第5話 いいってことよ。いいってことよ!


 暗く闇が広がる深淵の中、その者達は蠢いていた。

 人間の畏怖が固まってできたような異形の者達は、ひっそりと息をひそめ、この深淵たる闇の中で生きている。

 その闇の中で、ただ一つ人間の姿をしたディザスカイが玉座に座っていた。

 玉座に座る者の姿は、若々しい姿をしており、紅玉を連想させるその瞳は、人が睨めばたちまち狂気に陥ってしまうような赤い色だ。

 神々しい衣服を身に纏い、玉座に神妙な顔つきで座りこんでいる。


 彼の周りには、少人数のディザスカイ達が彼を囲んでいた。

 そのディザスカイ達は、彼を慕い彼に忠誠を誓っている者達だ。

 ディザスカイの重鎮はこうして集まって会議を行い、これからの方針を練ろうとしているのだ。

 もっとも、力を持ち自由に活動している重鎮はあまり顔を出さないのだが。


「……困ったことになったな」


 会議は玉座に座る者の呟いた、その一言から始まった。


「リザンジャの親族の回収が失敗は想定していたが……まさか、エリートが二度もDHアーマーを装着するとは。あれが意味するのは、お前達も分かっているだろう?」


 リザンジャとは、藤堂飛鳥の家族を襲わせたトカゲ型ディザスカイの事だ。

 隠密行動が得意な彼には、藤堂飛鳥をこちら側へと招くため、家族をTDGよりも早く保護するという役目があったのだが、途中その本人がやってきたために彼の任務は失敗した。


 その言葉に他のディザスカイ達は深く頷いた。

 わざわざDHアーマーを届け、リザンジャを藤堂飛鳥人の手で殺させた。

 ディザスカイ達はこれを、TDGが藤堂飛鳥を新しい戦力として現場に投入したと考えているのだ。


「特にジェネモスがひっさげていた、無個性兵が壊滅させられたのはかなりの痛手かと」


 どこか妖艶な雰囲気を纏った、美しい毛並みをしたキツネ型のディザスカイ。声もまた心地よく、人が聞いてしまえば彼女に従ってしまうような声をしている。

 そのキツネ型ディザスカイが、玉座に座る者へとそう進言した。


 ジェネモスとは、マンモス型のディザスカイの事だ。

 彼には一つの軍を任せており、天願泰造をも不意打ちで戦闘不能に追いやるほどの実力者であったが、彼もまた藤堂飛鳥の介入によってその任務は失敗してしまった。


「以前も言いましたが、無個性のディザスカイはまだまだ数があります。彼らを一刻と早く覚醒させ、王へ良い働きさせる所存でございます」


 その言葉に、黒いなめらかな装甲に身を包んだディザスカイが答えた。


「ではフォルミカエル、無個性の方は順調と考えていいのだな?」

「おっしゃる通りでございます。王よ。新たに補充もできております」


 フォルミカエルと呼ばれた黒いなめらかな装甲に身を包んだディザスカイは、恭しく玉座に座る者の事を王と呼び首を垂らす。


「ジェネモスが天願泰造に一矢報いたとはいえ、慎重に事に当たれ。これ以上の損失は避けたい」

「畏まりました。王よ」


 王と呼ばれた玉座に座る者の言葉に、フォルミカエルは再び首を垂らす。


「それと、ジェネモスの勇敢なる行いに、ニンユウガイの活動の為のエネルギーは溜まった。あの地域のディザスカイは、即刻に別の地域へと引かせろ」

「既に徐々にですが撤退をさせています」


 その言葉に王は機嫌よく頷き、言葉を続ける。


「それは上場。気づかれないように気を付けろ」

「畏まりました。王よ」


 フォルミカエルの報告を終えると、王は神妙な顔つきへと変えて口を開く。


「さて話を戻すが、エリートである藤堂飛鳥をあちら側に持っていかれたのは、どう思うかね?」


 また一つ人の姿をしたディザスカイがその言葉に答える。


「……まさか天願泰造が、エリートを引き抜くとはこちらも想定外だった。アイツの存在が、さらに厄介になってしまったな。こうなるんだったら、ワシが行くべきだったか」


 そう答えた彼もまた人の姿だが、王とは正反対に全身しわくちゃで、妙に頭部が長い印象を受ける。

 着物を着こんでおり、傍には杖が置かれていた。

 服装も相まって老人の様にも見えるが、その造形はどこか人を不安にさせるいでたちだ。


「過ぎたことは気にするな。お前が言っても余計に警戒されるだけだろう」

「慈悲深いお言葉だことだ」


 老人の様なディザスカイは、渇いた笑い声を漏らす。

 それにキツネ型のディザスカイが顔をしかめるが、彼はそんな事を気にしてはいないようだ。

 キツネ型のディザスカイは切り替えるように頭を振うと、王へと口を開く。


「藤堂飛鳥に関してはいかがなされますか? 王よ」

「何としても欲しいが……先程も言った通り、そろそろニンユウガイが動き出す。それまでに捕らえることができないようであれば、とりあえず諦めろ。こちらが判断して派遣するわけにもいかないから、しばらくはあの地域には勝手に向かうな」


 キツネ型のディザスカイはどこか不満気な顔を出すが、すぐに真顔に戻す。

 そして思考回路を必死に使い、なんとか言葉を切り返せた。


「藤堂飛鳥は私と同じエリートです。例えニンユウガイが活動を開始しても、その後の生存は可能かと思われます。ですので、その後に保護できればわたくしが保護しても構いませんか?」


 王はしばらく考えたそぶりを見せると、深く頷く。


「いいだろう。その時はお前に任せよう」

「ありがたきお言葉、恐縮です」


 王の言葉にとびっきりの笑みを浮かべて、キツネ型のディザスカイは王へと頭を下げた。


  ○


 夜遅く、榊原研究所の一室にて、藤堂飛鳥は困惑していた。


 きっと牢屋の所へ連れていかれると思っていたのだが、前に案内された部屋よりも上質な部屋に案内され、今日からここで寝泊まりすることになるらしいと説明を受けたのだ。


「……えっと、これはどういう事なんでしょうか奈津子さん?」


 自分が来る前に部屋におり、説明してくれた奈津子に飛鳥は問いかける。


「それはね? 私が聞きたいのよ飛鳥クン?」


 にっこりと微笑んでいるが、その声には怒気が篭っており、飛鳥は申し訳なさから目を逸らす。


「家族の為とはわかるけどね? 勝手に突っ走られるとフォローできることも限られてくるのよ? ねえわかる? 私がどれだけ、どーれーだーけ! 苦労したか分かってんの?」


 両手で飛鳥の顔を掴み、鈍い音が鳴りそうな勢いで目を合わさせる奈津子。


「ごめんなさいごめんなさい! 本当に色々とごめんなさい! あとこれはディザスカイでも痛いので勘弁してください! 爪、爪食い込んでる……!」


 それに対し飛鳥は怯えた表情を浮かべながら、謝罪するほかない。

 気が済んだのか、奈津子は飛鳥から手を離し、飛鳥の正面の椅子に座る。


「……ええっと、まあ私もよくわかってないんだけどね? 貴方のこれからの処遇に関して説明させていただきます」


 気を取り直すようにせき込んで、話し始めた。


「藤堂飛鳥さん、あなたにはこれから観察対象としての研究協力の他に、ディザスカイハンターとして活動をしていただきます」


 その言葉を聞いて、飛鳥はなんとなくそんな気はしていたと心の中で呟いた。

 青いDHアーマーの戦士が「他の武器に関しては帰ってからと言う事で」と言っていたのだ。つまり、他の武器も何かこれから使う気概があるという事に他ならない。

 だが、それでもアスカにはわからないことがあった。


「……なんで自分はディザスカイハンターになることになったんでしょうか? 勝手に研究所からでちゃったりしたのに?」


 そう、あんまりにも傍若無人な態度をとったというのに、好待遇すぎるのだ。

 いや、ディザスカイハンターとしての仕事は大変なのだろうという事は、飛鳥にでもわかる。

 だが、観察対象となった初日に脱走をしでかした飛鳥を、討伐の為とは言え外に出すことを許可する。とは何ともおかしな話にしか聞こえなかった。


「理由はいくつかあります。一つは、貴方の装着したDHアーマーの変化です」


 そう言って奈津子は資料を飛鳥に手渡した。

 そこには青から緑へと変色した、DHアーマーのマイナスクリスタルが写されている。


「本来のマイナスクリスタルというのは青色です。しかし、飛鳥君が使用したマイナスクリスタルは緑色へと変色を遂げているのです。これに伴う変化などを、我々TDGは知りたいわけなのよ」

「……変化した条件などを知りたいから、実際の戦闘にも出して計測するってことですか?」

「そうそう、そんな感じ」


 特に否定することなく、奈津子は飛鳥の言葉に頷いた。


「まあ、ディザスカイに対する友好的な戦力の確保って意味合いの方が強かったりするのよね。中には災害級とかいるし」


 災害級、という言葉でディザスカイの説明を受けた時のことを飛鳥は思いだした。

 ハリケーンや地震などを引き起こしているのが、ディザスカイという話だ。

 そういったものを、そのまま災害級という警戒クラスがあるのではないのかと飛鳥は考えた。


「だからまあ、強い戦力を手に入れることができるなら、今回の事は大目に見ようかなって話になったらしいわ」

「ありがたいことこの上ありませんね!」


 まだ怯えているのか、飛鳥はおかしなテンションで言葉を返す。


「でもまあさすがに貴方一人で討伐を行かせる心配と言う事なので、私生活と戦闘にも監視役をそれぞれ用意されることになりました」


 監視役、と聞いて飛鳥の脳裏に思い浮かんだのは、ご飯を持って来てくれた名も知らない眼鏡の女性を思い浮かべる。

 まさか、と思っていると、部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは、二人の女性だ。


「あ、丁度いいところに来てくれたわ。紹介するわね。こちらのお二人が貴方の監視役よ」


 その言葉を聞いて、飛鳥は間抜けな声を漏らした。

 奈津子さんは私生活と戦闘に監視役をそれぞれ用意されることになったと言っていた。ということは、自分の生活は女性たちによって監視されるという事ではないのか?


「あの、先程はご紹介が遅れました! 私の名前は、沖野瑞穂です。オペレーター兼私生活監視責任者を任されました! よろしくお願いしますっ」


 そう焦りながら言ってきたのは、飛鳥に牛肉の定食を出してくれたハーフアップされた髪と眼鏡が似合う可愛らしい女性だ。

 まあこちらは飛鳥としても予想通りだからいい。まだいい。まだいいのだ。


「先程ぶりです。わたくしは榊原薫と申します。戦闘での監視責任者兼戦闘でのパートナーを任されることになりました。よろしくお願いいたします」


 飛鳥はその女性の声に聞き覚えがあった。

 二回目のDHアーマー装着時にバイクに乗ってデバイスを渡してくれた、青いDHアーマーの戦士である。


 その女性は空に浮かぶ雲のように真っ白な長い髪を、ウェーブをかけて一房で纏めあげている。

 掻き分けた前髪の奥の瞳は、蒼く煌めくサファイアのようだ。

 服はボレロのような物を着ており、彼女自身の佇まいもあってか気品があるように見える。胸部に魅力がたんまりと詰まっていたので、そこらへん飛鳥は男として目のやりどころに困ってしまう。

 白いブーツと白いスカートの間の絶対領域が太陽のごとく眩しくも感じた。


 飛鳥がこの榊原薫という女性の容姿を控えめに評価するのであれば、美人である。しかも今までに見たことのないお嬢様タイプだ。

 まさかあんな青いDHアーマーの戦士の中身が、こんな美女だとは思っておらず、飛鳥は動揺を隠せない。


 しかも苗字が榊原。飛鳥がこの苗字がTDGの長官の名を表すものだとは知らないが、研究所の名前は知っていた。

 なので、相当なお偉いさんの娘なのではないか? という簡単な予測は立てられる。


 なんでそんな人物が自分のパートナー兼監視員になっているのか? 白衣や制服などがTDGにはあるというのに、なぜこの女性は明らかにかわいい洋服を着ているのだろうか? というどうでもいい疑問が飛鳥の頭の中には飛び交っていたが、とてもそれを聞ける雰囲気ではなかった。


 麗しい女性陣(恐らく飛鳥とは同年代)は、どちらも飛鳥の方を見ている。

 沖野瑞穂は恐る恐るといった様子で、榊原薫は品定めをしているような目で。

 その視線は、飛鳥に居心地の悪さを感じさせた。


「あ、ああ、はい。沖野さんと榊原さんデスネ? よろしくお願いいたしまする」


 故にだろうか、飛鳥のプレッシャーは化け物になってから最高潮を迎えているのだ。


「まあもっとも、この二人だけで二十四時間完全に監視できるわけじゃないから、他にも雑用とかはいるんだけども、貴方が接するのは主にこの二人ね」

「せっ、接するって何をするんです? 別に監視カメラで十分じゃないですか」


 突然の状況について行けず、ただ戸惑いながら疑問をぶつけることしかできない飛鳥。


「オペレーターや戦闘でのパートナーは、それ以外でもそれなりに人となりを知ってなきゃダメなのよ。命を預けあうんだしね」

「そう言われてみればそうなのかもしれませんけど……」


 そう言われて、改めて女性陣二人を見る飛鳥。

 かたや可愛い系サポート女子、かたやお嬢様系戦闘女子。(女子と言う年齢かはともかくとして)

 二人を見て頷いた飛鳥は、


「ごめんなさい。ちょっと失礼します」


 脱兎のごとくその場から逃げ出した。


  ○


「うわーん! 泰造さん泰造さん泰造さぁーん!」

「うおー!? どうした飛鳥!?」


 女性陣から逃げてきた飛鳥は、泰造の気配を辿って病院までやってきていた。

 ディザスカイになってからと言うものの、こういった人外染みた能力まで身に着けたが、もう飛鳥は慣れてしまっていたりする。


「俺を監視するのが、周りの人が可愛いやら美女やらと全員美形の女性なんです! どうにかしてください!」

「えー、いいじゃんかわいい女の子。いいじゃん美女美女ー。むしろ何がダメなんだよ?」


 楽しそうに微笑みながら、泰造は飛鳥の問いに逆に疑問を持つ。

 泰造からすれば男の憧れではないかという環境に、飛鳥は何の不満があるというのだろうか?


「何がいいんですか! 夜に妄想で大爆発できないでしょう!?」


 第三者からすれば問題はそこではないんじゃないだろうか、と思うところだが、飛鳥には重大な問題である。


「それはそれでよくね? ぶっちゃけ最高じゃね?」


 心底理解できない、といったように顔をしかめる泰造


「よくないですよ! 死活問題です!」


 吠えるように訴える飛鳥だが、泰造には彼の危機感は伝わらないらしく、腕を組んで唸っている。


「つってもなー、俺にそれを変更させるとか無理よ?」

「ですよねー……」


 そう言われて、逃げてきて泰造さんに頼ろうとした自分が甘いんだし、なんだか滅茶苦茶悪い事をしてしまったなと飛鳥は反省。

 どうやって謝ったらいいものかと、謝罪の言葉を考える。


「だってそういう風にお偉いさんに手配して貰ったの俺だし、今更変更してもらうとかちょっと失礼じゃね?」

「アナタが諸悪の根源か!?」


 謝罪の精神はぶっ飛んだ。


「いやもうマジで勘弁してください! と言うか手配してもらったのが泰造さんなら監視員を男にしてもらう事だってできるんじゃないですか!?」

「え、なに? お前は自慰を男に見られたいの? もしかしてお前、俺の事も……きゃーいやーん!」


 信じられないものを見るような目をしながら、自分の体を抱きしめて怖がるポーズをする泰造。

 明らかにからかっているのだが、飛鳥はそれに乗せられてしまった。


「そうじゃなくてですね!? そうじゃないですよ!? というか俺にそっちの毛はありませんからね!? でもですね、女性にあそこを見られるのはなんて言うかー……そのー……」


 勢いが段々と失速していき、最後には顔を赤らめて飛鳥は口を閉ざしてしまう。


「なんだよはっきり言えよー」


 ベッドの端に座りこんで、飛鳥の事を軽く小突いて先を促す。

 飛鳥は恥ずかしそうな表情をしながら、言葉を絞り出す。


「……恋人じゃないと恥ずかしいでしょ? そういうのは」

 その言葉を聞いて、泰造は顔を固まらせた。


「おまっ!? ……なんつうか初心なやつだな。最近の若者は奥手だからいけねえや。童貞だろお前。気にしなくていいぞ。大丈夫。最近は女が肉食系でお前の事食ってくれるから……」

 若干涙目になりながら、励ますように飛鳥の肩を叩く


「今そういうの関係ないですよね!? あと童貞ではないです! あと化け物になった俺がそういう行為に及べるかどうかも怪しいのですがそれは!?」


 それを聞くと、泰造は気まずそうに顔を逸らす。

 だがすぐに飛鳥の顔を見て、頭を下げた。


「……配慮が足りてなかった。すまん。悪かった」

「え、あ、いえ? 急にそんなガチで謝られても困るというかあんまり気にしてないんで大丈夫と言いますか」


 あんまりにも誠心誠意に謝られて、飛鳥は戸惑う。

 自分で言ったことだが、そういった物の整理できていなかったので、あまり触れてほしくもなかった。


「その、とにかく大丈夫ですから! 本当頭上げてください! 俺は大丈夫です!」


 泰造の頭を上げさせて、飛鳥は話を戻す。


「というか、なんでそういう風に手配してもらったんですか?」


 泰造もそれを察したのか、さっきの事は無かったかのような素振りで話しだす。


「お前はこれから生涯をこの研究所や隠れた戦場、そしてTDGに関連する場所でしか生きていけない。これは分かるな?」


 あまり深く考えたことはなかったが、そうですね、と飛鳥は頷く。


「そんな中、男だけに囲まれた生活なんて嫌だろう? 生涯男に部屋に監禁されて、換金された部屋で男に見つめられて男としか喋らない……それって、地獄だろう?」


 想像してみる。

 狭い密室の中ムサイ男たちに監視されながら、筋トレしたりする自分の姿を。

 深く考えなくても分かる。それは地獄だ。


「……確かに、そうですね」


 納得して、飛鳥は深く頷いた。


「だから、だからよ! だから俺はお前を外の空気を吸えるように外へ戦場とはいえ外に出れるし、帰りにはキャバクラにだって行ける! もうちょっと大人のお店だって行かしてやる!」


 飛鳥の頭に、衝撃が走った。

 大人のお店。元男子大学生にとって、なんと魅惑的な誘いであろうか。

 脳裏には友人がどうしてもそういったお店に行きたいと言っていたので、友達でそのための店のお金を誕生日プレゼントとして工面し、その後の男たちの友情は、より強く、より固いものとなって結ばれた事を思い出していた。

 その時の友人が、すごかった、最高だったという感想を聞き、体験してみたくなった飛鳥は今度のバースデーは自分の番だと友人達と約束していた。

 だが、その約束を果たされる前に化け物になってしまったのだ。

 まさか、そんなチャンスががこんな所に来て舞い降りてくるとは、彼自身想像だにしていなかった。


「ま、マジ? マジですか泰造さん! マジなのですかそれは!?」

「マジだとも、大いにマジだとも! 可愛い子たくさん知ってるからねー俺。テクニシャンな子だって知ってるぜ」

「うわー! うわー! すっごいハレンチだけど流石です泰造さん!」


 羨望の眼差しを向けなら、飛鳥は誓った。

 今度人間に生まれ変わったら、泰造さんを神として崇めようと。

 化け物になっても、男子大学生の心は失われていないのだ。


「あと、お前がどうしても自慰行為を見られたくないなら俺が色々と取り計らってやる。集中できないとまともに抜けないもんな。まあ? そんな必要があるかどうかってのもあるけどな?」


 得意そうに笑みを浮かべる泰造は、飛鳥にとって娯楽の神に見えた。

 生まれ変わらなくても、泰造さんの素晴らしさを世に広めたくなった飛鳥は、感極まってその場に膝をついた。


「……泰造さん! 俺、アナタに感謝しかできないです……!」

「フッ、いいってことよ。俺達は同じ男だ。その時は俺の激選したエッロエロのBlu-rayを持って行ってやるよ」

「そんな温情まで……! ありがとうございます! ありがとうございます泰造さん……!」

「いいってことよ。いいってことよ!」

「俺、泰造さんの事崇めます……! 拝み奉ります……!」

「いや、そこまではしなくていいからな?」


 飛鳥を追いかけて外で話を聞いていた天城奈津子、沖野瑞穂、榊原薫女性陣三人は固まっていた。

 こいつら何言ってんだろう、と心の中で一歩彼らから距離を取る。

 この反応は女性として間違ってはいない。かといって、飛鳥と泰造が男として間違っているわけでもない。

 誰も悪くない。強いて言うならば、運命の女神が悪いのだ。


  ○


 その後、飛鳥は部屋の前に待っていた沖野オペレーターに明日の予定について説明された。

 もしかして中の話聞いてた? と聞くと沖野オペレーターは眼鏡が落ちてしまわないか心配になるほど首を横に振っていた。

 監視責任者なのだから、それはどうなのかと思ったが、男の話をしていたので聞いていなかったことにありがたいと思っておく。

 明日は榊原薫と一緒の合同訓練がセッティングされており、ディザスカイが榊原研究所の管轄内に現れなければその日は訓練だけで終わるという話だ。


 飛鳥は監視されるために、自分の部屋に戻る。

 前よりは寝心地のいいベッドに転がり、飛鳥はふと考える。


 結婚できない。


 まあ、そういう人間もいるだろう。生涯独身の人間だっている。

 けれど彼らには可能性があったわけで、自分と言う化け物にはあり得ない話だ。

 自分はディザスカイという化け物だが、ディザスカイという化け物が大嫌いだ。

 それはここにいる人間も同じで、自分というディザスカイを愛する者は出てこないだろう。

 思い返せば、もう自分は死んだことになっている、つまり人権は剥奪されているのだ。

 人としての権利が無いのだ。

 戸籍だって、入れたり出たりすることもできやしない。もう存在しないのだから。


 そこまで考えて、もう会えない家族の事を思い出す。

 彼らはは自分の事を忘れるとして、戸籍などの問題はどうなるのだろう?

 死んだという扱いではなく、そもそもとしていなかったことにされるのだろうか?

 おかしな矛盾に気がついたが、分からないので放っておく。

 それに、今は彼らの事を思い出したくはなかったのだ。


 そして再び結婚の事を考える。

 いつかは普通にいい女性と出会って、教会なんかで式を挙げて幸せな家庭を作ると思っていた。

 けれど、そんな可能性はもうないとわかって、胸にぽっかりと穴が開いた気分だ。

 別に、飛鳥には結婚したい相手がいるわけではない。

 高校生の頃には付き合っていた女性もいたが、遠距離恋愛になって疎遠になってしまっていた。

 人と人が好きあうという事について、飛鳥は知っていた。

 けれど、生涯この人を愛そうと思う事はなかった。

 それを知ることができないのが、飛鳥はなんだかとても嫌だった。

 子供でも作って、赤ちゃんを高く抱き上げたりしてみたかった。

 けれど、不思議と悲しみや怒りと言う物は感じない。

 飛鳥にはその原因が自分で理解できたので、笑った。

 バカバカしいことで悩んでいたな、と。


 藤堂飛鳥という化け物は、これからTDGに監視され、彼らに協力するという形で生きることを許されている。

 これがディザスカイという化け物が、人間社会で生きる為の術なのだ。

 それが嫌なら、藤堂飛鳥はマンモスのディザスカイの手を取ればよかった。

 けれど、飛鳥はそれを断った。

 なぜならば、藤堂飛鳥という男は、ディザスカイという化け物のやっていることが何もかも許せなかった。

 そして、この力を誰かのために役立てたいと、人の為に拳を握った。

 自分で決めて突き進んだ道なのであれば、それに後悔があるわけがない。


 自分の胸の内を整理整頓して、満足した飛鳥は深い眠りへと落ちていく――――。

 ……どれほど深いのかと言うと、次の日に遅刻してしまうほどに、たっぷりと。

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