第4話 俺の家族に手を出したこと、後悔させてやる!

 それから数時間後、泰造の病室の前には妙齢の紳士が佇んでいた。

 きっちりとしたスーツを着ている妙齢の紳士は、三回ほどノックをしてみるが、泰造の反応はない。

 これは何かあったのかもしれないと慌てた紳士は、失礼と言いながら扉を開ける。

 そこには、パソコン作業に没頭する泰造の姿があった。

 まあいつもの事なので妙齢の紳士は気にしなかったが、それでも一つ声をかけることにした。


「やあ天願君。久しぶりだね」


 作業に没頭して気がつかなかった泰造は、パソコンを閉じて慌てて体を妙齢の紳士に向ける。


「榊原長官! なぜこんな所まで足を運びに?」


 榊原長官と呼ばれた妙齢の紳士は、そう言われて顔をしかめる。


「こんな所、とは失礼な。元は私が扱っていた研究所だよ。ここは」


 榊原総司。表では榊原財閥の会長をしているが、それは狩りの姿であり、その招待はではTDG日本支部局長である。

 彼もまた様々な功績を上げた者であり、天願泰造をこの研究所に拾ったのも彼である。


「あー、いや、それはその何と言いますか……」


 そんな恩人に怪訝な顔をされ、苦笑いを浮かべて慌てる泰造。


「いやなに、そういう気で言ったわけではないのは分かっているよ」


 そんな泰造を見て、笑う榊原長官。

 わかっているのならそう言ってもらいたくはない泰造だったが、失礼のないように気を付ける。


「お戯れを……それで、何用で来たんです?」


 安堵した泰造は、率直に用件を聞く。


「それはもちろん、君のお見舞いに決まっているじゃないか」


 そう言って、近くの台に夕張メロンを置いく榊原長官。


「それはどうも遠い所からご足労ありがとうございます」


 ベッドの上だが、頭を下げる泰造。


「それと……君が拾ったという、人間に友好的なディザスカイにも興味があってね」


 興味を持つのは当然である。TDGの歴史上人間に友好的なディザスカイというのは、存在しなかったのだ。


「どうだね? 彼は君の目にどう映ったのかな?」


 そうか榊原長官に聞かれて一瞬考える泰造だったが、一度整理がつくと口を開いた。


「いい青年だと思いますよ。ありゃ俺と同じタイプの、熱意のある人間です。少しだけ彼の戦いをこの目で見ましたが、戦闘センスもピカイチです。もしかしたら、戦闘で俺のいい相棒になってくれるかもしれないとも思っています」


 その全幅の信頼に、少し驚いたように榊原長官は目を見開いた。

 彼がそこまでの信頼を置いたのは、今までで天城奈津子ぐらいのものだ。


「ほう、君がそこまで買うとは珍しい。では、他に気になることはないかね? 例えば、他のディザスカイとの違いとか」

「……うーん、どうですかね。俺も、ちょっと、わからないですね」


 顎に手を置き、親指をこする泰造。


「そうかい。何か分かったら、報告してくれたまえよ」

「もちろんですとも。あ、そうだ。ちょっと頼み事があるんですけど、聞くだけ聞いてもらってもいいですかね?」

「君のいう事なら」


 榊原長官に耳打ちをし、要望を伝える泰造。

 彼は快く引き受けてくれると、早速と言わんばかりに部屋を出る。

 泰造は周囲を確かめてからパソコンを開き、もう一度作業に没頭するのであった。


  ○


 飛鳥はすることもないので、奈津子に渡された資料を読んでいた。

 人間がディザスカイになる、という例は飛鳥以前には見られなかったらしいが、そういった説などは既に存在していた。


 吸血鬼は人間の血を吸う事で仲間を増やすとも言われているし、日光の下ではただの人間の力しか出せないとも言われている。

 ゾンビなども元をただせば人間だし、飛鳥の知っているゲームなどでも感染することで同胞にするというものあるのを思い出していた。

 伝承といった口伝には後から付けられたものも存在し、火のない所に煙は立たぬと言っても、何が本当で何が嘘かもわからない。

 吸血鬼は日光を浴びると灰になるというのも、これはまた後世の人間が取り付けた設定だ。

 なので人間=ディザスカイ説にはあまり信憑性がないとされていたが、飛鳥の登場によりそれは覆された。


 その説自体に飛鳥は興味はなかったが、それに類する説を読んで眉をひそめる。

 それは『血縁者はディザスカイになりやすいのでは』と言うモノだ。

 これも確証はないが、そう考えてしまうと心配で仕方がないかった。

 家族が監視対象になり、自分の所為で不自由に生きることになってしまったらと考えると、辛くてたまらなかった。

 いっそのこと、聞いてみようか、とも思う。

 だが、その考えはなかったと言わんばかりに採用されてしまう、という可能性を考え、言うに言えない。


 考えているうちに、扉に近づく音に気がついた。

 歩行速度や足取りの緩急などから考えると、自分の部屋に用事がありそうだ。さらには食事の臭いもする。

 飛鳥が部屋に取り付けられた時計を見てみると、十二時を大きく過ぎていることを示していた。

 もうそんな時間かと思ったかと思った飛鳥は、入ってどうぞと部屋の前に来た人物に声をかける。


 向こうの人物は戸惑ったような足音をして、飛鳥の部屋へと入ってきた。

 変に驚かせてしまっただろうかとも思ったが、遊び心を持ってないとやってられないのが飛鳥の心境でもあったので、まあいいかと思う。


 入ってきたのは女性だった。後ろ髪の上部分を編み込んで結い上げており、長い髪の先は緩く波打たせている。(簡単に言ってしまえばハーフアップ)

 桃色の眼鏡をかけており、真面目そうな顔立ちだが可愛らしさは十分だ。

 服装は紺色のビジネススーツの様な服にタイトスカート、更にはパンストを履いている。


 ここの研究員は、奈津子さんを含め適当な服に白衣といったイメージの飛鳥は、少し珍しく感じた。


「あの……、昼食をお持ちしました」


 戸惑いながら手に持っていた定食を飛鳥に差し出す女性。


「あ、どうも」


 そう言いながら受け取るが、彼女はどこか怯えているように感じた。

 戸惑っているのは、自分が変に人間離れをしたことからだろうかと考え、少し後悔する飛鳥。


 こんなに可愛い子だと知っていたら、怯えさせることはしなかった。

 いや、それ以前に自分は化け物だったかと思い直し、いただきますと言って手を合わせる。


 用意されたのは牛肉の定食だ。飛鳥は松前漬けの次に肉が好きだったので、喜んで口にした。

 した、のだが、どうもおかしい。

 この肉が熱いというのは分かる。肉を噛んでいるんだという事もわかる。しかし、肉の味を感じないのだ。

 そういえば、と飛鳥は思い返す。自分がこの研究所に来た時、アルコールで酔えなかったと。


 しかし、飛鳥の心から湧き上がってくるものはなかった。

 普通ならここで悲観をしたりするのだろうが、飛鳥が思うことはなかった。

 唐突と言うのもあったが、なんだか自分の体の異常に慣れてしまったのだ。


「……あの、食べ終わったらこれに色々とこれに記入してください」


 まだ出て行ってなかった女性が、ペンとアンケート用紙を飛鳥に差し出す。


「あ、わかりました」


 味もしない食事に一々こう言ったことを書かなければならないのかと思うと、今から気が遠くなってくる。

 飛鳥は溜息を吐いて、黙々と人間の栄養源を口の中に入れる作業に入った。


 女性も何か言いたそうな顔をしていたが、どうかした? と聞くと、失礼します、と言って部屋を出て行ってしまった。


 アンケートの味の項目のその他に『味を感じない』と記し、他の質問にも特に迷うことなく答えていく。

 全ての質問に答え終った時になって、ようやくこれをどこに出せばいいんだろうと疑問に思う。


 とりあえず、奈津子さんにでも届ければいいかなと部屋を出ようとする飛鳥だったが、部屋の前に先程の女性が立っている気配に気がついた。

 アンケート用紙を書いているのを待っていたのかもしれない。もっと早く食べるべきだったかなと思い直す飛鳥。


「あの、これ書き終りました」


 扉を開けて、アンケート用紙を女性に渡す飛鳥。


「あっはい。ありがとうございますっ」


 すぐさまアンケート用紙を受け取り、女性は飛鳥に頭を下げた。

 用も済んだし部屋に戻ろうとする飛鳥だったが、女性に呼び止められる。


「あの、なにか、欲しいモノとかありませんか?」

「欲しいモノ?」


 なんでこの人はそんな事を聞いてくるんだろうと不思議に思う飛鳥だが、もしかしたらこの女性は自分の世話係や、監視員なのかもしれないと考えた。

 餌をやりに来たりおもちゃを与えたりしようとする様は、まさにそれを連想させた。


 しかし、欲しいものと言っても思いつかない。本を読む気分にもなれないし、パソコンやスマホでネットをする気分にもなれない。ゲームに至ってはノベルゲームぐらいしかやったことがない。

 断って彼女の気分を害するのも良くないかもしれないと考えた飛鳥は、何か適当に持って来てもらう事にした。

 そして、口が開こうとしたその時だ。アラームが鳴り響き放送が入った。


【――――エリア3G地点59にディザスカイ出現。過去に事例があり、トカゲ型の隠密タイプとのこと。脅威度は殺人級との事です】


 緊張が走る。

 それと一緒に飛鳥は嫌な予感を感じ取っていた。

 話しかけてきた女性に目もくれず、奈津子の部屋へと急ぐ。

 人間の姿をしてはいるが、ディザスカイはディザスカイ。瞬時に奈津子の部屋にたどり着いた。


「奈津子さぁーん! 何があったんです!?」


 飛鳥は四回ほどノックして向こうが出てくるのを待つが、すぐさま奈津子が出てきた。


「えーと、何があったって、ディザスカイが出てきただけよ? まあ泰造はしばらく安静だから、別のハンターに出て行ってもらう事になると思うけど……」


 説明を聞きつつ、飛鳥は奈津子の部屋の中を見ていた。より詳しくいえば、その部屋にあるパソコンの画面だ。

 そこには飛鳥には理解できない専門的な用語などが並べれられており、地図の上に『Disaskai』という印が表示されていた。

 エリア3G地点59とも書いてあり、間違いなく警報のあった場所だろうと言う事が容易に推測できる。

 そして、飛鳥はその表示された地図の場所に心当たりがあった。


「……俺の実家じゃないですか!」


 目を大きく見開き、震える飛鳥。


「ええ、でももう泰造とは別のハンターが送られたから、もう安心よ」


 震える飛鳥の肩に手を置き、落ち着かせようとする奈津子。

 ハンターが送られたから、何になる?

 きっと研究員たちは飛鳥というディザスカイを生んだ家族に対しても興味を持つだろう。


「……それで、本当に安心できるのか?」


 唐突に呟いた飛鳥に、奈津子はへ? と変な声を出して首を傾げた。


 父か母からの遺伝子に何か特別な作用があるのか? それとも両親共に社会に紛れるディザスカイなのではないか? もしかしたら弟もディザスカイになる可能性があるのではないか?

 ディザスカイの資料を読んでいた飛鳥には、TDGの研究員達がそんな風に考え、自分の家族たちの体を弄ったり、社会的地位を落とさせて研究材料として身売りさせるんじゃないか? などと、被害妄想に近い考えを頭に巡らせた。


「いや、そもそもなんで昨日の今日で、俺の実家の近くに現れるんだ? おかしいだろ?」

「そ、そうだけど、そうだけど、落ち着いて? ちょっと様子がおかしいわよ飛鳥君?」


 そう、何故ディザスカイは飛鳥の家族の近くに現れたのか? というのが今の時点で考えるべき疑問点である。

 もしかしたら、彼らもまた飛鳥の家族がディザスカイになれる可能性を考慮し、引き抜きに来たのではないか?

 そうなれば、人の倫理を超えた怪物達が自分の家族に何をするのか、飛鳥には想像ができなかった。


 そして次に考えたのは、そんな想像を絶する目に陥る可能性があるというのに、自分はこんな所に閉じこもっていいのか? と言う事だった。


 自分には、人を守れる、救える、助けられる力を持っている。

 なら、家族を守るためにその力を振るわずして、いつ振うというのか?


 その時、スイッチが入った。飛鳥の胸の内にある、情熱のスイッチが。

 そのスイッチは、飛鳥が嫌う、ディザスカイに姿を変えさせた。


「俺、行ってきます」


 唐突に変身する飛鳥に、奈津子は怯えて手を離してしまう。

 恐竜と人の境の化け物ディザスカイになった飛鳥は、すぐさま走り出した。

 止められなかった奈津子は、苦笑いを浮かべて汗を垂らす。


「……まずい、あの子向かうつもりだ」


 せっかく泰造と奈津子で上層部に掛け合って観察対象という地位にまで押し上げたというのに、このまま暴走して向かって行けば、飛鳥の処分は必須だ。


「まずは泰造と相談……いや、そんなことしたらアイツ体に鞭打ってでもはい出てきそう。私がディザスカイとの戦闘データを取りたいと駆り出した……ダメだ。それを観察する者を今からじゃとてもじゃないけど準備できないし、本部の人に質問されたら一発で終わりの事案だあ……」


 頭を抱えて慌てる奈津子だったが、いい案が思いつかない。


「あの、こっちに飛鳥さんが来ませんでしたか?」


 そんな奈津子にに泰造に食事とアンケート用紙を渡した女性が声をかけてきた。

 女性を見上げた奈津子は、とうとう笑みを引きつらせた。


「な、なんで本部の方がここにいるんでしょうか……?」


 ごめん泰造、飛鳥君、私にはカバーできそうにありません。

 心の中で二人に謝りながら、頭ではどう誤魔化そうかと策を考える奈津子なのであった。


  ○


 日がそろそろ沈むという頃、藤堂家の玄関では、飛鳥の弟である光が父と共に帰宅してきていた。

 父が靴を脱ぐと、光がすかさず自分の靴と一緒に正しくそろえる。そんな光に微笑み偉いぞと父は頭を撫でる。

 もうそんな年じゃないやいと言わんばかりに頭でその手を振り払い、元気よくリビングへと走り出す。

 父は息子の行動に肩をすくめて、玄関の扉に鍵をかけた。


「ただいまー!」


 勢いよく扉を開けて帰ってきた息子に、母はお帰りと言って微笑む。だがその後に父も続いて入ってきたので、母は驚いた表情を浮かべた。


「あら、二人そろって帰ってくるなんて珍しいじゃない」

「今日は定時に上がれてね」


 ハンガーにスーツをかけながら説明する父。

 光は母の傍に駆け寄って、自慢げに語り始める。


「父さんとは帰りに僕が拾ったんだ!」

「あらそうなの」

「おいおい、それは逆だろ光」 


 三人はその言葉に笑いあい、何気ない家族団欒の光景がそこにはあった。

 そんな中、インターホンが鳴る。


「あら、こんな時間に誰かしら」


 窓を見れば既に日が落ちている。こんな時間に誰だろうと、母は首を傾げる。


「俺が出て来るよ」


 はいはーい、と言いながら玄関の扉へと近づく父。

 だが、近づいてようやく、それがどうも様子がおかしい事に気がついた。

 今にも壊れそうな力強さで扉を叩き、叩いている者の荒々しい息遣いが聞こえる。その息遣いはどこか人間離れをしていて、おどろおどろしいものを感じる。


 もう返事をしてしまった父だったが、扉を開けることを躊躇してしまう。

 彼は明らかに危険人物にしか思えない扉の向こう側の者に対して、家族を守る一刻柱である自分はどう対処しようかを考え始めた。


 だがそれは、あまりにも遅すぎた。

 扉は壁紙を引きはがすように、金属が折れる時の不快な音を発しながら剥がされてしまう。


「ひい!?」


 あまりに驚異的な光景に、思わず腰が抜けてその場に尻もちをつく父。

 だがその扉を剥がす者の姿を見て、目を大きく見開いてさらに驚いた。


「お、お前! 飛鳥!?」


 そう、自分の息子である藤堂飛鳥その人である。


「……なんで、開けてくれなかったの?」


 だがその表情はとても疲れ切っており、今にも倒れ込んでしまいそうだ。


「そりゃお前、あんなマナー悪かったから……というより、鍵はどうした? 学校は? 休みか? というかお前、これどうした? どういうことだ?」


 うわづった声で問いかけてくる父に、質問する事柄が違うんじゃないのかと飛鳥は苦笑いを浮かべる。


 言えない。国の秘密機関に保護されて家族が心配だから数分かけて走って帰ってきたなんて言えない。

 保護された時に所持している物は服以外全て取り上げられてしまったので、鍵で開けたくても開けられなかったのだ。


「鍵は諸事情で持ち合わせて無くて……それより母さんと光は無事?」

「ぶ、無事? そりゃ無事だが」


『――――キャー!?』


 その時、母のつんざくような悲鳴が聞こえた。


「……無事じゃないじゃないか!」

「す、すまん!」


 急いで声の聞こえたリビングへと飛鳥が飛び込むと、そこにはトカゲの様な禍々しいディザスカイが、母と光に刃物のような腕を突き付けていた。


「……お前、何をしに来た!」


 一睨みするとトカゲ型ディザスカイはびくりと震え、俺に刃物を向ける。


「……そうか。貴様が聞いていたエリートか。まさかここまで早く駆けつけると――――ば!?」


 飛鳥はすぐさまその頬に拳を叩き込み、トカゲ型ディザスカイは窓ガラスを突き破って外へと吹っ飛ばされる。

 質問の答えではなく言いたい事勝手に言っていたので、質問に答えろという代弁兼ねた拳である。


「飛鳥、お前……!」


 父が驚いた顔で指をさしてくる。

 母と光も、その指先の物を見て、驚愕と恐怖の表情を浮かべていた。


 つられて飛鳥もその先を見てみるが、そこにはディザスカイと化した自分の腕の事だった。

 先ほど殴った時に、どうやら部分的な変身をしてしまったらしい。

 一部分だけならば、まだ自分は家族に忘れられないのだろうか? なんて呑気なことを飛鳥は考えた。

 資料などによると、ディザスカイはその姿を見ただけでも記憶から消えてしまうらしく、それはきっと自分の家族も例外ではないのだろうと飛鳥は知っていた。だから変身しないように心掛けていたのだ。


 けれど、この腕一本だけではトカゲ型ディザスカイに勝てるとは限らない。

 現にスカした顔で再び家の中へと侵入しに来ている。


 ここで愛する家族が失われてしまうのであれば――――。

 恐ろしいビジョンが頭の中をよぎる。

 そして、飛鳥は決心した。


「大丈夫、俺が皆を守る! だから父さんも母さんも、光を連れて早く逃げるんだ!」


 体の中のスイッチを切り替えるのに、もう躊躇うことはない。


「飛鳥、お前、何を言ってるんだ! いいから、お父さんに、お父さんに、ちゃんと説明をしなさい!」


 父の言葉を振り切って、飛鳥はトカゲ型ディザスカイと対峙する。


「変身!」


 黒い瘴気を放ちながら、その姿を悍ましい恐竜のディザスカイへと姿を変えた。

 立ち込める黒い瘴気を腕で振り払い、その姿を晒す。

 その姿に怯えるトカゲ型ディザスカイだが、戦意は失っていないらしく逃げるそぶりは見せない。


「さあ、勝負だ」


 全体重を乗せたタックルでトカゲ型ディザスカイを吹き飛ばし、追撃するために家族を背にして飛鳥は走り出す。


「俺の家族に手を出したこと、後悔させてやる!」


 後ろは、振り向かない。


  ○


 地元でこのあたりの地理に詳しい飛鳥は、人通りの少ない森の中へとトカゲ型ディザスカイを誘導し、戦っていた。


「うおりゃああ!!」


 木々に隠れてはトカゲ型ディザスカイを殴り、また身を潜める。

 幼い頃ヒーローごっこでやっていた戦法だ。


「うげええええ!?」


 このあたりの地理を飛鳥程熟知していないトカゲ型ディザスカイは見事に翻弄されていた。

 勝負はもう飛鳥の勝利だと目に見えている。

 だが飛鳥はトカゲ型ディザスカイを殺せないでいた。

 飛鳥とて怒りに任せてそんな非道な行いをしているわけではない。

 もう止めを刺そうとしているのだが、このディザスカイ中々死なないのだ。


「なんで俺の家族に手を出した? 言え!」

「そう簡単に言ってたまるか!」


 まだ戦いに慣れていない飛鳥は段々と押され始め、追い詰められていく。

 今までは力で無理やりねじ伏せていけたのだが、疲れているのと敵が飛鳥の動きに慣れてしまったらしい。

 とうとう飛鳥は敵の攻撃をまともに喰らい、近所の川へと叩き落される。

 浅い水流ではあったが、思わぬ衝撃と口の中に流れ込む水で、今にも窒息死してしまいそうだ。


「……ぐ、ぁ!」


 水を吐き出し空気を取り入れ、痙攣する体を無理やり動かし、何とかその場に立ち上がる。


「色々と予想外だったが、いい手土産だ。ここでまずお前を捕らえさせてもらおう」


 トカゲ型ディザスカイもふらつきながら、飛鳥に迫ろうとおどろどろしげに歩み寄る。


「……捕らえる? できるかな?」


 強がって見せながら飛鳥は拳を構えるが、もうほとんど力を使ってしまったためか、先ほどよりも強く拳を握れないでいた。


「どんなに力があるエリートであろうと、お前の様な弱ったディザスカイなどに、遅れは取らんさ。さあ、ここからは俺のターンだ!」


 弱った飛鳥の足に刃物でできた腕を突き刺し、飛鳥に攻撃される前に思い切り蹴り飛ばすトカゲ型ディザスカイ。

 吹き飛ばされた飛鳥は、川の水へと突っ伏してしまう


「ぅあ……ぶふっ……!」


 足に大きなダメージを負った飛鳥は上手く立ち上がることができず、倒れ込んだ先は水と言う事もあって呼吸が乱れまくっていた。

 酸素、酸素が欲しいと、顔だけでも上げようと上を向く。


「手伝ってやるよ!」


 トカゲ型ディザスカイに右手で頭を掴まれ、高く高く持ち上がられる。


「はいドーン!」


 だがすぐに容赦なく川底へと叩きつけられた。


「ひゃはははは! やっぱり相手は弱者に限るぜえ! ひゅー!」


 息を吸わせては川へと叩きつけを繰り返し、勝利を確信しながら調子に乗るトカゲ型ディザスカイ。 

 人を超える肉体を持つ飛鳥も、酸素が無ければ苦しいのだ。現に段々と弱って行くのを、飛鳥は自覚していた。

 だからだろうか、二人ともそれ・・に気がつかなかった。


 ――――背後から無音で縦軸に回転したバイクが飛び込んでくることに。


 バイクは後頭部に回転する後輪を叩きつけると、その先の岸へと着地する。

 水底に叩きつけられるトカゲ型ディザスカイは衝撃で飛鳥を掴んでいた手を離してしまった。

 飛鳥はすかさずトカゲ型ディザスカイから距離を取って、水底は危険だと感じてバイクの着地した岸へと移動する。


「あの、どなたか存じませんが、ありがとうございます」


 近づいてバイクの人にお辞儀をする飛鳥。


「仕事ですので」


 手で飛鳥のお辞儀はいいと抑止させ、バイクから降りるバイクの人。

 バイクの人は泰造や飛鳥の装着するDHアーマーの様なものを着込んでいたが、色々と意匠が違う。

 まず青い鉄仮面の頭部には角が存在せず、形状として頭のてっぺんが尖がっており、それに沿う様にして削られている。アイシールドはディザスカイに警戒していると言わんばかりの黄色である。

 黒い布地の上に基調の色を白銀、それを際立せる青色のDHアーマーを身に纏っていた。飛鳥の知っているDHアーマーよりスマートな印象を受ける。

 その立ち姿からは姿勢の良さが分かり、どこか気品の良さを感じさせた。

 さらには声色が女性の物だったので、ハンターにも女性がいるのかと飛鳥は驚く。


「それより、これをどうぞ」


 バイクの人はバイクの後ろに積んでいた荷物を無理やり飛鳥に持たせる。

 それはDHアーマーを装着するのに必要な、デバイスとベルトだ。


「あ、ありがとう名前も分からないバイクの人!」


 驚きながらも飛鳥はお礼を言って、ベルトを自分の腰に巻く。

 バイクの人ってあんまりじゃない? などと文句を言ったが、飛鳥は目の前のトカゲ型ディザスカイが立ち上がる前に、デバイスを操作する。 


【承認コードをどうぞ】


「装着!」


【OK.Battle Armorを転送します】


 蒸気を噴出させながら、黒いアンダースーツの上に赤いDHアーマーを装着していく。

 二本角の鉄仮面を装着し終え、クリスタルとアイシールドを緑色に光らせた。


「……待たせたな! 行くぞ!」


 装着し終えた飛鳥は、再びトカゲ型ディザスカイへと立ち向かっていく。


「こ、来なくていい! 来るなあ!」


 DHアーマーを装着した飛鳥に怯えるトカゲ型ディザスカイは、すぐさまその場から離脱しようと逃げ出す。

 それもそうだと、飛鳥は彼にほんの少しだけ同情した。ディザスカイの天敵であろうDHアーマーを着込んだ戦士が二人もいるのだ。序盤にやられかけたトカゲ型ディザスカイに勝てる道理はないだろう。

 しかし、彼が自分の家族にした行いを思い出し、そのほんの少しの同情さえも消え失せた。

 追いかけようと走りかけたが、その肩をバイクの人、すなわち青いDHアーマーの戦士が掴んだ。


「飛鳥さん……でしたっけ? あれならばわざわざ追いかけなくても、あれなら撃ち抜くだけで十分でしょう?」


 そう言って青いDHアーマーを着込んだ戦士は、飛鳥に銃を見せる。


「え、えっと……」


 飛鳥は自分のDHアーマーをまさぐり、それらしいものが無いかと手探りで探す。


「ど、どこにあるんでしょう?」


 飛鳥の言葉に、そんな事だろうと思ったと言わんばかりの溜息をつく青いDHアーマーの戦士。

 そのまま飛鳥のベルトからデバイスを取り出すと、飛鳥に画面が見えるように操作して見せた。


【承認コードをどうぞ】


「銃撃」


 そう言ったのは飛鳥ではない。青いDHアーマーの戦士である。


【OK.Battle Gunを転送します】


 すると、飛鳥の手に拳銃のようなものが現れ、こぼれ落ちそうなところを飛鳥は慌てて掴んだ。


「こう操作すれば武器ができてます。他の武器に関しては帰ってからと言う事にいたしましょう」

「は、はい……?」


 その言葉に飛鳥は首を傾げる。

 何だろうこの既視感デジャブは。何やらまたしても自分の知らないところで物事が進んでいる気がしてならない。というか勝手に出てきてこうやって指導されてるって一体自分の処遇はどうなっているんだろうか?


「……いや、今はそうじゃない。違うだろ」


 青いDHアーマーの戦士の言葉に勝手に翻弄される飛鳥だったが、思考停止はしていられない。

 トカゲ型ディザスカイは逃げようと走り出してしまっているのだから。


「今は―――――お前だ!」

【OK! Finish Move!】


 拳銃のような武器にも、前に扱った時と同じように帯電したデバイスを装填する。

 またしても胸のクリスタルから、拳銃を持つ両腕に緑色に輝くじぐざくの線が拳銃の先まで走し、銃口にそれが収束された。

 飛鳥は焦りながらも、できるだけ慎重に、素早く的確に、銃口をトカゲ型ディザスカイに向けて狙いを定める。


【One Soul Input!】


「これでどうだ」


 その背中を完全に捉え、躊躇いなく引き金を引く。

 次の瞬間、緑色の閃光が銃口から飛び出し、トカゲ型ディザスカイを背中から貫いた。

 そして絶叫を上げる間もなく、トカゲ型ディザスカイは爆炎を上げて散る。

 なんとも、呆気ない終わり方であった。

 あれだけコケにされ、虐げられていたのが嘘のように感じる。


「さて、藤堂飛鳥さん。貴方は私に着いて来てもらいます」


 青いDHアーマーの戦士が声をかけ、飛鳥の思考は現実に引き戻された。


「あの、最後に一つ、お願いがあるんですが」


 そう前置いて、飛鳥は図々しい願いを告げる。

 きっと、これが自分の最後のわがままになるんだろうなと、飛鳥は思う。

 家族のためとはいえ、勝手に研究所を抜け出したのだ。許される道理はない。

 そして同時に、便宜してくれた泰造さんや奈津子さんに、申し訳ないという申し訳なさがでてくる。

 青いDHアーマーの戦士はその言葉を聞いて、少し考えたそぶりを見せたが、いいでしょう、と頷いた。


  ○


 飛鳥と青いDHアーマーの戦士が来たのは、実家の見える高台だった。

 一キロメートルとかなり離れているが、ディザスカイの飛鳥からすれば、ここから父と母、そして弟の表情を見ることが可能だ。

 そして飛鳥の目に映ったのは、TDGの職員から軽い取り調べを受けている三人の姿であった。


「あなたのご家族は、これからTDGの監視下に置かれます。健康診断と称してもっと詳しい検査もされますが、監視されているのを除けば、今までと何ら変わりのない生活を送ることができるでしょう」

「そうですか……」


 自分の恐ろしい考えが杞憂に終わってよかったと思いながら、飛鳥は胸を撫で下ろす。


「あの、じゃあ俺の記憶って、父さんや母さん、光たちに残りますか?」

「目の前で変身したのでしょう? それなら、残らないんじゃないでしょうか?」


 これから先も自分の家族の人生が滅茶苦茶にされることが無いというのが分かり、疲れが口から漏れ出るのを感じる。

 ここから見える、自分の家族たち。

 彼らはこれから飛鳥の事を忘れ、幸せに暮らすことができるのだ。


「……もう大丈夫です。ありがとうございました」


 飛鳥がお礼を言うと、青いDHアーマーの戦士は飛鳥をバイクの後ろに乗せて、走り出す。


 もう家族には会えないけれど、守れたのならばそれでいい。

 あの人たちが、幸せに暮らしていけますように。

 そう飛鳥は願わずにはいれなかった。


 涙は、出ない。

 その瞳にあるのは、決意である。


 これから自分は多くの苦難の道を行くだろう。

 けれども、それを乗り越えて、この力をより多くの人々の為に使わなければ。

 そう進言するには信用が無くなってしまったけれど、それでもなんとかしないとなと、考えを巡らせるのであった。

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