第11話
自分の家に着き、すぐに、ベッドにダイブした。明日の準備は朝のうちにすませてあるので問題ない。
私は泣いていた。家に着くまでずっと。
涙が止まらなかった。あまりにも喪失感が大きすぎて自分でもよくわかんなくなってくる。
私のメイドだけではない。早見君は私のかすかな希望さえも打ち砕いた。少なくとも友達には慣れたと思っていた。
しかし、彼にとっては全くそうは思っていなかった。それが無性に悲しい。好きな人に言われたらなおさら悲しくなる。
明日が始業式なのを改めて思い出し、寝ることにしようと思ったがあることを思い出した。
「……あ、メイド服のままだ。そっか、この前で帰っちゃったのか」
となると何人かの住民にこれを見られたことになる。今更ながら恥ずかしい。
「……着替えよう」
いつも寝る服を取り出し、メイド服からそれに着替える。
「……はあ、これどうしよう」
そう。これは早見君からもらったものだ。これがあると未練があるみたいで心が痛む。やろうと思えば捨てたりもできる。なんならその方がいいかもしれない。
「……でも、これに罪はないか」
捨てるのをやめ、壁にかけておく。そして、スマホに目覚ましをかけようと開いたらメールが一通来ているのに気づいた。
一瞬、早見君からではないかとビクっとしたけどどうやら差出人は違ったみたいだ。
「……なんだ美紀か。えっと、何々」
『ごめん。宿題終わりそうにないの。悪いんだけど明日学校で写させてくれない?』
思わずため息をついてしまう。
一体何してたんだよ。美紀は。これじゃあためにならないじゃないの。
でも、友達のよしみとして助けてやりたいという気持ちがあったので『わかった。じゃあ、ちょっと早めに来てやろうか』と返信した。
アラームを設定して寝ようと思ったところで私は連絡帳を開く。そして『早見聡』という名前のところをタップする。
これは今のところ唯一早見君とつながっているものだ。これを消せば私たちの縁は本当になくなってしまうだろう。私は『連絡先を削除』と表示ところまで操作した。あとはそれをタップすれば消える。
私はそれを…………
削除しなかった。
やっぱり縁を切りたくない。まだ、本当にそうだと信じたくなかった。
せっかく好きになった人をこんな形で終わらせたくなかった。まだ、告白もしていないのに終わりだなんて……虚しいし、認めたくなかった。
スマホの電源を切り、充電させ、ベッドに横たわる。
すると、また涙が流れた。
でも、どうすればいいんだ?私はどう言えば、この苦しみから解放できるんだ。今の私にはわからない。どうすればいいんだ……
スマホが鳴るのが聞こえて画面を見ると美紀から返信が来ていた。
『わかった。じゃあいつもより十五分ぐらい早く来るね。それまで私も頑張るから』
……全く、だったら普段からコツコツやればよかったのに美紀ったら……
時間を見るとちょうど0時になった。つまり、もう九月一日になったということだ。
これにて私の夏休みは最悪の終わりを迎え、二学期が始まる。
翌朝、私は美紀との約束より一時間ほど早く登校した。久しぶりに学校に行けることを嬉しく思ってワクワクしていたわけではない。私が早く登校したのには二つ理由がある。
一つ目は、早見君と出会いたくなかったこと。早見君と出会うと昨日のことを思い出してしまい、改めて私たちの関係はリセットされたのだと実感されてしまうからだ。そうなると昨日みたいにまた泣いてしまうかもしれない。昨日は家だったからよかったけどここは学校だ。そんなのは惨めで嫌だ。
そして、もう一つは今、私が寝不足ということだ。昨日の夜は全然寝付けなかった。昨日のことを考えてばっかりで全然睡眠ができず一、二時間ぐらいしか寝てない。だから少しでも多く寝ようとここで寝ている。家だと寝坊の恐れがあったし。
自分の席で寝ているところに近くに誰かの足音が聞こえる。
おそらく、クラスの人誰かだろう。とりあえず、寝よう。このままじゃあ寝不足で今日一日耐えられるかどうかわからない。だから意識を失わなければ……
「……痛っ!」
突然、頭に衝撃を受ける。
「もう!一体誰!?」
「お、おう。生きてた。大丈夫?奈々」
それは私の友達の姿だった。宿題の冊子を丸めた状態で手に持っている。おそらくこれで殴ったのだろう。
「もう、何するのよ。っていうか美紀ちょっと早くない?まだ約束の一時間ぐらい早いよ?」
「いやぁ、今日徹夜してやってたんだよ。でも、家だとはかどらなくなってきて……それで学校でやろうかと思って……そしたら奈々がもう来てたからつい起こしちゃった♪」
ついって……まあいいや。ただ美紀が答えを写すだけのことだから。その間にまた寝ることができるし。
さっさと宿題を渡して私は机に伏した。美紀は隣の席に座り自分の宿題を取り出した。
美紀は私の隣の席で入学当初からずっとだ。
うちの担任はそういうのは学級委員に任せるらしくその学級委員も面倒だと思っているらしく周りのみんなももう諦めてるらしい。
私は再び睡眠に入ろうとする。
……が美紀の宿題の冊子に答えを記入する音が耳に障りうまく寝ることができなかった。そしてさらに美紀の声が耳に響く。
「ねえ、奈々。なんかあったの?」
「え?……何で?」
とりあえず落ち着いて寝たいから空返事で返事をする。
「だって、奈々がそんな寝不足そうな顔するなんて珍しいでしょ?テスト前ぐらいにしか見たことないよ。そんなの。それに奈々の目、赤いよ。もしかして昨日もしくはさっきまで泣いていたのかな?」
「…………」
「その反応を見る限りだと、なんかあったね。感動するものを見て泣いたってわけじゃあなさそうだ。よかったら話してくれないかな?」
「……とりあえず、宿題を終わらせなさいよ」
「はは、そうだね。じゃあさっさと終わらせるね」
答えを写す音が早くなっていく。それなのに美紀の口は黙ってはいなかった。
「……できれば話してほしい。けど嫌だったら話さなくてもいいよ。話せば少しは楽になるかもしれないけど苦になるかもしれないからね……だから話したくなったら話してね」
私は頷いた。
話せば楽になる……か。そうだな、もう言ってもいいのかな。メイドはもう終わったんだ。今更、言っても過去の話なんだから。
「……わかった。話すよ。宿題が終わってからだけど」
「うん。わかったよ。奈々」
それから美紀は黙ってしまった。そして、十分ぐらいで美紀の宿題は終わってしまった。
これなら充分、間に合ったんじゃあ……
結局私は寝ることができなかった。これじゃあ家に帰ったら即、昼寝だな。今日が午前で終わって助かった……
それから私は美紀に全部話した。メイドをしたこと、夏休み前にどういうことが起きたのかを、そして、昨日のことも全部。
美紀は遮ることもなく、私の話を聞いてくれた。まあ、時々笑っていたけどね。
でも最後まで聞いてくれるのはいい。こっちも思う存分に話せるし。
「ふーん。そういうことなのね。大体はわかったよ」
「うん。私どうすればいいのかな?」
「うーん。……っていうか奈々がメイドって……想像できな……ぷっ」
「ちょっと!笑わないでよ!メイドだっていうの恥ずかしかったんだからね!」
「いや、でも……ぷっ、ごめん……なんかメイド服着た奈々を想像したら面白くて……ぷっ」
「美紀、笑い過ぎだよ!」
「それに、羨ましいし……キスされたとかさぁ、私なんて一度もされたことないのに……」
「なっ!そ、それは言わないでよ!みんなに聞こえたら恥ずかしいじゃん!」
周りを見渡すと、教室に何人かいた。自分の席に座って宿題を必死にやっている人や、久しぶりにクラスメイトに会って嬉しそうに会話してる人などがいる。
だけど、誰も私たちのことを見ていないので多分、聞かれてないだろう。
私はホッとした。
「……で、何の話だっけ?」
「もう、美紀ったら忘れちゃって、私はこれからどうすればいいかどうかって話でしょ?」
「ああ、そうだったね。うーん。でも、なんで早見君はそんなこと言うんだろうね。話を聞く限りじゃあ今さら関係が終わりってことはないでしょ」
「うーん。そうかなぁ、やっぱり」
美紀もそう思ってるってことは一般的に考えたらもう友達と呼んでもいいと思うんだよなぁ。なんで今更……
「まあ、奈々のことが嫌いってことなら話は別だけどね……」
「ちょっとやめてよ。縁起でもない……まあ、それならそれでしょうがないけどさぁ」
「うん。だからさぁ、一度話し合ってくればいいじゃない。同じ学校なんだからいつでも話せるでしょ」
「ああ、そうか」
別に関係が終わったとは言っても話すぐらいならするよね。だったらどっかで話しておきたいな。
「じゃあ、いつか話すよ」
美紀は呆然としている。さて、私はなんか変なこと言ったかなぁ
「いつかって、それはダメでしょ!」
「え?そ、そうかな?」
だ、ダメなの?いつかじゃあ、向こうにだって用事とか諸々あるだろうし……
「そうよ。そんなんじゃあずっとそのままになるよ。だから、今日話してきなさい」
「え、ええ!?」
き、今日ってそれはいくらなんでも急じゃ……
「で、でも今日午前で終わりだし時間があるかどうか……」
「だったら乗り込めばいいじゃん。合鍵。まだ持ってるんでしょ?」
私は頷いて返した。
確かに持ってる。あの後すぐに帰ってしまったため、返しそびれてしまったのだ。
「なんならそれで話することもできるんじゃない?私を再びメイドにしてください。とかさぁ」
「え?美紀は今なんて言った?再びメイドにしてください?どうしてそうなるの」
「え?だってまだやりたかったんじゃなかったの?」
美紀に言われて思い返してみる。メイドをしてきた日々をだ。
考えてみると嫌なことなんてあんまりなかった。むしろいいことだらけだった。
そっか、だからあの時
憂鬱な気持ちになったんだ。胸がモヤモヤしてたんだ。もっとメイドでいたかったから。
私は、あの日常が心地よかったんだ。
「そっかそうだったんだね。なんだ、単純だったんじゃん」
「ふふ、そうだね。単純だったね」
美紀は安心したみたいだ。よし、だったら今日。
「今日、早見君と話してくるよ」
「お、いい顔してるね。さっきまで寝不足と泣いた後でひどい顔だったのに……」
「ははそうだったね。そういや……ってこんな顔早見君に見せたくないんだけど!?」
「……まあ、大丈夫じゃない?そん時までには直ってると思うよ」
「ええっ!ちょっと顔洗ってくる!」
女子トイレの洗面台に向かって走る……というのは女子としてどうなんだと頭によぎったので、早歩きで向かった。
そして、なんとか顔色が少しは良くなったので教室に戻った。
自分の席に座り、再び美紀と話す。
といってももう話すことはだいたい終わってるのだが。
「……あのさ、もしふられたりとかそういうことになったら慰めてね」
「うん。そん時は思う存分慰めてあげるよ。そうなったら代わりに私の方の応援してね♪」
「うん。それはもちろん」
これで、私のことは終わりだ。あとは早見君と話すだけだ。さて、いつ話そうか。
そんなこと思っていたら美紀が話しかけてきた。
「……奈々のメイドかぁ」
「まだ引っ張ってくるの!?」
「ねえ、今度着てさぁ、私に見せてよ。相手曰く一番似合ってるんでしょ?見てみたい!」
途端にクラスの人たちの何人かが私たちの方を見てくるのを感じる。
そりゃあ女子がメイドって単語を発したら驚きもするだろう。
うう、視線が痛い。
「ちょっと、もう教室に人が集まってきたしメイドって単語はできればあまり言うとあれなんだけど……」
小声で美紀に語りかける。それに対して美紀も小声で合わせてくれた。
「大丈夫よ。なんなら、みんなには私がメイドを攻略するゲームをやってるんだとかで誤魔化すから」
「…………」
言葉が出なかった。
「美紀ってそういう趣味を持ってるの?」
「あれ?アキバで出会ったからなんとなく察してたと思ってたんだけど……まあいいや、私はそういう趣味をお持ちなの。奈々はそういうのは大丈夫だよね?」
そういうのとはいわゆる美紀がオタクかどうかということだろう。私だって漫画とか読むしゲームだってする。そういうのには特に抵抗を感じることはない。
「うん。まあ」
「じゃあこれはもうおしまい」
「……美紀ってさぁ、やさしいよね」
「そうかな?」
そういうことを言ってる人は本当に優しいと思う。私、優しいからとか自分で言ってる人は実際、理性的に優しいというのを演じてるように感じる。本当に優しい人は普通に優しいと思うような行動を素でやってのける人と自分は思ってる。そういう人は本当に素だから優しいということも自覚していない。美紀はそういうタイプの人だ。
「そうだよ。……はあ、いつ話し合おうかなぁ」
最終的には乗り込むということになるのだろうけど、それはあまりしたくない。個人的におこがましいと思うし……
考えているうちに予鈴が鳴ってしまった。
それと同時に担任の先生が入ってきた。改めて先生の顔を見てみた。確かにかっこいいし、どこか早見君に似てると言えば似てる。これなら美紀が好きになっても不思議はない。
私は久しぶりにHRで真面目に話を聞いた。特に理由はない。単なる気まぐれだ。
話を聞いてみて何となく感じたことは先生は早見君とは性格面で似ていないということだ。
HRが終わると周りの人たちは教室を出て体育館に移動し始めた。
始業式があるからみんな集まらなければならないのだ。
「はあ、始業式かだるいなぁ」
「うん。そうだね」
美紀と会話をしながら私たちも体育館へと向かう。
「何で、校長先生の話って長いんだろうね。しかも個人的にどうでもいいと思うの」
「ああ、あれって事前に話すこと決まってるらしいよ。マニュアルがあるとかで……」
「へえ、そうなんだ」
美紀とそんなこと話していると他のクラスの教室がちらほらと見えてきて、早見君のクラスも見えてくる。
「……あ」
早見君の姿が見えた。彼は体育館に移動するそぶりを見せず、自分の席に伏していた。誰も彼を起こさないところを見るとどうやら彼は本当にボッチだったようだ。
「……奈々?どうしたの?早く行こうよ。いくらあなたの好きな早見君が見たいからって……」
「いや、そうじゃないよ!うーん。気のせいかなぁ」
私は振り向いて美紀のところに歩いて行き、体育館へと再び向かう。
なんだろう。早見君が一人でいるのは予想どおりだったけどなんか早見君。
寂しそうだった?
始業式の校長の長い話をなんとか聞き終わり、やっと始業式が終わったという謎の達成感を感じ、教室に戻る。
本当に校長の話ってどうでもいいなと思ってしまう。
「あらっ?久しぶりね」
どこからか声が聞こえる。以前は誰だったか忘れていたけどさすがに今回は覚えていたみたいだ。
「そう?久しぶりっていうほどじゃないと思うよ。山本さん」
「あら?そうかしら。まあ、それはいいわ。ちょっと付き合ってくれない?次の総合の時間まで少しあるみたいだし」
私と話すことなんてそれは一つしかないだろう。きっと早見君のことだ。
「うん。いいよ。どこにする?」
「じゃあ屋上で話そうか」
階段を登り、屋上へと向かう。うちの学校の屋上は少し変わっていて3階の近くにあるという構造になっていてフェンスもそこまで高くない。
それで事故が増えるんじゃないんかと思っていたけど聞いてみるとそういうことはなく、これで死んだという生徒はいないらしい。どうしてなのかは知らないけどうちの学校ってそういうバカをやる人はいないらしい。
「んで、話って何?」
といっても私には何の話かはもうわかっているのだけれど……まあ、挨拶みたいなものとして会話の始まりである。
「え、うん。まあ、早見君のことでね」
やっぱりそうか。
「じゃあ何かな?」
「うん。私、今日早見君に告白をしようと思ってるんだ」
「…………」
そうきてしまったか。今日、早見君と話そうと思っていたのになんというかさらなる試練的なものが出てきてしまった感じだ。
少し喪失感というか絶望感が生まれた。
「うん。それで何で私に言うの?」
「だってさぁ、あなたも早見君のことを好きじゃない?だから一応言っておこうと思って」
「ふーん」
なるべく自分の気持ちが相手に伝わらないようにそっけない感じで返事をする。
だって私は今、この人に嫉妬しているから。もし、早見君に思いを伝えて早見君がオーケーして男女交際することになったらと思うと胸が痛くなる。
もちろんそれは早見君の気持ち次第だからしょうがないというのは頭では理解している。でも、それだけじゃあ納得しないというものがあるのだ。それを今、私は理解したような気がする。
「じゃあ、すればいいんじゃないかな。一々私に言わなくても良かったのに……」
「じゃあ、何でそんな悲しそうなの?」
「え?」
悲しそうに見えるのか。そうか、隠そうとしていたけどどうやら顔に出ていたようだ。
「嫉妬してんじゃないの?だからそんなに悲しいんでしょ」
「……うん。そうだよ。できればあなたには告白してほしくないと思ってる。でもそれが無理なのはわかってる多分あなたはそう言っても断るよね」
「当然よ。そんなのは誰でも一緒だと思う。あなただって逆の立場ならそうなるでしょ」
まあ、それはそうなのかもしれない。でもきっぱりとはできないかも。相手のことを考えるとためらってしまう。
「……まあ、そうだね」
弱々しく返事をする。早見君と話合おうと決心したばかりなのにそれが崩されたような感覚だ。
「……何でそんなに弱々しいのよ。何?あなたも今日あたり告白しようとでも思ったの?」
「うーん、まあ、少し違うかな。告白というより話そうと思ってた」
「……そうなんだ。あのさぁちょっと雑談に付き合って」
「うん。いいよ」
突然のことで戸惑ったけどなんとか対応できてすぐに返事ができた
「ありがとう。私ね、正直、あなたには勝てないなぁと思ってたんだよね。だってデートまでしてるんだから。最初驚いちゃったよあなた達が祭りでたこ焼きをあーんしてたから」
「……ん?たこ焼き?……え、ちょっと待って、もしかして見てた?」
「え?まあ、そうだけど……」
私はその場で崩れてしまう。
あそこを見られてたとは……は、恥ずかしい。きっと今私の顔が赤くなっているだろう。
「え!?どうしたの?急に」
私はすぐに立ち上がり平然と装った。
「あ、だ、大丈夫。ちょっとめまいがしただけだから」
「あ、そう。まあ、いいや。で、それを見て勝てないなぁとか思ってたけど……今はあなたに勝てる気がするのよね」
「そ、そう」
確かにもう早見君とのメイド関係は現在終わってしまった。勝てるといえば勝てるのかもしれない。山本さんは早見君とクラスメイトという少し有利なファクターがある。相手はメイドのことは知らないけどなんとなく雰囲気で察したのだろう。
そこで予鈴が鳴る。そろそろ教室に先生がくるころだろう。
「あ、もうか。じゃあそれだけだから」
彼女はそれだけ言って教室に戻っていった。
「……はあ」
近くの壁に寄り掛かる。なんとなく気持ちが整理できず、教室に戻る気分にはなれなかった。
「……まあサボってもいいか。授業じゃないし」
私は落ち着くまで空を見上げて考えていた。
「……やっぱり別の日にしようかな」
今話すのは山本さんに悪い気がしてきた。そして告白の後で話し合いをする早見君にも悪いと思う。
「……どうすればいいんだろう。私」
「そんなの関係ないと思うよ」
出入り口の方を見てみるとさっき戻っ他はずの山本さんがいた。
「……どうしたの?戻ったんじゃなかったっけ?」
「いや、なんか急にだるくなった。途中から現れるのもあれだったし……」
「ああ、そう。私もよ」
「あと、言い忘れてたことがあったからね」
山本さんは申し訳なさそうに隣に座ってきた。
「あんたさぁ、私が告白するからやめようとかしてないよね?だったらそれはやめてね」
「何でよ。関係ないじゃん」
「だってなんか私が変な気分になるから、それだと私が悪者みたいになっちゃうじゃん。そんなんで勝っても嬉しくないというか……その」
体育座りになって背中を丸める。その姿はまるで猫のようだった。
「……ぷっ」
思わずむせてしまった。
「ちょっ、何笑ってるのよ!」
「いや、ごめんなさい。なんか私のイメージしてる山本さんとは違くて……」
「イメージってなによ!?私は私よ」
「いや、それはそうなんだけどさぁ、もうちょっと冷たい感じだと思ってたから」
「ああ、そういうことね。そう思ってたならごめん。多分あなたに嫉妬してたからそれで……」
「ああ、なるほどね。だから最初睨んでたのね」
「そうよ。っていうかそんなの今更ね。アキバであった時からもうわかってたことでしょ」
まあ、それはそうだけど。確信がなかったということもあったからな。
「……はあ、なんかさっきまでのことが馬鹿らしく思えてきたよ」
「あ、それ私も思ってた。私たちがどう思おうと決めるのは向こうだもんね」
結局のところはそういうことだ。私たちが変にいがみ合う必要はなかった。ただ、同じ相手のことが好き。ただそれだけのこと。
「……なんか、私たちっていい友達になれそうね」
山本さんに語りかける。なんとなくだけど私とこの人はどこか似ている感じがする。同じ人を好きになり、互いに同じ感情を抱いた。だからだろう。不覚にもそう思ってた。
「そう?そうは思わないんだけど……」
「……あれ?」
もしかしたら私の思い違いだったのかなぁ。
それから総合の時間が終わるまでやることがなくなったのでガールズトークを繰り広げてた。
わかったことで印象的なのは山本さんが美紀と似たような趣味を持っていたということだ。
彼女にもメイドのことを話そうかどうか悩んだけど今話すとややこしくなりそうなのでそれはやめた。
予鈴が鳴り響き、私たちは各々自分のクラスに戻ると美紀が心配していた。急にいなくなってどうしたのかとか色々聞かれた。
私がいなくなって先生が心配とかしないのか聞いてみたら
「ああ、それなら大丈夫よ。体調が悪くなって保健室に行ったって言ったから」
と答えた。美紀は気がきく人だなあと改めて感じさせられた。
その後は数学の夏休み明けのテストを行った。
夏休み明けのテストの存在をすっかり忘れていたが得意科目の数学だったのでなんとかなっただろう。
これにて二学期初日は終えることができた。
後は早見君と話し合いをするだけ……なのだが。
「……やばい、どうしよう」
なかなか勇気を出すことができず、気づいたら午後の三時になってしまっていた。
クラスの人たちは全員下校し、教室には私しかいない。
外では野球部が練習していて金属音が鳴る音がここまで聞こえてくる。
「……早見君もう帰っちゃってるよね。それじゃあもう早見君の家に行くしかないのか……」
面倒なことになった。全く、自分の行動力のなさが憎い。
「……でも、なんだか」
早見君はまだ残っている気がする。根拠なんてないけど、普通ならもう帰ってるに違いないはずなのに……
「……一度、校内を探してみよう」
それでいなかったら、早見君の家に行けばいいしな。
自分の教室を出て、校内をうろつく。
私達、一学年の教室は三階に集まっている。だからまずは三階のフロアを探してみたが……
「……いない」
早見君の姿どころか人の気配がなかった。ここを探しても無駄な気がしてきた。
二階に降りてそのフロアを探す。二階は二学年の教室があり、早見君がいるとは到底思えないが、二階には図書室がある。
図書室なら早見君がいても不思議じゃないしね。
図書室に着き、図書室の扉を開く。
そういえば夏休み前に入った時は、エアコンが壊れてたんだっけ。
蒸し暑い空気が流れてくるか心配になったけど、入ってみると蒸し暑い空気ではなく冷たい冷気が流れてきた。
「……よかった。エアコン、直ったんだ」
図書室を見渡してみるけど中にはほとんど人はおらず、三年生であろう人が数人ほど勉強に励んでいた。
その姿を見ると二年後はああなるんだろうなぁと思い少々憂鬱になった。
「……早見君はいないみたい」
小声でつぶやく。そうとなればここに用はない。
私は図書室をあとにした。後はもう一階だけど多分、そこにもいないだろう。探す必要もない。
「……はあ、しょうがない、早見君の家に行こう」
自分のカバンを取りに教室に戻る。もしかしたら教室で待機してるのではと期待したけどやっぱり誰もいなかった。
教室を出て下駄箱へ向かおうとしたところでふと思いついた。
「そうだ、あそこはまだだった」
私はその場所へと足を運ぶ。そこはさっきまで私がいたところで山本さんもそこにいた。つまり、屋上だ。
目の前にある扉を開く。外は明るくまだ、夕方になる様子もない。さっきとなんら変わらない景色。
だが、一つ変わったところがあった。
それはその景色の中に一人立っていたということだ。
その人は扉が開く音に気付きこっちの方を振り向いた。
「……何してるの?早見君」
そう私の予想通り彼はいた。まったく、女の勘というものはすごいものだ。
「……別に、ただ空を見ていた。特に理由はないけどな」
私を見ていないかのように話す。まるで自分と話しているような。
「……そう」
そっけなく返す。
「そういうお前は?どうしてまだ学校に残ってるんだ?」
「……別に。ただ会いたい人がいたから。……探してた。あなたを」
「……お前もか。さっき俺に会いに来たやつがいたよ。俺に告白してきた」
きっと、山本さんのことだろう。
「……それでどう返したの?」
「ああ、断った。あなたのことをよく知らないからって。そしたらすぐに帰っていった」
断ったのか。山本さん。悲しかっただろうな。でも、これで私に少しだけだけれどチャンスが生まれたと考えればよかったのかもしれない。
「……で、何の用だ?」
「それは……あなたに話したいことがあるから」
早見君はまるでそれをわかっていたかのような顔をしていた。
「……やっぱりな。あれだろ、昨日の夜のことだろ?」
「うん」
他にも色々あるのだけれどまずはその話だ。なぜ彼はキスしたのか。なぜ、あんなことを言ったのか。私は知りたい。
「なら、昨日言った通りだ。関係が終わるから記念とかそういうのだ。それで嫌な気分になったら謝るけど……」
「いいよ。別にそれは。じゃあ別の質問。これは今日気づいたことなんだけど、早見君は何で寂しそうにしてるの?」
「……どういうことだ?」
今日の彼はどこか寂しそうにしていた。それはまるで仲間はずれにされてるような感覚。ではなく。
「早見君、無理してない?どうし自らボッチになるようなことをしているの?」
それを言った途端早見君の顔がこわばる。
早見君は、少なくとも私よりコミュニケーション能力がある。それなのに友達がいない。そのことにずっと疑問に思っていた。だからこう考えた。嫌われてるからではなく、自分から嫌っているのではないかと。
彼がそれでいいというなら私は何も言わなかった。だけど
「寂しいなら友達作ればよかったじゃん。それなのに—」
「……さい」
私のセリフを遮る。
「うるっさいんだよ!」
唐突に大声で言われてしまい、私は萎縮してしまった。早見君がこうなるのが久しぶりで声が出なかった。
しかし、それだけで彼は止まらなかった。
「何なんだよ、お前!俺のことをわかっているみたいなことを言いやがって!どうして俺に干渉してくるんだよ!そんなに俺が哀れに見えるのかよ!だったらそんなのはやめろ!お前にそんな目で見られるのは嫌だ!ああそうだよ!俺は寂しいよ!周りが楽しそうにしてて、俺が一人でいるのが辛いんだよ!」
言いたいことをバンバン言ってくる。顔には涙が流れていて早見君の寂しさが伝わってくる。
「早見君、よかったら話してくれない?中三の時にどうしてボッチになったのか、そしてできたら改めて答えてくれないかなさっきの質問を」
「……ああ、話すよ。……っていうかお前、アルバムを最後まで見たんだな?」
「あ、ごめんね。勝手に見て」
「はあ……いや、もういいよ。それは……じゃあ話すぞ」
私たちはその場に座り、早見君は話してくれた。色々と。
どうやら早見君は中三になるまでは友達も多く、平和な暮らしをしていたみたいだ。だけど中三になって数日したところで友達から離れていったみたいだ。
『お前、何考えてるのかわかんねえ』とかそんなことを言われたらしい。
中二までは普通に友達と接していたらしいけど大人になるにつれて、人に合わせていくということを覚えてしまったのだ。それで本音がなかなか言えず、他の人には媚びを売ってるように見えたのだろう。
「で、それでどうして自分から友達を作らないことに繋がるというの?」
「ああそれは、単純に怖かったんだ。俺が近づいて他人がどんどん離れていくのが……」
「でも、それって中学の話でしょ?高校生だったらそういうことはないんじゃないのかな?」
これは推測なのだけれど、多分中学の時に早見君に離れていった人はまだ子どもだったのだろう。だから大人になった早見君が別の人に見えたのかもしれない。だからあんなことを言ったのかもしれない。だけど、高校生なら少しは大人に近づいてきてるからそうだ いうことも減っているだろうし学力である程度分かれているから、思考回路的も近い人がある程度集まっている。
「だから多分大丈夫だと思うよ」
「……そんなことはない。俺は一人のままでよかったからお前にメイドになれって言ったんだぞ」
は?それって一体どういうことだ?一人になりたいから?
「早見君それって……」
「あの時お前と帰ったときにお前がお礼させろって言ってただろ?俺はあれがかなりうざかったんだよ」
うっ、それを言われるとなんかきついな。あれ、やっぱりうざかったんだ。
「だったら、もう近づくなとかでよかったのになんで?」
「自分でもよくわかんない。ただそれを言ってもお前はこれから俺に干渉してくる気がしたんだよ。それで、考えた結果嫌われればいいと思ったんだ。だから女子が嫌がるようなメイドにした。知ってすぐに男の家に上がって掃除するなんて嫌だろ?」
「まあ、それはそうだけど……」
「ちなみに言うと俺はそこまでメイドが好きじゃない」
「ええ!?そうだったの!?」
「好きなのは兄貴の方だよだから最初の頃メイドもののエロ本なかったろ?」
「ああ、そういえば……」
あの時は言ったことは嘘だったのね。全く、騙されたわ。
「じゃあ、今まで色々私に壁ドンとかキ、キスは……」
「あれも嫌われるためだ。好きな人じゃないと嫌だろ。あんなの」
「うっ、やっぱり」
なんか弄ばれた感じがして胸が痛む。
でも、私はもうこの人のこと好きになっちゃったからあれをされてもう嫌じゃないのだが……むしろ嬉しかったぐらいだし。
色々話してくれた早見君を見て私は確信したこの人は……
「……早見君、私わかるよ。早見君の気持ちが」
私と似ているんだ。
「はあ?何でだよ、お前にわかるわけがないだろ」
「ううん。だって、……私も中学時代はボッチだった時代があったから」
「……は?」
早見君は呆気に取られていた。多分、私がボッチということを意外だと思っているのだろう。
「あのね、私は中学のある時に友達がいなくなったの。周りの人が急に変わってしまい、私を仲間はずれにするようになった。当時の私は今よりも消極的な性格で、多分それが周りの人たちにとってうざかったんだろうね」
「……それがなんだよ。それで俺のことがわかることには……」
「まあね。だけどそのあとはなんとかなったわ。早見君みたいに人と関わるのをやめたら誰も近寄らなくなった。他人からじゃなくて自分から離れていったら平和に過ごせたわ。だけどあの時、私は寂しかったんだ。どんどん私のことなんか忘れていっていくかのように干渉しなくなってきた」
「……そうか。辛かったんだな」
「そうよ。だから高校に入ったら変わろうと思ったのよ。まあ、いわゆる高校デビューってやつね」
「…………」
早見君は何も言ってこなかった。
「ねえ、早見君。さっき、どうして早見君に干渉してくるか聞いてたよね?」
早見君は何も言わずただ頷くだけだった。私は答えよう。これからどうしたいのか。
「それは私が早見君のことを好きだからだよ」
空気が無くなったかのように、時間が止まったかのような感覚を覚えた。早見君も呆気に取られていた。
……あれ?今……。
「ねぇ、今、私なんて言った?」
声をかけて、早見君は、はっとした。
「ああ、俺のことが好きとか言っていたような」
手をついた。思わず、四つん這いのポーズになりそうになる。
え、ちょっと待って、もしかして私、告白しちゃった?……何しちゃってるのよ!本当は、まだメイドをしていたいからつづてさせて欲しいと言いたかったのに……
「あ、ちょ、その今のは……」
何も言えなくなる。否定しようとしてもできなかった。この気持ちが本当だったから。それを否定するなんてことはしたくない。
「あ、その—」
早見君が返事をしようとする。だけど、
「ちょっと待って!」
その返事を遮る。
「返事は……そのいらない。聞きたくないってのもあるけど、早見君今日で二回目だからあれかもしれないし……だから……そのまだ返事は……」
自分で何言おうかわからなくなってくる。
「ぷっ、はははははは」
そんな私を見て早見君は笑い出した。今までで、一度も見たことないぐらいに笑っていたかもしれない。
「ちょっと!わ、笑わないでよ。今、恥ずかしいんだから」
「いや、悪い悪い。でも、お前の言ったことが予想外でさぁ。お前ってずるいんだな」
「……うん。そうかもね」
早見君の返事が怖くて遮った。きっと振られるに違いなかっただろう。それを聞こうとしない私はずるいのかもしれない。
でも、しょうがないじゃない。振られるなんて嫌なんだから……
「……でさぁ、早見君」
今度こそ言いたいことを言う。私はそのために早見君のところに来たんだから。
「私、まだメイドがしたい。もう、やる必要がないのはわかっているけど、私、あの日々が楽しかったの。だから……」
「……お前は本当にいいのか?それで」
そんな今更なこと。もう、私の答えは決まっている。
「うん。いいよ。このままだとやることもないからね。部活も入ってないし……」
もうこれでいいと思う。好きな人が主だなんて幸せなことだしね。
「……はあ、しょうがないな。俺も変わらなきゃならないのかもな。もう、お前と友達なんだからボッチ気取ることもないか」
「え?今友達って……」
「は?違うのか?あの時はお前と離れてまた一人になる気だったからああ言ったけどそれがなかったらもう友達だろ」
そっか。私だけじゃなかったんだね。もう、友達なんだ。
笑みを浮かべる。
「うん。そうだね。んー、それじゃあそろそろ帰ろうか」
日はもう傾いていて空はオレンジ色に染まり始めてる。
「そうだな。じゃあ、明日からまたよろしくな」
これで私と早見君との主とメイドという関係は元に戻った。でも、私はこれだけで終わるつもりはない。早見君に私を好きになってもらえ、付き合うようになってみせる。
山本さんには悪いけど、負けるつもりはない。だから私は早見君のところへ向かってこう言った。
「かしこまりました。ご主人様」
Maid in home 華洲 穂理依 @Holly
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