24:タイラルド家の方々と交流を深めました
* * * *
暴走した妹さんは、隊長さんが呆れながらも引き剥がしてくれた。
我に返った彼女に土下座しそうな勢いで謝罪されて、血縁を感じたりしつつ。改めて、私はしばらくこの家でお世話になることになった。
「なんだかまだよくわかってないんですけど、最初から最後まで、王太子様の手のひらの上でコロコロされた感じですね……」
ソファーに座って一息つきながら、怒涛の展開を振り返る。
客室までは隊長さん自らが案内してくれた。
日当たりがよくて、調度品も華美すぎず、落ち着いて過ごせそうな空間だ。
「あいつの口車に乗るのは癪だが、あれ以上に矛盾なく現状の説明をするのは不可能だ」
「そうですよねぇ……」
本当にあったことを言ってしまえば、確執やら反旗やら、前に王太子が言っていたことが現実のものになってしまうかもしれない。
穏便にごまかすとしても、王太子が話を合わせてくれるとは思えないから、こっちが王太子の説明に乗っかってしまったほうが安全だ。
そういう私たちの事情もわかっていて、王太子はあんなふうに話を運んだんだろう。
つくづく、性悪王太子の性悪っぷりを実感してしまう。
「俺とフロスティンの不仲を知る者は多い。疑われてはいるだろうが、正面から対立してしまえば外野に付け込まれる。父と弟にはあとで俺の口から補足しておこう」
「お願いします!」
当たり前のことながら、貴族社会のことは私には何もわからない。
頼りっぱなしになってしまうのは申し訳ないけど、隊長さんに任せておけばきっと大丈夫だろう。
こうやって頼ることができる人がいるって本当にいいことだ。
もちろん、レットくんやオフィも心強かったけど、私が一番頼れる人は隊長さんだから。
改めて、隊長さんと再会できた喜びを噛みしめる。
「俺はこれからフロスティンと話をつけてくる。あいつがどういうつもりか知らなければ何もできない。王宮に行けば旧知の者に引き止められる可能性もある。もし帰りが遅ければ、先に寝ていていい」
隊長さんはソファーに落ち着く暇もなく、客室から出ていこうとした。
「え、私一人ですか!?」
「ここなら何もお前を傷つけるものはない。妹が少しうるさいかもしれないが、疲れているなら構わず休め」
そ、そういうことじゃなくて……!
やっと再会できたのに、まだほとんどお話できてないし……触れ合えてない。
まだまだ隊長さん成分は足りなくて、今日はもうこれでさよならかもしれないと言われても素直に納得できない。
でも、隊長さんも私のことを考えてそう言ってくれているんだろう。
王太子と話をしないといけないのも元をたどれば私のためだ。
……そう、ちゃんと、わかってる。
「グレイスさん」
それでも、もう少しだけ引き止めたくなってしまった。
名前を呼んで裾を引くと、振り返った隊長さんも私と同じ瞳をしているように見えた。
離れがたい、と言うような。
「……ちゅーしていいですか?」
甘えを込めて告げても、返事はなかった。
代わりに降ってきた唇を、ご褒美をもらうような気持ちで受け止める。
「あまり、誘惑するな。止まらなくなる」
ほとんど一瞬で、隊長さんは離れてしまった。
これ以上は余計に離れたくなくなってしまうからかもしれない。
今の私がそうだから、同じだったらいいなと思った。
「いってらっしゃい、グレイスさん」
「……ああ」
私が名前を呼ぶたびに、灰色の瞳の奥に熱が灯る。
それがうれしくて何度でも呼びたくなるけれど、今はそうも言っていられない。
「じゃあ、玄関までお見送りしますね!」
「そうするほどのことではないが」
「ちょっとでも一緒にいたいんです」
「……そうか。わかった」
隊長さんは面映そうに苦笑してうなずいてくれた。
とことこと玄関までついていき、私に見送られながら隊長さんは王宮に向かった。
さてと、と私は気持ちを切り替える。
まずは部屋に戻ろうとしたところで、曲がり角からひょこりと覗いている金色の頭を見つけてしまった。
あの見事な金髪は、隊長さんの妹さんのものだったはず。
頭隠して尻隠さずどころか頭が隠しきれてませんが。キラッキラなので目立ちまくりですが。
「ええと……カーディナさん?」
おそるおそる声をかけると、カーディナさんはピョコンとバネでも入ってるみたいに飛び跳ねた。
「さ、サササササクラ、そ、その……お話を聞かせてほしいの!」
「私でよければ。あまりおもしろい話はできないかもしれませんが」
「そんなことないわ! だって、だって精霊の客人なんでしょう!? 私、知ってるわ! 異世界には魔法がなくて、人間の知恵と努力で文明が発展していて、鉄の塊が空を飛ぶんでしょう!?」
「……詳しいんですね?」
首を傾げる私に、カーディナさんはようやく壁から出てきてくれた。
その手に持っていたのは……本、だった。
「私、『孤高の王と精霊に愛されし乙女』のファンなの。知ってる? 北の皇妃様をモデルにしている小説で、ヒロインがね、ほんっとうに素敵で……!」
北の皇妃様、と聞いてピンと来た。
小隊長さんなどから聞いて存在は知っていたけど、なんだかんだあってまだ読んでなかった本だ。
同じ精霊の客人としては、いつか読んでみたいなぁと思っていた。個人的におもしろそうな題材でもあるし。
「カーディナさんは小説がお好きなんですか?」
「普段はそれほど読むわけではないの。でもこの小説は友人に借りて読んで、自分で三冊も買っちゃったわ。いつも読む用と、保存用と、他の人にも読んでもらう用に!」
……すごい、オタクの鑑だ!
そして、なるほどと納得した。カーディナさんの憧れのまなざしの理由は、その小説にあったようだ。
自分にとってフィクションの中にしかいなかった立場の人が急に目の前に現れたら、それはテンションも上がってしまうだろう。
思わず抱きついてしまったりも……するかどうかは、人によるけど。
私は特に頭がいいわけでもなく、誇れるような特技もなく、人間性が優れているわけでもない。
正直私には、カーディナさんの憧れや羨望の混じった視線は重い。
でも、王宮でずっと厳しい視線に晒されていたからか、少しほっとしてしまう部分もあった。
「立ち話もなんですし、私の部屋に来ますか? あ、そうは言ってもお借りしている部屋なんですけど」
「いいの……!? いっぱい聞きたいことがあるの!」
キラキラとした目を向けられて、断れる人がいったいどれだけいることか。
連れ立って客室に戻り、侍女さんにお茶をお願いして。
それからゆうに一時間時間以上、カーディナさんの質問攻めにあうことになった。
カーディナさんは小説で精霊の客人に興味を持ち、とっつきやすい文献を探して色々と調べていたらしい。
私の世界に関して知識があるのはもちろんのこと、下地があるからか理解力も高かった。
精霊の客人に関する本は私もいくつか読ませてもらったけど、精霊の客人が元いた異世界に着目していたものはなかった。
驚くほど詳細に知っているかと思えば、私の世界では当たり前のものを知らなかったりと、新たな発見があっておもしろい。
カーディナさんの知識とは時代や地域がズレているのか、私にはわからないものもあったけど、答えられる範囲で話せばそれだけで彼女は興味津々に聞いてくれた。
トントン、とノックの音が滑り込んできたのは、私の世界の食文化について大いに盛り上がっていたときだった。
「サクラさん、少しいいですか」
「あ、はい!」
返事をするとすぐに扉が開かれる。
扉の向こうから現れたのは、声から予想していた通りルシアンさんだった。
「じきに晩餐ですが、苦手な食べ物はないか、確認し忘れていたと思いまして。……カーディナ、こんなところにいたのか」
私ににこやかに笑いかけてくれたルシアンさんは、カーディナさんに目を向け、一転して眉をひそめた。
「あまりサクラさんに迷惑をかけたらいけないよ」
「迷惑だなんて、楽しくお話させていただいていました」
「そうよそうよ! 水を差しに来たのなら出て行ってちょうだい」
シッシとお兄さんを追い払おうとするカーディナさんに苦笑がこぼれる。
私も家で友だちと遊んでいるときに、兄を邪険に扱ったことがあったなぁ。なんだか懐かしい。
家族の前での自分を友人に見られることも、友人の前での自分を家族に見られることも、どっちも妙に気恥ずかしいものなんだよね。
そんな態度を取ること自体が身内への甘えなんだって、今ならわかるけど。
「エッシェに手紙を書かなくていいのかい?」
「そ、それは……」
「もう何日返事をしていなかったかな。待ちくたびれていると思うけれど」
「そう、よね……ごめんなさい」
ルシアンさんの言葉には少しだけ咎めるような響きがあった。
意気消沈しながら謝るカーディナさんは、暴走するのも笑うのも落ち込むのも全力だ。
妹は二十三歳だと前に隊長さんに聞いていたから、年上だとわかっているのにかわいらしいと思ってしまう。
「サクラ、またお話ししてくれる?」
「はい、もちろんです!」
しゅんとしているカーディナさんに笑いかけると、しおれていた花が息を吹き返したようにパッと表情が明るくなった。
……かわいい。
「じゃあ私は行くわね。また晩餐で!」
「あっ……」
鼻歌でも歌いそうな調子で、カーディナさんは部屋から出て行った。あまりの素早さに挨拶を返す暇すらなかった。
取り残された者同士、ルシアンさんと顔を合わせる。
そういえば、彼は私に聞くことがあってわざわざ出向いてくれたんだったね。
「あまり好き嫌いはないので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「客人をもてなすのは当然のことですから。だというのに、申し訳ない。カーディナの相手は疲れたでしょう?」
「いえ、色々と驚きましたが、歓迎していただけてとてもうれしいです」
ルシアンさんからすると手のかかる妹が心配なんだろうけど、私はカーディナさんとお話していて素直に楽しいと思えた。
カーディナさんの言葉も視線もまっすぐで、飾り気がない。
私個人じゃなく、精霊の客人に対しての好意をそのまま受け取ることはできないけど、悪い気はしなかった。
「あまり畏まらないでください。兄の前にいるときと同じようにしてくれて構いません」
「それは……がんばりますが、最初からは難しいかもしれません」
私はヘラリとごまかすように笑った。
お言葉に甘えて、慣れてない敬語は崩させてもらおうと思う。
でも、隊長さんと一緒にいるときのように、というのはちょっとできる気がしない。
何しろ、他の誰といるときよりも一番自然体でいられる場所だから。
「そうか、兄さんと仲がいいんですね。兄さんは誤解されやすい人だから、うれしいな」
やわらかな笑みを浮かべるルシアンさんに思わず頬が引きつる。
仲がいいどころか、もう何ヶ月も前から恋人やってるんですけどね!
隊長さんが何も言わないなら、私が勝手にバラしてしまうわけにもいかないだろう。罪悪感がすごいから早く言ってしまいたいけど。
「兄さんは、砦ではどんな感じだった? サクラさんさえよければ、晩餐までの時間、話を聞かせてくれませんか」
「もちろん、私でよければ喜んで」
私は乞われるままたくさんお話をした。
隊長さんの仕事人間っぷり。小隊長さんとの掛け合い漫才。何度も助けてもらったこと。私だけじゃなく砦のみんなに頼りにされていること。エトセトラ。
話しているうちに夕食の時間になって、砦での隊長さんの話は広間で豪華な食事を取りながらも続いた。
途中でカーディナさんが精霊の客人について聞きたいがために脱線させたりもしながら、始終和やかな時間を過ごした。
そうしてその日、結局私が寝るまで隊長さんは帰ってはこなかった。
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