17:最重要軍事機密とやらを知ってしまいました
優しくてちょっぴりお茶目な王太子妃様とのお茶会は、始終和やかなままお開きとなった。
部屋に戻ってきて、一人では脱げないドレスを侍女さんの手を借りて脱ぎ、砦から持ってきていた自分の服に着替えた。
庶民のお給金で買える程度のお洋服はきらびやかな城内で明らかに場違いだけど、基本的に部屋から出ることはないだろうから許してほしい。侍女さんたちは食事を運んでくれるとき以外は一切不干渉で、他に着替えがないんです。
まあ、今回みたいに豪華なドレスを着せられるのも肩が凝るから、むしろ放っておいてもらえるほうが助かるんだけどね。
現在、この部屋には招かれざる客もいたりするわけですし。
「だから言ったでしょ、王太子妃様は大丈夫だって」
侍女さんたちが部屋から出ていって少し、天井から声と共に人が降ってきた。もちろん、隠密部隊のレットくんだ。
どうでもいいけど、いやあんまりよくないんだけど、もしかしてお着替えとかも覗かれていたりするんだろうか。私の玉肌を見ていい男は隊長さんだけなんだからね!
「そうは言われても、普通に考えたら修羅場じゃないですか……」
「まあ、お妃様を知らなかったらそう思ってもしょうがないね」
昨日、王太子に奥さんがいると知り、どんな人かは軽く教えてもらっていた。
『王太子の寵姫』という噂は、王太子妃という立場にいる人にとって愉快なものじゃないだろう。もしかしたら毒蛇は彼女の差し金では……と疑心暗鬼になった私に、レットくんはその可能性をはっきり否定してくれた。
いくらレットくんのお墨つきがあっても、人から聞いただけじゃ不安はなくならない。そんなタイミングのお茶会へのご招待にすごく緊張していたわけだけれど、実際に会ってみたら疑惑はきれいさっぱり消えてしまった。
思わず憧れてしまうくらい、ココリア様はきれいで穏やかで優しくて、そしてかわいい女性だった。
「王太子夫妻はね、王族ではちょっとめずらしい恋愛結婚なんだよ。元々婚約者候補の一人ではあったんだけど、家柄的にはその末席でね。でも、二人は他の人にはわからないつながりがあったから、子どもの頃から仲がよかったんだ」
「……もしかして、精霊ですか?」
まず思い浮かぶのはそれだった。
王太子は精霊の愛み人で、ココリア様はたまに精霊の声が聞こえる。どっちもとてもめずらしいことらしいから、特別な絆が生まれても何も不思議はなかった。
「そう。王太子妃様は愛み人ではないけど、たまに声が聞こえるってだけでもすごいことだしね。婚約者候補に入ってたのはそれが理由ってこともあるんだと思う」
なるほど、この世界で精霊が重要な立場にいるのはわかっていたけど、そんなところでまで関わってくるのか。
オフィしか見えていない私と違って、王太子はいつも精霊に囲まれているようだから、少しでもその感覚を共有できるっていうのは仲良くなる理由として充分だったんだろう。
「二人が子どもの頃のことはぼくも話に聞いただけだから詳しく知らないけど、正式に婚約するときにも一騒動あってね。婚約者候補っていうのはあくまでも内々のものだったから、反対の声も少なくなかったし。それを押しきっての婚約に結婚だもの。お二人の絆は固い、ってね」
「へー……あの王太子が……。そんな情熱的な面もあったんですね」
「あったんですよ」
周囲の反対を押しきって好きな人と結婚なんて、私の知ってる性悪王太子からは想像もつかない。
その十分の一でも隊長さんにも優しくしてくれたらいいのに。
ココリア様を選んだ目はたしかだと思うけど、だからといって王太子を認めようという気にはなれなかった。
「でも、結婚して三年、まだお世継ぎに恵まれてないから、最近ちょっとピリピリしてたんだよね。子どもは授かりものだから、しょうがないんだけどね」
「お世継ぎ……そんなところに寵姫って噂が立ったから……」
「そ。ようはタイミングが悪かった。災難だったねー」
「災難ってレベルなのかな……」
毒蛇事件はもちろんショッキングだったけれど、私以上にココリア様のほうが大変だったんじゃないだろうか。
私がつらい思いをしているのはここ二日ほど。でもココリア様は、王太子妃としてずっとその重圧に耐えてきたんだろう。
恋愛結婚なら余計に、子どもができないことはココリア様の心に暗い影を落としていたはずだ。
そのタイミングで寵姫だどうのと噂が立ってしまうなんて、私は何もしてないのに妙に申し訳ない気持ちになってくる。
それもこれも、王太子が私の根も葉もない噂を放置しているせいじゃないか。
私もココリア様も、王太子妃派の人だって振り回されてる。
本当、あの性悪王太子はいったい何がしたいんだろうか。
「でも、精霊の客人さんは大丈夫だよ。なんたって天下無敵な精霊サマがついてるんだからね」
《だからねっ!》
「わっ!?」
耳元で響いた明るい声に、私はギャグ漫画のように飛び上がってしまった。
バックンバックンと鳴る胸を押さえる私の周りを、ふわりと一回転したのはオパール色の物体――オフィだった。
「びっくりした……人がいるときに出てくるなんてめずらしいね」
《視えない人と一緒だと、お話しするの大変になっちゃうでしょ? ボクだってちゃんと考えてるんだよ!》
「そっか、ありがとう。でも、ならどうして今……」
他にも人がいるのに、と思いながらレットくんに目を向けると、彼はニッコリと笑ってみせた。
いきなり奇声を発して、姿の見えない誰かと話し始めた私を不審がることなく。
その様子に、私は一つの可能性に思い至った。
「……もしかして、レットくんって精霊の愛み人か護り人?」
私の問いかけに、レットくんはオフィをちらりと見て小首をかしげた。
「厳密には違うかな。でも、似たようなものだよ」
《レットはね、ボクたちとビジネスライクな関係だよ!》
「そーそー。ぼくたち第十一師団の人間は、みんな精霊と契約してるんだ。だから精霊が視えるし声も聞けるし、力を借りられる。愛み人や護り人より限定的ではあるけどね」
ビジネスライクなんて、子どもみたいなオフィにはあまりにも不似合いな言葉だ。
しかも、精霊と契約できるなんて話は初めて聞いた。精霊と融合する護り人とはどう違うんだろうか。
「ちなみにこれ、最重要軍事機密だから、ナイショね。精霊は基本、契約とかしないから」
《ナイショー!》
「えええ……そんな大事なことポロッと教えないでくださいよ!」
人差し指を立ててウインクするレットくんと、私の周りを元気に飛び回るオフィ。あまりの軽さに私は思わず怒鳴ってしまった。
さいじゅうようぐんじきみつ。何それ。
とりあえず、こんな話のついでみたいに聞いていいことじゃないことはわかった。
秘密を知られた以上は生かしてはおけないな、とかなんとか、洋画なんかでよくある展開になったりしないよね!?
「どっちみちいつかは知ることになったと思うよー。そもそも隠密部隊って、精霊の客人のための部隊だしね」
「……それも、最重要軍事機密ですか?」
「うん、もちろん」
嫌な予感がしつつ尋ねれば、語尾にハートがつきそうなノリで肯定されてしまった。
ヘリウム並みの軽さで次々と明かされる新事実に目眩がしてきそうだ。
二の句が継げない私をよそに、レットくんはオフィに視線を向ける。
「きみはどのくらいの子?」
《んーとね、百が二つと半分くらい》
「えええっ!?」
ということは、オフィは二百五十歳……?
まさかそんなバカな、と思うけど、そういえばオフィに年を聞いたことは一度もなかった。
子どもっぽさが精霊特有のものらしいのは知っていたのに、それでもまさか人間より長生きしているとは考えてもみなかった。思い込みって怖い。
「そっか、じゃあもうちょっと前だね」
レットくんは勝手に一人で納得して、また私に視線を戻した。
「伝説の総隊長って知ってる?」
「えっと……魔物と七日七夜戦ったとかいう……」
「そうそう、六百年くらい前のことだね。多少は脚色されてるかもしれないけど、あれだいたい実話なんだよ。ただ、総隊長が精霊の護り人で、奥さんは精霊の客人だったってことは一般的には知られてない。二人が力を合わせたら、そりゃあ無双もできるよね」
隊長さんからちらりと聞いていた話からは想像もつかなかった事実に、私は驚けばいいのか感心すればいいのかわからなかった。
精霊の客人がこの国にも何度か来ていることは知っていたけど、まさかその伝説とつながるだなんて。
事実は小説より奇なり、ということなんだろうか。
「その二百年後くらいあとにも、クリストラルに精霊の客人が招かれた。でも、保護されるまでに色々大変な目に遭ったらしくて、それを助けたのが総隊長の子孫。昔からある決まりだけだと精霊の客人を守るには難しいってことで、その子孫は第十師団までしかなかった軍に第十一師団――隠密部隊を作ったんだ」
「じゃあ、軍の連絡係っていうのは……?」
「それももちろんちゃんとしたお役目だよ。自然と各地の情報が集まってくるから、客人が来ればすぐにわかるし、一石二鳥ってわけ」
なるほど、うまい具合にできているもんだ。
精霊の客人は数十年に一度の頻度で招かれる。とはいえそれは世界単位の話であって、この国にやってくる頻度はもっとずっと低いだろう。
メインは連絡係としての仕事で、精霊の客人の保護に関しては、あくまでいざってときの安全装置って感じなのかな。
「だから、第十一師団みんなが私の味方って……」
「そう。ずっと陰から見守ってたよ。もしあの砦がきみに適さない環境だったら、もっと早く王都に連れてきてた」
「な、なるほど……新しい情報ばっかりで頭が飽和してきました……」
あまり出来のよくない私の頭は情報過多で若干混乱していた。
いつ現れるかもわからない精霊の客人のために作られた、隠密部隊。
今まであんまり意識していなかったけど、それだけこの世界にとって『精霊の客人』という存在は大きいんだろうか。
立場ばかりが独り歩きして、身動き取れなくなってしまいそうだ。
《サクラ、だいじょうぶ?》
ぽてん、と声と共にオフィが頭の上に降ってきた。
重みはほとんど感じなくて、なんだかふわふわとしたものが触れている感触がおもしろい。
どうやらオフィは頭を撫でたいみたいだけど、小さすぎて何がなんだかわからない。無条件に気持ちが和んでしまった。
「ほんと、精霊に好かれてるよねぇ」
《レットのことだってちゃんと好きだよ!》
元気に弾む声からは、たしかにレットくんへの好意が感じられる。
精霊の『好き』にどのくらいの重みがあるのかは、いまいちわからないけども。
「まあ、ぼくも精霊の客人の血は引いてるからねぇ」
え、と私は今度こそ驚きに目を見開いた。
今聞いた話の中で、一番と言っていいくらい衝撃的だった。
口を開けたまま固まった私に、レットくんは頭の後ろで手を組んで、困ったように笑った。
「隠密部隊にはそういう人間が少なくないんだけどね。精霊の客人が精霊と相性がいいように、子孫もその特性を受け継いでることがあるから。ぼくは特に、見た目もちょっと似てるみたいだね」
「それって……もしかして」
「『レット』。ぼくの名前はご先祖様からもらったらしいよ。『カンジ』での書き方も知ってる」
レット。烈斗、烈人。たしかに、日本人にいてもおかしくない名前だ。
どことなく、懐かしいような雰囲気を感じ取ってはいた。それはたぶん、黒に近い髪の色や、あまり高くない身長から。
年下の少年だとばかり思っていたけど、単なる童顔という可能性もあったのか。
「だから、ずっと会いたかったんだ。黒髪黒目、蜜色の肌。ぼくのご先祖様の同郷のきみに」
声はやわらかく、瞳はあたたかかった。
まるで、母を恋うような、それでいて娘を慈しむような。
隠密部隊は精霊の客人の味方だと、言葉よりもずっとわかりやすく伝わってきた。
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