第10話

 本当に時が経つのは早い。少し前までお盆だなぁと思っていたらもう八月三十一日—夏休み最終日になってしまっていた。

 といっても宿題などはもう終わっているので焦る必要がない。

 しかし、昨日、美紀とメールしていたらのだが、美紀はどうやら終わっていなかったらしい。きっと今頃宿題と奮闘しているのであろう。

 まったく今まで何をやっていたのやら。

 それに対して私は、今日もメイドをする。そしてそれも今日までだ。早見君との約束では、夏休み中ずっとということになる。

 私はいつも着替えているところで少し考えことをしていた。

 ……なんでだろう。メイドが終わると考えると憂鬱になってくる。寂しく思ってしまう。本当になんでだろう。これが終われば、もうこんなことをしなくて済むのに……

「おい、まだ着替え終わらないのか?」

 ドアをノックされ一瞬ビクっとなる。今までこういうことがなかったので驚いている。実際、着替え終わっているので準備はできている。

「ちょっと、いきなり声かけないでよ! 今出るから」

 部屋をあとにする。

「ったく、何やっていたんだよ」

「ごめん。ちょっと戸惑って……」

「は?今さらか? まあ、いいか。じゃあ、始めるぞ」

 とにかく、最後のメイドに専念しよう。しっかりやりきらないと後味が悪い。

「で? 今日は何をするの?」

「あーそうだな。今日は、リビングの掃除を頼む。そのあとは、できたら他の部屋の掃除を頼む」

「かしこまりました。ご主人様」

 おそらく、このセリフを言うのも今日までなんだろうな

 と思いながら、リビングの掃除にとりかかる。

 いつものように全体的に見えるところから掃除をする。それで、そのあとに細部のところをやろうとしたのだが、

「おい、そこやってないぞ」

 突然、早見君から声をかけられた。

「はい、すみません。ただいまとりかかります」

 返事をする。ちなみににそこというのは、テレビの裏のことだ。本当に早見君は、テレビの裏が気になることで……

「おいおい、今のは命令じゃなくて指摘だぞ。本当に大丈夫かよ」

「あれ? そうなの? 今のは素でわかんなかったんだけど……」

「あ、そうなのか。それは、すまなかった。」

「いや、まあそれはいいんだけどね。でも、何で急にそんなことを言いだしたの?早見君が指摘とかするのって久しぶりだよね。しかも見守ってるし……」

 最初のほうは、そういうことも多かったけど後半からなくなったもんなぁ。

「なんかこういうのって久しぶりで、懐かしいなあ」

「そうか? つい、一ヶ月ぐらい前ぶりだろ? まあ、最初の方は面白そうだから見てたけど」

「そんな目的で見てたんだ。私のメイド姿を見て面白かったの?」

「だって、同級生が俺の家でメイドしてんだぞ? 理想であると同時に滑稽じゃん」

「そうなの? まあ、そうなのかもね。こんなの他の人には言えないし……」

「でもどうせ今日で終わるんだからもう大丈夫でしょ。言っても信じそうにないだろうしね」

 いや、それはどうだろう。早見君が確信できることじゃないのに……

「それに最後だからな。改めて見たくなった」

 今日で終わる。か。改めて言われるとやっぱりそうなんだよな。今日が終わればメイドにならなくてもいいんだよな。

「ってか、そろそろ続けろよ。日が暮れちまう」

「あ、そ、そうだね。じゃあテレビの裏でもやろうかな」

 掃除を再開し、リビングの掃除を一時間程度で終えた。そのあとは、他の部屋の掃除をして、午前の分は終わった。

 そして昼食は、よく作ってたオムライスを作った。最近これが得意料理になりつつなっている気がするなあ。だって

「おお、相変わらず上手いなこれ。いや、最初の時よりも上達してないか?」

 と早見君に言われたからだ。無意識に料理してたけど振り返ってみると確かに上達していたと実感できる。食べるとなおさらだ。ちなみにアーンはやりました。

 楽しかったけど、これもきっと最後になるのかなあと思った。

 ……いや、多分これからもこれはできるかもしれない。学校でも会えるしなんなら家にだって行けるんだから。

「……そっかそうだよね」

 そう考えたら胸のモヤモヤがとれた気がする。ようし、これなら頑張れそうだ。

 そしてそのあとは、早見君の部屋の掃除をした。いつも通り、床に散らかっていたものを片づけてから細かいところをやった。でも、ここは昨日もやったし楽に終わった。

「……今、早見君は下だよね……?」

 こっそりベッドの下にあるエッチな本を取り出した。ちなみにあれ以来は見ていないかったので、頻繁に見ているというわけではない。

「……あ、いくつか増えてる」

 増えているのをパラパラとめくったらそれはメイドものだった。どうやらあの時に指摘してから買ったみたいだな。

「……おっとあんま見ない方がいいか。早見君に悪いしそれに、なんか恥ずかしくなったきたし。戻るか」

 部屋をあとにする。そのあとは、洗濯とか諸々こなし、あっという間に午後六時を迎えた。

 本当に時の流れというのは早い。夏休みにやったことが昨日であったかのように感じる。

「はい、お疲れ様。今までよく頑張ったな。まあ、色々あったけど」

 確かに色々あった。メイドをするだけでなく、花火大会にも行ったし、プールにも行った。夜遅くまでいたりもしたし、デートだってした。そして恋もした。

夏休みの思い出としては十分だ。だけど、もうちょっとだけ、思い出が作りたい。このまま終わらせるのはどうもスッキリしない。

 だから、私は早見君の家に行く前にコンビニに寄った。あるものを買うために。最後にやりたかったことがあったから。

「あの、早見君」

「どうした?」

 はたしていいのだろうか。

 こんなことをして早見君に迷惑じゃないのだろうか。さっさと帰って欲しいのかもしれない。

 そう思うときり出すのをためらってしまう。

 でも、このままで終わるのは嫌だ。

「あのさあ、もうちょっと残っていいかな?」

「お、おう。別にいいけど。どうして?」

 そう言われて私は、バックから今日買ってきたものをとりだした。

「これ、やらない? いやだったら別にいいんだけどさ」

「今度はこっちのほうか……いいよ。やろうぜ

 早見君はうざがる様子もなく、オーケーしてくれた。

「本当にいいの? なんかごめんね」

 一応謝っておく。迷惑かもしれないなら言っておいて損はないだろう。

「うん。だってあれでしょ? 夏休み最後思い出にとかそういうことでしょ? なら断る理由もないよ」

「……うん。まあそうよ。……じゃあ、夜まで待とうか。暗くなってからの方がいいし……」

「ああ。じゃあ、それまでゲームでもして時間つぶそうぜ」

 とりあえずよかった。これでそのままバイバイってことは避けられた。

 早見君は私を見てなんか言いたげな様子でいた。なんだろう。やっぱり迷惑だったのかな? それならやっぱり悪かったかな。

「何? 早見君? やっぱり迷惑だったとか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、」

「ただ?」

「速水さん。いつになったら着替えるの? もしかしてそれで花火すんの?」

「ん? 着替えるって……あ」

 そういえば私、メイド服を着ていたな。完全に忘れてた。メイド服に慣れてて違和感がなかった。

 下手したらこのまま帰るという羞恥をすることになっていたな。

「んー、まあいいか。このままやる。ご主人様にサービスっということで」

「サービスか。でも、メイド服で花火ってなんか……いや、もしかしたら意外と行けたりするのか……?」

「それを私に言われても……」

「うーん。まあ速水さんがいいならいいか。あ、言い忘れてたけどそのメイド服持って帰っていいからね」

「ああ、そうなの? ありがとう! 嬉しいよ」

 やった、私の可愛い服が増えた。……のはいいけど、これ、あまり着る機会ないだろうな。

 これを私服で着ていくのは痛い人にしか見えないしな。でも、せっかくもらったのだし早見君からだ。だからこれは家の中で着ることにしよう。

「それはよかった。じゃあ、ゲーム機持ってくるね。このまえのやつでいいよね?」

「うん。あれがやりたいからそれでおねがい」

 そのあと二人で協力プレイでゲームしながら夜になるのを待った。本当に協力プレイって楽しいよね。

 そして夜になり、いよいよ花火をやる時がきた。ちなみに夜ご飯はすませているのでそこの面は大丈夫だ。

「じゃあ、始めようか」

 庭に出て、花火の袋を開ける。中にはよく使うやつだけでなく、ネズミ花火や打ち上げ花火、ロケット花火などもある。だけど、打ち上げ花火は近所の迷惑になるのでそれはつけられない。それにほかのやつも早見君の家の庭の広さを考えると難しいだろう。

「早見君、これしかできなさそうだけどごめんね」

「ああ、しょうがないだろう。っていうか俺の家の広さが足りなくてこっちがごめんなんだけど……」

「あ、いや、別にそういうつもりで言ったんじゃないからね!」

 何か申し訳なく思う。私が誘っておいてそれはわがままだ。そう思ってはいけないことだと思う。なのにちょっとそう思っていた私が恥ずかしい。

「わかってるよ。普通のやつでも十分楽しいからな」

「う、うんそうだよね」

 早速、花火を取り出し早見君の家にあったマッチで火をつける。その一種類だけでも赤、青といった色々な色のがある。これを組み合わせるだけでも楽しめることができるだろう。

 私が選んだのは緑だった。で、早見君は青のようだ。

「わあ、きれいだね。早見君」

「そうだな。この前行った花火大会のやつもよかったけどこれはこれでいいもんだな」

 喜んでくれている。それだけでやってよかったと実感できる。

「……そういえばこういうのはなんか久しぶりだなあ」

こういうタイプのやつは小学生の時以来だろうか。今思うとよくマッチなんて小学生で使ってっていうのもたなあと思う。下手をすれば怪我だけじゃあすまなかったし。

「ああ、そうだな。一人でやるっていうのもあれだからな。俺もやるのは久々だ」

「そうなんだね」

 それから、あまり会話をすることがなくなった。ただ花火を見ることを楽しむことを互いにしている。

 そんな時、思ったより近くでやっていたからだろうか、早見君の肩に私の肩が触れてしまった。

「あ、ご、ごめん」

 私の心臓がドキドキし始める。いつもの心地いい感じの……いつもこういうのできたらいいなあ。

「ああ、いや別にいいけど」

 そして沈黙が流れる。依然、私の動悸は治まらず静かな分余計に感じる。

 そんな中で早見君から声を発した。

 「ねえ、せっかくだしどっちの火が長く持つか競争しない?」

「え?」

 こんなこと言われたことがなかったしやったことがなかったので戸惑ってしまった。確かに花火をやるといったら定番だ。断る理由もない。

「うん。いいよ」

「おお。じゃあやろうか。いっせーのせで火を灯すよ」

「うん。じゃあ」

 マッチを取り出してお互いに火をつける。そして同時に声を発する。

「「いっせーの……せ!」」

 花火に火を灯す。花火は勢いよく火花を散らせ、赤い無数の光がそこに向かっていくかのように地面に落ちていく。バチバチと鳴っているものは止まることを知らなかった。

 これならいける!

 そう思ったのもつかの間。すぐに勢いが弱くなっていき、そして、火花は完全に消えてしまった。

 一方早見君のはまだ火花を散らせていた。そして数秒後、むこうの花火も静かに消えていった。

 早見君は私を見てどうやら俺の勝ちだっといわんばかりの笑みを浮かべていた。

「むっ……もう一回やろう」

 その顔が微妙にむかつきもう一度勝負をもちかける。私はそこまで負けず嫌いではないのだが今回ばかりは負けたくなかった。

「おお、いいぜ。何回でも勝ってやるから」

「次は勝つよ」

 次は私が勝利した。そしてこっちもドヤ顔を浮かべてやった。

「うっ、なんかむかつくな……もう一回だ」

 それから幾度となく私たちは競い合った。



「……はあ、なくなっちゃった」

 気が付いたら今日買った花火で使えるやつは全部使ってしまっていた。結局ずっとどっちが長くもつかを競い合っていたのか……

 ちなみに結果は引き分けだった。

「なんかあっという間だったな。これでお終いか」

 そう、これで終わり。あっという間にやってきた。これで私のメイドは終了。いつでも会えるとはいえ、喪失感を感じる。……でももうしょうがないか。悔いがないいえば嘘になるけどやりきったんだ。それだけで充分だ。

「……じゃあ、早見君私はこれで」

 縁側においてあったバッグを持って着替えるところに行こうとする。

 しかし、そのとき早見君に二の腕をつかまれた。

 ……え?

  声に出す間もなく二の腕を引っ張られ、バッグが落ちる。そして目の前の視界に早見君が移りそしてどんどん近付いてくる。

 そして━

 

 ……あれ、もしかしてキスされてる?

 私はそれを認識するのに数秒かかってしまう。私にとっては初めてのことであまりにも衝撃的だった。

「んっ……ん……ん!」

 抵抗しようにも私の両手は早見君の手につかまれて何もできない。私はされるがままだった。

「ん……はっ……むっ……ん……」

 唇が離れる。

 いったいどれくらいキスしてただろうか。

 私の時間感覚がくるっていった。一秒だったのか、一分だったのか、一時間だったのかわからない。ただ……長かったように感じた。

 しばらく茫然としていたが、なんとか思考回路が追いついた。

「……なんで?」

 なんで私とキスをしたんだ? 私のことが好きだっていうのだろうか? でもそんなそぶりは見せていなかった。ではどうして?

 早見君はためらうこともなく言った。しかしそれは私の期待していたそれとは違っていた。


「よくわかんない」


 ……え? よくわからない……?

 早見君は、さらに言葉をつけ足した。


「……きっと、これが最後だからなのかな。俺たちの関係もここまでだから」


 …………え?

 私は言葉が出なかった。彼は一体何をいったい何を言ってるんだ? 関係がここまで? どういうこと? 

 つまり早見くんはこう言っているのだ。

 私との関係というのは私がメイドをして奉仕をするという約束の下で成り立っていた。それが明日以降そうでなくなるということは私との縁もここまでと。だからもう私がここに来ることもないと。

「…………」

 声がでなかった。というよりどう返事をするべきかわからなかった。体が動かない。私の体が硬直してしまったかのように。

「……私帰る。それじゃあ、早見君。じゃあね」

 感情を消して言った。落としたバッグを拾い、早見君の家から去った。走って自分の家に帰った。私の眼には涙が浮かべられていて走るたびに雫が空中に散っていく。

「なんでなのよ! 全く! 本当に、何で……」

 何でそんなことに気がつかなかったんだ。その可能性まで頭が回らなかった自分に腹が立つ。そしてそんなことを言う早見君にも腹が立つ。

 なんであんな人を……好きになったんだろう?



 一人取り残された男は少し笑みを浮かべていた。彼にとっては望ましかったことだったので喜ばしかったのだ。

「……はあ、やっと行ったか。長かったな」

 その男は、家の中へと入っていく。電気も付けずにリビングに寝っ転がる。まだ寝るには早い。でも、やることがなかったのでただこうしている。

「そうだ、これでよかったんだ。これで……」

 ボソッとつぶやく。誰もいないから聞いてくる人はいない。もうこの家にほかの人が来ることはないだろう。しばらく一人になる。

 そう、一人に。

 彼はまた一人に逆戻りする。

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