22:精霊の道を抜けたらそこは立入禁止でした

  * * * *



 隊長さんの腕の中はとてもあたたかかった。

 恋しさや懐かしさ、安堵の気持ちが混じり合って、ただ広い背中にしがみつくことしかできない。


「無事で、よかった……」


 隊長さんの声が優しくて、さらに涙があふれてくる。

 数日しか離れていなかったはずなのに、全然、全然隊長さんが足りなかった。

 ずっとこうしていたい、と本気で思った。


「が……すまない、サクラ。少し離れてくれるか」


 でも、現実は無情だ。隊長さんはそう言って私の肩をそっと押す。

 もっとくっついていたかったけど、しょうがない。

 隊長さんの手に逆らわずに身体を離して、なんの気なしに周囲を見渡して――私は目を点にした。


「え、あ……って、え……?」


 ここ、ドコ。あれ、ダレ。

 階段みたいに何段も高い位置に、豪華な服を着てお髭をたくわえたオジサマがいる。

 そして、その隣にはなぜか憎き王太子。

 その上私たちの周囲にはこれまた上品なオジサマ方。

 こ、こんなに人がいっぱいいる前で、感動の抱擁シーンなんてやっちゃったわけですか、私たちは……!


「よいよい、感動の再会とあれば多少の無礼も許す」

「王太子様……?」


 王太子は私たちを見下ろしながら、ムカつくほど楽しそうに笑っている。

 正直、殴りたい、その笑顔。


「精霊の気まぐれに振り回される苦労、私も身に覚えがあるというもの。精霊の客人ともなれば彼らも一層賑やかしかろう」


 彼の発言に、「精霊の客人……!?」と周囲がざわざわとうるさくなった。

 それ、こんなところで言っちゃっていいことなんですか!?

 今まで内緒にしてたのはいったいなんのためだったのか。

 王太子が何を考えているのかわからなくて、ちょっと怖い。


「フロスティン、話せ」

「申し訳ありません、父上。他でもないグレイスからの頼みでしたので、今になるまでお伝えできずにいたこと、お許しください」


 ちち、うえ……。

 たしか、王太子は現国王の一人息子だったはずだから、髭のオジサマはこの国の王様らしい。

 マジかー、と思わず遠い目をしてしまう。

 だって天上人ですよ。普通お近づきになんてなれない人が目の前にいるんですよ。ビックリだよね。


「そこの女性は、精霊にいざなわれ異界よりやってきた、精霊の客人。ジェイロの砦に現れ、グレイスに保護されていたのですが、報告に行き違いがあったのか議会に話が通らなかったようです。なればとグレイスは彼女を王都に連れて行こうとしましたが、見ればわかる通り可憐な乙女。旅などしたこともない彼女に無理をさせぬよう、私直々に迎えに行き、彼女を保護していたのです」


 ん? と王太子の説明に私は首を傾げる。

 私が精霊の客人であること、ジェイロの砦にいたこと、議会に話が通っていなかったことはたしかに本当だ。

 けど、それ以外は……。


「グレイスも共に来ればよかったであろう」

「どうせ休暇を取るのなら付近の町を見て回りたいと。真面目な男ですから」


 疑問の声を上げる国王に、王太子は暗記した台本でも読むかのようにスラスラと答える。

 流れるように嘘をつく王太子は、さすがというかなんというか。

 呆れて物が言えないというのはこういうときに使う言葉かもしれない。


「なぜ、黙っていた」

「後見人について、グレイスの到着より前に議会へ上がり、万が一があってはグレイスに恨まれてしまいます。このように惹かれ合う男女を引き裂く趣味は私にはありませんので」


 よく言うわ!! 惹かれ合う男女を積極的に引き裂いたのはどこの誰ですか!

 そう言いたくても、さすがの私もこの雰囲気の中で王太子に歯向かうのが悪手なのはわかってる。

 隊長さんも何も反論しないところを見ると、ここは黙っていたほうがいいんだろう。

 悔しいけど。すっごく悔しいけど!


「グレイスよ、相違ないか」

「……はっ」

「お客人、そなたは?」

「は、はい! 間違いありません!」


 王様に矛先を向けられ、ピシリと直立して答える。

 隊長さんが肯定するなら、私もそれにならうしかない。

 知らない人ばかりのこの場で、せめて隊長さんとの足並みは揃えておかないと。


「しっ、失礼ながらお聞かせください!」


 周囲にいた人の中の一人が、声を上げた。

 王太子にギロリと睨みつけられたその男性が、ヒィッ、と喉の奥で悲鳴を上げたのが聞こえた。


「父上の許しも得ずになんだ」

「よい。申せ」


 男性は王様の許しを得たことで少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。

 それでもまだオロオロとした様子を隠せないまま、何度も口を開いては閉じてを繰り返す。


「そこな女性は……その、王太子殿下の良き人なのでは……?」

「今の話を聞いていなかったか? 私はグレイスに頼まれ一時的に保護していただけのこと。私の愛する女性はただ一人、妃だけだと皆も当然わかっていると思っていたが」


 王太子は蛙をしめ上げる蛇のように邪悪な笑みを浮かべていた。

 聞きようによっては惚気でしかないはずなのに、嫌味にしか聞こえないのはなんでだろう。

 うん、性悪王太子だからだね!


「こ、これは愚にもつかぬことを申しました。どうぞお忘れください……」


 大量の冷や汗を掻きながら、発言した人は小さく縮こまりながら後ろに下がった。

 気の毒だけど、あの性悪王太子に口で勝つのは難しいだろう。

 発言内容からすると、この男性が私に嫌がらせをした人だっていう可能性もありえなくはない。

 毒蛇事件を思い出すと、あまり素直に同情もできなかった。


「父上、グレイスは長旅で疲れているでしょう。これで終いにしては」


 王太子は、あくまで隊長さんを気遣っているかのように話をたたみ始めた。

 あなたが! 疲れさせたんですけどね!

 さっきから何度もツッコミを入れたくなってしまっていて、そろそろこらえるのが厳しくなってきた。

 私も早くこの茶番を終わらせてほしいです……。


「そうだな。……お客人は、どうする」

「私はあくまでグレイスが来るまで預かっていただけですから。タイラルドの屋敷のほうが、知る者のいない王宮よりもずっといいでしょう」

「二人も、それでよいか」

「……はい」

「え、あ、はい!」


 少しも話についていけない中で、気づけば私のお引越しが決まりかけていた。

 もちろん私もそのほうがうれしいから異議はないけど、これも全部王太子の思いどおりなんだろう。

 おもしろくない。すごくおもしろくない。

 だからって、王様の前で抗議できるほどの度胸はないんだけども。


「そのまま連れて行くといい。荷物はのちほど送らせよう」


 王太子は私たちにそう指示を出したあと、一度あらぬ方向に目を向けて。

 それから……ニヤリ、と口端を上げた。


「ああ……そこに落ちているものだけは拾っていけ」


 ぎ、ぎゃーーーー!!!



 王様の前にバスタオル持参でやってきた人間は、きっと私が最初で最後だろう……。


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