第7話 待ちわびたぜ。この時を


 海辺にある錆びれた工場跡地に、四人の若者たちが車で来ていた。

 最近ネットでここでは魚人がでるという噂が流れており、面白がった若者四人は休みの日を利用し、ここを探索しようという話になったのだ。


 工場の倉庫らしき建物に若者四人は入っていく。

 先陣を男二人が進み、女性陣二人が後からついて来ていた。


「……ねえ、もうやめようよ。なんだか薄気味悪いよ……」


 怖気付いた女性が、男性陣に呼びかける。


「こんな所どうってことないどうってことない。そんなんより、お前らも噂の魚人を探そうぜ」


 女性陣を気にも留めず、男性陣は工場跡地の建物内へと入っていく。

 自働車に先に戻ってしまおうかと女性陣二人は思ったが、こんな所に車内で待っているのも怖くて仕方がない。だいたい車の鍵は男性陣が持っている

 なので女性陣達も、置いて行かれないように付いていくしかなった。


 そんな四人を見て、暗闇に潜む異形の影は人知れずにほくそ笑む。


  ○


 薫は今日の訓練を終えて、斎条将人に会うためにオペレートルームへ来ていた。

 ここにはDHアーマーの装着者、通称ハンターのサポートと、現場に赴くTDG職員を遠隔サポートするための設備がそろっている。

 設備だけではなく、それを誘導するオペレーターもいるわけであり、彼女専属のオペレーターである斎条も仕事時はここにいることが多い。

 の、だが。

 薫がここで探し回っても、見当たらないのだ。


「あ、榊原さん! こんにちは! 今日はどうしたんですか?」


 そう話しかけてきたのは、眼鏡の似合う沖野オペレーターだ。

 彼女とは訓練生時代からの友人であり、今は藤堂飛鳥といういつ爆発するかわからない爆弾の共同監視責任者である。

 彼女は現在設置されたパソコンで、何か映像を見ているようだったが、薫が来たのに気がついて慌てて挨拶をしに来た。


「こんにちは。いえ、少し将人と話がありまして」

「ああ、斎条さんなら、今皆のおかしを買って来てくれているところです」


 その言葉に、薫は耳を疑った。


「……パシられてますの? アイツ」


 斎条将人と薫は幼馴染であり、それなりに互いの事を知っている。

 彼は人前では猫を被っているが、プライドが高く気に喰わない人間には添える程度に陰湿な嫌がらせをする本性を隠し持っている。(別に人間なんて皆そんなモノなので、薫は気にしてはいない)

 それは自分の前でも同じなのだが、彼は薫が気づいていることに気づいていない、という事も知っているほど、薫は彼の事を知っているつもりでいた。

 そんな彼が本部というホームグラウンドではないとしても、そう簡単にパシリにされるはずがないのだ。


「パシリと言いますか、ここではじゃんけんで負けた人が買って来るルールでして……」

「……あー」


 将人はじゃんけんにめっぽう弱い。ワザとじゃないかと思う程に弱い。運命操作されていると言われたら信じられてしまう程弱い。ワーストじゃんけんならば百戦錬磨なのだ。

 ちなみに将人がじゃんけんが弱いという事は、同期の沖野も知っていたりする。

 恐らく彼女がじゃんけんで決めるように誘導していた、という事もあるかもしれない。


 それに彼は基本的に猫を被っている人間なので、そういった事柄でわざわざ騒ぎ立てる程バカではない。

 それならばと、薫は理由としては納得ができた。


「まあ、それならばここで待ってればいいでしょうね」

「え、ええ、そうですね」


 自分の言葉に、沖野はそこはかとなく目を逸らした、ように薫は感じた。

 まるでここに居られては困る様な反応である。

 ということは、と薫は一つの推論を立てた。


「瑞穂、ここの設備を私用に使うのは、あまり感心できませんわよ」


 恐らく、暇潰しに映画か何かでも見ていたのだろう。最近この担当地区ではディザスカイの起こす事件が少なく、やることもあまりないのだろう、と薫は思った。

 その言葉に、瑞穂は慌てて否定し始める。


「ち、違います! 飛鳥さんの名場面の映像なんて集めて保管とかしてませんから!」


 想定外のセリフに一瞬意味が理解できなかった薫だが、ちゃんと脳内で処理をして沖野を見てみる。


「い、いや違います! 本当に見てませんし集めてません! 本当です! 本当ですから!」


 そこには、自分の失言にさらに失言を重ねる程慌てている沖野の姿があった。


「……えっと、ちなみにあんな化け物のどこに名場面が?」

「飛鳥さんが天願さんの言葉で救われるシーンです!」


 薫の質問にどんどんぼろを零す沖野。

 友人が悪い男に捕まりそうで、彼女の将来が不安になってくる。

 そして、その言葉で薫は藤堂飛鳥の報告書に、『天願泰造の言葉により藤堂飛鳥はTDGに協力することとなった』といった趣旨の言葉があったことを思い出した。

 化け物を言葉巧みに操った天願泰造の交渉技能。それを今ここで見れるなら、少し見てみたいと思った。

 戦闘中の言葉で組織と協力した、という話も耳にしたので、今後の参考になれば幸いである。


「わたくしにも見せていただけないでしょうか?」

「……え、いや、それはその」


 しかし、沖野は歯切れが悪く、どうも歯切れの悪い言葉しか出てこない。

 個人情報だから自分には見せたくない、とでも思っているのだろうか


「私用で使っていたのは、黙ってあげますから」

「……うぅ、あの、この事は他の人にはご内密にお願いします」


 そう言って、沖野は薫にヘッドホンを渡す。

 どうやら覗き見を防止するための機能も付いているらしく、薫はパソコンの席に着かなければならなかった。


『――――な、なんだこれ。なんだよこれ!?』


 そこに映り出されたのは、冷たい雨が降る最中さなかから始まる記録。

 その後の研究所に招かれた時の記録や、戦場に連れ出された時の記録など、彼女たちが研究所に来る前の、藤堂飛鳥のほとんどがそこにあった。

 …………それを全て見終わった薫は、沖野に顔を向ける。


「……瑞穂、こんな多く映像どこで得ましたの? 中には、天願さんや天城所長の小部屋とかもちらほらと。流石にこんな映像、渡されるわけありませんよねえ? TDGの二大英雄の個室とか、それこそ出禁レベルですものねえ?」


 その視線は、沖野に深々と突き刺さる。

 隠し事は薫にできないと悟った沖野は、正直に白状することにした。


「……えっと、映像は別として、話すつもりではいたんですが、実は天願さんに――――」


 その後に続く言葉に、薫は再び自分の耳を疑った。


「……ああ、まったく。相変わらず手段を選びませんわね。あの人は」


  ○


 今日の訓練を終えた飛鳥は、沖野に頼んで自分の家族に対する資料を貸し出してもらい、自室で読みふけっていた。

 面と向かって会えない家族だが、こうして無事を確認できると少し落ち着く。

 他にもできるだけ自分の周りの人間に対することも調べてもらい、資料としてまとめてもらっている。

 自分の事を怖がってはいるが、沖野は良い子だなと飛鳥は思う。


 ちなみに、ここまでTDGが飛鳥は優遇するのは、家族の時の様な暴走を起こさないためだ、と言うのは泰造に教えられ飛鳥にもわかっている。なので変に嘘を吐くことが無いとも。

 しかし、沖野は嫌な顔をせず自分の頼みを聞き入れてくれて、その辺り飛鳥のささやかな救いだったりする。

 最初のコンタクトの時、変に脅かさなければよかったと後悔するばかりだ。


 その資料を途中まで読み、夕方になる様な時間帯に、警報は鳴った。


【エリア2B地点28にディザスカイ出現。記録にはない新種との情報。脅威度はエネルギー量からして大量殺人級かと推定】


 資料を放り出し、慌てて外へ飛び出す飛鳥。

 だが、そこでばったり薫と出会った。

 まだ薫と仲良くなれる術を思いついていないので、あまり顔を合わせたくはなかった。


「……ああ、その、どうも」


 だが、思いの他薫の印象は柔らかかった。

 嫌いという棘はなく、どことなく罪悪感を醸し出している悪感情を感じた。

 飛鳥自身は何もしていないのだが、もしかしたら泰造さんが何かフォローを入れてくれたのかもしれない、と飛鳥は好意的に解釈をする。


「どうも、時間もありませんし、急ぎましょう!」


 薫は、少し迷ったような顔をしたが。


「……ええ、行きましょうか」


 不安という悪感情の篭った言葉で、飛鳥に返した。


 ○


 飛鳥と薫はその後すぐさまムーブルームへと急行し、整備員達から二人分のバイクを用意してもらい、TDGが秘密裏に作った地下通路を走り抜ける。

 急行した先は、随分と廃れ錆びれた工場群だ。

 ロケーションは曇り空と良くないのだが、周りには海や山もあり、近くには多くの人が住む街並みが見える。

 どうやらこの中にディザスカイがいるとの事だった。

 飛鳥と薫はバイクに降りて、辺りを見回していた。


「……えっと、取り敢えず俺達は、ディザスカイを探さないといけない感じですかね?」


 既にDHアーマーを装着していた飛鳥は初めての正式なディザスカイ退治と、DHアーマーに備わっている通信機能に戸惑いながらも、研究所でオペレーターをしてくれている沖野に話しかける。


『はい、そうなります』


 以前沖野が飛鳥に説明したことがあるのだが、研究所内での警報はDディザスカイサーチャーという観測システムによって、活発化したディザスカイを察知し過去の記録と即座に照らし合わせ、ああいった警報が鳴るらしい。

 だがそれも特定の地域を絞り込むのに精いっぱいで、街のどこにいるなどの情報までは分からないという事らしい。


「手分けして探すとしますわよ」


 先程に比べると、いつもの調子を取り戻した薫が支持をだす。こちらも黄色いアイシールドに青い装甲と、既に装着済みだ。

 有言実行すると言わんばかりに探索しようとするが、飛鳥が手でそれを制す。


「いえ、もう見つけました。多分ですけど」


 ディザスカイの反応を察知するのであれば、飛鳥も負けてはいなかった。

 人の悪感情の篭った声の聞こえることを応用し、場所を割り出したのだ。


「貴方便利ですわね」


 皮肉交じりに薫は飛鳥を褒めるが、飛鳥はそれに構わず話を続ける。


「……えーと、俺は最近人の悪感情の篭った声を聞き取れるようになったんですよ」


 そういえば奈津子さんの報告書にそんなことがあったな、と薫は情報を照らし合わせる。 


「それで、俺もディザスカイの居場所を察知できるわけじゃないんです。でも、いる場所が分かったんです」

「ああ、そうですか。大体わかりました」


 薫は飛鳥の言葉から、大体の事が予測で来ていた。

 飛鳥の言葉から察するに、ディザスカイが人と接触し、恐怖の感情の篭った叫び声でも出しているのだろう。

 もしくはもう殺されかけているか、と言う可能性も考慮できる。

 そんな薫に感心したように頷く飛鳥は、流石ですねと素直に褒めて言葉を続ける。


「はい、お察しの通り、カージャックされてます」

「……はあ!?」


 あまりの予想外の言葉に、薫が淑女らしからぬ声を出したその時だ。

 薫の耳に車が走る音が聞こえ、その方向に振り向く。


 そこではキャブオーバー型の自動車が飛鳥たちのいる道と交わっている十字路を、今まさに横切ろうとしていた。

 その運転席では男が怯えながら運転しているが、その助手席では全身魚の鱗を纏ったディザスカイが、爪で死なない程度に男の腕を切り裂き遊んでいる。

 後ろにも人が五人乗っており、凶行に走るディザスカイに怯えているように見えた。

 鱗を身に纏ったディザスカイはその様子を見て、明らかに楽しんでいる。

 そして彼らの向かう先を見て、薫は溜息を吐いた。


「仕方がありません。まずは民間人の救出を。と言いたいところですが……困りましたわね。とりあえず追う形でよろしいですわね」

『ああ、わかった。それでいいよ』


 薫はオペレーターの斎条将人の確認を取り、バイクにまたがって車を追おうとする。

 すぐさま飛鳥もバイクを走らせ、薫と並走する。


「あの、民間人の救出が困るって、どういうことですか?」

「……えっと、逆に困らない理由がありまして?」


 薫は飛鳥が何を言いたいかわからず、少々困惑する。

 飛鳥もなぜわからないのか分からずに、首を傾げる。


「いやだって、困らない理由ないでしょう? 民間人ですよ? それ救うのが俺達の仕事じゃないんですか?」


 その言葉で薫は飛鳥が何を言いたいか理解できたようで、困ったようなそぶりを見せた。


「別に助けないとは言ってません。あれが罠の可能性と言う事もあるでしょう?」

「……なんで罠の可能性があるんです?」


 十分わかりやすく言ったつもりだったが、飛鳥が首を傾げているのを見て、流石の薫も思わず真顔になる。

 もっとも、鉄仮面でその表情は隠されているので飛鳥にはわからないのだが。


『……あ、やっぱり。あの、飛鳥さん。ディザスカイの向かう方向の先を見てください』


 オペレーターの沖野が息を飲むような男が聞こえたかと思うと、急に指示を出される。

 その先にあるのは、細長い煙突が備わっている建物だ。


「あれってもしかして、火力発電所、かな?」

『そうです。今にも雨が降ってきそうな空模様ですが、そろそろ夜になる時間帯です』


 飛鳥の言葉に沖野が頷き、その言葉に続いて薫が離し始める。


「いいですか? 夜になって発電所が壊されてごらんなさい。人はそれだけでパニックになります。さらには暗闇に紛れて他のディザスカイ達がこの街に攻めて来たら、それこそ大惨事です」

「ならその前にあの人達を助けなくちゃ!」


 そう飛鳥が進言するも、薫が手で制して飛鳥の口を止める。

 すぐに行動に移すのは美徳だが、今はこの見解の相違をどうにかするのが先であると薫は判断したのだ。

 現に車を遠くから気付かれないように追跡しており、アクセルを回せばいつでも奇襲はかけられるようにしてある。


「だから、だからですね。罠の可能性も考慮しなさい。なんでわざわざあんな目立つやり方で特攻しますの? そんなことをするぐらいなら、夜間に発電所を襲撃する方がまだ理に適っていますわ」


 言われてみればそうだ、と飛鳥は思う。

 あまりに正論過ぎて、飛鳥は何も言えなかった。


 ちなみに発電所を襲撃したケースは過去にも何件かあるのだが、TDGが発電所近くに地下通路などを作って、すぐさま急行できるように対策を取っていたりする。

 そうする前は発電所の襲撃も多々あったが、そういった対策を取ることによってディザスカイ側も襲撃することは少なくなった。


「ですから慌てずに行動なさってください。いいですわね?」

「……分かりました」


 飛鳥が納得したように頷き、一安心する薫。

 勝手に一人で先行されてはこちらが困る。じゃじゃ馬の手綱を握るのも大変だと、薫は鉄仮面の下で苦笑いを浮かべた。

 なにしろ、家族を守るために、あの研究所を大脱走しようとするほどの気概の持ち主だ。

 人間としてそこら辺は色々な意味ですごいといえるし、家族を大切に思うのはいいことだと薫は思う。

 しかしそんな優しさがここで暴走されては、自分が困るのだ。なので薫は、慎重に言葉を選んで飛鳥を誘導しなければらない。

 もっとも、それは飛鳥のオペレーターの沖野の仕事でもあるなのだが、彼女は飛鳥に強く言えないようなので、薫が独断で行っている。


「そこで飛鳥さん、聞きますがあの中にいる人間とディザスカイの区別、つきまして?」


 飛鳥の気をできるだけ損ねないように、慎重に問いかける。

 ……少なくとも、彼女はそう思いながら話しているのだが、あまりそうは聞こえない。


「多分ですが、分かります。人間の演技フリをしてるのが二匹ぐらいとかですね」


 飛鳥は人の悪感情の篭った声などを感知できるようになった。

 しかし、それは人の話であり、ディザスカイの事は感知することは不可能なのだ。

 だが飛鳥が分かると言えたのは、もちろん理由がある。

 ただ単純に、その二人から何かしらの悪感情を感じないのだ。

 それだけで判断しても大丈夫なのか、ということで助手席にいる魚人型ディザスカイとも比較し確認したところ、そのディザスカイからも何も悪感情が出てこないという事がわかった。

 なので、飛鳥はそういう事が出来たのだ。


「では、人命救出はアナタに任せます。私は助手席に乗っているのをとりあえずひきずり落としますので」


 その言葉に、飛鳥は驚いた。


「俺の言葉、信じるんですか?」


 彼女は藤堂飛鳥という人間を、今すぐにでも退治したいと言う程に嫌っていたはずだ。

 だというのに、こうも簡単に頷き方針を決めてしまうのが、飛鳥には不思議でたまらなかった。

 自分であれば、なにか企んでいるんじゃないかと疑ってしまうだろう。そう思っていたからだ。


「……信用ではありませんわね」


 罪悪感の篭った言葉を呟いて、薫はそのまま大きく前へと走り出す。


  ○


「ひゃっひゃっひゃ! 痛いか? 痛いのかぁ? ここが痛いかそうかそうか!」


 魚人型のディザスカイは刃物を運転手の腕に差し込み、愉快に笑う。


「ぅ、ぁ、ああ……!」


 運転手の男は痛みに耐えきれず、上手くハンドルを動かせない。

 少しでも意識が遠のいてしまえば、この車は壁にぶつかり、自分の所為で後ろの友人たちはお亡くなりになることだろう。


「おっと、ちゃんと運転しろよ? 死んじゃうぞぅ?」


 減速させようとしても、隣の化け物がそれを許さない。更にブレーキは壊れアクセルも弄られており、踏み抜くことしかできないのだ。

 死ぬまで運転するしかない退場不可のチキンレース。

 そんな運転手の心は、不安と絶望で胸がいっぱいだった。こんな状況、放り出してしまいたかった。


 そんな運転手の気も知らないで、楽しそうな魚人型ディザスカイは、バックミラーに映った人影に興味を示した。

 それは黄色いアイシールドに青と白銀の装甲を身に纏わせ、バイクに跨ったハンターの姿―――――つまり薫である。


「よしよし、ちゃんとこっちに来てるな」


 魚人型のディザスカイは刃物をしまい、窓に鱗に包まれた不気味な腕を出して、ハンターに対して圧縮された水を撃ちだす。

 だが、薫はそれをもろともせず、踊るように華麗なバイクさばきで全て避けきる。


 そうしてあっという間に車と並列すると、薫は車の助手席の窓を突き破り、そのまま鱗の生えたディザスカイをひきずり出そうと首を掴む。


「……これ以上、民間人を傷つけるのはやめていただきましょうか」


 しかし鱗の生えたディザスカイもドアの枠に右手で押さえつけ、開いた左手で薫の首を締め出す。

 DHアーマーによって薫の首には斬撃攻撃や刺突攻撃などにでも破れはしないが、それに生じる衝撃は死なない程度にしか弱めることはできない。

 それは首を絞めるなどといった攻撃も、ある程度効果はある。


 すぐに死なないとはいえ、首を絞められて慌てない者はない。

 その上で薫は先手に首絞め攻撃を選んだのだが、まさか開いても同じ行動をとってくるとは思っていなかった。

 まだ自分は動揺をしているらしい、と薫は自己分析をする。


『薫! 左手を開け!』


 バイクで車と並走している薫は、通信で送られる将人の言葉に苦笑いを浮かべる。


「……あらあら、淑女に片手運転させるだなんて」


 そうは言いながらも、すぐさま左手を開く。


『それだけ言える気概があるのであれば大丈夫だ』


 いつものように、左手に何かが送り込まれる感触を感じる。


【OK.Battle Knifeを転送します】


 その音声によって、送られてくるのはナイフということがわかった薫は、すぐさまそれを握り、自分の首を絞めつける鱗の生えた腕に、握った得物を見もせずにすぐさま突き刺した。

 訓練時に武器の扱いも習い、刃の長さも完全に把握できていたからこそできたことである。

 突き刺されたことにより鱗の生えた腕の力が弱まり、薫は左手のナイフを捨ててハンドルを握り、右腕の力を思い切り振り絞り、鱗の生えたディザスカイを車の扉ごとひきずり出した。


「ドアごととは、随分と乱暴でらっしゃること……!」


 しかし薫自身にドアまで剥がす気は無く、予想外だったためバイクの走行に傾きが生じる。

 このまま並走するのが面倒になってきた薫は、バイクを乗り捨て自動車の屋根へと飛んだ。

 その勢いも使い、魚人型ディザスカイを屋根へと引っ張り出す。


「……乱暴な女だ」

「化け物に言われたかありませんわ」


 バイクは自動運転に切り替えられ、元来た道へと走っていく。

 薫と魚人型のディザスカイは互いに首を絞めている手を放し、車の上に立った。


「はっ、言ってなァ!」


 魚人型のディザスカイは指の先に鋭利な爪を生やし、薫に襲い掛かる。

 だが薫はそれをいとも容易く、まるで糸が絡まるようにその鱗だらけの腕を掴んだ。


「いい!?」


 渾身の一撃だったのか、掴まれて動揺している魚人型のディザスカイ。


 だが彼女はそんなこと気にも留めず、ほんの僅かな時間だが、このディザスカイの対処法を考えていた。


 このまま投げて地面に叩き落してしまっても構わないが、それだけではディザスカイは倒せないし、逃がしてしまうだろう。

 かと言ってここで倒してしまうというのも悪手である。彼らが死ぬときは大きな爆炎を上げるからだ。

 ここは飛鳥が来るまで時間稼ぎをするのが得策だろう、と薫は結論付けた。


「少し、遊んであげますわ」


 右腕で鱗だらけの左腕を掴んだまま、腹に膝を叩き込む。

 一瞬浮かび上がったところで、その頭を左手で掴み、顔面を足元に叩き落とす。

 車が揺れ、降車している人質達が悲鳴を上げる。


「ああ、申し訳ございません。ちょっと我慢してくださいまし」


 そう言いながら、今度はどうしてやろうかと考えていると、目の前のディザスカイは手に霧を元わせたかと思うと、槍を出現させた。

 すぐさま薫は腕を踏みつけ、槍を蹴飛ばしす。

 槍は車の後ろ方向へと飛んで行った。走行中ということもあり、槍はどんどんと離れていく。


「で? なんですの今の? ちょっとよく分かりませんわね」

「ちょ、調子に乗りやグァ!?」


 最後まで物を言わせず、薫は顎を蹴飛ばす。

 情け容赦お構いなしの蹴りだが、それでも落ちないように気を遣ってはいる。これがけっこう難しい。


「それで? 飛鳥の方はまだですの? バイクに性能の違いがあるとはいえ、さすがに遅すぎじゃありません?」


 魚人型のディザスカイの弱っている間に、DHアーマーに備わっている通信機器で飛鳥に呼びかける。

 実は単純なスペックで言えば、圧倒的に彼女のバイクの方が早い。

 なら飛鳥も同じ種類のバイクに乗ればいいと思うだろうが、二人のバイクは旧式は旧式の、新型は新型のDHアーマーに適用されるように作られている。

 仮に二人が交換して乗っても、その性能は十分に引き出せず、旧式のDHアーマーで新型のバイクになった場合、下手すれば旧式同士の組み合わせより遅くなる場合もあったりするのだ。


『すいません、お待たせしました!』


 後ろを振り向けば、サイドカーを取り付けたバイクにまたがっている飛鳥の姿があった。

 よく見ると、その後ろでは同じくサイドカーを取り付けた自分のバイクも走っている。

 恐らくだが、ここに来る前にTDGの整備職員がトラックなどで駆けつけ、装甲しながら取り付けたのだろう、と薫は推測した。

 そもそもこう言った事態の対処法の一つに、そういった方法があるのだ。


「こ、この……!」


 天井で痛めつけられている魚人型のディザスカイはそれに気がつくと、すぐさま圧縮された水鉄砲を掌から放とうとする。


「――――せい!」

「グガア!?」


 だが薫によって、躊躇いなく腕をへし折られた。


「鬼か貴様は……!」

「だから化け物に言われたくありませんって」


 そうしている間にも飛鳥のサイドカーは車と並走し、中の人に手伝ってもらい、後ろのドアを開く。

 その次に、ベルトに付けたままデバイスを操作し、飛鳥は鉄仮面を転送した。

 素顔を彼らに晒すことにより、恐怖を和らげようとしているのだ。


 TDGとして、ディザスカイの恐怖等による悪感情による記憶消去はありがたく、組織としてもその力を利用している。

 国連としてTDGとディザスカイの事は、無辜の民には秘密にしておきたいものだ。多くの人々が見えぬ恐怖に怯え、混乱が生じることだろう。

 そう、恐怖は不安を呼び不安は混乱を生み出す。それは正常な判断がつかなくなってしまうものだ。


 避難誘導をする際には、落ち着いて避難してもらう為、ハンターは頭部の装備を外すことが推奨されていたりする。

 もちろん推奨されているだけであり、戦いの最中で外すものはめったにいないのだが。


「さあ、もう大丈夫です。僕に従って、こちらに乗り込んでください」


 その笑みに安心したのか、口々にありがとうございます、と二人が感謝を口にする。

 だが、三人はどこか暗い顔つきだ。

 その暗い顔つきの三人に、飛鳥は視線を向けて頷いた。


「さて、まずは元気なお二人からにしましょうか!」


 そう言って飛鳥は最初に感謝を口にした二人の手を取り、少し異様なテンションの感じる飛鳥に違和感を感じながらも、サイドカーと運転席部分に乗せる。

 そしてベルトのデバイスを操作した。

 次の瞬間、二人を乗せたサイドカーからワイヤーが飛び出し、二人を拘束する。


「な、何を!?」


 慌てふためく二人だったが、飛鳥は飄々と鉄仮面をつけ直す。


「後は任せました、榊原さん」


 飛鳥は前の席に移動し、運転手と運転を変わる。


「お任せを」


 天井の上にいた薫は、踏みつけていた魚人型ディザスカイを、二体が縛り付けられているサイドカーに蹴りつける。

 そうして、デバイスの操作でサイドカーの動きを止める。


「これにて、戦いを終わらせます」

【OK! Finish Move!】


 ベルトに付けられているデバイスに表示された人体図形右脚部分をタップし、右脚を帯電させる。

 人間の演技をしていた二体のディザスカイも、どうにかして脱出しようとおぞましい魚人の姿へと姿を変えるがもう遅い。


【One Soul Input!】

「――――はあ!」


 今なお走り続ける車の上から飛び上がり、薫は三体のディザスカイを同時に蹴りつけた。

 その脚の動きは美しい青の弧を描き、三体のディザスカイのに致命的な一撃を与える。

 蹴りの反動で薫は三体から大きく距離を取り、残心を取った。

 最期に彼らは大きな音と共に、爆炎を巻き起こして……散るのみ。


「榊原さん、こっち車の安全を確保しました! 運転手の方も応急手当は施しましたよ!」


 飛鳥が車を停めて、薫に走り寄ってくる。

 アクセルやブレーキなどは確かに弄られていたが、ロープで動かせないようにしたりとしているだけだったので、非常に簡単だったりする。


「あの四人とかどうしましょうか。俺のサイドカーに全員乗るかなあ。運転手含め、四人ぐらいが限界そうなんですけどねえ けが人もいますし……」

「別に私のはあれくらいでは壊れませんし、もうちょっと身を構えなさい」


 そう言われて、飛鳥は気がついた。

 薫がまだ、残心を解いていないことに。


 そして――――発電所から轟音が鳴り響いた。


 ○


 榊原研究所内の病室にて、泰造は幸せな夢の世界へを堪能していた。

 つまるところ、レム睡眠の最中である。


 だが、突如として瞼をこじ開けられ、現実の世界へと帰ってくる。

 彼を眠りの世界から要因は二つ。


 一つは、過去二回感じたことのある恐怖を感じ取ったこと。

 もう一つは――――左腕の包帯の下にある、傷跡がうずくのだ。


「待ちわびたぜ。この時を」


 憎悪に満ちた笑みを浮かべ、起き上がった。

 事前に用意してもらったデバイスを起動し、奈津子に連絡を取る。


「俺だ。復讐の準備はできているか?」


 タイミングを見計らったかのように、警報が鳴り響く。


【エリア2B地点27にディザスカイ出現。過去に事例があり、日本国に多大なる被害を与えた”ニンユウガイ”。脅威度は災害級との事です】


 ○


 車などで走りながらディザスカイを討伐していた為か、発電所は徒歩十分で行けるような距離にある。

 何も崩れ落ちてはいないし、街並みを見れば電気の明かりも消えてはいない。

 太陽が海に沈もうとしているが、その光は誰でも感じ取ることができよう。

 では、発電所の方では、何があったというのだろうか?


「……ああ、お前達は戦力であるハンターをおびき寄せる、エサでしかなかったのですね」


 経過する薫の見ている方へ、慌てて飛鳥が爆炎の中を覗いて見れば、そこには魚人型のディザスカイがまだ一人生き残っていた。

 恐らく唯一動けていた、人間体の見せなかったディザスカイであろうという推測を、飛鳥と薫は立てる。

 それを確認した飛鳥は、すぐさま戦いの構えを取った。


「オソい……オソイ……もう、オソイ」


 からくり人形のように二人に歩み寄りながら、その身を燃やし、焦がされた魚人は嘲笑う。

 二人の愚かな選択を。二人の愚考を。人間の―――脆弱性を。


 狂気に満ちた笑い声は、ディザスカイの飛鳥でさえも背筋が凍った。

 明らかに、何かが違う。天井で翻弄されていたディザスカイは、何かが変わってしまっている。


「何を言って……!」


 飛鳥が魚人の姿をしたおぞましき者に問いかけようとしようとした瞬間、沖野から通信が入った。


『今すぐそこから避難してください! 危険です! ”災害級”が来ます!』

「まだ民間人の避難がすんでない! それに”災害級”ってなんだよ!?」


 沖野は慌てた様子で伝えてくるが、肝心の何が危険かは教えてくれない。

 だが”災害級”という字面だけで、とてつもないという事だけは予想がついた。


「はい、はい……わかりました」


 薫の方にも似たような通信が入ったらしく、頷きながら話を聞いていあ。

 鉄仮面を被っていても、動揺していることが見て伝わってくる。


「……飛鳥、貴方のサイドカーに民間人を乗せて逃げますわよ」


 そう命令をを出した薫の声は、怯えがこもっている。


「わ、わかりました、けど、一体何が起きているんです!?」

「口答えをしない! いいからそうしなさい!」


 質問は許さないとばかりに飛鳥に怒鳴りつける。

 彼女は藤堂飛鳥というディザスカイを嫌ってはいたが、何の説明もなく怒鳴りつけるような人間ではなかった。

 しかし現に今はそうしているという事は、説明している時間も惜しいという事なのだろう。


「は、はい……!」


 飛鳥がそう返事をしたが、それは遅かった。

 なぜならば、再び轟音が鳴り響き、発電所からそれ・・が出てきたからである。


 それ・・は、飛鳥達の頭上を越え燃えているディザスカイの傍へ舞い降りた。


「――――おお……おお! うルガうルガ! ニンユウガイ! うルガうルガ! ニンユウガイ!」


 魚人型のディザスカイは、それ・・の狂気的に歓喜し喚起する。


 それ・・は、壊れた歯車の様に笑い、歪み黄ばんだ牙を見せた。

 それ・・は、粘液状の流動物を身に纏いながらも、肩の力をぬき、踵をそろえてただそこに浮動している。

 それ・・は、狂気染みた瞳を二人に向け、その青い瞳で射抜かんとばかりに凝視している。


 射抜かれた二人の狩人ハンターは、立場が逆転してしまったことを悟る。

 狩る側から、狩られる側へと。


 ああ、してそれ・・こそは、人類を奈落の底に落とす者!

 人類が攻略不可能と判断した”災害級”ディザスカイ、その名をニンユウガイ!


「うルガ! うルガ! サあ、私ハ予言シヨう! ――――今宵、人々ノ嘆キガ奏デラレル事ニナルデあロう!」


 夕日を背に、狂気的に驚喜的に、魚人型のディザスカイは未来を謳った。

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