第8話 俺がアイツを殺すんだ!


 五年前。

 建物が崩れ去った街で、二つの影が戦っていた。

 一つは人間の男、もう一つは化け物だ。

 戦況は化け物の方が有利だが、人間もなんとかダメージを与えることには成功していた。


 だが、化け物に一人の女性が見つかったことにより、その男の心が乱れた。


「やめろ……! その人に手を出すな!」


 化け物と女性の二人の距離は、目と鼻の先。

 男が下手に動けば、女性はすぐさま死ぬことになるだろう。


 男は泣き叫ぶ。その女性だけは、失いたくはなかった。

 彼は家族を化け物に奪われていた。だから、その女性だけでも彼は守りたかったのだ。


 だが、無情にも無残にも、それは嘲笑われる。


 化け物はオモチャを扱う子供の様に、少し膨れたお腹に腕を突き刺した。

 そうして、中にあったものを血肉と共に引き抜き、地面に叩きつけた。


「……私の、私の……!」


 女性はその肉の塊に手を伸ばすが、許しはしないと言わんばかりに、化け物がその眼をえぐり取った。


「ああ、ああああああああああ!」


 なんとも悲痛な女性の叫びが、男の耳の中に入り込んでくる。

 化け物は女性の顎を削り取り、大きく笑った。

 女性はただ、そこに転がる肉塊と化す。


「やめろって、言っただろおおおおお!」


 男はぼろぼろの装甲を身に纏いながら、渾身の一撃を化け物に叩き込んだ。

 当たった。だがどうもおかしい。柔らかすぎるのだ。


 よくそれを見れば、腹に穴をあけた、男が失いたくないと思っていた女性だった。


 その一撃は、化け物によって女性を盾にして防がれたのだ。


「――――ッ!」


 男は絶叫する。

 ありとあらゆるどす黒い感情が、彼の身体を駆け巡り、そして――――



  ○


 現代。

 ニンユウガイに目を付けられた二人の戦士は、この状況をなんとか打開しようと思考を巡らせていた。

 だが、目の前のディザスカイに勝つビジョンは、どうしても思い浮かばなかった。


「……薫さん、お願いがあります」


 ディザスカイの身体を持つ飛鳥は、震えた声で呼びかける。


「……なんでしょう?」


 ニンユウガイの狂気の瞳から目を話せない薫は、荒い息遣いを混じらせながら、飛鳥の話を聞く。


「あの四人を、避難させてください」

「あなたは、どうしますの?」

「時間稼ぎを、します」


 戦うとは言えなかった。

 目の前にいるニンユウガイに勝利するイメージが、飛鳥には思い浮かべなかったからだ。


「あなたはまだ訓練を満足にこなせないような新人です。それなら私が……!」


 プライドなのだろうか。薫はどこか意地になって、その役割を行うと言い出そうとする。

 けれども、飛鳥には彼女にそれができるとは思えなかった。彼女の声には、恐怖がこもっていたからだ。


「生存確率で言うならば、人間よりディザスカイである俺の方が耐久値の方が高いと思います。それに俺は民間人の誘導なんて、できそうもない」


 穴だらけの、論理的でもなんでもない反論。

 けれども、それは薫が民間人の避難の為の後押しにはなるだろう。彼女はそれほど目の前のニンユウガイを恐れているからだ。

 何か言いたげにしていたが、薫は自分の手を強く握りしめた。


「……お気を付けて」


 薫はすぐさま車に戻ると、急いで民間人の避難活動を行う。


「シャアア!」

「それはさせない!」

【OK.Battle Gunを転送します】


 そこを魚人型のディザスカイが襲い掛かろうとするが、飛鳥が素早くデバイスを操作し、拳銃で弾丸を撃ち込み牽制する。

 魚人型のディザスカイは飛鳥の方へ向き、すぐさま襲い掛かる。


『やめてください! 世界でも数えるほどしかいない”災害級”は、TDGが勝てないと判断した正真正銘の化け物です! 時間稼ぎだとしても、命の保証はできません! 今からでも一緒に逃げてください!』


 通信で沖野が必死に飛鳥の行動を制止しようとするが、飛鳥は魚人型のディザスカイを蹴り飛ばしながら首を横に振る。


「それに、俺だって化け物です!それぐらいはやって見せますから、オペレートの方をお願いします」


 災害級と謳われたのであれば、音声認識やデバイス操作だけでは対処に追いつくかも不安になってくる。

 ならばオペレーターが状況に適したと思った武器を転送し、自分がそれを扱えばいいと飛鳥は考えたのだ。


「それに、もう遅い」


 腕を振らず、一歩一歩踏みしめながら、ニンユウガイは飛鳥の方へと歩み寄ってくる。

 他の事柄は瞳に映らないと言わんばかりに、一直線だ。

 薫が民間人たちをサイドカーに乗せて、この場から走り去る光景を目にしてもである。


【OK! Finish Move!】


 デバイスを帯電させた物をベルトから引き抜き、拳銃の差込口に挿入した。


「まず、お前は邪魔だ!」

【One Soul Input!】


 飛鳥は蹴り飛ばして距離の開いた魚人型のディザスカイを撃ち抜き、今度こそ爆散させる。

 そして、すぐさまニンユウガイに蹴りかかった。

 だが、ニンユウガイはそれを左手で払い、右の拳を飛鳥の腹に叩き込む。


「がぁ……!?」


 その一撃は、装甲を付けている飛鳥に膝をつかせ、悶絶させるには十分だった。


 それを見下ろし、ニンユウガイは笑う。

 錆びついた歯車の様に、壊れたオルゴールの様に、幼げな赤ん坊の様に。

 恐怖と不安を誘いこむように、哂う嗤う呵う――――。


【OK! Finish Move!】


 デバイスを操作し、最大の一撃を叩き込むため、拳銃を腹に突きつける。


【One Soul Input!】


 辺り一帯に轟音が鳴り響き、ディザスカイを屠る一撃がニンユウガイに直撃する。

 土埃が舞い、静寂が訪れる。

 だが、拳銃をその手に握る飛鳥は分かっている。それが戦いの終わりではないことに。


「……嘘だろ、おい」


 なぜならば、拳銃を突き付けている感覚が、まだこの手にあるからだ。

 土埃が晴れ、そこにいるのは、傷一つないニンユウガイ。


 何も言わず、何も笑わず、ただ淡々と地面に跪いた飛鳥を一つ踏みつけようとしてくる。


【OK.Battle Shieldを転送します】


 DHアーマーから音が鳴り響き、左手首に何かが付けられたのを感じた。

 それが盾だとわかった飛鳥は、ニンユウガイから身を守るため盾を突き出す。


 それに生じた衝撃は、想像していた以上のものだった。

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。

 その一撃だけで、大地が揺れた。


「……な、なんだこれ!?」


 今まで飛鳥が会ってきたどのディザスカイと比べると、それは遥か高みの力だといえる。

 驚きので、飛鳥は少し放心していたのかも知れない。

 それは明らかに悪手だった。


 ニンユウガイは盾で攻撃を防がれても、なお踏みつけることをやめない。

 何度も何度も何度も何度も、鋭く重い足が飛鳥の盾を襲う。

 その攻撃に脱出する隙は無く、拳銃で何度攻撃を試してみても、止まるどころかだんだんと加速して踏みつけてくる。

 そして最後に、ニンユウガイは今までより少し力を入れて。


 ――――盾ごと飛鳥を踏み抜いた。


「うぁぁぁあああああああああああ――――!!??」


 情けない、悲痛な叫びが飛鳥の口から発せられた。


 ただそれだけの一撃で、左手に備わっていた盾と、DHアーマーの装甲は砕け散る。

 飛鳥の骨は軋み砕け、内臓は潰れ破け、肉が飛び散り、血が噴き出す。

 衝撃の余波で飛鳥の下の地面が陥没し、大地が大きく揺れた。


 ニンユウガイは再び笑う。

 空前絶後の奇奇怪怪なる笑い声を、狂瀾怒濤に奏でながら。

 ボロ雑巾の様になってしまった飛鳥の姿が愉快なのか、踏みつけたことが楽しいかは分からない。


 分析不可、理解不能の狂気なる凶器の塊。

 それを飛鳥はその身をもって思い知らされた。


 胸の奥にある戦意が、消沈していくのを飛鳥は感じる。

 生殺与奪の権化に、飛鳥の心はただの一撃で恐怖を抱いてしまったのだ。


「……ぁ、ぅぐあ……!」


 何とか起き上がろうとするが、身体がいう事を聞かない。

 それも当然だ。壊れた物は直さなければ動きはしない。

 ましてや、胴体を足で踏み抜かれてしまったのであれば動きようがない。


 再びニンユウガイは足を振り上げ―――――飛鳥の顔を潰す。


 飛鳥が動くことは無くなり、形のある手足をだらしなく放り投げた。


 ニンユウガイはそれを確認することなく、飛鳥を遥か遠い海の方向へと蹴り飛ばす。


 大きく飛んでいくのを確認すると、ニンユウガイは踵を返し、発電所へと引き返した。

 発電所の上には、いつの間にか緑色の光球が浮かんでいる。

 ニンユウガイは、その元へと向かっているのだ。


 呵い、嗤い、哂いながら。


  ○


 星一つない夜の時間。

 海の浜辺で、崩れ歪んだ形をした飛鳥が、水浸しになって打ち上げられていた。

 だが意識を取り戻すことなく、ただそこにあった。


「藤堂飛鳥らしき物体を発見」

「案内しろ」

「了解」


 そんな飛鳥の元へ、TDGの隊員が複数駆けつけていた。

 彼らはDHアーマーではないが、簡易ながらも装甲を身に着け、多くの荷物を背負っている。

 飛鳥の元へたどり着くと、DHアーマーを手順に沿って外し、飛鳥の身体を確認していく。


 藤堂飛鳥の身体は、ひどい損傷を受けていた。

 腹の肉はぽっかりと開いており、壊れた装甲の破片が混ざってしまっている。

 顔も陥没しており、DHアーマーが無ければこれが藤堂飛鳥だと判断はできなかっただろう。


「……流石はディザスカイ、といったところか」

「ええ、そうですね」


 だが、飛鳥の身体は人では考えられない程の回復量を持っていた。

 徐々に徐々に装甲の破片といった異物を身体から排出し、傷を塞いでいく。

 それは顔も例外ではなく、段々と元の形へと戻っている。


「……こりゃ下手に治療はしない方がいいな」


 隊長格らしき男が、通信機を使って連絡をし始めた。

 連絡先は、榊原研究所だ。


「こちら回収班、藤堂飛鳥の身柄を確保。ひどい損傷を追っていますが、ディザスカイ特有の回復量で回復しています」

『了解。海から多数のディザスカイの反応がそちらへと接近中。藤堂飛鳥を回収しだい、すぐに戻ってくるように』


 榊原研究所の所長である奈津子がそれに応じ、情報を渡す。


「了解、ナビの方もそちらに任せる」

『わかりました。担当の者とかわります』


 やり取りを終えると、通信機を切って他の隊員に指示を出す。

 即刻ここから離れるぞと。


 飛鳥の身体を回収し、車に乗せたTDG隊員達は、榊原研究所へと走り出した。

 海を見れば、多くの異形なるものが集っているのがわかった。

 一人の若い隊員が、隊長に声をかける。


「……隊長、我々はあれに対処しなくていいんでしょうか?」

「下手に手を出せばニンユウガイが何をするかわからん」


 情けないと自覚しながらも、若い隊員に首を横に振る隊長。


「災害というのは、人間ではどうにもならないからな」


 海から離れ、車は研究所へと順調に戻っていく。

 異形の者たちが”ウルガウルガ、ニンユウガイ”と称える声を背にして。


  ○


 オペレータールームは、現在非常に忙しい状況にあった。

 災害級ニンユウガイによる現在の被害状況の確認、最大どれほどの被害が出るのか、どんな情報操作で事前に近隣の住民などを避難させるかなど、調べること考えること指示する事が普通のディザスカイの襲撃よりも大変なのだ。


 そんなところに、普段着に着替えた泰造が入ってきた。


「飛鳥はどうだ?」

「回収されたわ。けどあなた、どうするつもり?」


 何がだ? と言いたいように首を傾げる泰造。


「勝手に上層部に、ニンユウガイ討伐をさせてほしいって掛け合ったそうじゃない! あなたは怪我人よ! いかせるわけにはいかないわ!」

「何日前の事だと思ってんだお前は! もう普通に全快した! 何も問題はねえだろ!」


 事実、泰造の傷はニンユウガイと交戦した時の古傷以外はもう治っている。

 それででも奈津子は首を横にふる。


「絶対に行かせない。上層部にも余計な刺激は与えるなって言われてるでしょ!」

「今行かなきゃ、また多くの人が犠牲になるんだぞ! 俺は震災の後処理の為にここに入ったわけじゃねえ!」


 泰造の言葉に奈津子は頭を抱えたように見えたが、すぐさま泰造を指さす。

 何をしているのか分からず、泰造はその指先を見ているだけだ。


「……拘束して」

「は?」

「こいつを拘束して、監禁しなさい!」


 どうやら戦闘できる隊員が潜んでいたらしく、泰造を囲み腕を締め上げる。

 その腕には、瞬く間に手錠がはめられてしまう。


「な!?」


 唐突の事で反応できなかったのか、あっという間に拘束されてしまった泰造は、他の隊員に引っ張られ部屋から連れ出されてしまう。


「おいふざけんな離せ! 俺に、ニンユウガイを殺させろ! 俺がアイツを殺すんだ!」


 抵抗するが、複数人ではさすがに分が悪かく泰造に為す術はなかった。

 どこまでも悲痛な泰造の叫びを後に、オペレータールームに静寂が訪れる。


「……本当に全快だったら、そんなの簡単に蹴散らしてるでしょうに」


 一つ、奈津子が呟く。

 それは、どこか悲しそうにも思えた。


  ○


 泰造がつい先日まで療養していた病室。

 そのベッドに、今は藤堂飛鳥が眠っていた。

 TDGの回収班に連れられた後、ここにはいない泰造の代わりに連れ込まれたのだ。


「……う、あぁ……?」


 意識も記憶もぼんやりとしているのだが、なんとか目が覚めた飛鳥はゆっくりと起き上がる。


「……驚いた。あれで本当に生きてましたのね」


 ベッドの傍には、薫が座っていた。

 ナシの皮を剥いており、爪楊枝でその中の一つを刺し、


「あれでって……あー? うん、確かにそうだ。俺あれで良く生きてるな」


 意識や記憶もくっきりとし初めて、何とか状況を把握することに飛鳥は成功した。

 確かに薫に言われた通り、腹を貫かれ顔を潰されて、なお生きている自分は本当に化け物だのだと実感する。

 そして、思い出して一番に気になることがあった。


「あの民間人はどうなったんです?」

「……お蔭さまで、生きてますわ」


 ナシを刺した爪楊枝を飛鳥に渡し、飛鳥はそれを手に取った。


「ならよかった」


 むしゃむしゃと、ナシを頬張り飛鳥は笑みを浮かべる。

 ナシというは元々味が薄いと飛鳥は感じていたので、食感などにあまり違和感が無いのがお気に召した様だ。

 そんな飛鳥を前にしても、薫は笑みを浮かべず、どこか沈んだ表情だ。


「……にしても、災害級でしたっけ? あれインフレ少年漫画から出てきたようなやつでしたけど、なんなんですあれ?」

「…………」


 その言葉に薫は目を逸らし、ナシを頬張る。

 どうやら触れられたくない話題らしいが、飛鳥はお構いなしだ。


「魚人のディザスカイだって突然『ウガウガー!』とか言い出すし、ぶっちゃけ何が何だかわからなくて置いてけぼりの気分です」


 こちらはいつもの調子を取り戻し、流暢に話始める。


「……あなた、能天気ですわね」

「そうですか? それより俺は、あの災害級の対処方法が知りたいですね」

「そんなもんありませんわ」

「……へ?」


 予想外の言葉に、飛鳥は間抜けな声を漏らす。

 そんな飛鳥に、今度は薫がお構いなしに話し始める。


「災害ってご存知? 地震とか津波とか、台風とか。それは、生きとし生きる者達が抗えない自然界のルールの暴力」

「そりゃ俺だって知ってますよ流石に」


 そう言われて一つ思い当たる。

 ディザスカイの事に関して調べた時に、ハリケーンが人の名前を付けられるのは、人型のディザスカイがそれを引き起こしていたことがあったからなのだと。


「アレはそれです。私達では、どうにもならないルールの暴力。五年前と二十年前、あれが大暴れしました」

「五年前と二十年前って……え、もしかしてあの大震災、あれあのディザスカイが!?」


 その二つの事柄は、日本の近代史にも残る大震災だ。

 ある程度の年齢であれば、知っていて当然の事柄である。

 建物は潰れ、人々は飲み込まれ、多くの人のの心に傷跡を残した。

 それをあのディザスカイがやったのかと思うと、自分と戦った時はまだお遊びだったのだと悟らされる。


「他のディザスカイはあれをニンユウガイと呼んでいらしいですが、TDGではもっぱら災害扱い。下手に刺激すれば、それこそ何が起きるか分からない。人では対処のしようがない。故に、”災害級”」


 その言葉に、飛鳥は息を飲む。

 今まで軍隊級や殺人級など、様々なディザスカイの相手をしてきた。

 中には地獄を生み出すほどに強いものもあったのを、覚えている。

 逆に言えば、それらは対処できる技術をTDGは持っているという事である。


「……じゃあ、その災害級は今何をしているんですか?」


 薫はその言葉に眉をひそめたが、すぐに気にせずに話し始める。


「私の中に入ってくる最新の情報だと、発電所に立て籠もってるらしいですわ。それ以外の被害は、貴方を踏みつけた時の軽い揺れですわね。多分夜に発電所を壊して、混乱に陥れるんじゃないでしょうか?」

「夜って……今何時です?」

「今は六時半。私だったら九時に発電所をぶち壊します」

「……そうですか」


 ――――なら、二時間半までに何とかしなければ。

 あれだけ恐ろしい体験をし、忠告をされても、飛鳥は自然とそう考えていた。

 何かヒントになる様な事はないだろうかと、飛鳥は泰造に会うためにベッドから降りようとした。


「天願さんなら今監禁中ですわよ」

「はあ!?」


 だがそれは薫の先制攻撃により、たまげてベッドへ転がることになる。


「あのお方、あの災害級に恨みつらみが積み重なってまして、所長命令で監禁されてます」


 そう薫は言うが、飛鳥にはどうも信じがたかった。

 起き上がりながら、飛鳥は疑問を口にする。


「いや、でもディザスカイを恨むとか、それ普通の事なんじゃ……」

「あれは私とあの人にとって、特別なのよ」


 そう言って入ってきたのは、奈津子である。


「あら天城所長。オペレータールームで指示を出していたのではなくて?」

「本部から来た優秀なかわいい部下に任せました」

「……瑞穂、あなたって人は本当に嫌な役押し付けられやすいですわね」


 飛鳥は察せなかったが、友人である薫にはそれが沖野だとわかったらしい。

 どうやら彼女は苦労する性格のようだと、飛鳥は今更ながらに知った。


「それで、特別ってなんでです?」


 意味がよくわからず、飛鳥は首を傾げて奈津子に質問を投げかける。


「あなたに話す必要性はないから、言わなくてもいいでしょう?」

「あら、それはおかしいと思いますが?」


 それを受け流そうとした奈津子だったが、薫によってそれは防がれる。


「おかしいって、何がかしら。榊原さん?」

「所長さんも天願さんも、私怨で藤堂飛鳥を利用しようとしているじゃありませんか。しかも、あの災害級を」


 その言葉に、奈津子は驚いた表情を浮かべた。

 どんな状況か分からない飛鳥だが、それくらいは分かった。


「……誰から聞いたの?」

「情報の所在はどうでもいいでしょう。あなたが困るだけです。それより、いくら協力関係を築いているとはいえ、なぜ利用しようとしているのかくらいは説明した方がいいんじゃないでしょうか?」


 その言葉に、飛鳥は首を傾げる。


「……利用って、そりゃ俺の身体は貴重な研究サンプルなんですから、利用できるのであれば利用するのが妥当だと思いますが……あれー?」


 薫は溜息を吐いたかと思うと、イスから乗り出して飛鳥に顔を近づけた。


「あなたは自分をそう過小評価をしない」

「え? 過小評価も何も……」


 反論しようとした飛鳥だったが、薫の怒りににた悪感情を察し、口を閉じる。


「とにかく今は黙って彼女の話を聞きなさい。いいですわね?」

「……は、はい」


 よろしい、と言って椅子に座り直す薫。

 今日の薫はおかしすぎると思いながらも、言及すると話が脱線しそうだったので今は控えておく。


「……わかったわ。話しましょう。私からは、さわりだけだけどね」

「十分です」


 奈津子の言葉に飛鳥は大きく頷いた。

 実のところ、飛鳥は泰造の事を何も知らない。

 話してもらえるだけでもありがたいのだ。これ以上わがままは言えない。


 その様子をみた奈津子は、やれやれとでも言いたそうな顔をして、ゆっくりと話し始めた。


「二十年前、泰造はあのディザスカイによって引き起こされた震災によって、自分の家族を殺されたのよ。五年前には、婚約者をね」

「……え?」


 間抜けな声を出したのは飛鳥ではない。薫だ。


「……五年前辺りから、あなたと天願さん、お付き合いしてませんでしたけ?」

「ええー!? 奈津子さんって泰造さんの恋人なんですか!?」


 痴話喧嘩染みた会話をしていたことはあったが、まさか恋人まで発展していたことに飛鳥は驚いた。

 てっきり友人以上恋人未満の関係だと思っていたのだ。


「そうよ。姉が死んでから、あの人は私に乗り換えたの。DHアーマーを作るなら、私としかないって思ったらしいわ。私はあの人を愛してるけど、あの人は私の頭目当てなのよ」


 なんともアダルティな内容に、飛鳥が苦い顔をせざるをえなかった。

 本当に泰造さんの事を知らなかったんだなと、自分の無知さ加減にあきれるばかりである。


「……はー、なんか大人な関係。というか薫さん。あなたなんか知ってそうな発言醸し出してませんでした?」

「あ、いえ。二十年前の件は知ってましたが、五年前にもそんなことがあったなんて知らなかったものですから……しかもご姉妹って」


 話をつづけるわよ、と言ってそのまま奈津子は言葉を続ける。

 あまりに冷たい言い方だったので、飛鳥は思わず背筋を伸ばしてしまう。

 奈津子が説明する限り、話はこうだ。


 七年前、ディザスカイの正体を知った泰造は、この研究所を榊原長官に貸し与えられてDHアーマーの開発に情熱を注いでいた。

 家族の仇は、必ず自分の手で討つんだと。


 だが開発している間に、二人の男女が恋人になった。

 それが奈津子の姉と泰造だ。二人は将来を誓い合っていたが、周りには秘密にしていた。

 なぜなら、結婚すると報告するときに、驚かせたいという気持ちがあったらしい。

 彼らは二人そろって、変にエンターテイナーなところがあるのだ。

 二人は休みを使って、こっそり旅行などにも行ったりもした。


 その最後の旅行場所が、東北の地域である。


 災害級が二人の目の前に現れた時、泰造は試作品段階であったDHアーマーを使いニンユウガイと交戦した。

 その交戦の最中、ニンユウガイは泰造の婚約者を目の前で殺したらしい。

 怒りに身を任せた泰造は、もちろん負けだ。生きているのが不思議だと言われるほどに。

 その戦闘の苛烈さは、歴史を見ればわかるだろう。


 そして婚約者のお腹の中には、小さな命が芽吹こうとしていたらしい。

 つまるところ、泰造は今までの家族を奪われ、これからの家族さえも奪われたという事だ。


「……それで、俺を利用しようとしたっていうのは。どういうことなんでしょう?」


 一番重要な部分に、飛鳥は息を飲んで問いかける。

 奈津子は苦い顔付きで、こう答える。


「……それに関しては、本人に直接聞いてみたらどうかしら?」


 あ、こいつ押し付けたな。と薫は思ったが、口には出さなかった。

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