第78話 明暗57 (241~243 高垣協力編)


 問題の本質は、本当のところ誰が高垣の取材相手だったかであり、取材の中身は大体が虚偽だったことが明らかなので、それほど時間も掛からず聴取を終えた。本当に重要なのは、ここから先の捜査情報の伝達についてだった。


 これまでの事件の捜査情報を高垣に伝える作業に入ったが、事件が複雑なだけに、口だけで説明するのは、わかっている側からすれば何とかなるが、それを聞いている側がそのまま理解できるかは別問題だということだ。


 一度昼食を挟み、午後2時を回った辺りで、西田はそろそろ捜査本部に戻る必要があると感じ始めた。高垣は高垣で、事件の発端が戦前の話に遡るという事実に触れ、相当驚き、また本橋の犯行の裏にも政治の陰が及んでいることに怒りを覚えるという状態だったが、さすがに口だけの説明では実感が湧かない部分もあったようだ。佐田徹の証文や直筆の状況説明の手紙等がないと、それも仕方がないところはあった。


「高垣さんもずっと話を聞いてきて疲れたでしょ? 一気に全部説明するのは無理がありますから、今日はここで打ち止めにして、ホテルに戻って休養してくださいよ」

西田は腕時計をチラリと見ながらそう伝えた。

「認めたくないが、実際その方がいいかもな……。少し頭の中を整理しておきたい」

高垣もさすがに強がりは言わなかったが、

「俺が現時点で協力出来そうなのは、結局のところ、最初に言った通り、警察庁にどういう介入があったかということと、東西新聞の記事がどういう流れで出て来たかということを調べて、あんたらに提供することだけだな。今聞いた分の古い話については、余り思い浮かばない。葵一家と箱崎派のことは、既に大阪府警のマル暴から情報はしっかりレクチャーされたようだし、俺の出る幕じゃない」

と椅子から立ち上がって腰を伸ばす仕草をしながら、自分の果たすべき役割について語った。


「出来ますか?」

「何度も言わせないでくれ! 俺は一匹狼と言っても、業界内に隠れシンパは居るんだよ。それなりの情報源ソースも抱えてる。東西新聞にも色々思いを持ったままでとどまってる連中はたくさん居る。そういう連中から情報は結構入ってくるんだ! それより、また民友党の大物やら、ウチの椎野やらが関わってると聞いて、闘争心が湧いてきたところだ。あいつらロクなもんじゃないからな!」

竹下は懐疑的な意味で確認したわけではなかったが、高垣は自信を持ってその言葉の裏付けを語り、再び怒りを露わにした。

「最後の頼りですからよろしくお願いしますよ」

西田にもそう言われると、

「あんたらに覚悟を決めさせた以上、こっちも覚悟を決めて動くつもりだから……。ただ、週間FREEにどういう指示があったかの調べは放置させてくれ。ただでさえ連載を中止にして怪しまれてるところに、なにか動きがあると、こっちが完全に気付いたことが、ヤバイ方にも伝わる可能性があるから。それにもう結果はほぼわかりきってるから、そっちは焦る必要もないだろう」

と喋った。


「わかりました。その点は任せますし、高垣さんはともかく、警察としてはそっちの細かい話は、仰るとおり必要ないんで構いませんよ。それじゃあ竹下と黒須でホテルまで送ってあげて! 俺らはそろそろ本部に戻って、聴取の結果だけ報告しないと」

「いやいや、大した距離じゃないし、ホテルぐらい自分の足で帰れるぞ!」

高垣は西田の話に憮然(作者注・敢えて誤用で)としたが、

「僕らは捜査本部の正式メンバーじゃないんで、忙しくないですから送らせてください」

と竹下に言われ渋々受け入れた。

西田はその様子を見届けると、高垣に会釈して小会議室を吉村と共に出た。


※※※※※※※


 北見署の捜査本部に戻り、口頭でも大友と倉野、比留間に報告を済ませた。ただ、高垣に情報を漏らした上で捜査協力を依頼するという「非行」はともかく、高垣の聴取自体が既に完了したという点についても嘘をついた。それは高垣がしばらく北見へ留まる理由が必要だったからだ。


「もしかすると、土建業界の関係者とやらも、ヤクザもんの可能性もありますから、そっちについてもついでに、これから聞こうと思ってます。割とすぐにヤクザ関係者を名乗っていた人物が特定出来たんで、日程にも余裕が出来ましたから」

西田はそう言って、既に高垣の証言で割れた、業界関係者を詐称した双龍会の田辺の話はしなかった。さっき電話で倉野と話した時に、『面通しの結果、双龍会の幹部構成員と判明』とは言ったが、『暴力団関係、土建業界関係の両者が判明した』とは一言も言っていなかったことを思い出し、上手く利用したわけだ。


「ああ、時間があるならやってもらえばいい! まあそれが無駄になったら、西田達にも、高垣とやらにも悪いが、やれることはやっておくしかない……」

大友は西田に伝えるというより、自分自身に語りかけるように口を動かしていた。取りようによっては、上を気にしながら下の捜査も見守る必要に苦しんでいたのかもしれない。


※※※※※※※


 上層部への報告を済ませ、今度は西田は向坂の元へ向かった。向坂にだけは、自分達の内なる「宣戦布告」を伝えておこうと思ったのだ。向坂は相変わらず所轄の担当係長として、かなり忙しそうだった。ただ、まだ大友や倉野から捜査について「妨害」があったことは聞いてないだろうと思っていた。ずっと捜査本部で指揮命令している向坂には、おそらく倉野達が話す暇はなかったのではないか? と考えていたからだ。タイミングを見計らって、話し掛けた。


「向坂さん、倉野さんか大友さんから、今朝の記事について話聞きました?」

軽く探りを入れてみる。

「ああ、聞いた」

あっさりと認めたので、西田は面食らった。

「え? もう聞いてたんですか?」

「さっき。飯の時にな」

何の感情もこもっていない口調に、むしろ西田は怒りが頂点に達していると感じた。

「どう思います?」

「8年前の二の舞だな。それだけだ」

その言葉に、今回の捜査が有耶無耶になることについても、既に覚悟しているように思えた。

「そんなことにはならないようにしないといけない」

そう言った西田の顔を向坂がマジマジと見つめた。そして、

「今回は察庁が動いてる。道警の本部ほんしゃじゃない! 察庁だぞ! レベルが違うんだ! 相手も本気だ。明確に『あいつ』が関与してるという証拠がないと……。浜名のガサ入れも記事絡みで封じられたとなると、実行犯のアベの特定が唯一の手がかりだが、テープの件をこれから捜査本部全体で共有する自体出来るのか? こんな圧力受けた後で?」

と、鼻息を荒くしながら西田に尋ねた。いや、尋ねたというより、「出来るか? 出来るわけないだろ?」という反語的な意味合いだったはずだ。結論はある程度わかってる上で確認してきたわけだ。


「それはわかってます。だけど、竹下は処分食らっても抗戦するつもりです。俺も必ずしも本意じゃないが、巻き込まれました」

そう言うと、西田は思わず苦笑したが、それを聞いた向坂の顔は対照的に強張った。

「竹下が!? あいつはやはり命知らずだな……」

そう言った後、とまどった態度を見せた。

「知ってるでしょうけど、東京から連れてきたフリージャーナリストの高垣って人に感化されたみたいですよ。たまたま、倉野さんからの『今の話』を俺としているのを聞かれる羽目になって、激怒されましてね」

「激怒?」

「ええ。警察はそんな圧力に負けるようで許されるのかとね……。自分はなんか反論してみましたが、まあまさに『無理筋』でして、あっという間に論破されました」

「そういうことか……。まあ竹下ならそっちに付くよなあ……」

向坂はさもありなんという顔をしたが、竹下が警察を辞めかねないと指摘していた人から見れば、至極当然の成り行きなのかもしれない。


「それで、高垣って人が、東西新聞と察庁の圧力の件で、何があったか探ることに協力してくれるそうです。詳しいことはともかく、大体は予想が付いてるのも確かですが……。そして、それが竹下が翻意した最終的な後押しになったんですよ」

「協力ねえ……。たかが個人のフリージャーナリストレベルに期待出来るのか? 大手マスコミ外の人間だぞ?」

「フリージャーナリストにはフリーなりのソース元があるらしいです。そこら辺は業界人じゃないのでわかりません」

「大体、こっちの捜査情報も渡さないといけないだろ?」

向坂は高垣の要求を読みきっていた。

「まあそうなんですが……」

西田は口ごもったが、

「程度にもよるが、モロに渡しても黙っていてくれるほど信頼おけるのか? どうも信用ならんな……」

と向坂は首を捻るだけだった。

「もう遅いですよ。既に大半の一連の事件情報を喋りました」

と告白すると、

「はあ?」

と向坂は意図せず大声を上げてしまい、捜査本部に居た他の捜査員の視線を一点に集める始末になった。西田は、捜査員の注目が分散したのを確認した後、

「ちょっと、外に出ましょう」

と提案し、休憩所へと向かった。


「もう賽は投げられました。それだけです」

と、休憩所の自動販売機に硬貨を投入しながらポツリと言った。向坂はそれには一切反応せず、目をシパシパと瞬かせた。そして、

「遠軽の沢井課長は?」

と確認してきた。

「当然知りません」

缶コーヒーのプルタブをプシュッと開けながらの西田の即答に、

「全く馬鹿野郎が……」

と小さく罵って舌打ちしたが、

「捜査情報を喋っただけか? 全ての資料見せなくて理解出来るのか?」

と突然話の方向が変わった。


「いや、見せてないですよ。どうせなら見せた方がいいのはわかるけど、どう考えても見せられないでしょ、こっちの一存じゃ……。課長の決裁ないと……。さすがに一部はともかく全部は課長の許可なしに持ち出しってわけにはねえ。迷惑掛けるにしても、課長は一切知らなかったという形を採るならまだしも、責任をより問われる形にしちゃったらマズイですよ……」

西田はとんでもないというジェスチャーをして、コーヒーに口をつけた。

「その状態で口頭だけで説明は無理だろ?」

「まあ、細かいところは……。取り敢えず、今回の圧力について、政界の動き含め調べてくれるとは言ってます」

「そんなもん、これまでの捜査の話を詳しくしなくても、大して結果は変わらなかったんじゃねえかな?」

「それは……。大島の属する箱崎派と葵一家の話も知ってたみたいですが、それはこっちも既に府警から情報得てましたから、無意味でしたね」

西田の発言に、向坂は呆れの意味でお手上げと言った感じだったが、

「もし高垣とか言うのに何か協力してもらえるとすれば、警察の持ってない情報や推測出来ないレベルの情報を探ってもらうことに意味があるんだろうが、何かあるか?」

と言い出した。

「何があるかなあ……。まあ政治やら官庁方面の情報は警察より詳しいと自認してましたけど、それはハッタリではなく事実だとは思います。そこで何か他に洗ってもらえるような話があれば」

「まあ、経歴見てもそこに嘘はないとは思うが……」

向坂はタバコを取り出して火を付けようとしたが、急に動きを止めると、思いもしないことを言い出した。


「情報ってのとは違うが、あれ何とか手に入らないか?」

「あれって言われましても……」

西田がそう言いかけたところで、

「指紋、指紋! 大島の指紋!」

と焦ったように何度も口にした。言われてみれば、もし「大島海路」の指紋を入手出来れば、証文の「桑野欣也」名義の拇印と照合できる。そして一致すれば、戸籍の流れだけでなく、科学的にも同一人物と確定出来る。一連の犯行の前提となる、過去の「物語」はそこで証明出来るということになる。


「そういう方向ですか……。正直思いもしなかったですね。しかし、大島本人のモノは、警察でも怖くて入手するのはまず厳しいのに、あの人に調達出来るかはちょっとね……」

「警察じゃ圧力もあって色々と無理がある。だとすれば別ルートに期待したいが、アウトサイダー故に政界に届く人脈はないのか? まあ反体制派じゃ無理か……」

向坂は悔しそうにタバコを咥えると、忙しなくライターのフリントを回した。


※※※※※※※


 当日中は既に北見ですべきことが無くなった竹下と黒須も遠軽に戻し、夕方、捜査本部のその日のまとめの会議に西田と吉村は出席した。会議中も「首脳」からの察庁の圧力絡みの話は、一切出なかった。トップシークレットたる「アベ」の手がかりも、未だに倉野達は掴めていないし、一般の捜査員も、銃撃犯の情報を掴むに至っていない。


 だが、西田が今回掴んだ、伊坂組と関わりの深い「双龍会」が、今回の事件に「遠巻き」ながら一枚噛んでいる情報については、倉野は捜査員全体に報告した。そうなるに至った週刊誌記事などの理由については、特に隠す必要もなかったが、細かく話すと色々面倒な方向になるので、あくまで「8年前の佐田実殺害事件に伊坂大吉を中心として伊坂組が関わったため、それと関わりのある双龍会にも疑惑がある」とだけ説明した。


 捜査員の一部からは、「8年前の佐田実殺害事件に、双龍会自体が関わったという明確な捜査情報はなかったはず」との疑問が出たが、「念のため」で押し通した。


 捜査本部全体としても、情報の共有について何か隠されているという感覚を持つ者も徐々に増えてきた感があったか、その「言い訳」の後、しばらくモヤモヤとした空気が蔓延したままだった。


 ※※※※※※※


 会議が終わったのは、珍しく考えていたより早く、午後7時ぐらいだった。せっかくなので西田は向坂も誘い、高垣と一緒に夕食も兼ねて一杯やることにした。高垣も今度は誘いに乗ってきた。西田が他の捜査員にも会わせたいと言ったことも、その理由だろう。当然のことながら、実際にレクレーション目的の類ではなく、何か捜査に役立つ情報交換が出来ればという狙いであった。以前、向坂と、伊坂組聴き込みの前日に、竹下について語り合った店に高垣を連れて行った。吉村は「メンツを考えると」連れて行くか迷ったが、遠軽に戻るには、酒を飲まないで車を運転してくれる人間が必要だったため、「酒を飲まないなら」の条件で連れて行くことにした。

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