13:真夜中に誰かがやってきました……!?
オフィが言うには、私の周りには常に精霊がいる状態だったらしい。
守るためとかってわけじゃなく、単純に私の傍にいると心地いいんだとか。精霊の護り人とか精霊の愛み人はみんなそういうものらしい。
こんな賑やかなのが常に周りを飛び交ってたら、それはたしかに羽虫とか思っちゃうかもしれない……。
なんて、少しだけ王太子の気持ちがわかってしまったりした。
部屋には娯楽になるものは何もなくて、私は持ってきた荷物の中からなんとなく入れておいた小説を取り出して読んだり、いつだか隊長さんの部屋にいたときみたくストレッチをしたりしていた。
オフィも少しは話し相手になってくれたけど、気づけば姿を消していたし。
部屋から出ることは許してくれなさそうな雰囲気だったから、できることが限られていた。
昼ご飯も、夕ご飯も、その部屋で一人で食べた。
侍女さんたちはご飯の準備はしてくれるけど、ご飯の時間だと声をかけてくれることはなかった。
タイミングを見計らって席について、お礼を言って、もそもそと食事をした。
いただきますにも、ごちそうさまにも、ありがとうにも、何も反応はしてくれなかった。
食事が終われば無言で片して、また控えの部屋に戻ってしまったし。
人としてのぬくもりを少しも感じられなくて、早くも心が折れそうだ。
結局、夜になっても王太子は姿を現さなかった。
真っ暗な部屋でベッドに入ると、考えないようにしていたことが一気に押し寄せてくる。
王太子が私をどうするつもりなのかがわからない今、下手に動くことはできない。何しろ私はこの場で完全なアウェイだ。オフィはいるけれど、精霊を見えない人ばかりなんだからほとんど意味はないだろう。
侍女さんも護衛さんも、私と仲良くしてくれるつもりは欠片もなさそうだった。仮にも王太子のお客様という立場なのに、敬われている感はゼロだ。むしろ、嫌われているのがヒシヒシと伝わってくる。なぜだ……なぜなんだ……。
これからのことが不安すぎて、眠気はいっこうにやってこない。
今夜は眠れないかもしれない、とベッドの中でゴロゴロと無為な時間を過ごしているときだった。
「寝れないならぼくの話し相手になってよ、精霊の客人ちゃん」
そんな声が、聞こえたのは。
「……っ!!?」
「っと、叫ばないでね。気づかれると面倒だから」
飛び起きて、思わず叫びそうになった私の口は、暗がりから現れた影に瞬時に塞がれた。
目を白黒させる私に向かって、影――少年のような男の人は、ニッコリと笑った。
「だーいじょうぶ、ぼくは敵じゃないよ。むしろ今は一番の味方なんじゃないかな。って言っても、ぼくも表立っては動けないけど」
味方、と言われたってこの状況じゃそう簡単には信用できない。
護衛の目を盗んでこの部屋に入ってきているだけで充分怪しいし、危険だ。
でも、たしかに彼からは少しも害意を感じなかった。
「第五の隊長さんに任されて来た、って言ったら、話を聞いてくれる?」
その言葉に、怪しいと思う気持ちと、信じたいという気持ちが半々になった。
それだけ私にとって、隊長さんの名前の影響力は大きかった。もちろん、誰でもいいから人間の味方が欲しかったというのもないとは言えない。
その言葉をそのまま信じるのは危険かもしれないけど、とりあえず話は聞いておいたほうがよさそうだ。どうやら私を肉体的に傷つけるつもりはないようだし。
こくこくとうなずくと、ようやくその人は口から手を離してくれた。
「あの……あなたは?」
「レット・スピナー、第十一師団の隊員だよ。いつもはジェイロの砦と都の伝達係とかやってます。よろしくね!」
元気よく名乗る男の人を、私はベッドに座ったまま見上げて、改めて観察してみる。
部屋が暗いから顔立ちはよくわからないけれど、髪も瞳も黒っぽくて背も低いものだから、どこか懐かしさを感じてしまう。
ジェイロの砦っていうのは今まで私がいた砦のことのはず。伝達係ってことは、今まで何度も砦に来ていた?
じーっとレットくんを見つめて、記憶を掘り返してみる。
「そういえば……見覚えがあるような気がします」
どこで見かけたんだったかなぁ。人の顔と名前を覚えるのは得意だから、覚え間違いってことはないと思うんだけど。
名前に聞き覚えはないから、本当にすれ違っただけとかだろうか。
「あれ、覚えてるの? あのときの君は隊長さんしか見えてないと思ってた」
「あのとき……?」
目をぱちくりとさせたレットくんに、私は問い返す。
どうやら彼のほうには覚えがあるようだった。
「ぼくは基本忍んでるからなぁ。君と顔を合わせたのは一回だけだよ。君が第五の隊長さんの執務室に飛び込んできて、ボロッボロ泣いたとき」
「えっ、あ……え!? うわあああそれはお恥ずかしいところを……!」
そ、それって、あのときだよね!? フルーのせいで言葉が通じなくなって、隊長さんに泣きついたとき……!
そういえばあのとき、隊長さんの他にも誰かいた気がするね!
そんな、今さらになって、あの現場を見ていた人と顔を合わせることになるなんて……。
私と隊長さんの熱い愛のメモリーに刻まれている出来事とはいえ、あんな取り乱した姿を他の人にも見られていたことは、できれば忘れていたい事実でした。
「ってことで、信じてもらえた?」
こくこくと赤ベコのように首を振るしかない。
レットくんの顔に見覚えはあるし、その感覚に自信もある。一回しか会ってないっていうならそのときの記憶なんだろう。
何より、あの場にいた人じゃなければ知らないはずの情報だ。疑う余地もなかった。
「で、でも、あの……どうしてここに? 隊長さんに任されたっていうのは?」
私がこっちに来てしまってから、まだ一日も経ってない。
王太子が言っていたように、あの砦には転移魔法を使える人はいなかったはずだ。
首をかしげる私に、レットくんは耳についてるイヤホンみたいなものを指でトントンと触れた。
「これ、通信機。距離制限があるからいつもは魔物討伐のときに使うものなんだけど、魔力を流し込むと遠くにいる人とも話せる魔具になっててさ。王都にいたぼくに、砦にいる第五の隊長さんからSOSが入ったってわけ。精霊の客人ちゃんを助けてあげてって」
「隊長さん……」
「王宮から連れ出してもいいんだけどねー。そういう荒っぽいことは止められててさ。だから、第五の隊長さんが来るまでぼくが護衛してあげる。王宮じゃあんまり目立ったことできないから、あくまで内緒に、ね」
内緒にでも護衛してくれるというのは正直ありがたかった。王太子のつけてくれた護衛の人は、私を蔑むような目で見ていたし、何かあったとき守ってくれるか実のところ不安だったから。
でも、それ以上に。レットくんがさらっと言った内容に胸がぎゅうっとなった。
「隊長さん、来てくれるんですか?」
「何、第五の隊長さんが、たった一人で王都に来ちゃった恋人を見捨てるような人だって思ってた?」
「お、思ってないです!」
思ってない。本当に心の底から、きっと助けに来てくれるって信じてた。
隊長さんは優しいし、私を大事にしてくれている。保護者のような立場からも……恋人としても。
それでも、わかっていても、心細い状況で事実として告げられたら、やっぱりほっとしてしまった。
私は隊長さんが来てくれるまで、王太子の嫌み攻撃をただ耐えていればいいんだ。
期限が決まっていることなら、きっと我慢できる。
「第五の隊長さん、急いでこっちに来るってさ。まあどんなに無理しても三日四日はかかるだろうけど。待っててくれ、って。あと、無茶はするなとも言ってたかな」
「無茶って……隊長さんは私のことなんだと思ってるんですか」
いかにも隊長さんが言いそうなことだ。ちょっと笑ってしまった。
「ま、多少の無茶ならぼくがフォローしてあげるよ。だーいじょうぶ」
ニカッと邪気のない笑みに、肩の力が抜けていく。
オフィが来てくれたときもうれしかったけど、精霊はやっぱり気まぐれだし、人間の協力者がいる安心感は何にも代えがたい。
「ありがとうございます、すごい心強いです。えっと……じゃあ、これからよろしくお願いします?」
「うん、よろしくね!」
差し出した手を、レットくんはギュッと握って上下に大きく振った。
オーバーな動きが子どもっぽくて、17か18歳くらいかなぁとなんとなくあたりをつけた。
ニコニコ笑顔のレットくんは、しばらく私の手を握ったまま離さなかった。
「……どうかしました?」
私が問いかけると、へらり、とレットくんの顔はさらに笑み崩れた。
「いやー、やっと会えたなって思って。こんなときじゃなかったらお許しも出なかっただろうしなー。第五の隊長さんと精霊の客人ちゃんには悪いけど、なんかうれしくって」
今まで私の前に姿を現さなかったのは、そのお許しとやらがなかったからなんだろうか。
隊長さんが許可出さなかったってこと? それともまた別の人?
よくはわからないけど、この状況を喜ばれるっていうのは、やっぱりちょっと複雑だ。
「私に会いたかったんですか?」
「うん、ずっとね」
レットくんは、太陽でも見るみたいに目を細めて、やわらかな笑みを浮かべた。
その表情があまりにも優しくて、私は何か、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。
「安心してよ、ちゃーんと守ってあげるから。ぼくだけじゃない、第十一師団みんな、君の味方だよ」
……なんか、さらりとすごいことを言われたような気がします。
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