第13話 そして物語は鎮魂の役目を担い、私の物語には恋愛ルートのフラグが立つ。
「その後、『伊勢物語』の中で、業平の地位が復権したり、栄華を極めたりすることはないのですか?」
私は、自分の描きたい物語が既にこの時代にできあがっていないかどうか確認の意味を込めて、式部さんに尋ねた。
「それはない。むしろ、実際よりも零落した様を誇張して描かれているのでは、とも思われる」
ということは、業平を大仰に持ち上げすぎることはなく、レトリックとして権勢を握った人たちを皮肉っているに過ぎない、ということか。
絵巻をクルクルと元に巻き戻す式部さんの手を見つめながら、私はぼそっと呟いた。
「悲劇のヒーローなのかなあ……」
「ひいろお?」
「あ、いえ、業平はあくまでも悲劇の主人公として描かれた、お涙頂戴な展開なのかなって」
大仰に持ち上げるどころか、逆に悲劇のヒーローとして誇張して描くことで、業平の境遇の悲惨さを読者にアピールする。読者が業平のような立場の人間であれば、その悲劇の主人公に感情移入して涙を流しながら物語を読む、といったところだろうか。業平と逆の、権力を握った人間など一握りに過ぎないのだから、ほとんどの人間が業平に自分の身を重ね、共感しつつ読むことになることだろう。
そして、そのようにして読み継がれていった結果、現代まで物語は伝えられ、有名な古典文学作品の代表として、教科書に載るほどまでにポピュラーなものになったということか。
「私は、『伊勢物語』の逆ができたらいいなと思ったんですよ。たとえば、政変で一度は身分を失った主人公が、見事、元の地位に返り咲いて、栄華を極める! みたいな」
「ふ~む、なるほど」
式部さんは、筆を手にして、メモを書き留めながら私の話を聞いている。
「その、業平みたいな人って、たくさんいるじゃないですか、いまも」
「いまよりも昔の話になるが。
「そういう人たちをモデル、つまりお手本として主人公にし、政権を奪取した方を悪役として描くんです。
誰に聞かれているかわからないので、念のため後半は声を落として伝える。
「なるほど、本当にそなたは漢籍に精通しているのだな。後漢末期の董卓か。しかし、この物語はまさにその政権を奪取した側の、大臣の娘御であらせられる中宮という時の人に読んでもらわねばならぬ。そのような物語を読んで、中宮様はご不快に思われないだろうか」
確かに、董卓は言い過ぎだったか。自分の父親らしき人物が、あんなデブの酒池肉林な人物に描かれていたら。う~ん、やはりそれは嫌かも。
「その辺は、まあフィクションとして……つまり、明らかな創作物だとわかるように細工が必要だと思うんです。たとえば、いまの宮廷とはちょっと違う雰囲気にしたり、五十年とか百年前に時代設定をしたりして、異世界小説か時代小説みたいにしちゃうといいんじゃないかと」
「なるほど。しかし、それでも自分たちを揶揄したものだと思って不快になられないだろうか」
式部さんは筆を止めて、う~んと考え込んでいる。
式部さんの溜飲を下げるための物語作りで、式部さんを悩ませたらダメだ。どうやって説得したらよいだろうか。
頭の中の記憶をグルグルと引っかき回して、私は先ほど国時さんから重要なヒントを得ていたことを思い出した。
「あの……実はさっき、国時さんから祟りの仕組みについて話を聞いたんです」
「祟りの仕組み?」
「はい、祟りや呪いは実際に起きている場合もあるけれど、単に追い落とした側が疑心暗鬼に陥って祟られていると思い込んでいる場合が多いと聞いたんですよね。それで思ったんですけど。だったら、物語の中だけでも、業平のような人物が復権して幸せになっている様が描かれているのを見たら、権力を奪った側も罪悪感が少しは軽くなるのではないかと。そういった効果も期待できるんじゃないかなと思ったんですね」
「
「御霊神社?」
「政変に巻き込まれて亡くなられた無実の方たちを祀った神社のことだ。祟られないように、彼らを追い落とした側が祀る。だから、そこに神として祀られている時点で、その人物は悪いことなどなにひとつしていなかったということになるな。有名なものだと、菅原道真公を祀った太宰府天満宮がそのひとつだ。都にもある。北野天満宮は、そなたの時代にもまだあるか?」
「もちろん。天満宮ならこの時代に跳ばされる前日に行きましたよ! 学問の神様として有名だから、学生は大抵お参りします。私たちも、希望している大学に受かりますようにって、みんなでお参りしました」
現代では当たり前のように行われている天満宮への受験祈願。それを話した途端、式部さんの顔が実話怪談を無理矢理聞かされた人のように歪んだ。
「よくもそのような恐れ多いことを!」
と、式部さんらしからぬ大きな声を上げる。
「そ、そうなんですか?」
「生前に無実の罪を被せて太宰府に追いやってしまったからこそ、申し訳ない、どうにか祟りを鎮めてくださいという気持ちを表すため神に格上げしたのであって、皆の好き勝手な願い事を叶えるために神になっていただいたのではない。そのような祟り神に願い事をするなど……」
式部さんの持つ筆の先は、プルプルと震えている。
ああ、失敗してしまったかな。私の案は却下だろうか、と思ったそのとき。
「しかし、まあ、そなたの先ほどの案、物語を御霊神社として機能させるという案は面白いと思うぞ。これまでにない斬新な発想だと思う」
まだ冷ややかな眼差しのままだが、私の提案をなんとか受け入れてくれたようだ。
「よかった!」
さらに怒られるかと思い身をすくめていた私は、受け入れられて小躍りしたくなるような喜びを感じた。もちろん、小躍りできるような重さの装束ではないので、私はそのまま黙って座っていたのだけれど。
「そういう物語を、いま権勢を握っている人たちが読んだら、物語の中だけでも幸せになれてよかったね、と罪悪感を濯ぐ役目をするだろうし、業平みたいな立場の人が読んだら、自分にはできなかった野望を実現してくれた主人公として感情移入できるはずだと思うんです。だから、どちらの立場の人間が読んでも、感動できる部分があるのではないか、と」
そう、勝者にとっては祟りへの恐れ濯ぎ、敗者にとっては復活戦の物語。現代人の場合はゲームの中でやることが多い、歴史IFの物語を作るのだ。本能寺の変を回避して織田信長に天下を取らせたり、関ヶ原の合戦で西軍を勝利させて石田三成を生存させ豊臣幕府を開いてみたり。そんな、IFルートを疑似体験することは、敗者側のファンにとって、大きなカタルシスをもたらす。
3Dのリアルなグラフィックがなくても、文字だけでも、きっとそれに近いスッキリとした快感が生まれるのではないか。
そして、業平みたいな立場の主人公キャラの側には、もちろん式部さんやそのお父君が含まれる。物語の中で、式部さんには自分のやりたくてもやれなかったことを疑似体験してもらいたい。「式部の野望」を物語にして欲しいのだ。
あえて私はそれを口にしたなかったけれど、名探偵なみに鋭い式部さんだから、私の意図はおそらく
丸わかりだったのだろう。
ただ静かに
「ありがとう」
とだけ言った。
「それでは明日から、具体的に物語を作っていこうではないか。とはいえ、そなたの話を聞いていると、未来の物語はいまよりもかなり進化しているように思う。もしよければ、明日から未来の物語について教えてほしい」
「はい、私にできることならもちろん!」
「それと、ずっと邸の中に籠もってばかりいてもつまらないだろう。未来に戻る前に、この時代の都を少し散歩してはみないか?」
これは、思ってもみない提案だった。最初に、顔を見せてはいけない、名前も言ってはいけないなど厳しく言われたため、邸から出ることなど叶わないと思っていたのだ。
「それは、式部さんと一緒にですか?」
「もちろん、そのつもりだが。散歩しながら、未来の物語について教えてもらえないだろうか」
「はい! 是非とも、よろしくお願いします!」
ああ、選択肢はこれで間違っていなかったかな。間違っていなかったとしたら、これはフラグが立ったんではないか?
一生懸命、笑顔で答えたつもりだけれど緊張のあまり少し引きつった笑みになってしまったかもしれない。
式部さんと、京の街をお散歩デート。
これ、物語のプロットに及第点をもらったことで、好感度が上がったっていうことだよね?
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