変わりゆく思い

 深夜3時。

 車が走ることもない一般道路に複数の足音が木霊する。

 無法者の集団だと思われがちだが。足音にどこか規律があり、一定間隔で地を踏む音が聞こえる。

 そんな暗がりの中を、今の時間帯に照らされることはない眩い光が男達の姿を照らす。

 どこからともなく現れた謎の軍隊。CDAは戦場に向かい歩く。


「B-1。そちらの状況は?」


 大尉が無線機に淡々と喋りかけた。すぐに声が返ってくる。


『こちら先行B-1。作戦地点を発見。

 ウォーカー数体が作戦区域外を徘徊中。……あれは!? 

 作戦ポイント付近に人影を確認。数……9』


「B-1からB-3は直ちに生存者を救出せよ。

 B-4からB-8は作戦区域にこれ以上感染者共を近づかせるな。

 屋内には我々が到着次第突入する。

 その前に、作戦区域にいる感染者共を片付けておけ」

『ハッ!!』


 大尉が無線のスイッチを切る。


「本当によかったのですか? 今回の作戦は撃退のみです。

 わざわざこれ以上生存者を増やすのは……」

「くだらん質問だな軍曹。

 我々はウイルスから人々を守る側の人間だ。なら我々には彼らを助ける義務がある。作戦目標など二の次だ。

 それとあの少年……あの目を見たか軍曹」

「はい。あの目は……」


「あぁ、本当の自分をまだわかってない目だ。

 ここでの幕引きはまだ早い。彼もまた育てれば逸材になる。

 もう少しいい人材が欲しいところなんだ此方としては。

 ま、ウチはもともとこういう名前の組織だ。

 助けてなんぼ、だろ? 天羽(あもう)?」


 大尉は軍曹をみやりにやける。


「はぁ……、十朱(とあけ)大尉? 公私との区別はつけるべきだ」


 天羽軍曹は右手を額に当て、呆れた様子で十朱大尉に向けて注意する。


「はいはい軍曹殿〜」


ーーー


 火の舞踏会が始まり既に2時間が経過しようとしていた。

 舞台に参加しているのは9人。

 その中でも足を止めず、ただただ舞踏会に抗い続ける者が1人。

 シュウはスーパー内で、

 生存者達を後ろに庇いながら孤独のワルツを踊っていた。


「せぇあああああああ!!」


 模擬刀を横に凪ぎ払い、3体のバランスを崩す。

 すかさずシュウはバランスを崩した3体の首を順序よく切り落とす。

 本来模擬刀とは、本物の刀とは違い刃が付いていない。

 しかし、重さがあまり変わらない為、"切る"より"殴る"方が楽だし効果的だと一般的な思考なら、そうだと考えるだろう。

 だが、シュウの考えは、あえて"殴る"より"切る"。

 軍人の父親の指導がこんなところで役立つとは。


「はぁはぁ……キリがないな……それにッ!?」


『ビュオン!』


 奴らの先頭に君臨していた奴が、シュウに向かい勢い良く再び突進してくる。


『ガィン!!』


 シュウはギリギリのところを模擬刀で受け流す。

 細い奴は商品棚だった瓦礫の中へ吹き飛んでいった。

 1番厄介なのは、あの突進してくる細い奴だ。

 どういう法則かはわからないが、奴が立っている場所からそのまま吹き飛んでくる感覚だ。

 踏み込みの動作もない。

 そう、まるで奴自身が大砲のようだ。

 体は他の奴らとなんら変わらないのだが、脚力が異常発達しているのか、足が異様に長い。


(どう対処するか……考えろ!)


「うわああああああああぁん!! おかあさああああん!!」

「!?」


 スーパーの左側から声が聞こえた。

 シュウがすぐさまそちらを向く。

 レジの近くで生存者達と離れてしまった母親と男の子が、奴らに囲まれていた。

 パニックではぐれたのか、彼らの方に駆けようとする。

 だがシュウが目をそらしたその隙を細い奴は逃しはしなかった。


『ドンッ!』


「ぐぁッ!!」


 瓦礫の中から砲弾のように飛び出したそいつは、

 シュウの脇腹に思い切り突撃し、シュウはそのまま細い奴と共に真横に吹き飛ぶ。

 男の子は目の前で起こっていることに困惑する。

 彼の目の前では、その子の母親が倒れている。

 奴らに右足を無残に噛まれ、肉を引き裂かれていたのだ。


 だが母親は足掻いていた。


「大丈夫!! ……あ"ぁっ……アキラはお母さんが守るからね!!」

「お、おかあさぁん……」


 少年の背後と左右は既に火の海だ。

 逃げ場はなく、立っている場所も危なくなってきている。

 母親は左足を使い奴らの頭を蹴飛ばす。

 だが力が強く、そう簡単には離れない。

 その間にも右足は奴らに食われていく。太股の肉が噛みちぎられる。

 母親は耐え切れず絶叫する。想像を絶する程の痛み。

 だが、こんな痛みなどなんてことはない。


「だい……じょうぶ……あなたを生んだ時に……比べたら、こんな……の……」

「嫌だよ、僕嫌だよ……!! 

 やめてよ……! おかあさんをはなせ、おかあさんをいじめるなぁ……!!」


 少年の顔は涙でいっぱいだった。

 顔をクシャクシャにしながら母親に群がっている奴らに向かい、小さな拳で叩く。

 だが、残酷な事にも奴らは退かない。


「アキラ……これから言うことをよく聞いてね? 

 お兄ちゃんが今からすぐに助けに来てくれるから……お兄ちゃんと一緒に、行きなさい……。

 お兄ちゃんなら、必ずアキラを守ってくれるから……お母さんが出来なかった事も……」

「そんなのやだよ!! おかあさん!! 

 ずっと一緒にいたいよ!! 僕、いい子にするから!     悪いことなんかしないから、バイバイなんてやだよ!」


 母親は痛みに耐えながら必死に息子を宥める。


「そうね……私もずっとあなたと居たいわ。

 でも、ここでお別れよ、大丈夫、また、すぐに会えるから……」

「そんなのウソだ! 

 おとうさんだって、そう言って帰って来なかったじゃないか! いやだよおぉ……離れたくないよおぉ……」

「アキラ……」


 少年と母親の周りに火が迫る。母親は少年を胸に抱き目を閉じた。


『ガシャアアアアアアン!!』


 瓦礫から何かが吹き飛んだ。


「アキラ君!!」


 シュウは少年の名を叫ぶ。吹き飛んだのは細い奴だった。

 アキラはシュウを見るなり再び母親の方を向く。


「おにいちゃんだ!! おにいちゃん!! 

 お願い、おかあさんを、おかあさんをたすけ……」

「アキラ……!! お兄ちゃんの所に行きなさい……早く!! 火が迫って来てる! 私は大丈夫だから! 早く行って!!」


 母親は最後の力を振り絞りながら、涙を流し、アキラに懇願する。


「で、でも……」

「アキラ君! 急ぐんだ!」


 シュウは汗にまみれた自分のカッターシャツを脱ぎ、それで火を地道に消していく。 


「お母さんのことはもういいの! あう"っ! 

 ……あなた1人で生きなさい!!」


 母親の右足は既に食われ、奴らは次はどこを食おうかと母親をギョロギョロと眺めていた。

 そんな中、シュウの頑張りは虚しく、

 少年の周りには着実と火が集まってきている。


「いきなさい!!」

「う、うぅ、うわああああああああ!!」


 アキラは走り出す。母親に背を向けて。


「そう、それで……それでいいのよ……

 私のアキラ……自慢の子……ずっと愛しているからね……」


 母親は一筋の涙を流す。

 だが、その表情は優しく微笑んでいた。

 シュウは下唇を噛み、右手を炎の中に突っ込む。

 まるで、右手がオーブンで一気に加熱させられたような熱さがジワジワと伝わってくる。だがシュウは必死に耐える。

 自分の右手と、1人の命。比べるまでもないからだ。


「アキラくん! 後少しだ、頑張れ!」


「おにいちゃあああああああん!!」


 少年は手を伸ばす。そしてシュウもそれに答えたように更に手を伸ばす。

 両者の指先が後少しで触れる瞬間。










 奴らが全てを引き裂いた。










「え?」


 シュウは目の前で起こった事に呆然とする。


 アキラの腰から上は、どこからともなく横から飛んできた、あの細い奴に一瞬で持っていかれ、2秒ほどして、真っ赤に染まった鮮血が、噴水の様にアキラの腰から降り注ぐ。



「イ"ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 もはやどこから声が出ているかわからなかったが、それを発しているのが少年の母親だと気付いたのは5秒ほど経ってからのことだった。

 そしてそのわずか5秒の間に、母親の首から上は食いちぎられる。更に奴らに服を破られ、腹、腕、左足、それぞれ3方向から食われていった。


「あ……あ、お……おか、ざ……」


 吹き飛ばされた少年の上半身が、今にも風に飛ばされそうな声で何かを言っている。

 もはや誰も聞いちゃいないが、最後の一言を言い終えたのか、うっすら涙を流したまま、少年の上半身は完全に動きを止めた。


「あ? なんで……な……ん」


 現実を受け止めれないでいた。神が本当にいるのだとしたら心からすがりたい。

 世界は何でこんなにも残酷なのだろう。

 誰が作ってしまったのかこんな世界。


 こんな誰も救われない世界なら、

 もういっそ。


「ふふっ」


 残酷なこの世界。

 全てがおかしくなったこの世界。


「ふはははっ」

 

 そうだ。

 この世界はもう、終わったんだ。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 シュウは右手を商品棚の瓦礫に突っ込む。

 既に火が回っているがそんなものはもはやどうでもいい。

 ズボッと手を引き抜いた。そこには包丁が握り締められている。


「何も見えない……!!」


 ゆっくりと包丁を口に持ってくる。


「何も聞こえない……!!」


 そして包丁の柄の部分を口にくわえる。

 模擬刀を腰の鞘におさめる。ギロリと周囲を睨み、シュウの周りに蔓延る奴らの数を把握する。


「12……」


 するとシュウはまず、前方3m辺りにいる奴ら2体に向かい、猛獣のように走り出して、口にくわえている包丁と抜刀した模擬刀で同時に奴らの首を断つ。

 後ろで真っ赤な鮮血が飛び散るがシュウはそんな事には見向きもしない。


「……10」


 そしてすぐさま次のターゲットに移行する。


 ーー1分後。


「1……」


 シュウはたったの1分で細い奴だけを1体残し、全ての相手を行動不能にさせた。両足を切断したり、首を断つなど。あらゆる方法を使って。


「……」


「あ"ぁあ"ぁ……お"ぉおおおおおおおああああああああああああああああああああああ!!」


 奴がシュウに向かい"飛んで"くる。それをユラリと横に避ける。しかし避けたと思っただけで横腹は抉られていた。

 だが、シュウは無表情だ。

 瓦礫の中に突っ込んだ奴は再びシュウに向かい飛んでくる。

 シュウは刀を思い切り引き抜く。


『ゴッ!』


 引き抜く際に、柄を奴の顔面に直撃させ、そのまま上へと吹き飛ばす。


『ズガァアアンン!!』


 奴は天井に突き刺さった。だが天井でも、奴にとっては同じこと。今度は上から下に向かい飛ぶ。シュウは流石に避けることができずに模擬刀で防ぐ。

 やせ細った奴は下に飛んだ際に、歯でシュウの模擬刀を噛んだ。ギリリッと嫌な金属音が鳴り響く。

 すると、奴は一旦模擬刀に噛みつくのを止め、壁に向かって飛ぶ。そしてその壁を両足で蹴り空中で回転しながら弾丸のようなスピードでまた突っ込んで来る。

 奴の頭を模擬刀で防ぐが、刀がはじかれる。

 かなり早い速度で回っている奴の手がシュウの右足の膝にあたり、足を掬われシュウは後方へ吹き飛ばされる。

 受け身などはとれない。いやとらなかったのだ。


 すると突然、スーパーのドア付近が強制的に破壊され、中に迷彩服を来た数人の男が入ってくる。


「A-1からA-4は店内を詮索しろ、まだ奴らが潜んでいる可能性がある。生存者がいたら直ちに作戦区域から脱出。命最優先だ。後のものは火の処理。急げ!!」

「ハッ!!」


 複数の男達はコートを羽織った男に従い、四方に散らばった。

シュウはそちらの方をチラッと見ただけで再び獲物の方を向く。


 先ほどの回転攻撃で右足はやられた。だが、左足は無事だ。

 なら全て問題ない。この一撃で決める。


「フゥーー……」


 シュウは腰を最大限低くする。顔と地面との距離が10cmをきる。

 腰から鞘を抜き、刀を鞘の中に入れる。そして鞘を右腰に構え、左手をそっと柄に添える。

 遠くで見ていた2人の男のうちの1人が声を上げる。


「ッ!? 大尉!! あの構えはッ!!!」


「あぁ軍曹、間違いない。第3級重要人物だ」


 シュウの周りは、まるで時が止まったかの様に静かで穏やかだった。周りの火など、ただの演出に見えてくる。

 シュウはそっと目を閉じる。


 その場の空気が、1人の青年によって支配されていた。



「ウ"オェああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 細い奴はシュウに向かい、再び突進する。


 シュウは既に刀を振り抜いていた。約180°振り抜かれた刀は何も捉えていない。

 奴は突進する。だがシュウにその攻撃はあたらない。


「……0」


 なぜならもう終わっているからだ。この世界のように。

 模擬刀の峰の部分から血が、桜吹雪の様に激しく散る。

 細い奴は、空中で首と体を断ち切られ、シュウに攻撃が当たることなく地面に落下した。

 シュウは構えを止め、刀を鞘の中へとしまう。


「なかなかいい居合いじゃないか峰山 秀」


 コートを羽織った男が拍手をしながらユラリとシュウの方へ歩いてくる。


「……」


「俺の名前をなぜ知っているのか? そういった顔だな峰山 秀。我々と共にこい。答えを知りたければな」


 シュウは何かに気が付く。スーパーの中の火が消えてきた。

 あれだけ豪火で賑わっていた舞踏会も今や跡形も無い状態となっている。

 そして迷彩服の男達が残りの集団、7人を救助している姿が見えた。


「……んで」

「ん?」

「なんでもっと早く来てくれなかったんだよ!!」

「……悪かったな。その子。救えなくてよ」


 男は下半身だけの子供を横目で見て言う。


「遅いんだよ何もかも!! 終わってから来たって意味ないんだよォオオオオ!!」


 シュウはその男に向かい先程と同じように居合いの構えをとる。

 これはただの八つ当たりという事はシュウにもわかっている。だがやり場のない苛立ちが、何故かこの男に向いていた。


「ウォオオオオオアアアアアアアアア!!」


 男はシュウの姿が一瞬、消えたかの様に見えた。


(いいスピードだ。お前は確実に強くなる)


 コートを羽織った男までおよそ10m。この距離ならやれる。


「軍曹」


 一言。


 たった一言吐いた言葉で勝敗は決した。

 軍曹と呼ばれ出てきた男がシュウの刀を弾き飛ばしみぞおちに拳を叩き込んでいた。

 何が起こったかわからなかった。シュウは一撃でその場に沈む。


「はぁ、まったく……」


 空が明るくなってきた。長かった夜も終わったのだ。


「帰るぞ諸君!!」


 大尉は皆にそう告げる。



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「ん……んんっ……」


 気が付くとそこは暗い場所だった。

 何時間気を失っていたのだろうか、時間の感覚がズレているような気がした。サイハは起きようとする。だが体がピクリとも動かない。


「あ……」


 声は出るようだ。だが視界がない。


「死んじまったのか……」

「何を言ってるんスか?」


 どこからか声が聞こえる。何も見えないのでどこから聞こえているかがわからない。ただサイハの右側から聞こえてくる。


「ここはどこだ?」


 そう呟くと、カチッと何かのスイッチを押したような音が聞こえた。続いて何かが動いているような音が聞こえる。

 そして辺りが徐々に照らされていく。


「ッ!? まぶし……!!」


 光に慣れていない目を擦りながら辺りを見渡す。長方形の形をした空間。脇には長椅子みたいなのが両側の壁沿いにある。

 その片方の長椅子にサイハは寝ていた。


「ここはCDAのトラックの中ッス」


「CDA?」


「さっき大尉殿に教えられてたじゃないスか。"Centers for Disease Agency"。略してCDAッス。俺達はこの日を待ってたんスよ。」

「この日を……待ってた?」

「ええ、世界中にウイルスが振り撒かれた今。やっと敵の尻尾を掴めたんス! ここからが本番ッスよ〜」


 サイハは視線を天井に向ける。


「これで、終わった訳じゃあねぇんだな」

「ん? 何言ってるんスか、これからッスよ!!」



『ドガアアアアアアアアアン!!』



 外から何やら音が聞こえる。


「ッ!? ……まさか奴らが!」


 サイハは無理やり体を起こし、トラックの扉を開け外に出た。


「ちょ、何やってるんスか!!」



 外に出るとそこはもう暗がりではなかった。うっすら太陽の光が照らし出されている。もう朝だった。

 トラックの中の光は外の光だったようだ。


「はぁまったく……あ、大尉達。帰ってきたみたいっスよ」


「大尉? ……ん!?」

「ふっははははははは!!」


 横の道路から何かが勢い良く吹っ飛んできた。

 よく目を凝らすと、それはサイハが先ほど戦って無残に負けた、トヤマだった。

 それが吹き飛ばされてきたのだ。その時点でサイハには意味がわからない。

 だが意味がわからないのはその後に笑いながら出てきた男だ。

そして更に複数の男達が笑いながら歩いてきている。


その中で、一人は呆れた表情をしている。


 吹き飛ばされたトヤマに歩いて近づきトヤマの腹を再び蹴り上げる。

 するとトヤマは丸でサッカーボールのように軽く上に吹き飛んだ。


「何が、どうなって……」


 物理的に考えて、あの男のヒョロっとした蹴りで、トヤマのような巨体をあんな高く蹴りあげるのは不可能だ。ありえない。


「お? 起きたか少年!」


 男がこちらに気がついて声をかける。


「? ……??」


「オイオイそんなはてなマーク沢山出してどうしたよ!? お前もサッカーしようじゃないか! そら!」


 男はその場で10m程跳躍する。明らかにおかしい。

 俺がおかしいのか? いやあいつらがおかしい。あの軽い構えであそこの高さまで飛べるのか? 無理だ。

 その前に人間にはできるはずがない。

 そして、その男は空中に滞在しているトヤマをサイハに向かい蹴り飛ばす。


「え? ぅわああああああああああ!!」


 サイハは足を引きずりながら全力で横に逃げる。

 5秒後。先程までサイハがいた場所にトヤマが叩き落とされた。


「な! な……! 何しやがるクソ野郎!!!」


「はっはっはっは!! そんな言葉を言われたのは何年ぶりだ!?」


 トヤマは完全に地面に突っ伏している。ピクリともしない。


「さぁ、揃ったな。点呼をとれ、直ちに出発する!! 軍曹、頭を潰しておけ。」


「……ハッ!」


 軍曹と呼ばれた男はやれやれといった感じでトヤマに近づき拳を構える。

 トヤマの顔に正拳突きを繰り出したかと思うと、トヤマの顔が跡形もなく爆散した。

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。

 トヤマとの因縁の戦いがこんな形で決着するとは思ってもみなかった。アイツは本当に良いやつだった。

 もう少し仲良くしとけばよかったと、今になって思う。


「お前。名は何と言ったかな」


「サイハ。零乃才羽だ。オイ、仲間は。俺達の仲間は助けてくれたんだろうな!」


「才羽、か……いい名だ。あぁ、安心しろ。2人程死んじまったが後は無事だ」


 男は後ろを指さす。その方向には集団の人々がいた。複雑そうな顔をしている。だが確かに2人ほどその場にいない。


「ふ、ふたり?? 死んじまったのか!? なんでッ!?」

「サイハ。」


 男は懐から拳銃を出し、サイハに構える。


「なっ!!」


「そこから先はタブーだぜサイハ。俺達だって全力を尽くした結果がこれだったんだ。

 救いたかったさ、全員な。だが助けられなかった。この状況を踏まえてお前はその言葉を俺に投げかける。こんなに屈辱的なことはないんだ。わかるか? サイハ」


「あぁ、わかったよ、助けてくれてありがとう。恩に着る」


 サイハの手は震えていた。恐怖に屈する震えではない。自分が助けることができない事実に耐えている震えだ。


「あぁ……俺もこんなものをガキに向けることなかったな。だがお前はもうガキじゃないんだ。そのことでお前に話がある。支部にこい。そこで説明する」


「支部……? なんなんだそれは。」


「CDA西日本支部」


 そういうと男はコートを翻し、トラックへ向かった。シュウの姿が見えない。CDAが確保しているのは間違いないのだ。

 シュウとここで離れる訳にはいかない。サイハは覚悟を決めて彼の後に続く。


「で? 正確に教えてくれ、俺をどこに連れてくんだ?」


「我らCDAの基地は瀬戸内海のど真ん中にある。そこにお前らを連れていく。

 まぁ別に悪い事する訳じゃねぇ。そこは約束しよう。だが俺達に助けられたお前らには決断しねぇといけねぇことがある。まずは基地に着いてからだ」


「瀬戸内海!? 今から!? ……マジかよ散々だな。そこに行って決断しろって? 何を?」


 十朱は、額に青筋を浮かべながら愚痴る。


「だからそれは基地に着いてから西日本支部のトップが説明する。ったく大人しくついて来いようるせぇなぁ」


「とんだ大尉殿だな。言葉の使い方がまるでなってねぇ。笑えるな笑ってやる。ハッ!!」

「それはお前も同じ事だろうが。年上には敬語使えボケ。学校で学ばなかったんですか? あ?」


 そんな剣呑とした2人の姿を遠目で見つめる2人の男。


「天羽さん、なんスかアイツ。大尉に向かってタメ口とかありえないでしょ」

「多めに見てやれ日向。こんな状況だ、言葉が強くなるのは仕方ないだろう?」


 日向(ひなた)と呼ばれた男はため息と同時に不満な表情をする。日向はCDAの若手隊員だ。

 オレンジ色の髪に、大きな猫目とシュッと伸びた眉毛が特徴の小柄な男。


「てか、あんな細い体でよく生き残ったっスね。役に立たなそうスけど」

「それはどうかな……」


 軍曹は思い出す。

 あの青年のナイフの太刀筋。

 実際に見たのはチラッとだけだが、あの太刀筋は武道をしている者がする、何度も刀を振り続けて手に入れたような太刀筋じゃない。

 そう、まるで体その物がナイフの一部になっているような。体の動きに乗せ的確に刃を持ってくるあの技術。

 緻密的な太刀筋だ。


「まぁ、全ては基地に着いてからだ」


 軍曹は軍帽を脱ぎ、短い黒い髪をさわる。日向も頬を軽く掻く。

 そうして2人もトラックの中へと戻った。



--------------------------------------------------



「ッ!? うわぁあああああ!!」


 移動中のトラックの中で突然叫び声が響き渡る。目覚めた青年は周りを見る。座っていた皆が注目していた。


「ど、どうした? シュウ?」

「え……あ、サイハ」


 アホを見る目でシュウを見るサイハ。


「やっと目が覚めたか峰山秀」


 窓の近くで煙草を吸っているコートを羽織った男がシュウに話しかける。


「あ、あなた。あの時の……あ、あれは……! その……」


「全く気にしてねぇから大丈夫だ。まぁ俺は何もしてねぇからなぁ? ぐーんそうどのー?」


 ニヤケながら隣に座っている天羽軍曹を見る。軍曹はしびれを切らしたように喋る。


「……すまなかったな。君を気絶させたのは私だ」

「い、いえ。こちらこそありがとうございます....止められていなかったら気を確かに持てなかった....」


「まぁ、しょうがない。あの様な事がおこったのだか……」


 軍曹が口を止めた。シュウが震えている。とてつもない勢いで。あの様な事。

 頭の中で映像がフラッシュバックする。幼い誰かの声が、頭の中で響き渡る。


「あ、あぁ……ああ、ああぁ!!」

「お、オイ、シュウ!! 大丈夫か!? 落ち着け、深呼吸しろ!!」


 シュウはサイハに肩を思い切り揺さぶられ、静かに深呼吸をする。


「はぁ、はぁ……す、すいません。取り乱しました……」


 凄い汗の量が滴り落ちている。そして軍曹はそれを見てどこか遠い目をする。


「いや……いいんだ」


『パチン!!』


 大尉が手を叩く。


「そろそろ見えてくるぞ。センターブリッジだ」


「せ、せんたーぶりっじ?」


 シュウはトラックの窓から外を覗く。


「え……!? どこだここ!?」


 窓の外にある光景は、真っ赤に燃える太陽の下には真っ青な海。

 その海のど真ん中に50m程の大きな要塞が建っている。だが窓がない。


「な、なんだあのデッケェ要塞は、見た事ねぇ」


 サイハも不思議そうに外を眺める。その答えには軍曹が答えた。


「違うんだ、アレは要塞じゃない。"壁"なんだよ」


「は!?」


 壁。だとしたらとてつもなくデカイ。

 あのなんとかの巨〇と同じくらいの壁だ。実感する。とても大きい。


「あの中にお前たちの"居場所"がある」

「なるほどなァ」

「……なるほどね」


 2人は同時に理解する、そして再び確信した。


(あそこなら奴等達も入ってこれねぇ。万事解決だな。やっと安息の地が見つかったってワケだ。助かったぜ、もうウンザリだ)


(もうあんな事は真っ平ごめんだ。あんな結果にどうせなるんなら、俺はもう戦わない。これからは好きなように生きよう)



 そう、この2人に抗う意志はもうないのだ。

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