第9話 「再会」

 


 「今夕飯つくるからね」



 私は驚きを隠せなかった。

 まさか、こんなところで再会を果たすなんて。



 以前駅で私のパスケースを拾ってくれた彼。


 たったそれだけのことだった。


 劇的なドラマなんてない。


 少女漫画の主人公には、なれない。


 それでも、それなのに、私は彼のことが忘れられなかった。




 ずっと。






 茫然と立ち尽くす私を見て、早苗さんが戻ってきた。

 「そうだ、先生。こちら明ちゃん。莉茉ちゃんを助けてくれたの。それであがってもらっちゃった」

 もうそんな早苗さんの声など耳に入ってはいなかった。

 彼は「そうなんですか」と、早苗さんに買い物袋を手渡した。

 そして私のほうを向き、

 「タチバナヒロヤ、です」

 と名乗った。

 「タチバナ、ヒロヤ」

 私はくりかえした。

 「花の橘に、開拓の拓と『なり』とも読める也で、拓也です。よくタクヤって間違えられるけど」

 と彼は説明した。

 とても綺麗な名前だと思った。

 なんて美しいんだろう。

 そう思ったのも束の間、自分も名乗らなくては。

 「私は、眞岡明といいます。昔、樺太にあった眞岡という地名です。明るいと一文字書いて、あかりです」

 「眞岡明さん。覚えました」

 「あ、ありがとうございます」

 なんとなくぎこちない挨拶を済ませた後で、

 「明ちゃんも夕飯食べていったらどうですか。あ、でもお母さんが用意してくれてるか」

 と彼は言った。

 「いいえ!うち母親いないので」

 私はとっさにそう言ってから、しまったと思った。

 急にこんな話をしてしまうなんて。

 「ごめんなさい。あの…えっと、だから、だいじょうぶなんです。全然」

 「そっか。じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 そんなこと気にもしていないという風に、橘さんや早苗さんは台所へ行ってしまった。

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平凡 逢坂あおい @kilala

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