第75話 明暗54 (233~235)

「いえ、高垣さんがセッティングされて会ったヤクザが実際に存在して、今特定出来たわけですから、面通しとしては十分です」

そう西田に返された高垣は、

「土建業界の人物として、村山組関係者として会わせられた奴の方は?」

と何かを訴えかけるような目で聞いてきた。

「村山組の実際の役員、従業員ならともかく、会ったヤクザが、自称日照会だったものが実は双龍会だったことを踏まえても、嘘の自己紹介なのは自明。そうなるとさすがにそれは対象が広すぎますから……」

西田は遠慮がちにそう告げると、、

「いやいや、そいつはこれなんだよ!」

と、さっき一度読み進んでいたページまでめくってから、そう叫ぶように言った。

「え? 土建関係者として会った奴もここに載ってるってことですか?」

「そうだ、こいつがそう!」

驚いたことに、栗山のページから数ページ先に行ったところに載っている、「田辺一博」という人物がソレだと言う。


「こいつは双龍会のフロント企業の1つで、『端野たんの建設興業』の役員をやってますが、勿論実体は双龍会の幹部です。栗山よりは下ですが……」

真野の解説に、西田と竹下は思わず笑みを交わし、

「と言うことは、高垣さんを嵌めた取材相手は、どちらも双龍会の絡みか……。村山組とそのケツ持ちのヤクザではなく、共に双龍会の構成員だったとはな……」

と喜んだ。そして当然のことながら、双龍会と言えば伊坂組に繋がる可能性も相当高くなる。東西新聞と資本関係のある東風出版による工作に、伊坂組と縁の深い暴力団が関わっていた。これまで見えていた大島と伊坂組のラインに、大島の所属する民友党との強いパイプがある東西新聞の関連会社・東風出版のラインがまさに重なった。そして今日の東西新聞の「大げさ」な記事と来れば、無関係だとは到底言えない状況を露呈している。だが、そんな余韻に浸る間もなく、西田の携帯が鳴った。倉野からだった。おそらく伝言を聞いたのだろう。


「西田、面通し中で話せるか? いやあ相当マズイことになったぞ……」

倉野は話せるかどうか聞いてきたにもかかわらず、相手の返答を待たずに勝手に喋りだした。そのせいもあって、今しがた発覚したばかりの事実を報告するタイミングを失ってしまい、仕方がないのでそのまま倉野の話に合わせることにした。


「朝刊の記事の件で呼ばれてたそうですが?」

「それなんだがな……察庁(警察庁)の方から警告を食らった」

「サツチョウ……? えっ警察庁から警告って!? ちょ、ちょっと意味がわからないんですが?」

思わず聞き返すと、

「8月の喜多川の件と絡んで、2度目の『やらかし』の上に、全国紙の東西新聞にデカデカと出たことで、『世論に配慮しないとならん』と言ってるみたいなんだな、あっちが」

と語った。

「いや、あの……、えっと、待って下さいよ……。 確かに8月の喜多川の件はこっちというか、『本社』の道下さんがやらかしたとは言えますが、今回の浜名の自殺をウチの責任にするのは無理があるでしょ? それに警察庁が世論に配慮ですって? それは絶対違いますよね?」

思わずヒートアップした西田に、

「そうなんだが、新聞記事はあくまで表向きで、どうも官邸通して政治圧力が掛かったんじゃないかと、ウチの園山方面本部長が、本部の遠山刑事部長から電話で言われたらしい。浜名の自殺で、『あちらさん』も尻に火が付いたんだろう……」

と歯切れ悪そうに告げた。それを聞いた西田は愕然とした。

「政治的圧力って……。じゃあ、捜査はどうなるんです? まだやってない浜名関係のガサ入れは?」

「浜名の件でガサ入れは明確に厳しいと言われたよ。余程の確信に至るものが出てくれば別らしいが、かなり厳しい圧力みたいだな今回は。こっちは大島の話もテープの話も一切してないが、どうも浜名関連だけでも、圧力掛けてきてる連中はかなり焦ってる模様だ」

「うーん……」

西田はそう言ったきり、次の言葉がすぐには思い浮かばなかった。しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。振り絞るように、

「……わかりました。それはともかく、こっちは今、高垣さんに面通ししてもらって、その結果、双龍会の幹部構成員だったようです。会った暴力団関係者そのものも、土建会社の関係者も」

とやっとの思いで報告した

「そうか……。伊坂組へのルートが新たに繋がったってことになるのか。よくやってくれた……。高垣にも礼を言っておいてくれ」

倉野は力なくそう言った後、

「しかしそれもおそらく無駄になったかもな」

とポツリとこぼした。


「そんな弱気なこと言わないでくださいよ。まだ諦めるような段階じゃないでしょ!」

西田はいきり立ったが、大元の警察庁まで動き出したとなると、エリートとは言え、大きな意味での中間管理職に為す術はなかろう。わかってはいたのだが……。

「スマン……。今のところは、やはり実行犯のヤクザを洗うことでしか、大島ルートの直接捜査は考えられないかな……。そっちでダイレクトに大島まで繋がればいいのだが……」

「捜査本部の連中には伝えるんですか? 少なくとも浜名のガサ入れしないことについては説明しないと!」

西田は畳み掛けたが、それに対し、

「説明しないといけないが、現時点では保留でまだ決定済みというわけじゃないからな。それほど文句も出ないんじゃないか? とにかく今わかってるのはそういうことだ……」

と倉野は歯切れの悪い応答に終始した。

「揉めるでしょ……。俺らと違ってテープの件は知らないとは言え、あからさまに怪しい対象を無視するんじゃ……」

食い下がる西田に、

「とにかく、そういうことだから……。そっちの件は後で詳しく報告してくれ」

と倉野は無理やり打ち切るように電話を切った。


※※※※※※※


 腹立ちまぎれに携帯を机に軽く叩きつけた西田に、残り4名の刑事はただならぬものを感じたか、

「何があったんです? 傍から聞いていた限りですが、政界と察庁が介入してきたんですか?」

と口々に聞いてきた。

「そんなところだ……。東西新聞の記事絡みで、あっちから警告食らったらしい……」

「やっぱりそうですか! どう考えても、自殺した浜名が一種の自供したようなもんでしょ? どうしてこっちの責任になるんだか」

西田の報告に、吉村はかなり憤慨した。

「しょうがない。倉野さんの話だと、おそらく浜名の関与がバレたのが、あっちには痛かったので、政治圧力かけて、察庁を動かしてきたんだろうって話だ。おそらく、そのための理由付けが、東西新聞の今朝の記事って奴だよ。最初から予定調和のマッチポンプだな」

言い捨てるような言葉の後、西田は高垣が目の前に居たことを改めて思い出した。倉野もこっちが高垣と一緒だったことをわかってはいたはずだが、気にしている余裕がなかったのだろう。正直今の顛末を全部見せ、聴かせたたことはマズイと思ったが、後の祭りだ。


 そして、高垣は突然口を開いた。

「話を一方的に聞いているだけで、俺には状況がはっきりとは飲み込めていないが……」

高垣はそう前置きを言ってから、

「銃撃事件に絡んで、今日の東西新聞の記事、そして政治圧力? それらが結びついてるのか? だとすれば、俺の記事の件じゃないが、上手く利用されたな……」

と質問してきた。

「まあ……。高垣さんには関係ないですから。捜査情報なんで詳しいことは……」

西田は口を濁した。その時竹下が不意に、

「真野刑事、一応確認はとれたんで、今のところ、4課にはこれ以上協力してもらう必要がなくなったから。資料のコピーだけもらって、帰ってもらって結構だよ」

と指示した。

「……わかりました。じゃあコピー取りますんで」

そう言うと、室内のコピー機で田辺と栗山の資料のコピーを取り、西田に渡した。

「それから、四課長によろしく言っておいてくれ。倉野課長か大友部長辺りからも挨拶が後であると思うから。ホントありがとう」

そう西田が真野に言うと、

「わかりました。それじゃお先に失礼します」

と逃げるように退出した。明らかに雰囲気の悪さが若手刑事にもよく伝わってしまったらしい。それを見届けると、竹下は思わぬことを西田に聞いてきた。


「ちょっと、道報の五十嵐さんに確認させてもらっていいですかね?」

「何を?」

思わず西田は聞き返した。

「今朝の記事です。道報がどういうスタンスで記事にしたか確認したいんです」

正直、竹下の言いたいことがよく掴めていなかった西田だったが、やる気をなくすような倉野からの報告もあり、少々投げやりになっていたせいか、

「わかった。ここは今遠軽の連中と『お客さん』だけだから、勝手にしていいぞ!」

と余り考えず許可を与えた。


 竹下が連絡すると、すぐに五十嵐に繋がった。

「どうも竹下ですが?」

「今朝の記事の件だろ? 絶対来ると思ったよ」

五十嵐は、すぐに竹下の用件を言い当てた。

「じゃあ話が早いですね。どっからリークされたんですか? 社会部ならわかりませんかね?」

「そっちもリサーチ済みだ。お前の聞いてきそうなことは大体読める」

少々自慢げで、世話になっているとは言え鼻についたが、そんな小さいことでイライラしている場合ではない。

「それは助かります。お願いします」

「リークは北見方面公安委員会の誰からしい」

「公安委員会ですか。警察組織のどっかじゃなかったんですね」

「まあ、でも公安委員会は、監察官室同様、警察の不祥事についても扱ってるからおかしな話じゃないだろ?」

「ええまあ」

竹下はそう答えるのが精一杯だった。


※※※※※※※


(都道府県)公安委員会とは、簡潔に言えば、「警察の運営を管理監督監視する委員会」である。他にも、運転免許の交付や風俗業の営業許可などの権限も有する。委員会の委員は、基本的に民間人(各都道府県での被選挙権の保有者)から都道府県の知事が都道府県議会の同意を得た上で任命される。


 現実は、地元の名士や有力経済人などが選ばれることが多い。また、北海道の場合、北海道警察本部の中に、更に「方面本部制」を採用しているのと同様、公安委員会も各方面本部ごとにあり、北見であれば、北見方面公安委員会として組織されている。


※※※※※※※


「でも今回の件は不祥事じゃないですよ」

「そりゃ任意で引っ張る前に自殺してるんだから、こっちもわかってるが、過去の例においても、適正な捜査であっても自殺者が出た場合には報道されるだろ? 今回はウチも報道はするが、批判はしないという、そっちにとっても、不利益のない報道に止めたはずだぞ?」

「しかし、東西新聞だけは全国の3面で扱ったみたいですが?」

「俺も自分の目では確認はしてないんだが、らしいな。どういう意図だかはわからない。ただ、これまでのお前との話を総合すると、政界絡みの匂いがプンプンしてるが、そうなんだろ?」

五十嵐は核心を突いた。

「まあそんな感じです」

竹下は電話越しとは言え、苦笑いで応じた。


「そうか……。気をつけるんだな。8月の別件逮捕の際の意識不明の時は、ウチの記事を利用しようとしたが、今回はウチは特に何も言われず、いきなり北海道飛び越えて、全国シェア1位の東西新聞でこれだからな。話がでかくなってるような気がする、いや確実にデカくなってる」

五十嵐はなかなか鋭い読みを披露してみせた。

「ところで、リークした公安委員わかります?」

「ああ。さっき聞いた分には、元北見市長の二川ふたがわらしい。あいつも民友党だろ。で、死んだのが北見共立病院の浜名理事長だっけ? 民友党の死せる協力者と生ける協力者ってところか。対照的だな」

「そうでしたか……。大体の状況はわかりました……。道報やらその他へのリークはあくまで、『他にも情報を与えたよ』程度の意味だったんでしょうね。最低限の公平性を見せておかないとってことで」

「そうじゃないかな。あ、ちょっとデスクが呼んでるわ! じゃあ、後で何かまたあったら電話してくれ」

「忙しいところすみません」

竹下が言い終わる前に五十嵐は電話を切っていた。


※※※※※※※


「どうだった?」

すぐに西田が報告を求めた。

「浜名の自殺のリーク元は、元北見市長の二川らしいです。ただ、道報への報道圧力はなく、単なる通常のリークというか、普通にある形での情報提供だったってことで」

「つまり、道報は完全に自由に任せられた報道をしただけということか?」

「はい。ですから、警察を批判するような記事にはならなかったらしいです。今回の自殺であれば、こちらに非がないのは、誰でもわかる話ですから……」

「しかし、東西新聞は大々的にこっちに責任があるかのような記事にしたと」

「ええ、今回のリークの目的もそっちであって、道報とかその他は、公平性を担保するために、渋々教えた程度じゃないかと、五十嵐さんは言ってました。要は、警察うちの総本山たる警察庁が問題視する形を作り出すために、政治の力で全国紙の東西新聞にやらせたと」

「ったく小賢しいことばかりやりやがって」

西田は苦り切った顔で舌打ちした。そんな状況で、高垣が再び口を開いた。

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