第25話 七夕イベント発生!? ここからの掛け持ち攻略はナシですか?
式部さんと一日中、膝をつき合わせて『源氏物語』の推敲をした翌日。
目覚めた瞬間、私は全身に疲労や倦怠感を覚えた。推敲と言っても、私が一方的に萌えを語っていただけだから、その作業自体から起きる疲労ではないだろう。
おそらく、これは着ているものの重さによるものだと思う。実際どれぐらいの重さなのか、量ったわけではないのでわからないけれど、おそらく十キロぐらいはあるのではないだろうか。制服を着て、教科書や参考書を持った状態より、はるかに重い負担がかかっていると感じられる。学校の帰りに古本屋に寄り道して、うっかり大量のコミック全巻セットを大人買いしてしまった後に、母からの「お米切れちゃった。スーパーに寄って、五キロでもいいから買ってきてくれない?」というメールを受信し、仕方なく米と大量の本を両手に持って帰るはめになったときぐらいの重量感と説明すれば少しはわかってもらえるだろうか。ゆえに、座っているだけでも肩が凝ってくるような重さなのである。
寝ている間だけは、さすがにその枷から自由になれるわけだが、現代のように起きてからそのままパジャマでグダグダなんてわけにはいかず、目が覚めるとどこからともなく周防さんがやって来て、私に再びその重い枷を付けてしまうのだ。
そして、朝の支度が終わると、朝食の時間になるわけだが、この食事もタイムスリップして七日目、朝食としては六回目ともなると、さすがに辛さを覚えるようになってきた。
何が一番辛いかというと、現代のように豊富に調味料があるわけではないところである。米が主食なのは現代と変わらない。ただ、うるち米ではなくおそらくもち米ではないかと思われる。炊かれたものなのか蒸されたものなのかよくわからないが、もち米が山のように高く盛られた器の周りに、四種類の調味料が置かれている。酢と塩、あとはおそらく料理酒のようなものと味噌のようなものだと思う。これで魚の干物や海草、野菜などのおかずに自分で味を付けて食べるのだ。初めてこの時代の食事を口にしたとき、かぶの煮物のようなものがあったので、そのままかぶりついたら味がまったくなくて驚いてしまった。少なくとも
「味がない!」
と、驚く私に、周防さんが
「ご飯の周りにある調味料をつけて食べるのですよ」
と教えてくれた。
貴族だから、さぞかし良い物を食べているのだろうと思っていたが、現代の庶民より、よほど質素な食事なのである。ただ、あまり美味しくないとはいえ、お菓子のようなものや果物がデザートとして添えられている辺り、この時代としてはとても豪華なものなのだろう。
初めてこの食事を口にしたとき、「この時代なら、私でも道長のシェフになれるかも……」と妄想したものだが、醤油の作り方すら知らなかったがために、その方向で身を立てることは早々に諦めた。家で母親の家事の手伝いをする程度の現代人にとって、醤油や
そして、そんな味気ない食事を口にするたびに、これはゲームではなく現実なんだと実感させられるのだった。
朝食が終わると、またどこからともなく周防さんが現れて、
「今日は、
と、何かの葉に結び付けられた紙を私に差し出す。
今日は、式部さんではなく国時さんからかと思いながら、
「また、読んでもらってもよいですか?」
とお願いすると、
「『天の川かささぎの橋渡せばや
と周防さんがフフフと意味深な笑みを浮かべた。
「どういう意味ですか? 天の川にたなばた……って今日は、もしかして七夕……?」
「そうですよ。今日は七月七日。七夕です。かささぎの橋というのは、牽牛と織女が今夜だけ会えるように天の川にかける橋のことです。かささぎという鳥が翼を広げることで、橋になるのです。つまり、牽牛ですらかささぎの橋が架かれば、今夜は織女に逢うようだ……ということで、姫様にお会いしたいという意味の歌ではないでしょうか?」
「えっ!? 今夜ですか?」
「しかも、織女になぞらえているところから察するに……」
「もしかして、恋愛的な意味で逢いたいっていうことですか!?」
「ええ、おそらく」
周防さんは、衣の袖で口元を隠しながらまたフフフと笑う。
「返歌はどういたしましょうか?」
返歌……。私は答えに窮した。この間、国時さんから思わぬ告白を聞くことになってしまったわけだが、まだ出会ったばかりだというのに、どうしてそのような好意を寄せられているのかまったくわからない。
これ、自分がプレイしている乙女ゲーだったとしたら、「なんで好きになったのかわからないうちに持ち上げられて意味不明、シナリオが甘い!」とツッコミを入れるだろうな、と思い周防さんに質問をした。
「ということは、国時さんは私に好意を寄せてくれているということですよね? 確かに一目惚れっていうこともあるにはあると思うんですけど……。私は特に美人というわけでもないですし、なんで、そのようなことになっているのかまったくわからなくて。どういった基準で、女性を好きになるんでしょうか?」
そう、私はこの時代の恋愛、好きになる基準やきっかけというものがまったくわからないのだ。
「そうですねえ……。家柄が自分と釣り合うかどうか。もちろん、高嶺の花を狙う方もいらっしゃいますが。とはいえ、摂関家の姫にはなかなか懸想しないですよね、ほとんどお
「えっ、ちょっと待ってください、結婚で初めて顔を合わせる?」
「はい、それはそうです。宮中で女房勤めをしていなければ、邸の奥、御簾や几帳に守られた先に姫君は暮らしているのですから。顔を見ることはかないません」
「では、さっきの噂っていうのは、どこから……」
「さあ……? そういえばそうですわね。私も殿方ではないから、よくはわからないのですけれど」
「ちなみに美人の基準というのは? つまり、顔ではないわけですよね?」
「それは何と言っても、まず髪ですわ。まっすぐで艶やかで豊かな黒髪。そして、雪のように白い肌。このふたつが、何よりの条件です。安倍天文生様は既に姫様にお会いしているわけですから、姫様の御髪の素晴らしさと肌の白さやきめ細やかさはご覧になっていらっしゃるわけですわね。また、姫様がどれほど、教養を持っていらっしゃるかも、直接会話されてご存じのはず。なら、恋に落ちても仕方のないことかと……」
ちょっと、それ……好感度上げるのが簡単過ぎ、かつ偏りすぎていないか?
私はたまたま、真っ黒の長い髪でタイムスリップしてきたわけだが、現代の若い女性は髪を染めている人の方が多い。ショートヘアや、パーマヘアも多いわけだから、そんな状態でタイムスリップしてきたら、好感度がひとつも上がらないうちにバッドエンドを迎えてしまうではないか!
そんな脳内ツッコミを入れつつ、式部さんから今日はまだ文が届いていないことを思い出す。
「え~と、今日は式部さんからの歌は?」
「まだです。一の君様は、昨夜……というか明け方までずっと書き物をしていらしたようですので、まだお休みでいらっしゃいます。ちなみに、今夜はお父上の大殿は、左大臣様のお屋敷で行われる宴に招かれていらっしゃるとのこと、文章生様は宮中の宴にご出席だそうです」
「ん? ということは、今夜は……式部さんと私の二人きり?」
「はい、そういうことになりますね。もちろん、私たちはおりますが」
と言って、周防さんはまた意味深な笑みを浮かべた。
あれ、ちょっと待ってこれって……もしかして、重要な選択肢、七夕イベント発生?
ここで、式部さんか国時さんか選ぶと、その後は掛け持ち攻略できなくなるとか、結構重要なところじゃないの? 惟規さんは、好感度上げなかったから、選択肢に入ってないの? 父君はきっと一周目攻略できるキャラじゃないよね?
といったろくでもない妄想が、私の脳内を一瞬のうちに嵐のごとく駆け巡った。
だから、これはゲームじゃない、現実なんだよ! と自分自身にツッコミを入れながらも、萌えが抑えられなくなって、脳内からダダ漏れ状態となってしまったのである。
さて、私は、どちらの選択肢を選ぶべきなのだろうか。
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