終章

 サイハとシュウの2人。


 そして、CDA西日本支部選抜救助チーム。

 十朱 薫が率いる精鋭数十名。

 彼らがいるのは日本で2箇所しかない、

 西と東でそれぞれ日本再建の可能性を秘めたる場所。


『ウエストアンダーグラウンド』


 それが、西日本にあるCDAの基地に付けられた名だ。

 まるで今の状況を見越して名付けられたような名だが、この名を付けたのはCDA本部が置かれてあるアメリカ。

 そこにいるCDA最高責任者が直々に付けた名だった。


 圧倒的な守備を誇るアメリカ製のセキュリティシステムを完備。

 設備は良好。

 日本の至るところからこの騒ぎにより住む場所、

 いわゆる居場所がなくなった人々がここに救助された時、何不自由なく暮らせるように大量の仮設住宅が四方に点在している。

 

 もちろん清潔面。

 プライバシーも守られている。

 若干の共同スペースがあるが、予算が降りれば随時更設していく予定だそうだ。


 そして何より卓越した設備と言えば、

 この場所がある、海から隔絶された島だ。


 何年も前にCDAは日本に支部を持ったという。

 その時に国から与えられた一つの島がここだ。

 そこは、四国地方と中国地方の間の海域、瀬戸内海に存在し、今も役割を果たし続けている。


 その周りに建てられている壁もそうだ。


 これはCLAという、特殊な金属で出来た壁であり、このウエストアンダーグラウンドにゾンビ達が侵入してこられないように作られたという。

 高さはおよそ50m。

 日本の状況に合わせてまだ高さを上げる計画も立てているらしい。

 専用の入構証というのもあり、

 それは別途、CDA管理グループに頼み作成してもらうようだ。

 敷地内に出入りする場合にこの入構証が必要になるのだが、あまりここから出る人はいないらしい。


 その理由は単純にして明快。壁の内側の方が安全だからだ。


 そしてこの大きな要塞に入講できる唯一の方法。

 それは広島の海岸から架けられている巨大な跳開橋、センターブリッジ。

 この橋は車の出入りはもちろんのこと、

 貨物列車による必要物資の搬入。機関専用電車の行き来。完璧に隔離したい場合のための跳開設備。


 全てはウイルスから人々を守る為に施された、

 安全を保障する場所が必要だった。よって、この場所を作ったのだ。



---



「長ぇなこのビデオ」


「そうだね。ずっと説明ばっかりだ」


 CLAの受付を通過し、西日本支部についたかと思えば、

 ある部屋に案内され、サイハとシュウは約1時間に渡りここに入る為に見る必要がある教育ビデオを視聴していた。


 そしてその会話から10分後。

 エンドロールが流れる。余程制作に関わった人達がいるのか、沢山の人々の名が画面下に流されてゆく。

 ……だが流れが早すぎて誰が誰なのかさっぱりわからない。

 映画やらのお約束なのでゆっくりと座ってみた。


「……? いま」


 シュウが何かに反応する。


「……んぁ? どうした?」


 サイハは欠伸をし、眠そうにしながらシュウに問う。


「ん、ん? いや、何でもない。気の所為だろう」

「変なヤツ」


 『コンコン』


 視聴室の扉を誰かが叩く。2人はそちらを見ると扉は既に開かれていた。


「お前ら、ビデオは見終わったな。付いて来い」


 そこに立っていたのは十朱大尉だった。手で合図し2人を呼ぶ。

 3人は廊下を歩く。

 廊下の窓はかなり大きく、一枚のガラス窓で、上側は天井にとどきそうな高さだ。

 まるでどこかの宮殿へ来たような気分にさせられる。


「今から西日本支部の司令官に会わせる。その人から全てを聞け。何でも教えてくれるさ」


「どんな方なんですか?」


 シュウは気になり質問する。

 大尉はニヤっと笑う。


「さぁなー、会ってからのお楽しみってことだ峰山秀。ははは」

「は、はぁ……」


 サイハは窓から外を覗く。

 外では数人が運動をしていた。

 グラウンド内を走り回っている。


「あいつらはCDA救助チームの下っ端だ。

 あいつらがやってるのはいわゆる自主訓練ってやつだな。

 出動命令がなくて非番なときは基本自由なんだが、ああやって自分を高めたりすることもできる。いい評価だ」


 十朱が関心関心と窓を見て頷く。


「フーン」


「さ、そんなこんなで着いたぞ」


 3人の前に茶色い大きな扉がある。


「ここで司令はお待ちだ。いいか、お前達には期待している。

 これだけだ、これだけ覚えとけ……じゃあ、俺は戻るぜ」


 大尉はコートを翻しどこかへ歩いていく。


「え? アイツ入んねぇのかよ……さ、峰山様お先にどうぞ」

「えぇえええ!? 俺が!? やだよサイハいってよ!」


「お前の方が慣れてるだろ? ほら行った行った」


 シュウが何に慣れてるのかわからないが、肩をすくめしょうがなくドアのノックをする。


「失礼しま……」


 扉を開けながらシュウの言葉と動作が止まった。


「? ……どした??」


『バタン』


 シュウは半分開けた扉を閉めて、後ろへ一歩二歩とたじろぐ。

 新手のダンスか。


「な、なんで……あいつ……」

「お前どーしたんだよ? さっきから変だぞ? もういい、俺いくぞ?」

「あ、あぁ……」


 シュウの驚きようが普通じゃない。サイハは気になり中へと入る。

 そして、その扉の奥で待っている人物の顔を見る。


「失礼しま……す!?」


 驚愕を隠せなかった。


「ようこそ。ウエストアンダーグラウンドへ」



 そこに居たのは現に今、サイハとシュウの家族同士で一緒にいるはずの人物で、ここには居ないはずの人間。

 シュウはサイハに続き部屋の中へと入る。


 後ろで、シュウが吠える。


「と、父さん!! 何で!?」


 そう。


 部屋の長椅子に座っていたのは紛れもないシュウの父親、

 峰山秀哉(しゅうや)その人だった。

 長い髪を後ろで縛り、鋭い目をしており、頬には十字の傷が入っている。


「私は軍人なのを2人は知っているだろう? 仕事だよ」

「母さんは!? あとサイハの家族!! 一緒に旅行に言ったんじゃないのか!?」

「旅行先はここだ。今はここを見学している」


 そういうことだったのかと、シュウは理解する。


 過去にシュウは仕事場を覗かせてと懇願した事があったのだ。 その時のシュウは戦う事に興味がなく、

 武道を教えていた秀哉にとってそれは芳しくない状況でもあった。

 だがシュウは父の為に興味を持とうと努力し、

 父親の軍隊での仕事を見学させて欲しい言った。

 何か奮い立たせる物があると信じて。

 その頼みから2日後。

 出勤する時の服装がその日を堺に変わったのを覚えている。

 結局、仕事を見学することは出来なかった。

 それから父親に見学の件を訪ねても、見学させてくれず、今に至る。


(秘密にしておくことがあったのか? 充分立派な仕事じゃないか……)


 シュウは疑問に思う。どうして子供にも秘密にしていたのかが気がかりだった。


(なるほどな……こんな場所に、こんなデケェ要塞を建てたんだ、バレないはずはねぇ。だが報道には出なかった……

 となると日本政府の力だな。

 だから実の息子にも黙秘ということで黙ってたってわけだ)


 少し前に出て、秀哉に話しかける。

 感動の親子の再開だが、重要な事を聞かなければならない。


「秀哉さん。この状況は理解できました。

 で、俺達に説明があると大尉殿から聞いたんですが?」

「サイハくんは変わらないな。十朱にはあの口調で私には1人前の大人の言葉を使ってくる。

 他人に応じて使い分けるその口調。本当に変わらないな」


「何か……問題が?」


 言いつけたのは十朱大尉だろう。

 イラつき立っている右足から左足に体重を移動させる。


「いいや。論点が違うから戻そうか。2人とも、今君らがおかれている状況がわかるかい?」


 分かるわけがないと言うように、2人は首を横にふる。


「だろうね。私が全て説明しよう。

 ことの始まりは海外の秘密結社が世界中の人工衛星を乗っ取り、そこから化学ウイルスを振り撒いたのが始まりだ。」


「化学ウイルスだって!? あの雷か!?」


 シュウが声を上げる。

 無理もない、誰だって驚くだろう。

 全ての元凶があの雷だと知ったら。


「そう。あの一般的にただの雷だと思われるものが、

 ウイルスの塊。あれを打ち出した秘密結社というのが

 『アルドノア』。

 化学兵器を秘密裏に製作している国際手配中の裏会社だ」


 秘密結社。

 少しばかり不穏な響きだが、どこかワクワクするものがある。


「で? それを撃って、世界はどうなったんすか?」


 ソファーに腰掛け話を進める。


「ウイルスの名は『ENDウイルス』。

 文字通り世界が終了するウイルスだ。

 私たちはこのウイルスが地面に着弾すれば、全ての人間が感染するくらいの殺人ウイルスだと思っていたのだが、

 現に私たちのような普通の人間もいる。

 影で何か不具合があったのには違いないだろう。正確にはまだわからないがね」


「アイツらはゾンビってことでいいんだよね」


 シュウも椅子に座り前のめりになって聞く。


「あぁ、まさかゲームもしないのにこんな言葉を使うことになるとはね。

 そう、奴らは感染者、いわゆるゾンビ。何度も復活し蘇る屍さ」


 まさか、あのゲームの中でしか見なかった存在が現実に出てくるとは、驚きで一杯だ。


「一般的な感染者はどこが弱点かはまだ調査中だが、

 一定の感染度を超えた感染者は、頭を潰せば行動が停止すると読んでいる。

 君達が戦った『ウォーカー特殊種』や『ジャンパー』何かがそうだ。これもまだ不確定要素だがね」


 サイハは天羽軍曹がトヤマの頭を潰した時のことを鮮明に思い出す。

 天羽軍曹とあの軍隊の人間らは既にトヤマを沈める方法を知っていたのだ。

 学校でシュウが放った優勝旗がトヤマの頭を貫通した時は、確実に頭を潰していなかったから死ななかったんだろう。


「父さん。結局俺達に何を言いたいんだ」


 シュウは父親を見つめ直した。


「そうだな。世界に降り注がれたこのウイルスは今、全世界中の人々を混乱させている。

 もちろん感染者になる人もいれば、

 家族が死に、1人取り残される人々も日本には大勢といる。

 CDA西日本支部は、この世間から隔絶された島に何年も前に設立した機関だ。

 全ては"もしも"から始まったこと。

 この様な事態が近い未来いつか起こると踏んでの行動。

 現に今も生存者は何百人もここに集められている。

 そこでだ、君たちには決めて貰うことが一つある」


「決めて……もらうこと?」


「君たちも見ただろう、十朱大尉率いるCDA西日本支部直轄救助チーム。

 ここへ救助された人達、女性もいるが、主に男性の皆は選ばなければならない。こういうことが起きた時の為に救助チームを結成していたのだが、思ったよりか人手が必要でな。

 まだまだこちらとしては隊を増やしたいんだ。

 今は有志を募っていて……」


 サイハがまどろっこしい言い回しに腹が立ち、

 声を荒らげる。



「だから!! 一体俺達は何を」


「"救う"か"救われる"か。そのどちらかだ」


 2人はその言葉の意味を重く受け止める。


「CDAに所属し、日本をウイルスから救うか。

 ここに住み、世界が平和になるまで居続けるか。

 このどちらかだ。2人の年にはまだ辛い決断だと思う。

 だが決めてくれ。決めなきゃならないんだ」


 秀哉も実の息子とその友達に徴兵させようと言っているのだ。こんなに苦しいものはない。

 今までにない真剣な眼差しに、2人の心は少し揺らぐ。


「救うか……」


「救われるか」


 今までの事が一気にフラッシュバックする。

 このまま進んでいいのか。

 ここがある種のターニングポイントなのではないか?

 たった2人が加わったところで何になるんだと思う。

 今の状態で戦闘に出ても、間違いなく死が待っている。

 たとえ戦場に出るために鍛えても、その時間は待ってくれない。

 もしかするとこれ以上悪い方向に進むかもしれないのだ。

 そして何より死ぬかもしれない。

 死ぬのは誰だって怖いものだ。

 死ぬのは怖くないとか言っているヒステリック人間もいる。

 だが、心のどこかでは生を求めているものだ。



 今の2人には生に対する意欲が尋常じゃないほど高かった。

 学校での出来事。

 スーパーでの出来事。


 そこで2人の命が終わっていたのだとしたら

 こんなにも生きたいとは思わないだろう。

 そこまでの人生だった……で纏めれば終わりだ。


 だが現に、今ここで生きている。

 片手で数えられるくらいの死地をくぐり抜けただけだが、何よりそれを切り抜け、ここに生きているという事実がサイハとシュウの2人を、

 安息という文字に向かわせている。


 平和。

 それは誰しもが願う理想。

 平和の為に戦う。


 思ったんだが、この言葉はどこか矛盾していると思わないだろうか。

 戦いの先には平和がある。

 だがその過程はどうだ?

 平和と言えるのだろうか。

 掴み取る為に戦うのであれば、それはいつ掴み取れるのか。


 そして、平和は見えてくるのか。



「どうした? まぁ、答えは今じゃなくていい……そうだ。

 ここを見学してみてはどうだ? 気分が落ち着くぞ?」


 2人は顔を見合わせその意見に賛同する。


「……そうっすね。じゃあ……」


「シュウ。お前は残れ」


 秀哉の声が鋭くなったのに、2人は気づく。


「……わかった」


 サイハは少しだけ2人の方を向き、扉へ向かい歩いていく。


「先、出とくぞ」


「あ、あぁ……後で」


 サイハは扉を閉めた。



ーーー



 部屋の中はシュウと秀哉の2人だけになる。

 そして秀哉はため息をついた。


「お前なら、すぐにでも戦わせろって言うと思ったのだがな」


「俺だって……いろいろあったんだ」


「そのいろいろを見てどう思った。逃げたいと、そう思ったのか?」

「逃げたいとかじゃない!! ……ただ、怖かったんだ。本当の戦いを知らなかったんだ……」


 悔しかった。

 武道を極めても、辿り着くのはその場での勝利。

 違う環境に放り出されるとなれば、たちまち今までに勝ち取った栄光は影に消える。


 ゾンビたちに抜群の効果を発揮したシュウの武術。

 その反面。

 誰かを救うことは叶わなかった武術だ。

 その様子を見て、秀哉はため息と同時に長椅子にもたれ掛かる。


「そうだな……確かに本当の戦いを知らないよ、お前は。俺が教えていないからな。教える必要が無いと思っていた」


 父の顔を見る。

 隈だらけだ。

 ろくに睡眠も取っていないのだろう。


「だが、平和平和と訴えていた日本にはもう、そんな理想を抱くことは難しい。再び理想を抱く為には、変えるしかないんだ。

 この日本を、戦いという哀れな方法で!! それしか日本は変わらないんだ!!」


 秀哉は机を力いっぱい叩く。


「と、父さん……」


「別に無理にとは言わない。

 ただ、俺はお前に今まで学んだ技術を必要な限り叩き込んだつもりだ。お前なら日の丸を背負ってゾンビ達を殲滅できる。

 何たって、俺の子だからな。」


 心の中で何かが弾け飛ぶ。

 いっつもそうだ。


「違う! それは父さんの主張だ! 俺には関係ない!! 

 俺の子、俺の子って……俺が息子だからそれをやらせるのか!? ふざけるなよクソ親父! 俺は誰かの物じゃないんだ!! ましてや父さんの物でもな!! 俺の事は俺自身が決めるんだ!!!!」


 久々だった。

 父親にこんな強いことを言うのは。

 秀哉は驚いている。

 そして同時に悲しそうな目をする。

 その目にまた腹が立ってくる。


「……そんな目をするな! それがこんなデカイ組織を束ねる人間がする目か!? 俺は助けられなかった! 助けられる力があるのにだ! だがアンタは助けた! ここにいる全ての人を!! ……なんでだよ……何が違ったんだよ……俺と……父さんは……」


 その場で膝をつく。

 何もわからなくなる。

 なぜ、今まで戦ってきたのか、なぜ戦おうと、そう思ったのかがわからなくなった。


 秀哉はシュウのその姿を見て、椅子から立ち上がる。


「その答えはな、お前が自分で"助けられる力がある"と言ったからだ。その言葉を吐けるなら、お前は一生、誰も救えない、俺は何もかも全力でやってきた。自分に自信もなかったからな」


 その一言で小さいが、

 心の中に明かりを見つけた。


 今のところは蝋燭1本だけの小さな明かりだ。


 シュウは立ち上がる。



---



「シュウの親父、アイツにだけ熱くなるんだよなぁ……って!」


 軽い足並みで廊下を歩くサイハだったが、突如足の痛みが襲う。

 スーパーでの戦いの疲労が足にきているのだ。

 痛みはまだ残っているがサイハはこういった場で軽いリハビリをしている。

 ひとまずの目標は不自由なく歩けるようになるといったところだ。

 そうして、特に行く場所はなくブラブラと、基地内を徘徊していた。


 ふと窓の外を眺める。

 真っ青な芝生の上で10人程の子供たちが遊んでいる。

 鬼ごっこでもしているようだ。

 なぜなら「鬼が来た! 鬼が来た!」と子供たちが叫んでいるのが聞こえてくる。


(この子供の数に鬼は1人か? せめて2人だろ。ただの鬼リンチじゃねぇか)


 サイハは視線を近くにあった自販機に移す。


(はぁ、このコーヒーが自立初めてのコーヒーか)


 相も変わらずブラックのボタンを押す。

 すると何やらピロピロピロと音が聞こえてくる。

 どうやらルーレットが付いているようだ。

 当たればもう一つ貰える。

 だが


(どうせ当たんねぇよバカ)


 サイハは踵を返して再び歩き始める。


「おーい、そこの兄ちゃーん」


 誰かから呼び止められる。


「ん? ッ! おまえなぁ……!」


 そこに居たのは、コートを肩で羽織ったサイハにとっては憎い奴。

 ボタンを押し、スポーツドリンクを手に取った十朱が皮肉混じりに笑う。


「当たりだぜー?」


「オーオーくれてやる。どうせタダだ」


 サイハは十朱に背を向けスタスタと廊下を歩こうとする。が、行く手を阻む十朱の手がサイハの目の前に現れる。


「零乃才羽。少し話そう」




 2人は外に出る。

 広場の近くにあったベンチに座り、それぞれ違う飲み物を飲む。


「てかよ! これ当たるんだな! 今までここじゃ当たったことねぇのに!」


「さぁな。俺は知らねぇ」


 十朱が笑いながら言う。

 それを軽く流すサイハ。


 そして十朱がいきなり話かける。


「司令に決めろって言われたんだろ? 救うか救われるか。俺も司令にじゃないが言われたことはある。この部隊に配属される前にだ」


「お前は救う事を選んだ訳か」


「あぁ、何かを救うってことは、それだけで何かの不安を取り除ける。俺はその不安を取り除いた時に見える、誰かのあの表情が好きなんだ。何よりもな」


 スポーツドリンクを口の中に放る。

 十朱は何かを思い出したかのように澄んだ目をしていた。


「ま、お前が入隊したところで何になるかはわかんねぇけどな、覚悟を決めた人間なら俺は認める。今までもそうしてきたからな」


「……けど俺は救わねぇ、救えねぇんだ」


「それは違うなサイハ。自分で自分の限界なんざ決めるもんじゃねぇ。何をしたいか、やりたいか。それだけだ。

 他には何もねぇ.……まぁ、救いたくなけりゃそれはそれでいいさ。飲みもんあんがとよ」


 十朱は立ち上がりサイハに背を向けて歩き始める。



「本当にそれが、お前の本心ならな」



 鋭い言の葉がサイハの心に突き刺さる。

 そしてコートをなびかせ十朱はどこかへ消えていった。


 サイハは1人になる。


「ハァ、クソ……何で他人に左右されなきゃなんねぇんだよ。俺は」


 そんな事をぼそぼそ言っていると、鬼ごっこを楽しんでいる子供たちがサイハの方に近づいてくる。


(うるせぇのが来るぞ...)


 キャーキャー叫び声を上げながら子供たちはサイハの周りに集まり出す。


「な、なんだなんだぁ?」


 すると、鬼がこちらに走ってくる。

 サイハが廊下で見た鬼と変わっていないようだ。

 見るからにひ弱そうで、足が遅い。

 1人も捕まえられないのは目に見える。


「わあああーーーっ!!」


 だが、鬼の子供はベンチの右側から走ってくる。


(ったく、これじゃみんな左抜けだ。しょうがねぇ……)


 サイハはベンチの裏から後ろ側に足を出す。

 後ろにいた少年たちは左に向かい逃げようとするが、サイハの足に先頭の子供が引っかかり、それに続いて後ろ、その後ろと次々と倒れていく。


(さ、これで誰か捕まえて?)


驚いた。

鬼の少年はサイハの前に立ち、ずっと睨んでいる。


「どうした少年」


「かってなことすんなよ!!」


少年は声を荒らげる。


「いや、俺はただ……」

「だれがたすけろなんていったんだ!! 

 そんなのたのんでないよ!!」




その少年の言葉で

ふと、サイハは遠い過去を思い出した。


(……ひ弱で何もできなかったガキの頃の俺は、周りからずっといじめられてきた。相手にキレるわけでもない。ただただ何もできなかった自分に腹を立てているだけ。そんな中あいつは、シュウは俺を守った。それから共にいじめに耐えてきた。そしてある日、シュウは偽善で俺を助けてるんじゃないかと疑い、そこに腹を立てた俺は聞いた。『なぜ助けるのか。俺は頼んでない』と。そしたらあいつは...)



「助けたいと思ったから助けた」



 サイハは言っていない。

 答えたのは横から歩いてきたシュウだった。


「だ、だれだおまえ!」

「それよりさ。君は人の力を借りたことがあるかい?」


 シュウは子供に向かい真剣に話しかける。

 その子供もシュウの気持ちが伝わったのか、淡々と喋り出した。


「ぼ、ぼくは、からだもちいさいし、あしもはやくない。だからみんなから"どんぐり"だとか、"かめ"だとかいわれて.........もっとつよくなりたくて......それで、それで.....」


 シュウは今にも泣き出しそうな少年の頭をポンポンと軽く叩く。


「君は強くなりたかった...だから他人には構わない……そうか……俺は強くなりたくていっぱい運動したよ。そして確かに強くなった。強くなりすぎたかもね......でもその意味を忘れていたんだ」


「つよさの.................いみ...?」


「それは"想い"さ。想いがある。これだけで人は強くなれる。君がやっていたことは、1人で勝手に意地張って強くなろうとした。いいかい? しただけだ。そこにいる細い人は強くなろうともせず、ただ弱い自分を肯定してきた人だ。けど彼には想いはあった。誰かを助けたいという想い。そして俺はそれを想った気になっていたんだ……今まで」


「に、にいちゃんごめん、よくわからないよ……」


「あ、あぁ! ごめんね。俺が言いたいのはさ。強くなるのはいい事だ。でも何の為に強くなるのか、何を想って強くなるのかをちゃんと考えるんだ。もしかしたらそれが強さに関係ないと気がつくかもしれない」


少年は胸をはってそれに答える。


「ぼくは.......みんなとなかよくなりたい.......だからつよくなるんだ....!!」


シュウはキョトンとしてサイハを見る。

そして2人は同時に笑う。


「それは……強さとは関係ないんじゃないか? 

 だってほら」


 シュウが指をさした方には少年の友達がいた。

 サイハに転ばせられて、少々気が立っていたようだが

 鬼だった少年の話を聞いて、笑ってその少年に手を差しのべる。


「え……? なんで? みんなぼくをいじめてたのに……」


「オイ。坊主」


 サイハは少年に答えを教える。



「想いを言葉にするってのも。大事なんだぜ」




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「いやまさか、あの子供が昔のサイハと同じ事言うなんてね!! あははは、笑える」

「あんくらいのガキはやっぱそういうこと悩むんだなぁ、昔を思い出すわ」


 サイハとシュウはウエストアンダーグラウンドにそびえ立つCLAの頂上にいた。


 空気がおいしい。地上と大きな差だ。


 話をサイハから繰り出す。


「お前。結局決まったのか?」


 するとシュウは一間隔空けて


「あぁ、決めた。サイハは?」

「俺もだ」


 2人は同時に笑みを交わす。


「あの子供とお前に気付かされたよ。やっぱこのままじゃいけねぇってことをな。

 想いに力が足りねぇなら、その想いを信じて力を得るしかねぇ」


 サイハは空を見上げて呟く。


「俺も、昔のサイハに気が付かされた。あの時サイハには助けたいから助けると言ったんだったな。

 やっぱりその想いは必要なんだ。Don't Think Feel。考えるな感じろってね」


 シュウは50m下にある地面を見て呟いた。


「お前そんな英語知ってたのか……以外だな」

 

 正直本当に驚いた。

 まさか、シュウが英単語を喋るなんて。


「うるさい。俺の座右の銘だ」

「うそつけ」


そうして2人は峰山 秀哉司令官の元へ、自分たちの覚悟を伝えに言った。


「......わかった。君たちを歓迎しよう」


 2人は顔を見合わせる。


「「 よろしくお願いし....!!」」


 秀哉がその言葉を慌てた様子で区切る。


「ちょっとまて、まだここで働いてもらう訳ではないんだが.....」


 2人は再び顔を見合わせる。


「「 えええええええぇ!?!?」」




 ウエストアンダーグラウンド周囲の海域には三つの島がある。

 一つはCDA西日本支部が置かれている島。

 そして残りの二つは、今は機能していないがこれから先、沢山の生存者を居住させるためにCDAが人工的に作り上げた島になっている。

 ちなみに、この二つの人工島にはまだCLAは建設されていない。


 サイハとシュウはCDA専用の船でウエストアンダーグラウンドの東側に位置する人工島。そこのとあるグラウンドに連れてこられた。

 建物が何箇所か建っているが、いかにも使われてなさそうな雰囲気を醸し出している。

 まだその島に名前は無いらしい。

 この場所で待てと司令官殿に言われたなら2人は待つしかない。


「どこだ?ここ」

「さぁ.....俺達の他にもまだ沢山人はいるけど...」


 辺りを見渡すと年齢にバラつきがある男性たちが、2人と同じように集まっている。

中には子供や、年寄りも混じっているようだ。


 数10分程すると。


 少し高い台の上に、ある男がのった。

 拡声器のボリュームを最高音にしたと思えば。


『ちゅうううううううううううううもぉおおおおおおおおおおおおくぅ!!!!!!!!』


 ハウリングが起き、音をキンキンさせながら叫んでいる。

 一斉にそちらの方を見る男達。


『俺の名前は東堂! 今からは教官と呼んでもらう! お前らをこんな辺境の土地に集めたのは他でもない!! これからお前らには兵士になる為の訓練を受けてもらう!!』


 周りがざわざわとし始めた。

 2人は冷静に、教官が放つ言葉を聞き逃さない。


『そして、定期的に入隊テストを実施する!! そこで残した結果に準じてお前らには世界共通の、自分の実力を示した

 『救済階級』を手に入れられる。"F-"から"SSS"までの階級がある!! 

 階級が上位の人間からCDA直轄救助チーム。CDA自衛軍隊。国内自衛隊。そして底辺のゴミ野郎どもは訓練のやり直しだ!! 

 おっと、言い忘れてたが、この入隊テストを受けるのは自分達が決めていい! 俺達は一切強要しない!! 次の入隊テストは1年後だ!! その間必死に鍛錬を積み、その1年後の入隊テストを受けるのもよし!! 

 それを見送り次の入隊テストに備えてもよしだ!!! はぁ、はぁ……わかったな野郎どもおぉぉぉお!!!!』



 うぉおおおおおおおおおお!!!



 辺りから男達の熱き咆哮が所々聞こえてくる。


「ハッ……聞いたかよシュウ。次は1年後だってよ! 大尉殿はまだ頑張んなきゃいけねぇようだな!! はっは!」

「1年って結構長いね」

「なぁに、俺はそんくらいが丁度いい。充分に力を付けて、奴らを叩き潰してやる」


 再び教官が拡声器を構える。


『そして!! 成績優秀者にはCDA本部から特別なプレゼントがあるそうだ!! 救助チームに救助されたお前らならわかると思うが、それぞれの大尉や軍曹。彼らの力。おかしいと思わなかったか!? あの手がかりが君らにプレゼントされる!!!』


 シュウとサイハの目が光る。


「こりゃ何が何でも」

「頑張るしかなさそうだね……」



『それでは今から訓練を始める!!』


 2人は目を閉じる。

 今まで過ごした日々とは少しの間お別れだ。

 色々、本当に色々なことがあった。

 そしてこれから追い求める物をサイハとシュウは再確認する。


「俺は力を」


「俺は想いを」


 2人は共に別々のものを求める。

 今までは自分が追い求める物。

 それが隣にあったから、何も感じなかったんだろう。

 本当はそれが隣にないとわかって、それぞれが共に自分の実力に悲観し掴むのを諦めかけていた。

 だが、それは自分らの中にある意思を諦めで覆い隠された本当の意思を自分で見いだせなかったからだ。

 十朱に助けられて2人はそれに気づく。

 このままじゃ駄目なんだと。

 嘘が勝手に作り上げたレールを走ろうとしているなんてことは、あってはならない。


 レールは己が作り、己が胸を張って堂々と走るべきなんだと。


 そう気付かされたんだ。


「俺はさ、シュウ。行けるところまで行きたくなった。今までは何食わぬ顔で過ごしてきたが、やっぱ駄目だったんだ。このままじゃ生きたまま死んでることになるってわかったんだ」

「うん。俺もやっと気がついたよ。自分の中で作り上げた限界が、本当はまだまだ高いところにあるんじゃないかってさ、上にはどんな景色が広がってるのか。今じゃ楽しみで仕方ない」


 2人は拳を交わす。


「自衛隊とか、行くんじゃねぇぞ?」


「そっちこそ。パソコンカタカタやっててもつまんないぞ?」



 2人はそれぞれ歩き出した。

 彼らが歩む先に何が待ち受けているのか

 それは、多分辛いことや悲しいことだってあるのかもしれない。


 けど、その中にも楽しいことや、眩しいものだって、きっと必ず存在する。



 2人はそれぞれ歩き出した。

 終わりゆく世界を助ける為に……


 そして、1人の戦士として。




END WORLD SURVIVOR


〜 終章 First Resolution 〜

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