第26話 七夕サプライズ・パーティーの準備をしてみることにする

「姫様、返歌はどうなさいますか?」

 周防さんの問いかけに私は我に返る。

 そう、これは現実であって、けしてトロフィー・コンプリートを目指しているゲームではないのだから、掛け持ち攻略も何もあったものではない。平安時代の倫理感はよくわからないけれど、もしも現代、リアルで二人の男性にいい顔をしていたら、それはただのピッチである。

 いくらあからさまに好意を寄せられたのが初めての経験だからとはいえ、浮かれ騒がずに、自分の気持ちに正直になろう。

 落ち着け自分。

 深呼吸してから、

「国時さんには、二人きりではお会いできないという意味の返歌をお願いします」

と、私は周防さんに告げた。

「わかりました」

と、周防さんはコクリと頷いた。

 そう、これでいい。

 もしこれが選択肢なのだとしたら、私は間違いなく式部さんを選ぶ。

 そういえば、式部さんはまだ寝ていると言っていたけれど……、せっかくの七夕なのだから、何かサプライズを仕掛けられないだろうか、と考えた。

 七夕、つまり七月七日。

 次の月蝕まであと八日しかない。国時さんの推論が正しければ、私はあとたった八日しか式部さんと一緒にいられないかもしれないのだ。

 私の部屋から退出しようとする周防さんの背に向かって、

「あの……すみません。ところで、話は変わりますけど、七夕って笹に短冊を飾ったりするんですか?」

と、問いかける。

 周防さんは、御簾を上げかけていたその手を止めて私を振り返る。そして、

「いえ、そのようなことはいたしませんが……、姫様のいらしたところでは、七夕には笹を飾るのですか?」

と、逆に質問を返された。

 周防さんが、私が住んでいた世界について、どれぐらい把握しているのかわからない。父君の前越前守さきのえちぜんのかみに、「記憶を失ったどこぞの姫君」ということにしていたように、周防さんにもあまり詳しいことは告げない方がよいのかもしれない。

 ただ、私は式部さんとの思い出を作りたいという自分の気持ちに正直になってみようと決めた。

「はい、私のいた世界では、笹に紙の飾りや願い事を書いた短冊を掛けて、七夕の日を迎えるんです。笹って、手に入りますか? それと……紙」

 口にしてから、もしかしてこの時代の紙とはとても高価なのではないかということに気付く。笹はいい。私のいた現代よりも、よほど簡単に手に入るだろう。しかし、紙は未来のように機械で大量生産されているわけではない。折り紙が百円ショップで簡単に手に入る平成の世とは異なるはずだ。

「紙……と言っても、いらない紙でいいんです。もし、あれば……なんですけれど」

「そうですね、反古紙ほごがみ……書き損じの紙なら大量にあると思いますよ。何しろ、他の邸に比べて、この家は紙と墨と書物が大量にある家ですからね。後ほど、持って参りましょう」

と、周防さんは微笑むと、御簾をくぐって簀子縁へと滑り出ていった。

 そうか、この家は他の貴族の家に比べ、おそらく特殊な部類の家なのだ。要するに、未来で言うところのオタク部屋が三つあるような家といったところなのだろう。

 未来にも、本やマンガ、ゲーム、さらに画材やらフィギュアやらオタクグッズで溢れている家と、モデルルームかというぐらいシンプルに生活感なく美しく断捨離を実践して暮らしている家の二種類がある。おそらく、式部さんのこの家は前者だ。まだ、紙が未来ほど大量にあるわけではないのでこの程度で済んでいるが、きっと式部さんが未来にいたら、部屋の壁全面が本棚で埋め尽くされ、さらに入りきらない本が床に山と積まれるに違いない。

 父君と惟規のぶのりさんに関しては、紙と墨、書物は就職活動のために必要な大事な道具といった意味合いがあるだろう。惟規さんから話を聞いた限りでは、式部さんの場合も父君が順調に出世していれば仕事道具としての紙と墨と書物だったのかもしれない。ただ、現在の式部さんの部屋にある大量の書物は、実益ばかりではなく趣味が反映されているものなのでは、とも思ってしまう。

 そんなことを妄想していると、周防さんが紙を持って戻って来てくれた。

「笹は、いま下男に言いつけておりますので、しばらくお待ちくださいませ。紙は、こちらでよろしいでしょうか?」

 私の目の前に置かれた紙は、確かに何かの書き損じらしい。ただ、既に何か文字が途中まで書かれてはいるものの、紙質自体は百円ショップで売られているものと比較したら申し訳ないほどの上質な和紙だった。機械がないから当然、手漉きであろう。ところどころで厚みが違うのも、また手漉きゆえの味があって、未来の機械で作られたツルツルの折り紙とは比べものにならないぐらい美しい。

「わあ、きれい! これ、使っていいんですか?」

 私は思わず声を上げる。

 色も白一色ではない。全体に色が付けられた薄紙もあれば、紙の上に繊維のようなもので模様が付けられた紙や、グラデーションのように色が染め付けられた紙、水の波紋のような模様が刷られている紙まである。平成の時代でこれだけ揃えるにはいったいどれぐらいの費用がかかるだろうかという代物だ。

 文字が全面に書かれてしまっている紙にしても、私には読めない文字なので、優雅な模様に見えなくもない。ただ、式部さんはもちろん、そう受け取ってはくれないだろうから、そういう部分は細かく割いて、文字が見えないような飾りを作るか、あるいは裏が白ければ折り紙として使うことにした。この時代に折り紙の文化が成立しているかどうかはわからないが、とりあえず文字が裏にくるようにして、鶴を折っていく。

 そして、途中まで文字が書かれているだけで、大部分余白が残っている紙を、余白部分のみ切り取って願い事を書く短冊にすることにした。

 式部さんが書く綺麗で流れるようなこの時代の文字は、私には書けない。ただ、私の書く楷書の文字を式部さんが読むことはできるようなので、私は無理せず自分の字で願い事を書くことにした。

『式部さんの書いている物語が、左大臣様や中宮様に喜んでもらえますように』

『お父君の仕官が叶いますように』

『惟規さんが将来出世しますように』

 私は、お世話になったこの家の人たちの未来の繁栄を願う短冊を次々と書いていった。ただただ願うのは、式部さんがこれを見て喜んでくれこと。そして、この家の優しい人たちの未来が明るく幸せに満ちたものになることだけだった。

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