36:第二ラウンドが待っていました
* * * *
隊長さんとは冷戦状態のまま、無事にタイラルドの家に戻ってきた。
とはいえそこで試合終了というわけにもいかず、今度は第二ラウンドが待っていました。
ついさっき不機嫌全開だった、カーディナさんとの。
「どうして言ってくれなかったの!?」
私たちよりも早く家に戻っていたカーディナさんは、道中で怒りが冷めることはなかったようだ。
爆発するような激しさで出迎えられて、さすがの私も面食らった。
「ごめんなさい。その、ちょっと勇気が出なくて……」
うまく説明することもできずに、ただ謝ることしかできない。
今回のことは完全に私たちの過失だ。
嘘をついてはいない、なんて問題じゃない。
行きの馬車の中での会話といい、結果的には騙していたようなものなんだから。
「サクラは悪くない。俺が紹介していないのに、彼女から言い出すことなどできるわけないだろう」
隊長さんは私を庇うようにカーディナさんとの間に入ってくれた。
さっきまであんなに、死にそうなほど沈み込んでたのに……。
軍に入ったのは居場所が欲しかったからだって、隊長さんは前に言っていた。
でも、それ以前に、隊長さんの本能に人を守ることが染みついているんだと思う。
「それなら、どうして紹介してくれなかったのよ! 来てすぐは忙しかったかもしれないけれど、それからいくらでも言える機会はあったでしょう!?」
「カーディナ、落ち着いて」
「むしろ、兄様と父様はどうしてそんなに落ち着いていられるのよ!」
ルシアンさんが宥めるようにカーディナさんの肩を叩くと、今度はそちらに矛先が変わった。
その後ろでシリエスさんは傍観者のような立ち位置でのんびりと微笑んでいる。
たしかに二人の落ち着きようは私も気になった。
二人だって、カーディナさんの口から私たちのことを初めて聞いたはずだ。
もう少し驚いてもいいと思うんだけども。
「まあ、なんとなくわかっていたからねぇ」
「父様っ!?」
「父さん、それは火に油……」
「もしかして、ルシアン兄様も!?」
「……そうだね、確信があったわけではないけれど」
カーディナさんに詰め寄られ、仕方なくというようにルシアンさんも認めた。
えええ、ほんとに……?
これでもみんなの前では、隊長さんと一定の距離を保つように気をつけてたんだけどなぁ。
まさかそんなにバレバレだったなんて、思ってもみなかった。
「じゃあ、私だけ除け者だったのね!」
怒りで顔を真っ赤にしたカーディナさんは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
二人の言葉は、ルシアンさんの言うとおり今の彼女には火に油でしかなかっただろう。
「元々、結婚するもしないもお前に任せていたからね。好きにするといい」
「父上……」
「父さん、それは投げやりに聞こえるよ。祝福するってちゃんと言わないと、サクラさんが不安になってしまう」
「ルシアン……」
シリエスさんとルシアンさんは対照的に和やかで、隊長さんは呆けたように何も言えなくなっていた。
どうやら男家族のほうは問題なく受け入れてくれるらしい。
「あ、あの。本当にすみませんでした」
家族の会話に割り込むのは気が引けたけど、やっぱりちゃんと謝っておきたかった。
私たちが何も言わなくても、薄々察していたなんて。
隠し事をしている私を、二人はいったいどんな気持ちでもてなしてくれていたんだろう。
「そうだな。私ね、ずっと憧れていたことがあってね」
そう、シリエスさんは少しも気にした様子もなく、急に話を変えた。
「パパって呼んでみてくれないかな」
……パパ。パパかぁ。
さすがに王女様には言えなくてね、とシリエスさんは茶目っ気たっぷりに笑う。
おうじょ、さま?
話の流れから言ってルシアンさんの婚約者のこととしか思えない。
こんなところでルシアンさんの婚約者さんが王太子の姉妹という新事実を知ってしまった。
息子さんと娘さんが若干引いているのはいいんだろうか。
私は別にそこまで抵抗もないので、円満な嫁舅関係を築くためならなんでもするけど。
「お願いします、パパ! 絶対幸せにするので、息子さんを私にください!」
ガバッと頭を下げて、お望みどおりの言葉を口にする。
あ、これは男側のセリフだっけ。不束者ですがと言い直したほうがいいのかな。
でも、気持ち的にはこっちのほうが正しいし、細かいことは気にしない方向で行こう。
「わ、私、私は、認めないからーーーっ!!」
「か、カーディナさん……!?」
シリエスさんから返答をもらう前に、カーディナさんの叫びがエントランスに響き渡った。
そしてそのまま涙目で走り去っていく。
とっさに追いかけようとした私を引き止めたのは、ルシアンさんだった。
「大丈夫ですよ、サクラさん。今はうまく気持ちが整理できていないだけです。あれだけサクラさんに懐いていたんですから」
「でも……すごく怒ってました」
ワインレッドの瞳の奥で、怒りの炎が燃えていた。それはまっすぐ私に向けられていた。
本当は、少し期待してしまっていたんだと思う。
隊長さんの家族がみんないい人たちだったから、勝手な都合で黙っていたことも笑って許して、あたたかく迎え入れてくれるんじゃないかって。
カーディナさんの反応に、そんな甘えがあったことに気づかされた。
私は一般庶民で、身分的にも人格的にも隊長さんに相応しいような人間じゃない。それくらいの自覚はある。
精霊の客人ということもあって仲良くしてくれたけど、兄嫁に対しての理想をあれだけ熱く語っていたカーディナさんには、受け入れがたかったんだろう。
「カーディナの怒りは激しいけれど、持続しないんです。落ち着けばちゃんと相手の気持ちを考えてあげられる子だから。あとでカーディナが言いすぎたと自分を責めないよう、今は放っておいてあげてくれませんか」
ルシアンさんは、妹を想う優しい兄の顔をしていた。
カーディナさんをよく理解しているだろう実の兄にそう言われてしまえば、私も納得するしかない。
「……そのほうが、カーディナさんのためになるなら」
「ありがとうございます」
私が引き下がると、ルシアンさんは穏やかな笑みでお礼を告げた。
たぶん、きっと大丈夫……だよね?
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