第14話 式部さんと楽しい京都巡りのはずが出かける前からスチルイベントが起きてどうしたらよいかわからない件
七月四日の朝。
どこかから、おばあちゃんの扇子のような、修学旅行の自由時間のお土産を探しに入ったお店に置いてある匂い袋のような匂いが漂ってくる。
あれ、これってなんの匂いだろう?
そう思って身を起こすと、いつも私に着付けをしてくれる侍女さんが、私の着物を広げて何かしている。お香立てのような上に、縦長の
匂いの元は、どうもその辺りのようだ。
「それは……何をしているのですか?」
目をこすりながら、私は尋ねる。
「おはようございます。お目覚めになられましたか、姫様。香を薫きしめておりました。今日は一の君様とお出かけでいらっしゃると伺いましたので」
そうだ! 思い出した!
今日は、式部さんとのデート(?)の日じゃないか!
というか、男性と二人っきりで出かけるなんて私の人生初の、記念すべき一大事である。現代だったら、何を着て行こう、っていうか着る物ないよ、制服でいいか! とか大変な事態になってしまいそうだけれど、幸いにも私にはこの女房装束一式が用意されていたのだった。
しかも、香を薫いてくれていたなんて……。感謝してもしきれない。
「あの、私……臭いますか?」
自分の腕を鼻に引き寄せ、ヒクヒクとその臭いを嗅いだ。こちらに来てから四日目。そういえば、まだ一度もお風呂には入っていない。
他の人たちも、毎日お風呂に入っている様子はなかったので、居候の分際で言い出せなかったのだ。
「いえいえ、臭うだなんて、そんなことはございませんよ。ただ、香を嗜むのは姫君なら当然のことでしょうから、私が勝手にしたことで。それとも、いらぬことをしてしまいましたか?」
「や! そんなことは、ないです! ありがとうございます……ただ、頭が……」
そろそろ痒いのである。
式部さんに姫君ではないとバレた時点で、鬘をはずしておけばよかった。そうしなかったのが、いまとなっては悔やまれる。私はもともと黒髪ストレートロングなので、地毛のままでもよかったのではないか、と。
「私の髪、臭くないですかね。そろそろ洗いたいなあ、なんて……」
「あらあら姫君、それなら髪を洗うに良き日を占いませんと。今日、いきなりというのは無理ですわ。それにお髪を洗ったら少なくとも半日はかかってしまいますので、今日は他のことが何もできなくなってしまいます。今日のところはどうかそのまま我慢くださいませ」
そういえば、何か儀式をするのに良き日を占うのが陰陽師の仕事だと、国時さんは言っていたけれど、そんなことまで占って決めていたのか! と、唖然とする。
この時代、急に、明日大事な人とお出かけ! なんてことになっても、痒い頭を抱えて行かないとならないのだな、と思いながら、とりあえず今日は香の匂いでなんとかごまかすことにした。侍女さん、グッジョブである。
そして、いつものように
「香子殿、準備はできただろうか」
と、呼びかける声が聞こえて来た。
「はい、ただいま」
と、御簾の向こうを透かして見ると、そこには一人の男性が立っている。
式部さんではなく、弟の
キョトンとしたまま、待っていると
「失礼、御簾の内に入れていただいてもよろしいか」
と、言いながらその男性は、御簾の片端を上げながら私が居候している部屋に入って来る。
……誰!?
惟規さんよりも少し上背があるが、惟規さんより幾分ほっそりとしている。そして、……髪を結い上げて、帽子のようなものをかぶってはいるけれど……、その涼やかな瞳は確かに、式部さんだ!
「式部さん!?」
「何?」
「その格好……!?」
「ああ、これは
「じゃなくて、式部さん! 男性の格好して大丈夫なんですか!? 世間的には、女性だと思われて、女性として中宮様に仕えるように言われているのでしょう? それで、邸を出たら皆にバレてしまうのでは?」
「ああ、そのことか」
私の驚きを前にして、のんびりとした答えが返ってくる。
「そなたが私のふり、
「いえ……、えっと……」
こちらの時代に来て、何度も驚くことがあって、心臓がそのたびにバクバクしてきたけれど、今度のバクバクはいつもとはちょっと違う。
女装していたってイケメンだと思っていたのに……。それでも、まだその服装から、同性の綺麗な友人と話をしている、と自分に思い込ませてなんとかここまで会話をしてきたのだ。それが、男性の格好なんてしたら、その途端、異性として特別に意識してしまうではないか!
そして、想像していたよりも遥かに遥かに、格好いいだなんて。
ああ、これ、乙女ゲーだったら絶対スチル付きの、特別なイベントの場面ですよ。そのスチル見ながら、鼻血出しそうな……ギャーッと叫びそうな……。
たぶん、これがゲームだったら、「式部の初の男装スチル美麗過ぎ、やられた! って、元々男性かw ギャップ萌えなんですけど~!!!! ヤバすぎ!」とか、即座にツイートしていそうである。
しかし、これは現実だ。
スチル一枚で、後はずっといつもの立ち絵の上に書かれた文字を追っていくゲームではない。この時点で私の興奮度はマックスなのに、この後、あれやこれやいろいろとこの人は動くであろう……いや、ふつうリアルな人間だから、“スチル”、つまり止まったままなんてことはなくて、当然様々な動きをするわけである。そして、私はその人と一緒に京の都を巡らなければならないのだ。
横を歩くのか? それとも、一緒に車に乗るのか?
いずれにせよ……近すぎる距離ではないのか?
そんな状況で、今日一日、この美形貴族の男性と私はうまく会話ができるだろうか。急に怪しいオタクになったりしないだろうか。
いろいろな意味で、出かける前から既に私の心拍数は上がりっぱなしだった。
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