殺しの半年

@kenbouneko

第1話

 木製のテーブルの上に1人の男がそこに横たわっている。

両手両足は大の字のようにされて四方のテーブルの脚にガムテープで固定され動かすことは出来ず、布袋で顔を隠された男はただ恐怖に怯えながら僅かに動く胴体だけを必死に動かしもがいている。

そんな男の横に人影が近寄る。

「惨めなものだ」

感情というものが一切こもっていないその声の主はそういうや男の顔を覆う布袋を剥ぎ取った。

「やあ、僕のことを憶えてるか?」

視界が開けた先にはやや瘦せぎすな男がテーブルに括り付けられている男の左側に立ち男の事を見下ろしていた。

その声は先程と同じ様に感情は感じられず、男に向ける目付きにも怒りの炎も憐憫の眼差しですらなかった。

「っ!?」

テーブルの男は叫ぼうにも口元にガムテープで留められているため声にならない叫びが暗い室内に響く。

室内は倉庫なのかガレージなのか、壁には色々な道具が置かれているスチールラックが配置され、暗くて見にくいものの様々な道具が置かれている。それは工具であったり農具等様々なものが種類別に分けられていた。

もっともテーブルの男は首しか動かす事が出来ないからそれら全てを見渡すことはできないし、それら道具が自分に使われるのではと恐怖を助長させることになり男の震えと怯えはさらに強まった。

そして恐怖から逃れるために口を封じられながらも出せる限りに叫び、動けないなりにテーブルをがたがたと揺らして抵抗の意思を見せる。

それを眺めていた男は瞬きする間もなく右の拳を横たわる男のみぞおちへと叩き込む。

口を留められてる男は声も出せず、体を捩ろうにも捩れず眼から溢れる涙と一瞬止まった後に押し寄せる呼吸の苦しさで地獄の苦痛を味わわされることとなる。

(なんで俺がこんな目に遭わなければならないんだ?)

男の頭の中では先程からエンドレスに問いかけながらなんとか首を持ち上げて自分の体の状態を確かめる。

体は全裸で何も覆われておらず先程殴られたみぞおちか赤くなっている。

「なんで俺が?って思てるだろ」

自分の思考を見透かされて事に更に心臓は荒く鼓動を早め、呼吸も荒くなる。

「中野大吾、25歳と3ヶ月。現在無職で実家暮らし」

「!?」

「お前の事は僕はよく知ってるよ。今日この為にお前を地獄の苦しみを味わってもらおうと思ってね」

 そう言い、はじめて男の口元に笑みがこぼれる。

(こいつは・・・まさか!?)

中野と呼ばれた男の目の色が変わったことを見た男は口元の笑みを浮かべながらテーブルに乗り、男の胴体を挟み込む様に馬乗りになる。

顔を目前まで近づけて目と目を合わせる。

「僕はお前らに殺された家族の生き残りさ」

そう言うと乱暴に口のガムテープを剥がす。

皮が剥がれるほどの猛烈な痛みに襲われるが、中野はその痛みよりも目の前の男への恐怖が勝り声を上げることすら出来なかった。

「・・・あ、あんた俺を殺すのか?」

自分がどうされるか既にわかりきっていたものの言葉が勝手に漏れ出ていた。

「ああ殺すよ。お前に殺された家族と同じ苦しみを味わわせてからな」

男はどこまでも無表情に無感情に言い放つ

「待ってくれよ!俺は殺してない!殺してない!」

言い切る前に男に右の頬をひっぱたかれる。

男は右手で方向を示す。

動く首をその方向に向けると壁にA4サイズにプリントアウトされた写真が画鋲で止められている。そこには衣服を破かれ、無残な姿で地面に横になる少女の写真が大きく引き伸ばされて壁に張り出されていた。

唇の右側からは血が流れている。そして衣服を破かれてはだけた少女のまだ幼い左胸には深々とナイフが突き刺さり、貫通した背中からは血が流れていた。

その目は半分閉じてはいるが、虚ろになっている少女の目は絶望のまま殺された事が受けてとれた。

中野がその写真を見ていると男が横から視界に入ってきて写真を遮る。

「俺は殺してない!・・・だって?そうだな確かにお前は殺してはいないかもな」

男がもう一度中野の口へガムテープを張りなおしてからテーブルから降りるとゆっくりと男の足側へと歩いていく。

「だがなあ、お前が姉にやったことは殺す以上の事をやったんだよ!これでなあ!」

 男は中野の急所を鷲掴みにする。

あまりの激痛で中野は腹の底から叫ぶ声は封じられた口でもその苦痛は男にも伝わるほどのものだった。

「痛いか?ん?お前はこいつでどれだけ姉を傷つけた?」

中野は全力で握られるそれの痛みに声を上げ首を狂ったように降りながら悶絶を繰り返し、顔は真っ赤に紅潮し涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

時間はわずかな時間でも中野にとっては耐え難い時間であり、これほど苦痛にまみれた時間を味わった事などないためか、男が力を抜くと中野はぐったりと脱力して苦しそうに鼻から必死に呼吸を呻きながら繰り返すし、意識が苦痛と極度のストレスと過呼吸で意識が朦朧とし始めてきたそんな時だった。

なにか鋭い金属の物が空気を裂くような金属音が耳に入ったことで意識が戻された。

首を持ち上げると男が中野のそれをつかみながら右手には長めの肉切包丁が蛍光灯に照らされた反射光が中野の左目に当たる。

(やめろ!やめてくれ!殺すならさっさと殺せよ!)

中野の声にもならない声が呻きとなり男へと嘆願される。

「姉は何人もの男達に穢されて、その時すでに死んでいた両親とその時家にいた俺の名前を呼びながら何度も何度も助けを呼んでいたらしいな・・・何度も何度も!」

物静かに話す男の口調は徐々に地獄の底から発せられかの如く怒気が増していく目から涙を溢れさせながらじっと中野の目を見つめながら右手の包丁を中野のそれへとあてがう。

必死に全身の力を使い体を少しでもその包丁から逃れようとするたびに刃が皮膚を傷つけて血が流れるも気にも留めずただ暴れるだけ暴れて抵抗をするが男の左手が再び強く握られるとその痛みに抗えずその抵抗ですらできなくなってしまった。

「まずは姉が受けた苦しみを貴様が受けろ!」

良く研がれた刃は難もなく中野のそれを一気に切り離した。

 中野の魂消る絶叫はしばらく途切れる事なく部屋中を震わせ、喉が張り裂けんばかりの声は一瞬途切れても一時息を吸っては苦痛を少しでも紛らわす本能で叫び続けている。

男は切り離した中野のそれをまるで日常的に物をテーブルへ置くがごとく中野の頭の左側へと置いてからテーブルの下に置いてある物を拾おうとする。

中野はつい先ほどまで自分の肉体の一部だったそれを見るため首を傾ける。

力なくくたりとなった血塗れのそれが自分の物だとは到底信じる事が出来ないものの、自分の股間の激痛はやはり自分の物だったと突き付けられた。

 ついに中野の絶叫が途切れた。

抵抗をやめ、叫び事をやめた中野はテーブルの下で何かをしている男を見ようとするのを諦めてただ天井のつるされている蛍光灯を見つめている。

死を受け入れたことで中野の頭の中はこれまでの自分のろくでもない人生を思い返しては後悔、思い返しては後悔を繰り返していた。

(畜生!なんで俺ばかりがこんな思いをしなきゃいけないんだ!畜生!こんな糞みたいな人生を歩むために生まれたのか?)

目からは後悔の涙が溢れだす。

しかしもうその人生は強制的に幕を閉じられようとする。

(こんな事になるならもっと女を犯しまくってやればよかった・・・糞の人生ならもっと糞らしく生きてやればよかったぜ)

すべて開き直った中野の口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。

「何が面白いんだ?」

手にはビニールのラップを持った男が中野の横へと起き上がる。

乱暴にガムテープをはがすも唾液で粘着力が弱まったせいで今度は痛くはなかった。

「へへへ・・・お前あの時の俺の仲間を全員殺すのか?」

邪悪な笑みを絶やさず男へと問いかける。

男は先ほどの怒りの感情をすでに消えて最初見たときの無感情な表情へと戻っていた。

「大変だなあ後5人もいるんだぜ。お前途中で捕まらなきゃいいなあ」

その挑発の言葉に男はふっと鼻で笑って持っていたラップで男の胴体を何重に巻いていった。

「お前ごときに心配されなくても僕は復讐を遂げてみせるさ、半年以内にな。」

「半年?なんだそれは?」

「もう黙れ」

新たにガムテープで今度は口だけでなくテーブルごと貼り付けられる。今度は首ももう動かない。

見えるのは血を拭った包丁を両手で握り中野の心臓の上に掲げている男の姿だけだった。

そして声をかけられる事もなく刃が自分の心臓へ突き刺さる瞬間を見届けてから中野の意識は消えていった。


 中野を仕留めてから男は中野の体を解体し始める。

両手にはゴム手袋、膝まであるビニールのエプロンで固めた彼は忙しく動き回る。

ラップで隙間なくおおわれているテーブル以外にも床にもビニールシートで覆われている。

血が飛び散らせないために電動は使えないためのこぎりを手動で人体を切断するというおぞましく

悪魔の所業を彼は表情変えることなく行っている。

細かく切断しラップで何重にも巻かれたそれは傍からみればそれが元人間の物とは見えない、その一部を燃えるゴミ袋に詰めてその周りに紙などで絶対に周囲から見えないようにしてカラスや動物が袋を破られてもばれにくい様にするためだ。

その残りを大き目の冷蔵庫へと詰めていく。古い木造の建物の中でここだけが新しい家電が違和感を持たせる。

「とりあえず今日のタスクはおわり・・・」

重労働のため初冬の時期でも男はびっしょりと汗をかき、背中からは湯気がたっている。

それでも手を緩めることはできない。

完全に中野の肉体をこの世から抹消するためには迅速に行動をしなくてはいけない、男の計画には微塵の遅れも許されないのだ。

血に汚れた手袋とビニール手袋を塩素系漂白剤を溶かしてあるぬるま湯の中に突っ込む。

壁に貼り付けてある姉の写真を小さく破ってゴミ袋へ。そこには細かく破られている中野の衣類も捨てられている。

すべての証拠となるものや床のラップやビニールシートを外し血に汚れているものは捨てた。

そうして一通り作業をを終えて棚へ置いていたスマートフォンを見ると一件のメールと着信履歴が届いていた。

『史郎さん、今日の夜うちでご飯食べませんか?父が魚を捌いて振る舞いたいとのことです。』

相手は『史郎』と呼ばれたこの男の父方の従妹からだった。

そのメールを読み史郎は舌打ちをする。自分の行動の空白の時間を第三者に認識されてしまうからだった。

今からメールの返信をしてももう意味はない。電池切れという言い訳も着信があったことから嘘だとすぐにばれてしまう。

とはいえ、朝にでも適当に返信をしておくことにして現在やらなければいけないことを終わらさなければ。

死体の処理のためにビニール袋を2袋。中野の衣類と姉の写真は自分で処理できるとしてなるべく回収が来る直前に出したいためそれまで漏れはないか・・・。

中野を処理する時感情の乱れを起こさないように心がけていたが思ったいた以上に処理に苦戦した事で計画に狂いはないか。

一つでもボタンを掛け違えばそこから全てが崩壊してしまう。

この計画をやり遂げるために掟を定めていた。

①目立つ行動をしない。

②痕跡を残さない。

③準備が揃ってなければ行動に移さない。

④行動を第三者に見られたらどんな関係のある人間でも必ず始末しなくてはならない。

この4つは史郎に殺人術を教えたものから伝えられた暗殺者の鉄則なのだ。

人知れずターゲットを仕留める為には名前が知れ渡ってはいけないし、手口がばれてしまえば相手に防御策を講じさせてしまい。

そして仕留めてから始末まで、相手を完全にこの世から抹消する為にも準備は絶対であるし、もしも現場や、自分の正体を知られてしまえば完璧な暗殺など出来なくなり、それが家族でさえも身内が殺人者という事が判れば行き着く未来は大概決まっていた。

暗殺者は人並みの生活など到底送れるわけがなく。常に修羅の道を歩まなくてはならないのだった。

復讐のために史郎はそんな世界に飛び込み、遂にその1人を仕留めたことで修羅への道を歩まされる事となる。

少しだけ仮眠をとり史郎は遺体の一部を入れた二つのビニール袋を両手に家を出た。

最低限だけとはいえ重みがある。

念のために袋は二重にしていて、体の周りには新聞紙やコンビニ袋などで見えないようにしているためばれる事はないが収集車が来るギリギリの時間にごみ捨て場へと廃棄し、近くのバス停でバス待ちを装いながらその二つのゴミが運ばれた事を確認しその場から離れ、ガレージへと戻る。

昨晩の「作業」の残骸は残ってないか、念入りに全体を探して、こぼしたモノが無いことを確認出来てからガレージのシャッターとは向かい側の壁に史郎は目を向ける。

その壁には一面様々な資料が貼られていた。

新聞のスクラップや大小様々な写真。

地図には赤のマーカーペンで経路などが書かれている。

そして史郎が赤のマーカーペンをもち、6枚の写真が横一列に貼り付けているところまで歩き、正面に立つ。

壁のほぼ真ん中に貼られているそれには先程までテーブルの上にいた中野の写真が貼られていた。

その中野は中学生時代の卒業アルバムの写真のようでそのときの顔つきからまさか史郎の人生を闇へと突き落とす蛮行をするとは想像できないあどけなさが映されていた。

その中野の顔にペンでXを書き込む。

その後中野の一部が保存されている冷蔵庫へと目線を向けてから再び残りの5枚の写真へと戻す。

「あと5人・・・必ずあと半年で貴様らを消し去ってやる。」

その史郎の両眼の奥には冷たい焔が宿っていた。

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