12:精霊を問い詰めました

「は~~、なんか疲れた……」


 ぼすん、と私は広いベッドに倒れ込んだ。

 まだお昼前だから寝間着じゃないし、お行儀悪いかもしれないけど、誰も見てないし見てたとしても許してほしい。いっぱいいっぱいなんです。


 あれから、私はどうやら王太子のお客様という扱いを受けて部屋を用意された。

 精霊の客人として紹介されなかったのは、何か理由があるんだろうか。隊長さんがいない今、うかつなことは言えなくて案内されるままにこの部屋に来てしまった。

 別れる際の王太子は、変わらず冷ややかなまなざしで、嫌みったらしく口元にだけ笑みを浮かべていて。

 せいぜいがんばれ、無駄だろうがな。とでも言われているような気になった。


 王太子が呼び寄せて、ここに案内してくれた男性と女性は、どうやら私の護衛と侍女になるようだ。

 せめて彼らとは円滑な人間関係を、と思ってにこやかに挨拶したのに、みんな無言で頭を下げるだけ。

 部屋に移ってからも事務的な説明をしたら、さっさと続き部屋に下がってしまった。

 よそよそしいを通り越して疎まれている気配すら感じる。

 初っ端から、私の王都生活は暗礁に乗り上げてしまったようだ。


「どうなるんだろ……」


 一人になると、とたんに不安と心細さで気持ちが沈んできた。王太子の前で張っていた虚勢が、ボロボロ剥がれ落ちる。

 異世界で、初めて来た土地。周りには味方どころか知っている人がいない。誰も、頼れる人がいない。

 それどころか王太子は敵意のようなものを向けてくるし。

 隊長さんの話ではあまり目立たないほうがいいみたいだったのに、王太子のお客様扱いになっちゃってるし。

 この世界のことを知らなすぎる私には、どう動くのが正解なのか、判断がつかない。

 きっとなんとかなる、っていつもみたいに前向きに考えられない。


 はぁ……とため息をついたとき、視界の端を横切るものがあった。


《やあやあサクラ、元気してた?》


 どこまでもあっけらかんとした、脳天気な声。

 今はそれが天から差し込んだ一筋の希望のように思えた。


「オフィ……! 待ってたよ!」

《わーあ、ネツレツ! うれしいな!》


 ガバッと起き上がって、両手を広げて歓迎する。

 オパール色の身体に、くりりっとした瞳。相変わらずかわいらしい。

 ついさっき王太子と精霊について話していたのもあって、その変わらない姿にほっとしてしまう。もちろん、オフィ以外が見えてないなら何も解決はしてないんだけど。

 知らない土地で知らない人に囲まれて、ようやく見知った姿を見られただけでもだいぶ心が軽くなった。


「早速だけど、聞きたいことが山ほどあるの」

《聞きたいこと? ボクにわかることならなーんでも聞いて!》


 にぱーっと笑うオフィは大変愛らしい。

 けど、そんなこと言いつつ、今まで大事なことを話してくれてなかったって、知ってるんだからねー!


「砦には、オフィ以外にも精霊がいたの? 私は彼らを見えていなかったの?」

《うん、ここほどじゃないけどいっぱいいたよー。みんなサクラのことを気に入ってた》

「やっぱり……見えてなかったんだ」


 私はがっくりと肩を落とす。王太子が言っていたとおりだったのか……。


《サクラに見えてないのはわかってたけど、みんなそんなの気にしてなかったよ。ボクたちは、楽しいものの傍にいて、見ていたいものを見ているだけ。そりゃあたしかに、お話しできたらもっと楽しいけどね》

「精霊のその感性はよくわからないね」


 自分の姿を認識されない、自分の声が届かない。そんなの、私だったら絶対に耐えられない。

 しかも、どうやら私は精霊さんたちに好かれているらしいから、好きな人に認識してもらえない、ってことでしょ?

 たとえば、隊長さんに来る日も来る日も話しかけてるのに、こっちを見てすらくれなかったら……ちょっと想像しただけで泣けてくる。


「ねえ、オフィ。私にオフィ以外の精霊が見えないのは、どうして?」


 事実確認も大事だけど、問題解決のためにはまず原因を知らないと。

 王太子は、私がまだ精霊に認められてないって言っていた。

 その言葉通りなら、なぜ精霊たちに認めてもらえないのかを知る必要がある。


《見たいの?》

「見たい、というか。精霊の客人としては見えないのはおかしいのかなって。理由があるなら知りたいよ」

《ボク以外の精霊が見えないのは、サクラがこの世界に心を開いてないからだよ》


 え、と私は目を丸くした。

 心を……開いていない、から?


《精霊って、この世界そのものなんだ。空も、海も、緑も、風も、人も、精霊とつながってる。ボクたち精霊がこの世界を動かしてる。だから、サクラがこの世界を拒絶するってことは、ボクたちの存在も否定するってことなんだ》

「拒絶……してるつもりはないんだけど」

《じゃあ、心の底から受け入れてくれてる?》

「それは……」


 受け入れてる、と、はっきり言えたらよかったのに。

 私の心は、私が一番知っているから、何も答えられなかった。

 元の世界に、山ほどの未練を残してる私は、本当の意味でこの世界のことを受け入れられていないんだろう。

 いくらこの世界に好きな人ができても、どれだけ大切なものが増えても、まだ。

 いつか、帰ることができたならと。

 そう願ってしまう気持ちを、捨て去れていないうちは。


《ボクとフルーオーフィシディエンは、あの森で同時に生じた、ニンゲンで言うなら双子みたいなものなんだ。サクラの中にいるフルーオーフィシディエンとボクの間に隔たりがないから、サクラにもボクが見える。他の精霊も見たいんなら、あとはサクラの気持ち次第だよ》


 なるほどなぁ、と理解はしたけど、結局のところ解決策はわからないまま。

 自分の気持ちなんて、変えようと思って変えられるものじゃない。感情っていうのは自然と動くものなんだから。


「どうして、今まで教えてくれなかったの?」

《だって聞かなかったじゃない》

「知らないことを聞けるわけないでしょ」


 思わず責めるみたいな言い方になってしまった。

 オフィが最初に説明してくれていれば、王太子に遅れを取ることもなかったのに。

 異世界から喚び寄せたのは精霊なんだから、最低限の説明義務くらいはあると思うんだけどな。


《ニンゲンは不思議なことを気にするね。見えるか見えないかってそんなに大事?》


 オフィは不思議そうに首をかしげる。

 本当に、心の底から理解できない、っていう感じだ。


《見えてなくても存在してるんだよ。見えてるものが全部じゃないんだよ。見えないものも、聞こえないものも、さわれないものも。何もわからないものも、大事で、必要なんだよ》


 くるくるくる、私を中心にして飛び回りながら、オフィはやわらかな思念を降り注いでくる。

 精霊の考えはとても単純で、なのにその言葉は人間の私には難しい。

 たしかに、今までオフィ以外が見えていなくても、何も困ることはなかった。見えていないことに気づかなかったくらいに。

 でも、それだと、精霊の客人としては出来損ないらしいんだよ。

 私のせいで、隊長さんまで悪く言われちゃったんだよ。


《見えてたって見えてなくたって、ボクらは変わらずキミのことがだいすきだよ》


 私の目の前で止まったオフィは、ちょん、と鼻にキスをしてきた。

 そのかわいい行動に和みながらも、納得しきれない自分がいる。

 精霊の“愛”って、謎だ。

 前に、私が精霊に似てるから好きだって聞いた覚えがある。

 それなら、精霊に愛されてるはずの王太子は? 隊長さんにあんなひどいことを言って、私にこんな意地悪をする人だ。正直、少しも似ているとは思えないんだけど。


「私……精霊がよくわからない」

《そっかぁ。ボクたちもよくわからないけど、ニンゲンはみんなそう言うよ。ごめんね、ボクたち精霊は、そういうモノだから》


 オフィはそう言って、ちょっぴり寂しげな笑みを見せた。

 いつもニコニコ楽しそうなオフィがそんな顔をするなんて、意外だった。


《これだけ、忘れないで。ボクたちはいつだって、サクラの味方だよ》


 私が、精霊の愛み人の王太子と対立しても?

 そんな意地悪なことを聞きたくなって、やっぱりやめた。

 一人も味方のいない王都で、その言葉は、ちょっと悔しいけど励まされたから。



 ありがとう、って小さくつぶやいた声は、ちゃんと届いたかな。

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