?」
向坂は回りくどいと暗に言いたかったようだが、高垣はそれを受け流すように、
「簡単に言えばそうなりますな」
と真っ直ぐ向坂を見つめて回答した。
「それを利用して、今回の察庁と与党の絡みを探ってくれるってわけですね」
西田がそう確認すると、
「そうそう。それは可能だよ」
と太鼓判を押した。
「じゃあ、と言ってはなんだが、こういうのはどうだろう?」
向坂はビールをあおると、挑戦的な言動をした。
「何ですか?」
高垣も応戦する気構えのようだ。
「大島海路の指紋を入手できるか?」
「指紋?」
その件を聞いていた西田が、待ってましたと言わんばかりに補足する。
「さっき言いましたけど、砂金の分配について記した証文に、それぞれ相続人の血判が押されてたんです。そして、その中に桑野欣也、つまり今の大島海路と見ている男の血判もありました。右手人差し指だそうです。それと大島海路の指紋が一致していれば、事件の裏はほぼ取れてくるという算段です。そレでいいですね向坂さん?」
向坂はそれを聞いていたが、黙って頷いた。
「ちょっと実物見てないからイメージし難いが、指紋を入手することが出来るか出来ないかと言われれば、100パーとは言わないが、十分可能性はあるとだけ言っておくよ」
予想外の高垣の返答に、向坂も西田も、
「本当に?」
と念を押した。
「ああ。大島の側近からとなると厳しいが、立ち回り先なんかに、俺に協力してくれる人が居ないわけじゃない。そこを活用すれば……」
そう言うと、2人に顔を寄せるようにジェスチャーし、
「問題は、一般素人にどうやって指紋を取らせるかだ。それは俺にはどうしようも出来ない。警察官じゃないからやり方も知らない」
と囁いた。
「いや、それは難しくはないな。大島が触ったものをこっちに提出してもらえれば、後はこっちで検出するだけだから」
向坂はニヤリとすると、空になったビール瓶を指で弾いた。
「それについては、向坂さんが言った通りですよ。もしそれが出来るなら、かなり大きな意味が出ます」
西田としても、指紋の入手は、この動きが取れない状況を打破する一助になるのではないかという思いがあった。さすがに「全部」の話が綺麗に繋がれば、上層部を突き動かせるのではと考えるのはおかしくない。
「ふーん、ただそれだけで良いなら、何とかなるかもしれないな……」
「是非お願いしますよ」
西田は高垣から近すぎた顔を一度後ろに下げ、深く頭を垂れた。
※※※※※※※
「しかし、あの竹下とか言う刑事、あれ、よく警察に入ったな?」
一度会話が途切れてから、4人が食べることに集中していると、高垣が突如口を開いた。
「竹下ねえ……。それはあんたの言う通りだと思うわ」
向坂は焼き鳥の串を口から引き抜くと、乱雑に皿の上に置いた。
「やっぱりそう思いますか? 東京で何か言いました?」
西田が矢継ぎ早に聞くと、
「特に何か警察について言ったわけじゃないんだが、何か持ってる空気というか、それが俺が今まで会ってきた警察関係者のそれとは違う感じがしたんだよなあ……。言葉にして説明するのが難しいんだけれど。そのことについては、東京でも彼自身に言ってみたよ」
「それについて何か言ってました?」
西田は気になったか、食い気味に尋ねた。
「特に何かは言ってなかったような……。ただ苦笑いはしてたな」
「そうですか……」
西田の様子に感じるところがあったか、
「彼は刑事を辞めるつもりでも?」
と鋭い読みで問い返された。
「
そんな西田を見ながら、向坂は、
「あいつは優秀ではあるが、根本的に警官には向いてないよ、やっぱり」
と呟いた。
「ふーん。聞いてる分には、先輩刑事さん方も、俺と同じような印象を持ってるみたいだな。こう言っちゃ悪いが、ちょっと刑事にしておくにはもったいないよ、彼は」
「悔しいが同意せざるを得ないな。でもね、そう言いながらも、警察にもああいうタイプが必要な時代でもある。いつまでも俺たちのような古い体質で言い訳がない! なあ吉村!」
向坂はそう吠えると、吉村の烏龍茶のコップに波々と焼酎を注いだ。吉村は珍しくひたすら恐縮するだけだったが、
「こいつはこれから運転するんですよ!」
と西田は叫び、吉村のコップをサッと取り上げた。
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