第四話.「平穏な日常の終了と不穏な影」

僕こと宇賀神琥珀はライトノベルのような日常は望んじゃいない。刺激的な日常などまっぴらゴメンだ。僕を産んでからずっと育ててくれた両親や幼馴染である葵などの信用に値する人達と一緒に平穏な日常が送れればそれでいいし、これからも送っていくつもりでいた。葵という美少女な幼馴染がいて他の男どもから嫉妬されているという時点で平穏な日常を送れているのかどうかは怪しいが。

そんな平穏な日常を送っていた僕だが、高校二年生に進級した初日のこと。僕のクラスに転校生がやって来た。名前は望月美鈴。美少女である。美少女がクラスに転校してきたことは別に構わない。僕が彼女と関わり合いにならなければ平穏な日常は崩れることはないのだから。だがその目論見は容易く崩れ去った。彼女の口から語られたある事によって……

彼女の口から語られた事とは、彼女と僕がRBGだということだった。

それはいい。いやそれだけでもよくはないのだが、平穏な日常の崩壊を決定づけたのは、胡散臭い(と僕は思ってる)RBGを信じている彼女を罵倒した僕の言葉を引き金として彼女が語った彼女の性癖である。なんと彼女は……




超 ド 級 の マ ゾ ヒ ス ト




だったのである。しかも彼女は僕を運命の相手だと確信したらしく、僕と婚約することにより一層力を入れたようであるのだ。

もし本当に神様が実在するとしたら、その神様はドSなのだろう。目立たないように、慎ましやかに生きていこうとしていた僕にこんな試練を課すのだから。きっと慌てふためく僕を見ながら悦に浸っているに違いない。ファッキン。


「それで、どうするの?」


いつものように二人で登校していると、葵はそんなことを聞いてきた。


「どうするって、何がだよ」

「わかってるでしょ、美鈴のことよ」

「どうもしねえよ。冷たく当たりゃああっちも興味が失せて離れるだろうよ。最悪無視しとけばいいんだし」

「それで離れてくれるかな……」


葵が不安そうにそう口にする。なぜ葵が不安に思うかはわからないが、まあ幼馴染だし心配してくれているのだろう。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「おはようございます、ご主人s...」

「そぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!!!!!!!!!」

「ムグッ!?」


教室に入って早々何か不穏な言葉を言いかけた望月さんの口を即座に手で塞ぐ。朝一番から何を言いやがろうとしているのだろうかこのコズミックマゾヒストガールは。


「ふぉふゅふぃんふぁふぁ、ふぃふぃふぁふぃふぁふぃふふんふぇふふぁ!?(ご主人様、いきなり何するんですか!?)」

「うるせえ黙れお前は朝っぱらから何を言おうとしてるんだよ!!」

「ふぉふぃふぉんふぉふゅふぃんふぁふぁふぃふぁふぁふぉふぉふぁふぃふぁふふぉ(もちろんご主人様に朝のご挨拶を)」

「クソッ何言ってるかわからん!」

「いや離してあげたらいいじゃない」


幼馴染から至極当然のことを言われる。それもそうである。それにそろそろ周りからの反応が怖い。


「宇賀神のやろう望月さんとイチャコラしやがって……!!」

「神和住さんだけに飽き足らず……!!」

「なんであんな根暗野郎と……!!」

「妬ましい…妬ましい…」

「ちくわ大明神」


野郎どもからの怨嗟の声が飛んでくる。あと誰だ最後の。

とにかく手を離そう。なんか望月さんの顔も恍惚とし始めてるし。その前に望月さんに小声で


「いいか!?僕のことは宇賀神か琥珀かどっちかで呼べ!絶対にだぞ!?」

「………………コクコク(首を立てに振る)」


今の間は気になるがとりあえず離してやる。


「プハア!琥珀さん、いきなりでビックリしました!…………でも良かったかも(ボソッ)」


最後に言ったことは記憶から消去する。とりあえずなぜ僕のことをご主人様と呼ぼうとしたのか彼女にも小声で話すように言ってから聞いてみる。


「……で、なんで僕がご主人様なんだよ(ボソボソ)」

「え?だって琥珀さんは私の運命の人ですし、私、運命の人にはご主人様と呼ぶと前から決めていましたし(ボソボソ)」


捨てちまえそんな決意。主に僕の精神衛生上の為にも。


「まあいいや。いいか?僕は君の運命の人とやらになるつもりはないしこれからもない。それにこれから一切君とも喋らないつもりだ(ボソボソ)」

「いいえ、私は諦めません。必ずや琥珀さんと添い遂げて見せます!(ボソボソ)」

「…………………………」

「琥珀さん?なぜ何も言ってくれないのですか……ハッ!これが噂に聞く放置プレイというやつなのですね!これもなかなか……(ボソボソ)」

「違う」


まだ一時間目も始まっていないのにドッと疲れた。どうすればいいんだこれ……




―――――――――――――――――――――――――――――――――




それからも望月さんの襲撃は続いた。


「琥珀さん、教科書見せてくれませんか?」

「琥珀さん、一緒にお昼食べましょう」

「琥珀さん、一緒に帰りましょう」

「琥珀さん、この鞭でたt「やめろ馬鹿!!」ありがとうございます!」


望月さんは隙あらば近くに来ようとする。もちろん全て断ったり逃げたりした。時にはたまらず暴言を投げかけるも悦んで逆効果であった。恐怖である。帰りのHRが終われば葵の手をとって即教室を出る。手を握ると葵が顔を赤くする。男と手をつなぐなんて嫌だろうが幼馴染の頼みということで我慢して欲しい。

こんな生活がしばらく続いた……一体いつまで続ければいいのか……

だが、自分がそんな騒がしく、望んでいない筈の日常を少しだけ、ほんの少しだけ楽しんでいることが自分でも不思議だった……




―――――――――――――――――――――――――――――――――




その部屋は異様の一言に尽きた。

壁や天井に至るまで写真が隙間なく貼り付けられている。その写真全てには共通して一人の少年が写っており、目線がこちらを向いていないことから本人の承諾なしに写していることは明白である。いわゆる盗撮写真である。

そんな異様な部屋のベッドの上に、一人の少女が座っている。艶やかな黒髪はベッドの上に大きく広がるほど長く、起伏に乏しく小さい身体は幼い少女のようだがその少女から発せられる妖艶な雰囲気が幼い身体とあいまって異質な魅力を放っている。そんな少女が見つめているのは壁に貼り付けられた一つの写真である。その写真には他の写真と同じく一人の少年が写っており、同時に少年の幼馴染とつい最近転向してきたという美少女が写っている。少女は写真の少年を恍惚とした目で見つめながら


「ああ……先輩……先輩の全てを私は愛しています……あなたの顔も、声も、髪も、爪も、血も、何もかも、何もかも……ふふふ……こんなものが届くなんて……やっぱり私と先輩は運命に結ばれているんですね……私が……私だけが先輩の隣にいられる……」


そう言いながら、少女はサイドテーブルに置いてある封筒と書類を見る。封筒の送り主には「総務省運命委員会」と書かれている。書類には少年と少女の名前が書かれており、二人がRBGであることが記されている。それを少女は満足気に見た後、ベッドから降りて机の引き出しを開け、その中にあったナイフを取り出しながら、写真の中の少年と一緒に写っている少女二人の方に視線をやる。淫美な熱を持った瞳が途端に絶対零度の温度に下がる。


「でも先輩は私に会いにこない……どうして?……ええ、わかっていますよ先輩。それは先輩にいつもまとわりついて来る奴らがいるからですよね?先輩に色目を使う泥棒猫ども……先輩が迷惑してるのにいつもいつもいつも発情しながら先輩に汚い手で触って……許さない……許さない許さない許さない許さナい許さナい許さナい許さナイ許さナイ許サナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ……」


ドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッ……

少女が一言許さないと言う度に写真の中の少女達にナイフが突き立てられる。その凶行が終わる頃には写真は少年が写っている部分以外は見るも無惨な状態に成り果てていた。


「ああ、そうですよね。簡単なことでしたよね。先輩が私に会いに来れないなら私が先輩に会いに行けばいい……先輩、待っていてくださいね……私が迎えに行きますから……ふふ、うふふ、あはははははははははははははははははははははははははははは……」


少女は狂ったように笑う。心から楽しそうに。童女のように無垢に。その瞳には、一人の少年しか映していない……

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