第69話 明暗48 (219~220 浜名自死)

 一方、竹下と黒須は、鳴鳳大学からの帰りに例のカイザー書院に寄った。「週間 FREE」のバックナンバーを手に入れるためだ。西田が手にした「激変! 公共事業削減で様変わりする地方のゼネコン・土建業界」に続きの連載があると考えていたからだ。しかし、西田が手にした号の以降には、高垣の連載は載っておらず、竹下の予測は外れていた。


 仕方がないのでそのままホテルに戻り、まず捜査報告を沢井と西田にした。残念ながら大島のそれ以前の学歴を探り当てることは出来なかったことを告げたが、二人共それについてはさほど落胆しなかった。戸籍の流れが追跡出来たことが大きかったようだ。


 それを済ませると、今度は高垣の著書をじっくり読み始めた。時間も出来たので、やっつけではなく、しっかり内容を把握しておこうとしていたのだ。いつマスターから、高垣の来店電話が掛かってきても良いようにしたかった。逆に言えば、今日いきなり掛かってきても、ある意味準備不足は否めず、むしろ困るということでもあったが。


 黙って数時間著書を読み続けていた黒須が、竹下が読み終えたのを確認したか、不意に話しかけてきた。

「この人の本をちゃんと見直せば見直すほど、かなり行政や民友党の歴代の政治に批判的な人でしょ? この人が、俺は直接聞いてないですけど、係長の言うように、大島海路のお先棒を担ぐような真似しますかね? 係長がそう言ってたんでしょ? ちょっと想像出来ないです、自分からすると」

事実、本を読めば読むほど、いや読んでいるだけならと言うべきか、こういう感想を持つのは竹下も必然だと考えていた。

「ホントそう思うよ、俺も。ただ、表向きカッコ良いことを言っていても、裏じゃ金もらって記事書いてるような連中も跋扈してるのがこの世界だという話をよく聞いたことがある。何があるかは、実際に当たってみないとわからんだろ? 係長が敢えて俺達に探るように言ったのも、係長自身の時間の制約は勿論、マスターに身元を知られていないから、一般人を装って近づき情報を得るためなわけで」

「それはそうですが……」

黒須はどうにも信じられないという様子で首を振った。竹下もわかったようなことは言っていたが、真相がどうなっているのかについては、ほとんど見当が付いていなかった。結局この日はマスターから電話が掛かってくることもなく、竹下は翌日から、ゴールデン街にすぐに行ける新宿に宿を変えることにした。


※※※※※※※


 11月18日、この日はしばらくぶりの非番で遠軽の自宅で熟睡していた西田だったが、いきなり固定電話が鳴り響いた。

「何だ……、気持よく寝てたのに、くそったれが!」

大した防音設備もないアパートで、隣近所も仕事休みで寝ていたかもしれないが、思わず感情を爆発させながら受話器を取った。

「はい! 西田ですがっ!」

「西田か? 朝からやけに元気だな……。まあそれはどうでもいい! 北見の向坂から、『携帯に掛けても出ない』ということで、こっちに掛けたんだ!」

沢井の声だった。西田は上司に対しての怒りに任せた応答を悔いた。

「大変申し訳ありません……。気持ち良く寝てたもんで、ついイライラして……」

「ああ、そんなことはどうでもいい! 本題に入るぞ。捜査本部が任意で引っ張る予定だった、浜田? 浜名? とか言う男が今朝首吊り自殺したそうだ」

「……はあ? いや、それちょっと待ってください! それ冗談抜きに、それ本当まじですか!」

西田は一気目が覚めていくと同時に血の気が引くのを感じていた。一方の沢井は、現状、直接捜査に関わっていないこともあり、事情をよく飲み込めていなかったため、自殺の意味をそれほど大きく捉えていなかったようだ。


 しかし、2人の反応がどうであれ、「盗聴器」を仕掛けた可能性のあった人物の自殺は、当然捜査上良くも悪くも大きな意味を持ってくることになる。西田が「それ」を意味もなくうわ言のように繰り返して、情緒不安定な反応をしたのも仕方ないことだった。


「なんだ? やっぱり重要参考人だったのか?」

「昨日の時点では何とも言えなかったんですが、いきなり自殺となると……。かなり関わっていた可能性が高くなったと言えるんじゃないですかね……」

さすがにこの頃になると頭はきっちり回るようになりつつあった。そして、それに比例して、事件が再び急展開して来たことに緊張感を覚えた。

「なんだそう言う流れだったのか……。まあここで俺がとやかく言っても始まらないからな……。とにかく、既に吉村はこっちに来てるから、すぐお前のところに向かわせる。急いで用意して北見へ急行してくれ!」

課長の指示に、

「わかりました」

とだけ言い切って西田は電話を切ると、急いで着替えを始めた。


※※※※※※※


 北見署の捜査本部では、参考人の自殺を受けてかなり騒がしくなっていた。聴取前に自殺したと言うことは、ある意味参考人による「事件関与の自白」をも意味するわけで、すぐに調査しなくてはならない。遺書は残ってはいたが、家族に宛てた「済まない」という短い文面だったことを捜査本部も確認していた。


「やっぱり、盗聴に関わっていたんですかね?」

向坂と顔を合わせるなり、西田は聞いてみたが、

「状況からみてそうだろう。しかし、理事長室は病院側に任意で捜索させてもらえるが、自宅はまだ任意で了承得てない。家族も落ち着かないだろうし。かと言って令状とってってのもなあ……」

と向坂は参ったという顔だった。実際、明らかな殺人犯などであれば躊躇している場合ではないが、おそらく盗聴関連レベルの関与だとすると、自殺したばかりで家宅捜索というのは、遺族の心情を考えると、刑事とは言えそう簡単に出来るようなものではない。しかもその確信度合いはあくまで「状況から推察すると」と言うレベルだった。


「まさか口封じに殺されたりしてないでしょうね?」

西田の言葉に、

「それはない。俺も一報を受けて慌てて駆けつけたが、現場に怪しいところはなかった」

とキッパリ向坂は否定した。

「そうですか……。じゃあ仕方ないですね。ただ、柴田さんとも話したんですけど、盗聴していたとすれば、病室から近い範囲に盗聴犯は居たはずです。そうなると、自宅が何処か知りませんが、病院内の理事長室の方が、盗聴現場としての確率は高いでしょう。確か同じフロアーにありましたよね? ただ犯行時刻の近辺は理事長室には居なかったんでしたっけ、病院職員のアリバイ調べでは」

「その時間帯には居なかったはずだ。それはともかく、事件で警察がわんさか押し寄せたわけだから、既に理事長室にはもう盗聴器はないと俺は思う」

向坂は、病院内で今更何か見つけられる可能性は低いと見ているようだ。確かに常識的に考えれば、盗聴に使った機器は既に処分しているか、持ち出されているかだろう。

「だったら、自宅に持ち帰っている可能性の方がまだあるんじゃないか?」

「なるほど。そうなるとやっぱり早くガサ入れしたいところですね……」

結局は振り出しに戻ってしまった。


 捜査本部としては、倉野は、即ガサ入れを主張したようだが、捜査本部長である、北見方面本部刑事部長の大友は、様子を見ることに決定した。ただ、浜名の自宅は、しばらく警察が外から監視しておくことを前提として、証拠隠滅等が遺族により行われないように、最低限の保険は掛けることは怠らなかった。


 その後、自殺の日から2週間ほど家庭ゴミもチェックしたが、結局怪しいものは出てこなかった。勿論、分解してトイレにでも流されたら意味はなかったが……。


※※※※※※※


 自殺当日の昼過ぎには、浜名の周辺情報の捜査結果が続々と入ってきていた。浜名は医師であった父親が北見共立病院の創設者そのものであり、院長でもあったが、浜名自身は医師免許は持っておらず、経営者としての「理事長職」で、地域の大病院経営を継承していた。また、政治経験はないが民友党員であり、北見網走地区では言うまでもなく有力な党員だった。


 この情報に、「大島海路」の関与について疑っていた、捜査本部の中でも「テープの存在」を知っていた人間は当然2人の関係を疑った。民友党というキーワードを媒介にして、浜名が何か大島側から依頼を受けて行動していた可能性が出て来たからだ。倉野は更なる浜名の詳細な調査を指示した。同時に、そろそろ捜査本部全体として、テープの存在を明らかにしておくべきなのではと西田は思い始めていた。


※※※※※※※


 その日、上京中の竹下と黒須は、マスターから連絡もないまま、新宿駅近くの、「新宿西口ホテル」というビジネスホテルに宿を移していた。昼の時点でまだ北海道から、参考人が自殺したという情報は入れられていなかったので、高垣の著書を精読することに集中していた。さすがにかなりの情報が頭に入ってきて、高垣本人と会話しても、「読者」であることを装うには十分な状況になりつつあった。


 午後になり、やっと西田から浜名の自殺の件について連絡を受けた竹下は、いよいよ事件が急ピッチで動き始めたと確信していた。そしてその数時間後、シャルマンの斉藤マスターから、

「さっき高垣さんから、今日来るって電話があったよ。沖縄に取材しに行った帰りに直で寄るって話。沖縄産のマンゴーおみやげに持っていくから、マンゴージュース使ったカクテル考えておいてくれってね。だから今夜来れば間違いなく会えますよ」

と連絡を受けた。


「思ったよりかなり早かったですね。本も早目に読んでおいて助かりました」

黒須の言葉に黙って頷いたが、こういう「覆面調査」や「潜入調査」の類は全く経験がなかっただけに、竹下は内心かなりの緊張感に襲われていた。対して黒須は案外気楽そうで、部下という立場を少々羨ましくも思ったりしたが、今更そんなことを言っても始まらない。

「やるしかない……」

自分を鼓舞するように呟いた。いよいよ、東京の竹下も勝負どころに来たのは間違いなかった。

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