第80話 明暗59 (246~247)

 高垣に指紋提供の依頼も済ませることに成功し、親睦こそ深まったとまでは言えないが、そこそこお互いに意思疎通が出来るまでになった。西田は及第点だと満足し、会食を終えると吉村と共に遠軽に戻ったが、アパートに帰るより先に遠軽署に寄った。


 高垣に佐田の証文と手紙を見せてやろうと思い立ち、コピーを取るためだ。捜査情報全部を持ち出すわけにはいかないが、これだけなら課長の許可抜きになんとかコピーを取って持ち出せる。特に、この2つが事件の基礎になっている以上、この実物のコピーを高垣に見せることは、彼にとっても、事件への理解を深めることになるだろうと考えたわけだ。


 それが終わると西田は竹下に、向坂を交えた会食で、指紋の入手を頼んだことを明かした。竹下はそれについては名案だと言ったが、それなら自分も他に頼みたいことがあると言い出した。


「桑野の進路についての情報が欲しいんです。今回の出張では、尋常小学校から大学までの間がすっぽり抜けてしまいました。ここを調査している暇が、今自分達にはないですから。高垣さんならやってくれるような気がするんです」

「だとしても、かなり漠然とし過ぎていないか? あの人も暇じゃないだろ?」

「それはそうですが……、ある程度は進学先は地理的に絞れると思うんです。少なくとも旧制中学は、それほど遠くへは進学してないはずなんですが……」

自分で何とかしたいのだろうが、そうはいかないもどかしさを隠さなかった。確かに警察がそのためだけに動くとなると、それ相応の理由が必要となる。田老での戸籍を調べた際、母親の方の結婚前の戸籍についてはチェック出来なかったのも、全体的に時間がなかったこともあったが、それも大きな理由だった。竹下としては、その欠落した部分から何かヒントになるようなものがないか、一応チェックしておきたいのだろうが、それが実際に役立つかの保証はない。短期間で、本州へのギャンブル出張2回は予算上も厳しい。現状、そこをピンポイントに攻めるだけの積極的理由は見当たらなかった。それならば、フリーハンドの高垣に調査してもらうという手はわからないでもない。


「俺が決めるわけじゃないから、そんなに知りたかったら、明日自分で頼んでみりゃいい。結局こっちで勝手に結論出しても無駄だから」

帰り支度をしながら、西田はそう言うしか無かった。


※※※※※※※


 翌11月22日水曜日、4人は遠軽から北見まで出て、昨日同様高垣をホテルから北見方面本部へと送迎した。同じく、西田と吉村は一度北見署の捜査本部に顔出ししてから、3名の居る北見方面本部の会議室へと戻ってきた。


 竹下に渡しておいた、証文と手紙を高垣は既に熟読していた。概要は既に昨日の時点で話してはいたが、コピーとは言え、具体的なものを目にすると、また違う感覚を持つはずだ。特に手紙については、何度も読み返し、20分近くその様子を4名の刑事は黙って見守っていた。


「おかげで昨日聞いた話が、だいぶイメージ出来るようになってきた。何か聞いたことがあるような気もするが、生田原って町はどこらへんなんだ?」

「ここから旭川方向へ50キロ弱ぐらいのところと考えてもらえれば」

読み終わった高垣が、西田に当時の現場の位置を確認して、西田は地図を出して指し示した。

「そうか。どんな場所なんだろうな。山の中なんだろ? 地図や文面から察するに?」

「その通りです。ヒグマも出ますよ!」

両手を襲いかかるように上げて、吉村がおどけてみせた。

「どうですか? 何ならそこに今から、もしくは明日連れて行きましょうか?」

西田が思い切った提案をしてみた。勿論時間に余裕があったからではあったが。


「良いのか? そうだな……。時間が許すなら自分の目で見てみたい気がする。俺が捜査するわけじゃないが、この手紙みてたら、単純にこの事件にもっと好奇心が湧いてきたよ」

「そうですか? 自分達は捜査本部付けなんで、何でも好きなようにというわけにはいかないけれど、少なくとも竹下達なら自由に行動出来ますんで。まあ、おそらく自分らも、高垣さんからの聴取への専従状態なんで、何とか行けるとは思うけど」

西田の言葉に、

「よし! 決めた。せっかくだから甘えさせてもらおう」

と了承した。


「ところで、手紙と証文を見た感想ももっと聞いておきたいな。血判もしっかり残ってるでしょ?」

「西田さん、両方拝見させてもらったが、コピーとは言え、証文の方は宝探しの古地図見てるような印象だったよ。手紙と併せると真実味が出てくるが、これだけ見るとちょっと浮世離れしてる感じだね」

高垣は証文を持ち上げて上下にフワフワと揺らして見せた。

「それはありますね……。でも普通に事実ですよ」

「そうなんだよな。にわかには信じられんが……。それにしても、昨日の話じゃないが、この桑野欣也の血判と大島海路の指紋が一致すれば、捜査への圧力という状況証拠と併せて、より疑惑が深まるわけなんだな。うん、西田さんわかったよ! 是非とも入手して裏付けを確定させたいところだな!」

高垣は一瞬ニヤリとしたが、すぐに表情を引き締めると、

「じゃあ、話の続きをしてくれ。あとちょっとなんだろ?」

と言って、捜査情報のさらなる提供を要求した。


 昼食を挟んで、残りの捜査情報について詳細にレクチャーすると、時計はあっという間に午後3時になるところだった。この時期の日の入りの時間を考えれば、今から行ってもまともに現場に留まる時間は取れない。改めて翌日に連れて行くことにした。


※※※※※※※


 11月23日木曜日、勤労感謝の日。世間一般は祝日で休みだったが、西田達はまさに「勤労中」だった。高垣に約束した通り、一連の事件の大半が起きた生田原の現場に連れて行くため、遠軽から北見に迎えに行き、再び生田原に戻る車中に居た。外は雪がかなり降っており、高垣が持ってきたダウンのコートが役に立つ天候だった。


「これ、このまま根雪になるのか?」

窓際の高垣は、ウインドウ越しに下から見上げるようにして、上空の様子を探っていた。

「最低気温がまだ5度ぐらいなんで、今日は大丈夫ですけど、まあ近いうちには……」

横に座っていた竹下の発言を聞くと、

「これから4月まで雪の中に閉じ込められるのか……」

と地元民でもないのに嘆いた。


「まだ今年は比較的暖かくて根雪になるのが遅いぐらいですよ、むしろ」

吉村はそう言うと笑った。

「でも、室内はむしろ北海道の方が暖かいんだよなあ、暖房と断熱がしっかりしてるから。福島の家なんて、朝は寒くて布団から出たくないからね。冬は乾燥してる上に糞寒いくせに、家の構造が東京と変わらんのだからどうしようもない」

今度は自分の故郷の家屋の構造を嘆き始めた。そうこうしてる内に生田原市街地に入り、そこから今度は林道へと向かった。


 いつもの「駐車スペース」で車を降り、林道を徒歩で歩くと石北本線の鉄路に出た。右手奥には常紋トンネルの入り口が見えたが、一同はそちらは気にせず、米田青年が殺害、遺棄されていた現場へと向かった。しばらく線路沿いに歩いて着くと、高垣に竹下が説明し始めた。

「結果的にですが、この辺で事故死した人の捜査していると、どうも怪しい動きをしていた人間が居るらしいという話になって、その怪しい動きを探っているうちに、最初の殺人事件の被害者の遺体を見つけたという話です」

「それが3年前に行方不明になっていた大学生だった、そういうことか」

高垣は周囲を見回しながら言った。


「そうです。それで捜査を進めていると、伊坂組の人間が絡んでいるという話になって……。それから8年前に、伊坂組の亡くなった社長が絡んだ失踪事件の話が再燃して、どうも、その大学生が埋められていた場所に、それ以前に失踪者が殺害されて埋められていたんじゃないかという話になりまして」

「そこは本当に、何度聞いてもしっくりこないなあ……」

竹下の発言を制すると、高垣は首をひねった。

「捜査で実際にずっと関わっている側でも、結構面倒なところですから、聞いてるだけだとよくわからないのは当然ですよ」

西田はそう慰めた。

「じゃあ、次。仙崎老人の砂金のあったと思われる場所と、仙崎老人、免出、高村の3遺体が埋まっていた辺りを見てみましょう」

竹下はそう言うと、5人は石北本線を遠軽側へと向かって数百メートル歩いた。


「あそこの斜面に大きな岩があるでしょ? さっき読んでもらった手紙にも書いてありましたが、あそこの真下に砂金が埋められていたそうです」

「それを伊坂と大島が、えーっと」

「北条正人と免出の子供の分を横取り」

竹下の説明を受けて喋った高垣が詰まったところで、西田が助け舟を出した。

「それそれ! その人達の分まで横取りしたって話か」

「そうなりますね。そして、そっちの方に3名が埋められていたのが、1977年に、最初の2名分の遺体を発見した国鉄の職員に加え、その通報で駆けつけた遠軽署員によって発見されたと言う話です。最後の1名分の遺体は、当時の遠軽署員が先に発見された2体の周辺を調べて発見しました」

竹下が高垣の話を受けて解説を再開した。

「その国鉄職員中に、本橋が佐田実を殺害する時に居た2名、つまり喜多川と篠田が居たわけだな?」

「高垣さん正解です。伊坂組の当時は社員でした。まあ重役になったのは、その『貢献』が評価されたと同時に、佐田が持っていた手紙を見て、伊坂大吉を過去の殺人等で『脅迫』して得た地位だったと思われるわけですが」

竹下は高垣の「回答」を採点すると、補足した。


 一通り現場での説明を終えたので、5人は北見へ戻るために、元来た道を引き返していると、突然高垣が声を上げた。

「あれだけど、何だ?」

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