25:とっても便利な技を伝授されました

  * * * *



 明けて翌日。

 久しぶりにぐっすり眠れたのはよかったんだけど、寝坊してしまったせいで起きたときにはもう隊長さんは家を出てしまっていた。

 せめて朝の挨拶くらいはしたかったのに。起きるまで待ってくれてもいいのになぁ。

 でも、わがままは言っちゃいけない。王都出身の隊長さんには隊長さんの付き合いがあるんだから。

 わかっては、いる。いるんだけども。

 消化しきれないもやもやを抱えていた私のところに、お客様が訪ねてきたのはお昼過ぎのことだった。


「やあやあサクラちゃん。ご機嫌いかが?」

「レットくん……!?」


 黒茶の髪に赤褐色の瞳の、少年のような外見の青年。

 昨日の朝ぶりに見る変わらない姿に、私は目を丸くする。


「第五の隊長さんのお使いって名目で通してもらっちゃった。たいちょーさんからもそう話しておいてくれたみたいだね。さっすがこういうとこは気が利くな~」


 こういうところは、は一言余計ですよレットくん!

 昨日ぶりだっていうのに、なんだかけっこう離れていたような気がしてしまうから不思議だ。あれから色々あったせいだろう。

 いきなりオフィに謁見の間に飛ばされて、隊長さんの家に行くことになって、レットくんとは挨拶も何もできずに王宮から出てきてしまった。

 ちゃんと再び会えるように取り計らってくれた隊長さんに感謝しないと。


「王宮では色々とありがとうございました」

「どーいたしまして。ぼくは自分のやることをやっただけだからね」


 私がお礼を告げると、レットくんは頭の後ろで手を組みながら笑った。

 隊長さんと再会できたことがうれしすぎて色々と頭から抜けていたけど、本当に本当にレットくんにはお世話になった。

 出会いが非常事態だったせいか、たった数日間の付き合いだっていうのに戦友のような気分だ。

 ……だからこそ、物申したいことがあった。


「でも、一つ言わせてください! 隊長さんがもうすぐ来るって、教えてくれてもよかったじゃないですか!」

「そう言われてもなー。どんな不測の事態があるかわからないし、来るよって聞いてたのに来なかったほうがショックじゃない?」


 うっ、レットくんの言うことも一理ある……。

 あのときの私はギリギリのバランスでどうにか踏ん張っていた。

 もし期待してそれが裏切られたら、そこでポッキリ心が折れてしまったかもしれない。

 でも……その言い分を鵜呑みにできないくらいには、私はレットくんを知っているつもりだ。


「……本音は?」

「サプライズ成功~! やったね!」


 パッと風船が割れたようにレットくんは笑みを弾けさせた。

 予想が当たってしまった私はもちろんうれしいはずもなく、深いため息をつく。

 レットくんは私なんかよりよっぽど精霊に似てるんじゃないだろうか。


「そういえば、疑問なんですけど。もしかして、王太子はレットくんの存在を知らないんですか?」


 ついでだからと、昨日、寝落ちする直前に思い浮かんだ疑問をぶつけてみた。

 精霊の愛み人の王太子は、千の耳を持つとか言われてるらしく、基本的に隠し事は通用しないようだった。私の存在だってずっと前から知ってたし。

 なのに、レットくんのことは知らないような態度を取っていたのは、わざとだったのか本当に知らないからだったのか。


「あ、そうそう、王太子サマは知らないよ。精霊と第十一師団の間の契約によって、ぼくらのことを他の人に話せないないようになってるの。じゃないと愛み人から全部情報もれちゃって、隠密部隊なんてやってけないからね」

「それもそうですね……」


 ケロッとした顔で答えられて、私は目をパチパチとまたたかせた。言われてみれば納得お得。

 むしろ、どうして今までそのことに思い至らなかったんだろう。


「何はともあれ、無事に会えてよかったね。これでぼくのお役目もしゅーりょー……のはずなんだけど。なんでそんな不細工な顔してんの?」


 ん? とレットくんは不思議そうに首をかしげる。

 ちょっとその言い方はひどすぎませんか?


「不細工で悪かったですね! この顔は元からです!」

「うそうそ、かわいーかわいー」

「心がこもってない!」


 ムウっと頬をむくれさせる私を、ははっと明るく笑い飛ばしてしまうレットくんはつくづく大物だと思う。

 王宮にいたときは心強かったけれど、今は少し憎らしい。


「まあまあ。で、そのかわいいサクラちゃんはどうして不機嫌なの?」


 どうやら単純な顔の造形じゃなく、私が抱えていたもやもやを感じ取っていたらしい。

 それならそれで言い方を考えてほしいと思ってしまうのはわがままだろうか。

 乙女心は複雑なんです。


「隊長さんと……イチャイチャできなくて……」


 黙っているのも変かなと素直に答える。誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 再会できたら、あとはずっと一緒にいられる気がしていた。

 私が考えなしだっただけだとわかっているけれど、待ち望んでいた分、期待した分、落胆も大きい。


「お偉方の目の前でイチャイチャしてたじゃない」

「あ、あれはちょっと……忘れさせてください」


 頭から火を吹きそうな羞恥心を思い出して、自然と声が小さくなる。

 お偉方、やっぱりあれ、偉い人たちの集まりだったんだよね。王様もいたもんね。

 たとえるなら国会議事堂で国会議員さんたちが集まる中、あんなイチャラブを繰り広げちゃった感じだよね……?

 さすがの私だってラブシーンを見せつける趣味はない。みんなの記憶からきれいに削除してもらえないだろうか。


「あれじゃ足りない?」

「足りないというか……まあ足りないんですけど。隊長さん、ご家族にも私のこと精霊の客人としてしか紹介してくれませんでしたし。もちろんいきなりご挨拶ってなったら緊張しちゃうし、今回はあくまで精霊の客人として来たっていうのもわかってるんですけど、もうちょっと、もうちょっと言いようはなかったんですかね!?」


 話しているうちに熱がこもって、ぐっと怒りの握りこぶしを作ってしまう。

 恋人として紹介してほしかったとまでは言わないけれど、あれはちょっと他人行儀すぎるんじゃないだろうか。

 ……そう、たぶん。

『精霊の客人』とか、『しばらく保護していた縁』とか。

 味気も素っ気もないその言葉に、私はちょっぴり傷ついたんだ。


「あー……なるほど。うん、まあ、それに関してはもうちょっと第五の隊長さんの気持ちも考えてあげよっか」

「隊長さんの肩を持つんですか!?」

「ちゃんと話してみなよ。サクラちゃんが心配するようなことは何もないと思うよー」

「だから、その話す時間が取れないんですってば~!」


 朝食時にルシアンさんに聞いたところ、隊長さんはしばらく予定が立て込んでると言っていたらしい。

 少なくとも、私がこの世界に来てから一度も王都に帰ってなかったんだから、久しぶりに顔を出さなきゃいけない場所もたくさんあるんだろう。

 仕方ないことだって理解してる。理解してるから、納得したいのに、わがままな私の恋心はうなずいてくれない。

 だって……ようやく、気づけたのに。


「なかなかに荒れてるなぁ」


 他人事のように言うレットくんに一瞬ムッとして、それから自己嫌悪がわき上がった。

 レットくんからしたら他人事で当然なんだ。

 本来、彼のお役目は私を守ることで、私の愚痴聞き係なんかじゃないんだから。

 こうして話を聞いてくれるのはレットくんの厚意でしかない。


「じゃあ一つ、技を伝授しよっかな。きみの不満も解決できるかも」

「ほんとですか!?」


 パッと顔を上げて、私はレットくんに詰め寄る。

 彼は笑顔でうなずいて、それから何かを探すように周囲を見回した。


「オフィ~。オーフィシディエンオール~」

《呼んだ~?》


 レットくんが呼ぶと、オフィはずっとそこにいたかのようにパッと姿を現した。

 今までなんの気配もなかったはずなのに……。


「精霊豆知識。精霊は基本、名前を呼べば来てくれるよ。こんなふうにね。特に正式名称は届きやすいみたい」

「知らなかった……」


 寂しいときや暇なときは精霊を呼べば話し相手に困らないね!

 そんな扱いをするのはよくないかもしれないけど。


「オフィ。サクラちゃんに精霊の道の通り方を教えてあげて」

《いいよー!》


 オフィは少しも悩むことなく承諾してくれた。

 どうやら、レットくんの言う“技”とは、精霊の道の通り方のようだ。

 二人ともずいぶん軽いけど、そんなに簡単に教えちゃっていいものなんだろうか。


「サクラちゃんはもう三回も道を通ってるし、感覚を掴めばすぐできると思うよ」

「え、三回……? 二回じゃないんですか?」


 王太子に連れられて王都に来たときと、オフィに謁見の間まで飛ばされたとき。

 私が瞬間移動したのってそれくらいだったと思うんだけど、記憶違い?


「この世界に来たときも、広義的には“道”を通ってきたようなものだからね。さすがに世界を超える道は、精霊の客人でも行き来できるものじゃないけど」

《フルーオーフィシディエンが通った、二つの世界をつなげるミチだね》


 なるほど、異世界トリップも同じ分類分けだったなんて、なんともざっくばらんな。

 ある意味精霊らしいとも言えるかもしれない。


「精霊の道っていうのは、言葉通り精霊が一度通った道なんだけどね。精霊は世界中にいるから、通ってない道がないんだ。だから、実質世界中どこにでも行けるし、すでにある道を通るだけだから魔力も使わない」

「べ、便利すぎませんか……?」

《ちゃんと行く場所をイメージしてないと、ミチに迷うこともあるから気をつけてね!》

「過去に、迷って敵国まで行っちゃった精霊の客人もいたって記録に残ってたね」

「ひ、ひえええ……」


 怖い、怖すぎる精霊の道!

 この国は長い間戦争をしてないらしいけど、たとえば魔物の巣に転移してしまったらと思うと……恐ろしすぎて考えたくもない。

 王太子はすごく気軽に使っていたような気がするけど、一国の王太子が変なところに行ってしまったらどうするつもりなんだろう?

 どんな危険な場面からでも切り抜けられる自信があるってことなのかな。


「普通にしてれば大丈夫だよ。たぶんね」

「嘘でもいいからそこは断言してくださいよ!」

「まあまあ」


 思わず上げた非難の声は、レットくんの笑顔によって受け流されてしまった。

 幸い、道の通り方は融合した精霊に力を借りるときと同じような感じだったので、そんなに苦もなく習得することができた。

 心の中でフルーにお願いして、何度か室内で移動したり、慣れてきたら人のいない屋敷の庭に飛んだり。

 二人の協力のもと、危なげなく精霊の道を通れるようになったところで、レットくんはお役目を果たしたとばかりに帰っていった。



 この世界の誰にもこの感動は伝わらないだろうから、心の中でだけつぶやく。

 ……まさか、テレポートできるようになっちゃうなんてなぁ。


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