23:隊長さんのご家族にお会いしました
* * * *
あれよという間に王宮を出て、隊長さんと一緒に馬に乗って城を離れる。
初めて外から見たお城はすごく大きくて、たった数日間だけどあの中で寝泊まりしていたことが信じられなかった。
いまだに思考が展開についていけていない私は、ぼんやりしながら隊長さんにもたれかかる。
馬に乗るのも初めてで、こんなに揺れるものだとは知らなかったけど、歩みがゆっくりだし隊長さんがしっかり抱いてくれているので落ちる心配はなさそうだ。
スーハースーハー。
隊長さんの胸に顔をうずめて息を吸うと、大好きな人の匂いがした。
「……何をしている」
「ちょっと隊長さん成分を体内に取り込もうと……」
正直に答えると、隊長さんは深く深くため息をついた。
呆れられてしまっただろうか。数日ぶりなのに。
「…………変わっていないようで何よりだ」
「そりゃあ変わりませんよ。私は私ですからね!」
むしろ、隊長さんが来てくれたからこそ、いつもの私が完全復活したとも言う。
あれだけ参っていたのが嘘のように元気いっぱい胸いっぱい。
今ならなんだってできるような気すらしてくるから、恋のパワーってすごい。
「レットから大体のことは聞いている。怖かっただろう」
隊長さんの言葉に、この数日間を改めて思い返す。
毒蛇事件に、王太子の数々の暴言、侍女や護衛の冷たい瞳。本当に、たった数日とは思えないほどいろんなことがあった。
すごく怖かったけど。何度も泣きたくなったけど。
私をうかがう気遣わしげな灰色の瞳に、ふわっと心が軽くなる。
「怖かったです。でも、隊長さんが来てくれたから、もう大丈夫です」
「……そうか」
隊長さんは一つうなずいて、ぽんぽん、と頭を撫でてくれた。
その手がとても優しくて、胸がぎゅうっと握られたように苦しくなる。
うれしくて、幸せで、泣いてしまいそうだ。
私は今までずっと、隊長さんの優しさを当たり前のように受け取っていた。
どうしてそんなに優しくしてくれるんだろうと思いながら、それがなくなってしまうことを考えたことがなかった。
大切に、できてなかった。
王宮に来て、隊長さんと離ればなれになって、ようやくそのことに気づけた。
王太子に感謝をするつもりはないけど、それだけは結果的によかったのかもしれない。
「遅くなってすまない」
「え、むしろすごく早くてビックリしましたよ? 砦から王都まで五日かかるって言ってませんでしたっけ?」
ずいぶん長く感じた数日だったけど、正確には王宮にはたった三泊しかしてない。
あと二日はかかると思ってたから、隊長さんの姿を見たときは夢の続きかと思った。
「全力で馬を駆ければ多少短縮はできる。馬にはだいぶ無理をさせたが……それよりも、お前が心配だった」
「へへ……ありがとうございます。おかげで元気いっぱいです」
隊長さんに体重をかけながら広い胸にすりつく。
恋しかったぬくもりがすぐ傍にある喜びが、全身に満ちていく。
一日千秋の思い、ってきっとこういうことなんだと思う。
私はずっと、ずっと隊長さんを待ち望んでいた。
「グレイスさん」
「……なんだ」
名前を呼ぶと、返事がある。
それだけでこんなに心がいっぱいになることがあるなんて、隊長さんと出会うまで知らなかった。
隊長さんが今ここにいることが、隊長さんの名前を呼べることが、本当に、心の底からうれしかった。
「グレイスさん、グレイスさん……グレイス」
何度も何度も隊長さんの名前を呼ぶ。気持ちがあふれて止まらない。
愛しい人の名前を呼べる幸福を、どうして私は今まで躊躇していたんだろう。
つい数日前まで、隊長さんの気持ちに応えられるんだろうか、って悩んでいたことが嘘みたいだ。
「……サクラ」
小さな声で、隊長さんも私の名前を呼んでくれた。
まるで愛の告白のように、甘くやわらかく私の心を溶かした。
* * * *
そうして、隊長さんの実家にやってきたわけなんですけれども。
「こちらはサクラ・ミナカミ。精霊の客人だ。ジェイロの砦に現れ、しばらく保護していた縁で、後見人の件が決まるまでうちで預かることになった」
隊長さんが家族にした私の紹介は、こんな味気も素っ気もないものだった。
え、それだけ?
そう私が思ってしまったのはしょうがないと思う。
数日ぶりに再会して愛を確かめ合ったばかりで、最高潮に高まっていた恋心に冷水をぶっかけられた気分だ。
ほら、恋人とかさ、好きな人とかさ。いや隊長さんの真面目な性格上そんなこと言えないかもしれないけどさ! せめてもうちょっとさー!
「精霊の客人……!? それって、北の皇妃様と同じ!?」
「ああ」
「え、そんな……まさか、あの、実物にお会いできるなんて……」
よくはわからないけど、隊長さんの妹さんは驚くほど好意的だった。
たしかに砦でも、最初の頃は少しミーハー的な反応を受けたことはあった。
それでも、こんな……まるで憧れのアイドルに会ったときのように興奮されたのは初めてだ。
「落ち着きなさい、カーディナ。初めましてサクラさん。私はグレイスの父、シリエス・キィ・タイラルド。歓迎するよ」
妹さんをたしなめながら挨拶してくれたのは、初老に差し掛かったくらいの男性だった。
白髪交じりの金髪に深い青の瞳。昔はずいぶんおモテになったのでは、と思わせる容貌はさすがは隊長さんのお父様といったところだろう。
どこかのほほんとした空気感で、ちょっと食えない人という第一印象を持った。
「ルシアン・キィ・タイラルドです。サクラさんがタイラルドの家で不自由なく過ごせるよう、僕も取り計らいますね」
穏やかに微笑む弟さんは、アッシュグレーの髪にきれいな青い瞳の、シュッとした美青年だった。
最近ずっと砦で軍人に囲まれていたせいか、折れそうな細さに見えてしまう。王太子も細身だったけど、それ以上だ。
でも、不思議と頼りなさを感じないのは、地に足がついている感じがするからかもしれない。
「あ、あの……カーディナ・キィ・タイラルドです……!」
喜びからか緊張からか、妹さんは涙目でプルプルと震えながら名乗ってくれた。
カーディナさんは鮮やかな金髪にワインレッドの瞳の美女だ。意志の強そうな目元が隊長さんによく似てる。
三人とも、王太子のものとは少しデザインが違うけど、精巧な細工のピアスをつけている。
王位継承権を持っている証が一目でわかるのって、なんだか残酷だなぁ。
そんなことをぼんやり考えていたら、気づけばカーディナさんがすぐ目の前に来ていた。
「だ、抱きついてもいい!?」
「へ? あ、はい……?」
勢いに押されて私は反射的にうなずいてしまった。
拒否する暇も与えられずに、ガバッとカーディナさんが抱きついてくる。
あ、いい香り……。
女性らしい華やかな香りとやわらかさに、思考は強制シャットダウンした。
「カーディナ!」
「ああ、まったく……」
あわてるルシアンさんと、やれやれといった様子のシリエスさん。
そんな二人の声もカーディナさんには届いていないようで、私を抱きしめる力はぎゅううっとさらに強くなる。
「あったかいいいいい生きてるうううううう」
そりゃあ死んでたら困りますからね……。
当たり前のツッコミを心の中でつぶやいてみる。
このキャラの濃さ、私、押し負けないかな……。
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