第74話 明暗53 (230~232 高垣北見聴取編)
「大島の素性については、2人の捜査でかなり明らかになったと言って良いだろう。直接指示はしていないが、よくやってくれた……。それに竹下の推理が正しければ、初の選挙運動中に伊坂と再会し、そこから2人の、政治と土建という一蓮托生の関係が始まったわけだな……」
大友刑事部長はそう言うと、椅子から立ち上がり、シェードの隙間から暗くなった窓の外を見やった。
「それにしても、国会議員になるまでにそういう話があったとはな……。なかなか権力欲の強い人物だという認識は、事件の前からあったが、成り上がり故の貪欲さがなせる技か」
そう喋りながら窓から離れ、再び席に座った。
「それで、その高垣とか言うフリージャーナリストはちゃんと協力してくれるんだろうな? こっちの懐にだけ入られて情報取られただけじゃ困るぞ。誓約書は提出してもらったから、その点は多少は安心できるにせよだ!」
比留間管理官は3人の顔をジロジロと見ながら信用ならんという態度を崩さなかった。
「協力については問題ありません! 但し、それよりも構成員の情報の中に、彼が会ったという人物が居るかどうかの方が心配です。そこはジャーナリストとしてのこれまでの経験から培われた勘に依存してますから」
竹下は確信と不安を口にした。ただ、その不安は客観的なもので、主観的には大丈夫という妙な安心感も伴っていた。そして、相手がヤクザであるならば、取材される際に地元の事情に詳しい必要があるため、ある程度北見地域と縁のあるヤクザだとも思っていた。
「そうか……。しかし、この捜査は今回に限らず、際どい賭けの連続だな。この先も綱渡り状態がずっと続くのか……。それでいながら、それなりに結果も出てるから失敗しているわけでもない。大島本人が直接関与した証拠がなければ……、ともずっと思っているが、状況証拠という外堀はドンドン埋まって行っているのも実情だ。なんとも歯がゆい状況だが、それでも動かざるを得なくなる覚悟もしておかないといけないか……」
大友はそう言うと、肩が凝ったのか首を回し、伸びをした。
「大体、高垣は週刊誌の編集部に騙されたんだろ? そういうことから見ると、『人を見る目』はかなり怪しいんじゃないのか?」
比留間はまだ高垣についてグチグチ言い続けていたが、
「それはそうでしょうが、取材対象に対するチェックと、依頼主の出版社へのチェックは、当然後者が緩くなっても仕方ないんじゃないですかね? 一応その道じゃ有名な人ですから、そういう目は信用していいと思います」
と西田が助け舟を出し、その場を収めた。
※※※※※※※
部屋を出て、遠軽のメンバーだけになると、西田は急に弱気の虫が顔を出した。
「ああは言ってみたが、本当に大丈夫かな……」
「係長らしくないですよ、そんなのは」
黒須が冷やかし気味に言ったが、西田は本気で心配していた。
「どうなんだ、竹下? 奴のさっきの態度を見る限りじゃ、どうも上手くいかないような気がしてならんな」
そう問われるも竹下は、
「今更心配しても時既に遅しです。わざわざ北見まで付いてきて、協力してくれないなんてことはないはず。素っ気ない態度は警察におもねるのが性分に合わないんでしょうよ。腹くくりましょう!」
とだけ言って前を見据えようとした。
念のため、遠軽署の捜査員は、その日の夕食に高垣を誘ってみたが、
「今日は執筆したいから遠慮させてもらう」
と断られ、さすがにこの時は竹下も少々心配になった夜だった。吉村含め4名は、高垣に断られ、同時に大友から早目に勤務から解放されることが許されたこともあり、夕方には遠軽に戻ることにした。
※※※※※※※
11月21日早朝、自宅アパートで早目の朝食をとりながら道報の朝刊を見ていた西田は、3面の小さな記事に目が止まった。
「北見共立病院銃撃殺人事件で、任意の参考人聴取を求められた男性が自殺」という記事だった。特に見解も無く、実名は当然だが職業も完全に伏せられた、単純に事実経過を記載してあるだけの記事だったが、世間的にも一応は表沙汰になったかという、ちょっと神妙な気持ちになった。
アパートの前で待っていると、やってきた車の運転席には黒須が座っていて、今日は吉村が助手席に居た。一番若い黒須が今日は運転士役ということなのだろう。竹下は右側後部座席で新聞を読んでいた。早速後部ドアを開けて、車内に上半身を入れると、着席する前に、
「竹下、記事見たか?」
と尋ねた。そう聞かれると、竹下は意味をすぐに理解していたようで、何のことか確認することもなく、
「はい見ました。むしろちょっと遅かったぐらいですね。これ捜査本部はプレスリリースしてたんですか?」
と言った。
「正式なプレスリリースはしてないが、まあリークはしてたんじゃないかな。俺は上からは聞いてはいない」
「そうですか……。まああくまで自殺したってだけで、事実経過だけの記事で、批判的論調じゃないですから、仕方ないですね」
そうあっさりと言うと、竹下は新聞をバサバサとめくった。
「喜多川の時みたいに、取調べ中に何かあったならともかく、任意の聴取に応じる予定の人間が勝手に死んだだけだからな。警察に落ち度なんてない。堂々としてりゃいい!」
西田は肩を揺すって開き直りに近い発言をした。
「まあ、叩かれる要素はないですよねえ」
吉村もそれに応じた。
※※※※※※※
前日約束した通り、午前9時に「北見ミントイン」の前に車を止め、待ち合わせしていたフロントの、ビジネスホテルらしい小じんまりとしたロビーへと歩を進めると、高垣が新聞を読んでいるのが視界に入ってきた。
「どうもお待たせしました」
竹下が声を掛けると、
「あんたら、大丈夫か?」
と、いきなり予想もしない返しをされたこともあり、竹下はキョトンと突っ立ったまま、首から上だけを高垣の方へと突き出した。
「これ見てないのか?」
そう言うと、立ち上がって東西新聞の3面を開いて4人に見せつけた。
「北見共立病院銃撃事件、参考人自殺 経緯を警察庁が調査」
と、かなり大きめの記事になっていた。これには、竹下のみならず全員呆気にとられた。
「どうなってんだこれ!?」
黒須が思わず声を荒らげたが、他の3名も同じ気持ちだった。
「何だやっぱり見てないのか?」
拍子抜けしたように高垣は言ったが、
「道報の方の記事は見てますけど……。北見地方で東西新聞なんて見てる人はほとんど居ませんよ。全国ナンバーワンの新聞社なのは確かですが……。ここはホテルなんで、主要紙は全部置いてあるから見れるんですね」
と竹下はあっさりと返した。
「そうか、北海道は道報が強い上に、更に札幌でもなく地方だから余計か……。東西なら夕刊もないだろうしな」
高垣はそう言うと、
「でも確かに、道報だけじゃなく、毎朝も日報も似たような小さめの記事だな。東西だけ異様な扱いだ」
と、机の上においていた他の新聞社の朝刊をそれぞれ手で持ち上げながら言った。
「なんて書いてあるんですか?」
西田が聞くと、
「自分で読んだほうが早いと思うぞ」
とぶっきらぼうに東西新聞を西田に差し出した。
西田が記事を読むと、要約としては、「北見方面本部の捜査により、再び犠牲者が発生した。夏に容疑者を別件逮捕した際の取り調べで、水分を十分に与えない状況を作り、くも膜下出血により結果死亡させた。そして今回、北見共立病院の銃殺事件で、重要参考人としてH氏に任意で聴取する予定だったものの、当日朝にH氏が自殺した。どういう状況下で聴取を要請したかはわからないが、高圧的だった可能性も考え、警察庁並びに道警監察官室が介入する可能性がある」
と記載されていた。
「なんじゃこりゃ……」
西田はそう呟くと、高垣に新聞を力なく返した。
「東西だけやけに誇張して書いてあるところを見ると、実際に捜査してるあんた等から見ても、この記事は『飛ばし』に近いのか?」
「高垣さん、事実8月頭に別件逮捕絡みでそういう不祥事があったのは……」
竹下が説明しかけた時、
「あ、思い出した! あったな確かに。全国ニュースにもなってたっけ」
と思い出したように遮った。竹下は仕切りなおすと、
「ただ、その件と違い、今回は任意の聴取を依頼して、相手がそれを飲んだ矢先の出来事ですから、捜査本部としてもそういう圧力めいたことはしてないはずです。と言っても、自分は捜査本部付けではなかったので……」
と言って西田に確認した。それを受けて西田も
「ああ、それについては全く落ち度はなかった」
と答えた。
「常識的に考えて、確かに任意の聴取前に自殺したってことは、警察に問題があったというより、自分に後ろ暗いところがあったと考えるのが妥当だわな。それでいながらこういう記事になったのは、何やら『思惑』があると見て良いはず……」
そう高垣は言うと、眉間にシワを寄せて、何やら考えていた。
「どっちにしても、ここで喋ってると他の人に邪魔だから、庁舎の方へひとまず行きませんか?」
黙っていた吉村が冷静な提案をした。
「それもそうだな。高垣さん、じゃあ話の続きはそっちで」
西田はそう言うと、高垣を外の車へと案内した。
※※※※※※※
北見署と北見方面本部の合同庁舎の駐車場に着くと、そこから高垣の聴取のための、方面本部庁舎・小会議室への案内は竹下と黒須に任せ、西田は北見署内の帳場こと捜査本部へと向かった。おそらく、新聞報道の件は既に捜査本部に上がっているだろうから、情報をそちらでも入手しておこうと思ったのだ。
予想通り捜査本部は慌ただしくなっていた。ただ、慌ただしいと言っても、その範囲では比較的落ち着いていたのも事実だった。西田は目の前に居た、北見署の刑事の玉木に声を掛けた。
「浜名の自殺の件で新聞報道あったみたいだけど?」
「あ、はい! 今大友捜査本部長と倉野課長と、
玉木の表情を見ても、それほど深刻と言う印象は受けなかった。道内ではほとんど流通していない東西新聞だけが大騒ぎしていたということもあったかもしれない。
「あ、そうかい。じゃあいいんだけど……。そうそう、ついでと言っちゃ何だけど、申し訳ないが倉野さん達が戻ったら、『例の件で方面本部の方で聴取してるから』って伝えておいて欲しい」
そう伝言を残すと、吉村と共に高垣の聴取へと向かった。
※※※※※※※
方面本部庁舎の小会議室で、既に面通しは始まっていた。4課の真野という刑事も立ち会って、暴力団関係者のリストに、高垣は目を通していた。邪魔にならないように、そっと近くの席に座る2人。嘘の可能性は高いとは言いつつ、最初に高垣がヤクザが自称したという日照会を調べてみたが、案の定そこには該当者が見当たらなかったそうだ。その後高垣は1つ1つゆっくりと吟味しながら記憶と照らしあわせていて、今まさにその作業中の最中らしい。
そんな作業が20分程続いただろうか、高垣が突然資料から顔を上げると、また資料に視線を落とし、一度パラパラっと後ろのページを見た後で、
「ヤクザとして会ったのは、こいつに間違いない」
と再び元のページに戻ってから伝えた。5人が一斉に群がるように資料の該当部分を見ると、双龍会の「栗山隆康」という、幹部構成員の名前と写真がそこにあった。
「栗山で間違いないですか?」
須藤が確認すると、
「ああ、こいつだ」
と高垣は確信を持って言い切った。
「こいつは、双龍会の幹部の1人ですね」
真野はそれを受けて、残る4人の刑事にそう教えた。
「大物か?」
西田に問われると、
「特に何か派手にやらかしたってことはないと思います。前(歴)も、若い頃の暴行とか傷害とかそのレベルですね。ただ、割と金には鼻が利くタイプですね。経済ヤクザに近いかと。そっちでのし上がったタイプらしいとのことです」
と答えた。
「双龍会ってことは伊坂組と絡んでる?」
竹下が早口で尋ねると、
「勿論! ここのフロント企業に2社土建会社があるんですが、いずれも伊坂組からの仕事の受注が多いはずです」
と告げた。
西田はそれを聞いて満足そうに頷くと、高垣に向かって、
「いやあご協力ありがとうございます! ここまでスンナリ行くとは思いませんでした」
と、半ばこれまでに疑念について謝るような形で礼を言った。それに対し、
「おい! 本当にこれだけでいいのか?」
と、高垣は拍子抜けしたような反応を示した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます