第9話 だから俺、地獄の底まで付きあいますよ


 泰造の部屋に行く前に、飛鳥は途中にある男子トイレの個室に籠っていた。

 そしてその個室の前には、薫が立って待っている。


「……まだですの?」


 少しいらだった声で飛鳥に問いかけてくる薫。

 本来こう言った場合男性の監視員が付き添ったりするのだが、今回は災害級の対応に追われ手薄になっており、更にはこれぐらいなら構いませんと、薫が寛容な対応を取ってしまったためにこのような奇妙な状態になってしまっている。


 ラノベだったら普通逆じゃないですか……! と飛鳥は心の中で嘆いているが、現実は物語の様に上手くはいかないのだと心の涙を呑んだ。

 ちなみに。さすがにここまでくる必要はないんじゃないか? と飛鳥は薫に言ってみたのだが、監視責任者として逃げられないようにするべきだ、と真面目な対応によって言い返せなくなってしまっている。


 しかし困った。飛鳥は今いるトイレでやるべきことがあるのだが、それを彼女に知られてしまうと色々とマズい。


「あの、こっちもわざわざ男性用トイレに入ってるので、早く済ませてもらえると助かるのですが?」


 薫に切羽詰まらされてしまい、飛鳥も困っている。

 そんな時だ。飛鳥に人間の悪感情が流れ込んできた。


「……うぐぅ、ぁ、はあぁ……!」


 これを感じると、飛鳥は頭に痛みを感じ始めていた。

 他の人間の事であればなんとか処理できるのであるが、これは些か波が大きすぎる。

 それでも飛鳥は、それを感じ取ろとうと、それに耐える。


「ちょ、変な声出してますけど、体調がよろしくありませんの? まさか傷が開いているとか、急激な回復の変化の反動とかが……」

「だ、大丈夫です! 俺の身体の調子は良好ですから! 本当! 迸るほど元気です」


 これを薫に勘付かれては、飛鳥は一巻の終わりだと顔を青ざめさせた。

 特に奈津子や薫にばれたりした場合、色々とご破算になりかねない。

 そして、飛鳥はそれを感じ取りながら、ある発想を受信した。


 薫がトイレの個室前で待機していると、何か変な匂いが花をくすぐった。


「……いや待ってください、なんですのこの、お手洗いとはちょっと違う臭い?」

「え? あ、いや、別に何でもないので……」


 飛鳥が言い繕うが、この臭いを薫は知っていた。

 花だ。トイレとは合わない、花の匂い。まるで栗の花の香りの様な――――。


 そしてそのキーワードから、薫はとある知人との会話を脳内から掘り出してしまう。


『男の人のアレって、イカの腐った臭いがするってよく言いますけど、実際は栗の花の様な匂いだよね』

『それを現在進行形で栗の花の匂いを嗅いで楽しんでいた私に言うとか、ぶち殺されたいですのあなた?』


 それがなぜこんな場所で漂ってきた理由の答えをすぐさま割り出し、顔を真っ赤にさせる。

 無論、羞恥と憤怒と激怒といった、悪感情である。

 それを飛鳥はビンビンに感じ取っていた。そりゃビンビンに。


「最低なことをやってますでしょ最低なことやってますでしょ!? 今あなた、相当な高度に変態なプレイをしているでしょう!?」

「ソンナワケナイジャナイデスカヤダー! アッハッハッハ!」


 まるで初めての学芸会で恥ずかしながら演技をする中学生の様な、見事な棒っぷりで笑い飛ばす飛鳥。

 間違いない。この男、女性の自分が近くにいるというのに、一人でするあれをやっている! と薫は確信した。

 その図太い神経が信じられない。

 だいたい、今から真面目な話をしに行くというのに、そんなことをしてしまうのはなぜなのか?

 年中発情期なのだろうか? 去勢してしまおうかと割と本気で考え始めてしまう。


「こ、この……! こんな奴に、少し同情してしまった自分が恨めしい……!」


 拳を握りしめてこの怒りをどうしてやろうかと思った薫だったが、飛鳥は淡々と話しだし始める。


「あ、そうそう。あとちょっと時間がかかるんで、そこで待っててください。エグイの見たくなければ」

「そんなことマジでやってごらんなさい? ぶちのめしてやる!」


 飛鳥は身の危険を感じ、どうしようかと呟く。


「うーん、怒らせてしまった。こりゃ泰造さんに……」


 そこまで言って、飛鳥は口を閉じたのか言葉の続きを話さない。

 まるで、失言をしてしまったと言わんばかりに。


「は?」


 対して薫は、今聞いた単語に眉をひそめる。

 なぜここで泰造の名前が出て、それを言ってはいけないことのようにふるまうのか。

 そして、またしても薫はとある知人との会話を脳内から掘り出してしまう。


『男同士の恋愛って、尊いと思わないかい?』

『それを今青春学園物の男同士の友情で泣いてた私に言います? そろそろ拳一発は叩き込みましょうか?』


 ……薫は察した。

 知人の話ぐらいでしか知らなかったが、実際に目の当たりにすると、どういう反応をすればいいのかわからない。

 完全に予想外の状況に、もう脳内での処理が追いつかない。


「……何も聞かなかったことにしますから、さっさとやることやってしまいなさい。もういいです」


 なので、考えることを放棄することにした。


「え、本当にいいんですか?」

「…………」


 もうこの男と話すのは頭が痛いと、薫は無言を貫き通した。


「大丈夫です! 俺ちゃんと知ってます! 無言は肯定を意味するって、泰造さんから習いました! せっかくなんで、思う存分やってしまいます! ありがとうございます!」


 その後、ガチャガチャと金属片の音が聞こえた気がしたが、薫は気にしないことにした。

 あれは同情する価値のない変態である。

 そもそもとして、薫は金属片が鳴るような高度な方法を知らない。

 というか、知りたいとも思わなかった。


  ○


 妙に怒っている様子の薫と、それに目を逸らしている飛鳥を連れて、奈津子は監禁室の前に二人を連れてきた。


「……上も上だ。俺の話を全然聞いちゃくれねえ。クソだ……クソ野郎なんだ……。俺がここに来た理由は、災害級への対抗するための手段を手に入れる為だって言ってだろうが……!」


 薄暗い監禁部屋で、手足を枷によって自由にできない天願泰造がいた。

 彼は静かに用意された椅子に座り、目を閉じている。


「ニンユウガイが今度いつ出てくるかなんざ分からないんだ……。今しかない、アイツを殺すなら、今日このタイミングしかないんだよ……!」


 だが小さな声で、ぶつくさと怨念の篭った恨み言を連ならせていた。


 そこへ、飛鳥がためらうことなく部屋へと入ってくる。

 薫も入ると進言していたのだが、こればかりは当人同士の問題だと奈津子が止めていた。


 飛鳥がここに来た理由は、多くの理由があった。

 自分を何のために利用したか聞くこと。

 奈津子からの頼みごとを行うことなど、だ。


 その頼み事というのが、泰造の復讐を止めろというものだった。

 おこがましい事なのはわかっていると彼女は言った。

 災害級は人間では対処はできない。歯を立てた所で、へし折られるのが落ちなのだ。

 だから、どんな方法を使ってでも、奈津子は泰造を止めたいのだという。


 他にも色々と飛鳥は聞いたのだがが、それを踏まえて、お手洗いに行ってからこの部屋にやってきたわけである。


「……飛鳥か」


 泰造が目を見開き、その姿を確認する。


「悪いが、この枷を外しちゃくんねえか? やらなきゃいけないことがあるんだ」


 言葉はとても平坦なものだ。飛鳥以外の人間が聞けば、誰もが落ち着いていると思う事だろう。

 だがディザスカイである飛鳥には、怒りや憎悪がこもっているように感じたのだ。


 飛鳥がその眼を覗き込むと、泰造の目はどこかおかしい。

 今にも獲物にも襲い掛かりたいとでもいうかのような、血走った獣。

 いつも飄々とした態度の泰造が、ここまで豹変するものかと飛鳥は驚くばかりである。


「……俺の質問に全部答えてくれたら、その枷を外しましょう」

「質問?」


 心底不思議でたまらないというかのように、首を傾げる泰造。

 そんな泰造にお構いなしに、飛鳥は口を開く。


「泰造さん、あなたはどうしてディザスカイである俺を、助けて下さったんですか?」

「今それ聞くかー?」


 冗談で話を流そうとする泰造だが、生憎いつもの調子が崩れてしまっているので、動揺が丸わかりだ。


「勝手ながら、泰造さんの過去の事を奈津子さんから聞きました。二十年前と、五年前の事を」


 その事を聞いて、泰造は驚いたように目を開いたかと思うと、顔の表情を歪ませる。


「あいつ、余計なこと言いやがって……」


 その歪んだ顔は苦虫を噛み潰したような表情をしており、余程言われたくなかったことだというのがうかがえる。


「俺は泰造さんからすれば、憎きディザスカイそのものです。だというのに、なぜあの時救いの手を差し伸べてくれたんですか?」


 今まで自分は被害者だから、助けてもらうのは当然だと思ってその事を聞かないでいた。

 だが彼の歩んできた道は、ディザスカイという存在そのものを憎んでもおかしくないような、苛烈な人生だった。

 そんなディザスカイが嘆き悲しんでいたら、いい気味だと言わんばかりに殺してしまうのではないだろうか?

 少なくとも、自分ならばそうするだろうなと飛鳥は思っていた。


「……アイツに俺の過去を聞いたなら分かるだろ。俺は復讐にお前を利用しようとしてたんだ」


 嘘をついているようには、見えなかった。

 どうやらその事がわかっているならば、どう言いつくろっても飛鳥を騙せないと判断したようだ。


「どんな風にですか?」


 そんなことを言われても、具体的に言われなければ飛鳥にはわからないと首を傾げる。

 いつもの調子で聞かれるので、泰造は少し困った顔をして話始める。


「単純に戦力の一つだよ。ディザスカイの力を模倣したDHアーマーで人間がディザスカイと対抗できるのであれば、ディザスカイがそれを利用した場合、もっと力が出ると考えていただけだ」

「……結局、手も足も出ずに負けちゃいましたけどね!」


 面目ない、と言わんばかりに少し頭を下げる飛鳥。

 確かに、飛鳥はいつもの調子で話しているが、どこか無理をしているように泰造は感じた。

 しかし、復讐のために利用する気でいたなんてわかってしまっているのであれば、自分が仕掛けた計画は不発に終わる。復讐は果たせない。

 相手を心配する余裕など、今の泰造にはなかった。


「いや、あれに関してはお前の精神状態と状況がよくなかった」


 ――――だから泰造の言葉これは、励ましの言葉ではない。


「精神状態と状況?」


 どういう事なのかと、首を傾げる飛鳥。

 確かにあの時はビビっていたが、状況と言うのがよくわからない。

 地理の問題だろうかと飛鳥は思案するが、それはどうも違う気がする。


「精神状態に関してはお前がへっぴり腰になっていたこと。状況に関しては、周りの悪感情が足りないという事だ。マイナスクリスタルは悪感情があればあるほどエネルギーを増幅させる。つまり、人々が絶望したりないということだ」


 ディザスカイは強ければ強い程、被害を大きくなると飛鳥も聞いたことがあった。

 DHアーマーは、その時の悪感情を他のディザスカイより優先的に吸い取り、力に変換するという仕組みで戦うという事である。

 ニンユウガイと飛鳥の交戦時には、悪感情が足りずディザスカイの身体を持っていなければ飛鳥は死んでいた。

 それが泰造の時は、建物が崩れ去るほどの大災害だったため、悪感情が多く使えた為生き残っていたのだ。

 つまるところ、DHアーマーというのは被害が出てしまえば、そのぶんディザスカイと拮抗できるシステムなのだ。

 人を守るために作られたはずなのに、被害が出た後にこそ真価が発揮されるというのも皮肉な話である。


 そして、泰造の言葉の裏には、自分の作った復讐兵器DHアーマーがニンユウガイに負けるわけがない、という意味があった。

 ……飛鳥でなくともわかるような話し方なので、あまり隠された物でもないが。


「……だから今回の状況は好都合なんだ。奴が発電所を壊した後、アイツを叩きのめす。それなら悪感情も多く使えて大した被害も少ない。叩くなら、今しかない」


 だが、人として最低限の尊厳は未だに守っているらしい。

 人々を恐怖から守るための自分達ハンターだと思うが、この範囲であれば許容ができた。


「でも俺、泰造さんがそれだけの理由で俺を救ったとは思えないんですよね」


 飛鳥が強引に話を戻す。


「……何を馬鹿なことを」


 これ以上何か言う言葉があるのだろうか? と泰造は鼻で笑った。


「あの日、俺は泰造さんに助けられました。あの時泰造さんの顔は見えなかったけれど、きっと優しい笑顔だったんだろうなって、今でも思ってます」

「……それがなんだ。だからどうした!」


 勝手な押し付けに過ぎない。誇大妄想甚だしい。

 拘束されていて余裕があまりなかった泰造は、声を荒げて飛鳥を睨みつける。


「だからきっと、それ以外にも理由があると思うんです。だって、泰造さんですから」

「……お前、俺を聖人たと思ってるのか? 少しばかり俺に酔い過ぎだぜ、お前」


 好かれているとは思っていたが、ここまで心酔されているとは思わなかった。

 ここまで変に執着されると、後処理・・・も面倒だ。第一今は、監禁室で身動き一つとれないのだから。


「そりゃねえ、第一印象とか掴みはオーケーだったので、多少贔屓目に見ているところはあるかもしれませんね。ほら、初頭効果ってやつじゃないですかね! それこそ!」


 いつもの調子を完全に取り戻し、さらには調子それに乗り始めた。

 さらには変な振り付けまでする始末。色々と手におえない。


「……それだけで俺をそこまで信じるもんかね。いや怖いわ。心ってやつは」


 溜息を吐いて呆れた目で飛鳥を見るが、彼は一向に動じない。


「確かに別に理由はある。あるにはあるが、別に言う事でもねえよ」


 その泰造の言葉に、飛鳥は跳びはねて喜んだ。


「あるんですねやったー! ぜひぜひ! ぜひ教えてください!」


 いえーい! とバンザイのポーズで頼みごとをする飛鳥。


「……なんかなー、お前そのテンションどうにかなんない? 俺がシリアスしてるんだからさ、お前のそのテンションも自重しろよ。というかいつもより加速してるな。ぶっ飛び具合が」

「ええー、気張るとこの後の戦いにさしあたりそうなので、今回リラックスモードがいいかなあ、と。大体泰造さんだってこんな話し方でシリアスするじゃないですかやだー! ていうかー、こうでもしないと俺の心が持たないというかなんといいますか?」


 あっはっは! と笑い飛ばす飛鳥。

 確かに言う通り、彼なりの緊張の解し方なのかもしれないが、こっちのテンションが駄々下がり状態になってしまうので、やめてほしいと切に思う泰造。

 とはいっても、普段素でいい加減なことをやっているので、泰造も五十歩百歩なのだが。

 飛鳥に何かを聞いたら、変な方向に話がそれる、といい加減に頭が冷えてきた泰造は、続きを話し始めることにした。


「……まあ、あれだ。お前が人間だったからだよ」

「いや、あの時ディザスカイでしたよ?」


 そう、あの時は恐竜のなりそこないの様な姿をしていた。

 あれを見て人だと思う人間はいないだろう。少なくとも、飛鳥はあの姿を見られて二回人間から逃げられている。

 ただの通りすがりの人物と、助けた人に手を差し伸べた時である。


「例えお前が化け物だったとしても、お前は泣いていた。化け物になってしまったことを、悲しんでいたんだ。ならお前は人間だ。姿形がじゃない。心が人間だと思った」


 なんだかそう評価されると、飛鳥は背筋がくすぐったくなってくるのを感じた。

 自分が意識していないところを褒められてしまい、どう反応すればいいか分からなくなるのと、似たような感覚だ。

 決して褒められたわけではないけれど、喜んでしまうのも仕方がない。

 ディザスカイになってから、こういった高評価はされたことが無かったからだ。


「――――だからお前を御せると思った」


 だが、その一言で飛鳥の表情は凍りつく。

 信じられないような物を見る目で、泰造の顔を見て、耳を向けていた。

 そんな顔にもなるよなと、少し同情しながらも、泰造は話を続ける。


「化け物の心ならそれこそ扱いづらいだろうが、お前がおちゃらけようとなんだろうと、その根っこは人間だ。なら、御する事も不可能じゃないさ」


 どうせ失敗した計画のコマがどうにかなったところで、泰造にはもうなにも痛くはない。

 彼を気遣う言葉はどこにもなく、ちゃだやけになって自分の中にあるものを吐き出しているだけだった。

 だというのに、藤堂飛鳥は微笑んだ・・・・・・・・・


「……なるほど、確かに俺なら操れそうですね。なんだかんだ言って俺チョロイン属性ありますし? でもBLルートは嫌だなあ! おっぱい大きい幼馴染属性のボクっ娘ルートがいいなあ!」


 その様子に、泰造は混乱するしかなかった。

 命の恩人と心の師として自分を慕い、心の支えとして依存していたようにも思えていた飛鳥が、強がりの可能性はあるとはいえここまで耐えるとは思っていなかった。

 いや、いつもより変な態度が加速しているので、もはや壊れてしまっているのかもしれない。


「いや、決め顔でそんなこと言われても、俺が反応に困るだけよ?」

「でもまあ、そうですか。色々と複雑な心境ですが、次の質問に行ってみましょう!」


 泰造の言葉を無視して、どこからともなくと取り出した眼鏡とメモ帳を取り出す。

 その二つに、泰造は見覚えがあった。

 いや、見覚えがあるも何も、両方とも泰造自身の所有物である。

 まさかここですべてを暴露させる気ではないかと、泰造は戦々恐々し始める。


「ペンネーム『初めてのキッスは松前漬けの味』さん事、私からのお便りです」

「んんー? それ言う必要あるか? 今そこまでふざける必要はあるか?」


 だが、自分が思っていたのとは大分違う方向だったので、少しだけ泰造は安心した。

 それを知ってか知らないでか、藤堂飛鳥は泰造に問いかける。


「泰造さんは、何が何でも復讐がしたいんですか? どうしてもあの災害級を殺したいんですか?」

「そうだ」


 その答えには、黒い執念があった。


「それはなぜ? 復讐なんかしても、誰も喜ばないし非生産的です。下手に刺激をせずに、民間人の非難に専念した方がよっぽど効果的かと思われます」

「そうだろうな」


 その答えは、いとも簡単に肯定した。


「だがな、アイツは俺の全部を奪った。家族も、友達も、恋人も、子供も……俺から奪っていった!」


 だが、その肯定の上から塗りつぶすように、自分の意見を主張する。


「それで黙ってこんな部屋に閉じこもってろだと? ふざけるな! 俺はアイツを殺さなくちゃ、気が済まない!」


 その答えは、酷く独りよがりの物だ。


「でも、それはきっと多くの人が犠牲になるでしょう。それでもですか?」

「多くの仲間は犠牲になるかもしれんが、民間人への被害は出さない。」


 その答えは、まっすぐとした確信したものだった。


「それが、人として褒められたことではないとしても?」

「その為に今日まで生きてきた。俺の意思は、曲がらない」


 迷いもない。罪悪感もない。

 二十年と五年を積もらせた復讐心は、黒く尖った槍の様な信念だった。


 その答え達に、飛鳥は嬉しいと言わんばかりに頷く。


「なるほど、それでは最後の質問です」


 そう言った飛鳥の顔つきが様変わりした。

 契約を迫る悪魔のように、全てを許す天使のように。


「その結果、自分が死んで多くの人が悲しんでもか?」

「――――ああ、死んでも殺す」


 それでも泰造の答えに、迷いはなかった。

 その瞳には、ギラギラと焼きつくような熱い恩讐に燃え上がっている。

 黒き闘志を見せられた飛鳥は、納得するように頷いた。


「それでいい。それがいい! 泰造さんは、それぐらいがちょうどいい!」


 飛鳥は泰造の枷に付いている鎖を、ディザスカイの力を上手く引き出して引きちぎる。

 枷は手首足首についているが、まあ支障はないだろうと飛鳥は判断した。

 泰造はその行いに、目を大きく見開いて驚く。


「……お前、なんで?」

「泰造さんの気持ちはよくわかります。アイツの行いは許せないことですし、色々とお世話になってるので」


 気持ちが分かるだなんてどの口が言うのかと泰造は思ったが、それは次の飛鳥の言葉によって打ち消された。


「それにほら、今回のディザスカイの起こす大災害が、俺の家族にまで及んだら、それこそ我慢なりません」


 そうだ、と泰造は思い出す。

 こいつもなりふり構わず家族の助けへと駆けつける、ある意味自分の同類だったなと。

 今しつこく自分に話を聞いてきたりしたのは、家族を守るための戦力をかき集める為であり、自分への心酔だけではなかったという事だ。

 そしてなにより、自分を愛してくれる家族が傍にいなくても戦える、そういった自分よりも強い人間なのだなと、考えを改めためることに決めた。


「だから俺、地獄の底まで付きあいますよ」


 そんな男が味方になるのであれば、心強いことこの上ない。


「……はっはっは! あーはっはっはっは!?」


 だから泰造は笑ってしまった。

 おかしいわけではない。戯言だ嘲笑ったつもりでもない。

 ただ純粋に、安心してしまったのだ。

 なぜ安心してしまったかは、泰造自身よくわかっていないのだが。

 そもそもとして、一々なぜそう思ったかの原因なんて、彼は考えない。

 ただひたすらに、結果のみを追いかける男なのだから。


「ああ、ったく! ったくよ! 恩ってのは売っておくもんだな! 俺に利用されて使い潰されるだけだが、それでもいいのかお前!」

「もちろん。その為にここに来ましたからね!」


 二人は笑いあって、手を取り合う。

 それは、結束を固めあうように、人と化け物が交わすような悪魔の契約のように。


「しゃあ! じゃあ行くか! 地獄の底だろうが奈落の底だろうが、全部まとめてひっくり返してやろうぜ!」

「合点!」


 二人のテンションが頂点にまで達した時、監禁室の扉が開いた。


「待ちなさい」


 扉の前にいたのは、奈津子と最新のDHアーマーを装着している薫だ。

 二人を通さないと言わんばかりに、そこに立っている。

 恐らく飛鳥と泰造の話を、なんらかの方法で見聞きしていたのだろう。


「飛鳥君、私は止めるようにお願いしたわよね? 彼の身体はDHアーマーの負荷によって、まだ調子は良くないの。それこそ、囲まれたら死んでしまうくらいにね。だから止めてほしいって、私ちゃんと言ったわよね?」


 奈津子が怒ったように、いや、事実として怒りながら問いかける。

 ええ、言ってましたねと飛鳥は頷いた。


「それは泰造さんも十分承知のはずです。その上で、災害級をぶっ殺すと泰造さんは言った。なら俺がこっちに付く理由としては十分です」


 飛鳥の答えは、明らかに会話をする気のないモノである。

 いや、本人からすればまだ会話をしているのかもしれないが、意思疎通をする心がけを見せていない。

 その言葉に、薫は意を決したように口を開いた。


「……飛鳥、あなたは天願泰造に依存しすぎています。もう少し自分を持ったらどうです?」


 飛鳥は口元を右手にあてて、眉間にしわを作った。


「……おかしい、俺のキャラはそれなりに立っているはずなのでは……?」

「ここでふざけるとか、マジでぶっ殺しますわよ?」


 きゃー怖い! といつも以上にふざけた態度を取っている飛鳥は、両手を背中に回し、垂直に跳ねたかと思うと片足だけで着地してウインクを決めた。

 そうやら藤堂飛鳥の思う、ぶりっ子のポーズのようだ


 薫はもうさっさと殴り倒してしまいたかったが、奈津子が自分のタイミングで言うからその時に捕らえてほしいと言っていたので、彼女の独断でそれはできなかった。


 そんなことを言っていると、飛鳥と泰造がいつもの調子で話し始めた。


「んー、どうすっかなーこれ」

「そうですねー。それじゃあ、予定通りに行きましょうか」


 飛鳥が背中から何かのリモコンを取り出し、一つのボタンを押す。

 すると、薫のDHアーマーは元にあった場所へと転送されてしまい、いつもの普段着姿に戻ってしまった。


「何やってるの榊原さん!?」

「い、いえ違います! 私の意思ではありません!」


 もう一度装着を試みようとするが、デバイス自体が反応を起こさない。


「な、なぜ……!?」


 その様子に、安心したように飛鳥と泰造は頷いた。


「おー、よかったよかった。最新型つっても基本は同じなのな」

「ですね! というわけで!」


「「さよならドロン!」」


 飛鳥が何かを地面に叩きつけたかと思うと、煙があたりを包み込んで視界を白く染める。

 確かに視界は見えない。だが最初の場所と足音で、向かう先に大体の当てを薫は予想で来ていた。

 泰造は首謀者であり人間並みのスペックだが隙が無い。

 飛鳥は従者で化け物並みのスペックだが隙がある。

 その上で確実に捕まえられると踏んだ飛鳥を選択し、組み付きにかかる。


「逃がしは―――――」

「「ダブルコブラツイストォー!」」

「ぐふっ!?」


 だがしかし、首元と胸元に二人の腕を叩き込まれ、薫は何とか受け身を取りながらも倒れ込んでしまう。

 ちなみに言っておくが、コブラツイストという名前の技ではない。これはラリアットである。

 そこら辺飛鳥と泰造は分かりながら言っているのであろうと思うと、無性に腹が立ってきた。

 すぐさま二人を止めようとするが、誰かに鼻を踏みつけられるという追撃を喰らい、一瞬思考判断が鈍る。

 その間に、飛鳥と泰造の二人は仲良くどこかに消えてしまった。


「ゴホッ、ゲホッ! くっそ! 本当にアイツら仲いいわね!? こんな時でも息ぴったりか!」


 せき込みながら、怒っている奈津子。

 薫は踏まれた鼻を擦りながら、なんとか立ち上がる。


「多分アレ、なんか悪電波を共鳴し合ってるんじゃありませんの? もうなんか……なんか……。ああ、あの二人の所為で自分が馬鹿になってきた気がしますわ」

「……違いないわね」


 もうあの飛鳥と泰造の共有する世界を理解しない方がいい、なんてことを思いながらも、奈津子はあること気に気がつく。


「というか、待って? なんで飛鳥があんなもの持ってるの?」


 そもそも、飛鳥は病室の時にはDHアーマーを取り外したし、他に武装なんてなかったはずだ。

 煙玉やDHアーマーの装着を阻害する装置だなんて、聞いたことが無い。

 そもそも、そんなことに気がつかない方がどうかしてる。


「入手経路がわかんない。え、だって私達とずっと一緒にいたわよね?」


 ええ、と頷きかける薫だったが、あの時の飛鳥の様子が明らかにおかしいことを思い出した。


「……あ、いえでも、トイレの時は中までは覗き込んではいませんでしたわ。わたくし」


 そういえば、とトイレでのことを思い出す。

 ディザスカイの高度な変態プレイとはいえ、金属音がするのは確かにおかしい。

 いや、変身しながらそういった事柄を行っていたのかもしれないが、それでも元が人間であるのであればそんな姿での快楽行為に興奮を覚えるとは思えない。


「じゃあ何? トイレに泰造があらかじめ、ああいった装置を隠してあったって事?」

「天願さんの発言からすると、そういうことかもしれません。藤堂飛鳥も、私との会話の中でうっかり泰造さん、という言葉を漏らしてましたし……」


 そういう事になれば、飛鳥は同性愛者ではないという事になる。

 そもそもとして、あの飛鳥のセリフは文脈としてもおかしかったのだ。

 だとすれば、もしかしたらあの臭いは、本当に栗の花の臭いだったのかもしれない。

 監視員に怪しまれた時用に、泰造が他の装置と一緒に置いて行ったのだろう。


「……いやいや、いやいやいやいや! だって監禁室で話して、初めて飛鳥君は協力するって話になってたじゃない? それはおかしいわよ」

「わたくしはよくわかりませんが……確か、藤堂飛鳥は人の悪感情の篭った声を聞き取ることができるとか」


 トイレの時、飛鳥武蔵は苦しそうな吐息を吐いていた。

 あれは悪感情を受けた時の副作用の物なのかもしれない。

 自分が人の悪感情を受け取るならばと薫は考えてみたが、確かに苦しそうな吐息の一つや二つ吐きたくもなりそうだ。

 むしろ怪しい吐息があれ一つだけだった、というのも上出来だろう。


「あー、そういえば、泰造が呪詛の様にブツブツ呟いてるって泰造の監禁室の職員が言ってたわ。あれ飛鳥に命令飛ばしてたってわけね……」


 もっと確認させておけばよかったと奈津子は思うが、そもそもとして別の場所にいても人の小声を機械に取り上げさせるというのも無理があるだろう。

 尋問室であれば小声も聞き取れるような録音用マイクがあるのだが、今回は移動中泰造に脱出されるかもしれないと思ったのがあだとなってしまった。


「それで、藤堂飛鳥はあそこで復讐の手伝いをするかしないかを決めたのでは?」

「……ああ、捕まったのもワザとで、ここまで泰造の掌の上だったってことね。なんか納得だわ」


 二人が納得し終え、薫が奈津子の顔を覗く。


「その割には、天城所長嬉しそうですけど?」

「……そんな馬鹿なこと言ってないで、早く追いかけるわよ! というか他の職員にも通達しないと! もう! もう!」


 やけに慌てながら、奈津子はオペレータールームへと急ぐ。

 この状況に対して慌てているのではなく、薫の言葉に動揺しているように見えた。

 もしかして、自分の鼻を踏んづけたのは……と犯人に思い当たり、薫は奈津子の顔を見ながら話し始める。


「そうですわね、あと私を踏んだのが誰か、後で調べませんと」

「……後回しよ後回し!」


 自分に素直すぎる男たちもどうかと思うが、素直にそれを後押しできない女も、恋人としてはどうなのだろうか? などと思う薫であった。

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