第2話 攻略対象一人目と出会ったようです

 もし、これがゲームの世界だったなら、こちら側に私を召喚した人がいてこの世界についての仕組みやらしきたりやらを私に丁寧に指南してくれたり、この先の歴史が書いてある便利な本が手元にあったりするのかもしれない。

 しかし、いまの私が持っているアドバンテージといえば、着ている装束が高級なためどこぞの姫君に間違われているという、ただこの一点だけだ。たまたま、良心的な人に巡り会ったから、「送りましょう」と言ってくれているが、最初に出会ったのが盗賊なんかだったりしたら、「ぐふふ、この衣は高く売れそうだぜ。女の方も変態貴族に売っぱらっちまえ」とかいう展開になって、私の命はもうなかったかもしれない。

 つまり、私が選ぶことのできる道はただひとつ。

 ここで姫君のふりをして、ここで出会った善良な人になんとか助けてもらうしか生き延びる道はないのだ。

 先ほどの私の「帰り方がわからない」という言葉を聞いて、明らかにおろおろしはじめた男性に不審がられてこのまま逃げられたりしたら、即バッドエンドが待っている気がする。

 パニックして変なことを口走らないよう、

「ここはゲームの中、選択肢を間違うと即バッドエンドよ、セーブもクイックセーブもしていないの」

と、自分に言い聞かせて、慎重に選択肢を選ぶ。

 といっても、その選択肢も私自身が作ったものなのだが。


1.私は未来からタイムスリップして来てしまったみたいなんです。助けてください。どうやったら未来に帰れますか?

2.ここは映画村ですか? カメラはどこ? 私は、修学旅行で京都に来ているので、ホテルまで送ってください。

3.ここまでどうやって来たものか、記憶が定かではないのです。帰るべき家すら、思い出せないで困っています。


 ここは、3。3が安牌あんぱい

 というか、絶対に3しかあり得ない。

 記憶を失った姫君の演技をするしかないのではないか。

「あの……取り乱してしまって申し訳ありませんでした。私、ここまでどうやって来たものか、まったくわからないんです。送っていただきたいのはやまやまなのですが、帰るべき家すら思い出せなくて……」

と、泣き真似をする。

 ああ、この選択肢が間違っていませんように。面倒くさい女だと思って、ここに放り出して逃げられませんように、と願いながら。

「姫様、それでは私の一存では決められませんので、あるじに伺ってまいります。しばしお待ちくださいませ」

 男は一礼すると、再び車の方へと走って行った。

 ああ、主が「そんな面倒な女は放っておけ」なんていう鬼畜設定のキャラではありませんように。

 待っている間は、不安でとても長く感じられたけれど、実はたいした時間ではなかったのかもしれない。

 先ほどの男は、主らしき男と連れだって私のもとに戻って来てくれた。

 よかった、バッドエンド回避のようだ。

「主」と呼ばれていた男は、先ほどの男と同じような服装だけれど、それよりも高級そうな薄青い織り地の装束に、黒い冠をかぶっていた。現代でも皇族の結婚式で見る装束だ。冠の下の顔は、暗くてあまり見えないけれど、目は一重で全体的にあっさりとした顔立ちで、こういうのが公家顔なのかなぁ、なんて思う。

 そして、手に持っていた扇を、私の方に広げながら差し出し、

「姫君、どうかこの扇をお使いください」

と涼やかな声で囁いた。

 そういえば、この時代の姫君は男の人に顔を見せちゃいけないんだったっけ、と今まで読んだマンガの絵面を思い出しながら、私は扇を受け取り自らの顔の前に広げた。

 さらに、衣装の重さで立ち上がれないでいる私の苦労を察してくれたのか、

「姫君、ご無礼ではございますが、もしよろしければこの手にお掴まりくださいませ」

と、手まで差し出してくれるではないか。なんともスマートな仕草。

 さすが貴族……たぶん、だけど。

 ああ、確実にバッドエンド回避。

 この男性が、どんな家柄の貴族で、どういった性格なのか、まだまだまったくわからないけれど……とりあえず攻略対象一人目との出会いはクリアということでいいんだよね? 

 そんなことを考えながら、その手に掴まり重い装束を引きずりつつ、車までなんとか歩いて行ったのだった。

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