第6話

社員研修で、外国へと行く機会に恵まれた。


もちろん研修費用は会社持ちとなる。


社員研修の話を聞かされたとき、最初はノリノリで「行きたいですー!」と返事をしていた大城であったが、その返事はおそろしく軽率だったと今となっては猛省している。


ノリで適当な返事をすると、後で自分が痛いほど苦しむと言うことを学んだ瞬間であった。


人生上何度も学んでいることを、改めて痛みを伴って学んだ。


一日一日、日が経つにつれて、”あれ、これってよく考えるとどこにも逃げ道ないんじゃないだろうか?”と思いはじめるようになった。


四六時中、社員の誰かと時を共にしていなければならない。


そんなの地獄であり、拷問である。


うちの会社の社員なんてどこか腐っているし、こう言ってはなんだが、ほとんどがクズばっかりだ。


ああ、自分で言っていて悲しくなる。



「うわあー!行きたくない!社員研修行きたくない!すげー行きたくない!何としてでも行きたくない!」


そんなことを社外の人間に洩らす。


友人も苦笑いである。


負のことを言うのは好ましくないのはよくわかっているが、思わず口から出てしまう言葉は止められない。


「いや、行ったほうがいいんじゃない?大城ならなんとかなるよ。良い経験にもなるだろうし」


「無理無理。自腹切っていく旅行だとしたら、どんなに気が楽なことか!」


「普通だったら社員旅行とかだとイヤでもお付き合いで行かなきゃいけないものよ。しかも費用は自腹っていうね」


「あーそれは……なんていうかもうないわ。行かないわ。もう切腹できたらしてる」


「そういうその場限りの受け答えはしないのー。だから大城は客観的に見るかぎり、状況は恵まれているほうだって」


「えー……どんなに慰めてもらっても心は癒されないし、騙されないよ……。社員みんなに虐められたらどうする?ハブられたりしたら?わたしだけぼっちだよ」


「大丈夫だよ、みんなそんな不安は抱いているものだって」


「他の人は、もっと面識あるだろうし……」


「大城なら大丈夫」



そんなふうにどんなに泣き言を言っても、友人に押し切られた感があった。


彼にも「社員研修、行くのが不安なんですが……」と控えめに相談してみたが、「大丈夫だよ、楽しんだら良いじゃん」といくぶん楽天的に不参加案は断られてしまった。


ああ、もう。誰か行かなくても良いよと言ってくれ。


自分の心持ちは本当に行きたくないというのに、みんながそう言うから……と乗りざるを得ない自分にほとほと嫌気がさす。


「社員研修?しかも海外?あちゃあーお気の毒に!」と言ってくれた友人もいたが、明らかに他人事で、行かなかった後のことをその友人に相談できるとは到底思えなかった。


行かない場合は、行かない理由と、行かなかった後が問題になる。


それがかなり面倒である。


その行かなかった後始末の面倒臭さを考えれば、”まあ行っても良いか”と、そのうち思うようになるかと思い、しばらく様子を見ていたが、日が経つにつれて、社員研修の日時が近づくにつれて、どんどんと気分が重くなった。


ああ、この決断は間違っていた。早々に断ってしまえばよかった。


何が楽しくて、社員同士で旅行するのだろう。


研修と言うほど、学べる土地国でもなさそうだし、何より自分が率先して行きたいと望む場所でもなかった。


時間の無駄である。


三輪は、研修には行かないらしい。


理由は、気分が乗らないからとかそんな感じなのだろうけれど、本心はもの凄く行きたい一心であるのは見て取れた。


なぜ、素直じゃないのか。すごく面倒くさい。


研修についての話などを、なぜか聞きかじっており、進捗などを逐一チェックしていて気色の悪さに磨きがかかっていた。


大城に送られて来た旅のしおりにも一番に郵便ポストから取って来ており、大城に直接渡して来て「もうすぐで研修ね、楽しんで来て」と嫌みのひと言のようなことを言って来た。


どうしてこうも返答に困ることを言って来るのか。


ただの性悪女なのだと思って、「ああ、はい。楽しんできます」と、決まり文句を返しておく。


いろんな感情や物事の板挟みで本当に、あらゆるものに嫌気が差しはじめる。


来年もあるのだとしたら、絶対に行かないでおこうと、早くも決意を表明しておいた。


来年もこの会社にいるかが、そもそもでわからないが。


ああ、もう最悪だった。気分は最悪であった。


絶対二度はいらない。もう誰とも行動を共にしたくない。


特に会社の連中とは、一定の時間以上の空気を共にしたくはない。


我慢だ、我慢。時給が発生しないことに関しては、極力携わりたくない。


その本音を程よく濁しながら、気付かれぬように、距離は最低限確保して取りつつ、仕事に取り組みたい。


旅行の何がイヤかと言えば、あらゆる本性が窺えるところだ。


噓偽りが常日頃の生活にはまかり通っても、旅行ではまかり通らないことが多い。


ああしかも、よりによってこのメンツ。


親しい人同士でだって、気分が重くなると言うのに、よりにもよって、接待をしなければならないようなこんな重苦しいメンツで行かねばならないのか。


研修という名がついているだけあって、本当に楽しみのためだけに行けるわけでもなく、自分の望まないこともしなければならないようだった。


本気で断れば、断れないこともないのだろうけれど、周りに流される自分はもう前もって証明されてしまっている。



「大城さん、海で泳ぐ?」


「えっ、わたし泳げないので、ごめんなさい」


「じゃあプールは?」


「水着持っていないんです」


「買ったら?」


泳ぎたくないし、そもそも水に入りたくないんだよ!なんでやけに食い下がって来るの、この人。うざ!うざいよ!余計なお世話だよ本当。


本っ当にイヤなんだけど。なぜ、イヤなことをここまで強制されなくてはならないのか。


そして何よりみんなしつこい。


大城は部屋のなかで静かにしていたいのである。


「なんで?」


そう聞いて来られても、答えに困る。


どうせ、こんなに聞いてくるなオーラを出している人間に、そんな聞いてくるようなやつに微妙な感情も心情も理解し得ないだろうし、もうあらゆる物事に対して絶対に分かり合えるとは思えない。


バカンスで浮かれに浮かれた人間ばかりが目の前に広がるなんて、どんな拷問なのだろう。


なにが楽しくて、海に入り、なにが楽しくて、水遊びをするのか。


大城にはてんで理解ができなかった。


理解は出来ないが、否定しようとは思わない。


みんな好きに楽しんだら良いと思う。


気温の変化も、飛行機の移動時間も、宿泊施設に関しても、言おうと言えばいくらでも言えるが、言ってしまうと元も子もないことばかりで、メモとして残していた自分の記述を見ても研修レポートとしてまともに使えるものはなさそうだ。


私的な感情がいたるところに蔓延る。


何かを好きなフリをして、息苦しくなるんじゃないだろうか。


思い返してみると、言うほど自分自身は好きじゃなくて、ただ誰かに話を合わせていただけということがたくさんある。


思っている知識と違うところがたくさんある。



同い年くらいの同性な子が、幸運なことに同室であった。


その子にはずっと興味があったが、なかなか話せる機会はなかった。


この研修の機会に話せることを、内心楽しみにしていたのは認めるが、予定されていた同室(三人部屋)に、もうひとりいたのだが、そのひとりは旅行前にキャンセルになってしまった。


そのひとりがキャンセルになった瞬間に、よっぽど大城もキャンセルしようかと思ったのは、ここだけの話である。


ずっと、キャンセル料金が発生して、さらに同室の人に迷惑がかかったり、ツアーコンダクターさんに迷惑がかかるようなら、我慢していかなくてはと考えては、腹痛を催していた。


さすが同年代で、年齢の壁というのはやはりあるものなのかなと思うほど、表面的に打ち解けは出来たが、彼女は与える部類の人間ではない、というのが今回の研修で身をもって体感したことだった。


たぶん、大城の旅行用のテンションに合わせてくれていたのだと思う。


あと、若干女の性のあざとさを持ち合わせている。


別に悪い意味ではないが、女の香りのする人であった。


姉妹がいる人というのはそういうものなのだろうか、と首を傾げる。


そんなに女性に囲まれた生活をしたことがない、そもそも一定量の人間に囲まれて生活をしたことがない大城にとっては理解しがたいことだった。


大城は自分が気に入った相手しか目に入らないし、気に入った相手としか生活を共にしないで生きてきたため、こういった人為的に作られたグループでの生活は苦痛を伴う。


修学旅行は、まあ、人を選べるといえば選べるが、一定の人数以上であるため、団体行動を強いられるし、苦痛であることに変わりはなかった。


もう、大城にとっては世間のあらゆるルールが苦痛でしかたない。

しかしながら、忍耐は必要である。

自分がいやだからと言って、すべて排除できるわけではないことも知っているため、ただひたすら合わせる。


なんのために生きているのか、わからなくなるが、それが人生なのだと諦めてたかを括っている。


人はひとりでは生きられない生きものなのだから、なんとかコネクションを作成しておくには越したことはない。


クズだろうが、なんだろうが、使えるものは使うのである。


そうやって自分をごまかしごまかし、クズな人間にも平等に接するも、クズな人間のため、平然と恩をあだで返してくる。


それが、自分のストレスとなり、ただただ不愉快である。



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