37:優雅なお茶会をしました
* * * *
ココリア様からお茶会の招待状が届いたのは、パーティーの翌日のことだった。
前回同様二人きりでのお誘いだったので、私はウキウキと承諾のお手紙を書いた。
王太子妃様へのお手紙なんてすごく緊張したけど、ココリア様はつたなくても私自身が書いたほうが喜んでくれると思ったから。
一応、手紙のお作法は隊長さんがつきっきりで教えてくれた。
お茶会の日は王宮に用事がある隊長さんと一緒に行って、それから別行動になった。丸一日休みを取れるのはもう少し先になりそうだ。
何度でも言いたい。休暇とはなんだったのか。
「本人に確認もなくあんなことを……本当にごめんなさいね」
「いえ、ココリア様のせいじゃありませんから」
ココリア様は、王太子の勝手な所業を自分のしたことのように謝ってくれた。
夫婦連帯責任だとか思っているのかもしれない。
「おかげでこうやって堂々と招待できるようになったのはうれしいのだけれど。あれから何か問題はありませんでした?」
そう気遣ってくれるココリア様は本当にお優しい。
並んでいるところも踊っているところも見たのに、いまだにどうしてあの王太子のお妃様をしているのか謎でしょうがない。しかも、恋愛結婚だって話だし。
そんな優しい彼女に、何もなかったと言えないのが悲しいところだ。
「ちょっと……その、冷戦中と言いますか、いえ、破局の危機とかではないんですけど」
「あら、やっぱりややこしいことになってしまったのね」
「大丈夫です! そこは私たちでなんとかしますから。タイミングは選ばせてほしかったとも思うんですが、踏ん切りがついた部分もあります」
元から気持ちは決まってたけど、あとに引けない状況になっても自分がショックを受けていないことにほっとした。
もう大丈夫、と再確認できたことは大きい。
だからといって、王太子に感謝をするつもりはないけども。
「そう……そう言っていただけて安心しました」
やわらかな微笑みを浮かべるココリア様は相変わらず美しい。
顔立ちはどちらかというと童顔なのに、年齢よりも落ち着いた雰囲気が彼女を立派な女性に見せていた。
私もいつかこうなれたらなぁ、とは思いつつも、憧れるにはハードルが高すぎる。
それからしばらく雑談を楽しんで、おいしいデザートをいただいて。
「ああ、来ましたね」
ココリア様がいきなりそんなことを言い出したのは、私がすっかり油断していたタイミングだった。
何が、と問いかけるよりも早く、ガチャリと扉が開く。
ノックもなしに現れたのは……
「お、王太子様!?」
動揺してガタッと椅子を鳴らしてしまった。
王太子は私の存在に気づくと、眉間に深い皺を刻んでココリア様を睨みつける。
「いらっしゃいませ、フロウ様。どうぞこちらへ」
「ココ、これはどういうことだ」
「まずは座ってくださいな。そんな怖い顔をされていたらきれいなお顔が台無しです」
険しい顔の王太子とは対照的に、ココリア様はどこ吹く風で微笑みを絶やさない。
そうでなければ王太子の奥さんなんて務まらないのかもしれない。
ココリア様、強い……。
「謝らせようと思って、フロウ様も招待していたの。騙すみたいになってしまってごめんなさい、サクラさん」
「は、はあ……」
ココリア様の笑顔を見ていると毒気が抜かれて、怒るにも怒れない。
たぶん、このお茶会自体、私と王太子を会わせるためのものだったんだろう。
最初からもう一つ椅子があったことをもっと疑うべきだった。
「あのね、サクラさん。怒ってもいいのだけれど、フロウ様がサクラさんだけを王都に連れてこられたのは、私のためでもあるの」
「……え?」
唐突すぎる発言に、私は目をまたたかせた。
「最近、私の周りが少し落ち着きがなかったことは知っていますか?」
「あ、えっと、はい……」
たしか、前回のお茶会のあとにレットくんからちらっと聞いた記憶がある。
まだお世継ぎに恵まれていないことで王太子妃派がピリピリしている、とかなんとか。
そんなタイミングで、あろうことか寵姫騒ぎなんて! って王太子に憤ったことを覚えている。
「王太子妃派も一枚岩ではなくてね。少々過激な方も中にはいるのですが、もしその方が問題を起こしてしまえば私にも責任が生じます。それは、私に思うところのある方々からするととても都合のよいことなんです」
ココリア様は静かな声で現状を説明してくれた。
貴族社会に馴染みのない私には、恥ずかしながらいまいちピンと来ない。
私なりに解釈するなら、テストでいつも一位を取っている人が調子を崩したことを二位の人が喜ぶようなものだろうか。
「なので、内々に済ませられるうちに、王太子妃派の中で注意すべき人物を炙り出してしまいたかったのです。そうですよね? フロウ様」
「……ああ」
お行儀悪く頬杖をついた王太子は、ココリア様に問われて渋々といった様子でうなずいた。
なるほど。隊長さんのために私を試したんだとばかり思っていたけど、ココリア様のためでもあったのか。
一挙両得を狙うなんて、それくらいじゃないと王太子はやってけないってこと?
ココリア様のため、だったとすると。
あの、謁見の間での惚気も、口さがない人たちへの牽制の意味もあったのかもしれない。
「精霊の加護のあるサクラさんなら万が一はありえません。好都合だと思われたのでしょうが、故郷から離され、心細い思いをしているか弱い女性に対してなさることですか? 私のため、という免罪符があれば何をしても許されるわけではありません」
「……か弱い?」
「フロウ様」
ココリア様の笑顔の圧力に、王太子ははぁ……とわざとらしいため息をつく。
それから、眉間のシワはそのままに私に顔を向けた。
「こちらの都合で利用する形になってしまったことだけは、謝る。すまなかった」
「……だけ?」
人に謝る態度じゃないことは、この際だから置いておく。
でも、他にも暴言だとか暴言だとか、色々とあったような気がするんだけどな?
私の記憶違いだっていうならいいんですけどね?
「お前に間違ったことを言った覚えはない」
キッパリそう告げる王太子に、ピキッとこめかみが引きつる。
まったく、本当にこの王太子は!!
「……たしかに、王太子様のお言葉で色々と考えさせられたこともあります。ええ、本当に色々と。伝え方って大事だなととても勉強になりました。ありがとうございます」
嫌みったらしくニッコリ笑いかけると、王太子は苦々しげに顔を歪める。
ふふん、私だって皮肉の一つや二つは言えるんですよ。
少しだけスッキリしたところで、本題とばかりに私は表情を改めた。
「私を試した件にしても、グレイスさんのためだったんなら仕方ないかなとも思います。でも、グレイスさんへの暴言に関してはどうしても納得できません。あれも間違ったことじゃないって言うんですか?」
「……間違ったことは、言っていない」
言いながら、王太子はスッと視線をそらす。
心の奥の後ろめたさを隠すように。
「昔から気に食わなかった。自分は何も持っていないと、自分ばかりが我慢をしていると、陰気な顔をして。あいつはあいつに与えられたものの尊さに気づいていなかった」
「与えられたもの……?」
「あいつには無数の選択肢が与えられたんだ」
その言葉に、私は目を見開いた。
なるほど、王位継承権の有無は、そういう見方をすることもできるのか。
隊長さんの視点で考えていたから全然気づかなかった。
「でも、絶対に選べないものだって、たくさんあったんですよね」
「選べるだけマシだろう」
「そういうの、逆恨みって言うんじゃないでしょうか」
私の指摘に、王太子は眉間のシワを深める。図星だったのかもしれない。
王太子が王太子に選ばれたのは隊長さんのせいじゃない。
隊長さんは、自分に許された選択肢の中で努力をしたから今がある。
たぶん、王太子もそれはわかっていると思うんだけど。
「王になれない人間と、王になるしかない人間、いったいどちらが自由だと思う。どちらがより恵まれている?」
「……それは、人それぞれだと思います。私にはわかりません」
王太子にはきっと、未来を選べる隊長さんが自由に見えたんだろう。
それは一方から見たらたしかに真実で、でもそれだけじゃない。
自由って言葉はとても素敵なものだけど、隊長さんの場合はまた話が変わってしまう。
隊長さんにとって、自由ということは、負うべき責任がないということ。何も、期待されていないということ。
王様になりたかったわけでもないだろうけど、王位継承権を持たない王族として誰にも期待されずに生きていくよりはと、隊長さんは軍属を選んだ。
隊長さんの責任感の強さは、そこにかけられている期待が得がたいものだと知っているからだろう。
自分の力で、その期待に応えられるのがうれしいんだろう。
「うらやましい、と認めてしまえばよろしいのに」
「ココ!」
急に声を荒らげた王太子に一瞬ビクッとしてしまった。
それにしても、ココって……。
さっきは王太子のお出ましに気を取られていたけど、まるでペットの名前のような、ずいぶんかわいらしい愛称だ。
立派な大人の女性のココリア様にはちょっと似合わないような気がしてしまう。
「本当に、捻くれた夫でごめんなさいね。フロウ様はグレイス様に対して、羨望と嫉妬が入り混じってしまっているの。同世代の王族の中で一番に生まれたグレイス様と二番目に生まれたフロウ様は、色々と比較されることも多かったから」
「……でも、グレイスさんは王位継承者を持っていないんですよね?」
「ええ、だからこそ『継承権も持たない者に負けてはならない』などとおっしゃる勝手な大人もいたのですよね。年の差もありましたのに」
「それは……大変ですね……」
たしか、王太子は隊長さんの四つ年下だったはず。
ルシアンさんのほうが年は近いのに、なまじ隊長さんが継承権を持ってなかったせいで、あれこれうるさい大人がいたんだろう。
勉強でも武術でもなんでも、それだけ年が離れている人間に負けるな、なんて無茶な話だ。
ちょっと本気で王太子を同情したくなった。
「そのせいで、人々の望む王太子であることが得意になってしまって。勝手な行動もすべて巡り巡っては人のためなので、これでも臣民からの信望は厚いんです」
パーティーのとき、隊長さんも同じようなことを言っていた。
王太子のわがままは、誰かのためのわがままだと。
「フロウ様が王太子としてではなく、自分の言葉で話せる相手はとても少ないので、甘えていらっしゃるのよね。“寛容なお兄ちゃん”に」
ココリア様は、それはそれはきれいな笑顔でそう言ってのけた。
もしかして、ココリア様……私以上に、王太子に対して怒ってたりしました?
「あの、王太子様」
「……」
「王太子様って、実はお兄ちゃん大好きっ子なんですね」
「…………ひどい侮辱だ」
思いきり顔をしかめた王太子は、大嫌いなピーマンを食べさせられた子どものようで。
ガラガラガラと、私が今まで抱いていた性悪王太子のイメージが完全に崩れ去る音がした。
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