11:王太子と対立しちゃいました

 はぁ~い、私、水上桜。ピッチピチの二十歳ハタチ

 現在、どうやら王太子と二人っきりで王都に来ちゃった模様です。

 つまりは、隊長さんと離ればなれというわけでして。

 ……私、絶体絶命!?


「ははっ、あんなに焦ったあいつを見るのは初めてだ。傑作だったな」


 王太子はこの場にそぐわない笑い声を上げた。

 傑作、って……そんな言い方はひどい。隊長さんは本気で焦っていたのに。本気で、私を守ろうとしてくれていたのに。

 怒りで身体を震わせながら、王太子を睨みつけた。


「だ、だ、騙しましたね……!?」

「正直者に王太子が務まると思うか?」

「……」


 務まらない、かもしれない……。

 この国は絶対王政ではないらしいけれど、それでも国家権力って、重たいものだと思うし。

 うっかり、なるほどなぁと思ってしまった。

 いやいやいや、だからって正当化していいことじゃない。騙されるな私!


「あの魔法陣はフェイクだ。最初からここに飛べるような陣ではなかった。あいつにそれほどの力はないが、万一にでも転移術で拓いた道を辿られたら面倒だからな」

「え、じゃあどうやって転移したんですか?」


 魔法陣がフェイクってことは、転移術は使わなかった、ってことだよね?

 でも、私たちは実際に王都に転移してきている。

 それがあの魔法陣によるものじゃないなら、私たちはなんの力によってここに飛んできたんだろう。


「……お前は本当に何も知らないんだな」


 はぁ、と王太子は心底呆れたとばかりにため息をついた。

 思わずムッとするけれど、たしかに私はまだこの世界や国について知らないことばかりだ。

 少しずつ隊長さんや、砦の人たちに教えてもらっていたとはいえ、何しろ隊長さんの正体だってつい数日前に知ったくらいなんだから。

 無知は、恥ずべきことだ。時に罪になることもある。けど。


「私は、知るために王都に来たんです」


 胸を張って、そう答えた。

 知らない世界は怖いし、心細い。許されるなら、ずっとあの砦というぬるま湯に浸かっていたかった。

 それでも、この先もこの世界で暮らしていくなら、逃げてばかりはいられないと思った。

 だから私は王都に……隊長さんと一緒に、来るつもりだったのに。

 こちらの予定を根本から覆してくださった諸悪の根源は、私の決意なんてどうでもいいと言うように、表情一つ変えなかった。


「今回の転移は、精霊の使う"道"を借りた。精霊に許された者しか通れないものだ。当然グレイスにその道を使ってあとを追うことはできず、あの砦に転移術を使える者もいない。つまり……助けはしばらく来ないということだ」


 結論を告げ、フッと鼻で笑う。私を、隊長さんをバカにするように。

 精霊に許された者。たぶん、精霊の愛み人と精霊の護り人のことだろう。

 王太子と私しか通れない道だから、隊長さんはついてこられなかった。

 胸元でぎゅっと手を握って、たしかにつないだはずの隊長さんの手の感触を思い出す。


「……私を、どうするつもりですか」


 なぜ、私を隊長さんから引き離したのか。王太子の狙いがわからない。

 精霊の客人には後見人がつけられて、学ぶのも働くのも本人の自由って聞いていた。過去にいろんな方向で活躍した人はいるけれど、使命なんかがあるわけじゃないとも。本人の自由を保障する決まりごともあるらしい。

 王太子だって、今は精霊の客人を必要としてないって言ってたのに。まさかそれすら嘘だったってこと?

 もし、決まりを破ってでも私に何かさせるために、邪魔になる隊長さんを置いてきたっていうなら見込み違いだ。私にはなんの力もない。


「どうやらお前は精霊の姿が見えていないようだな」


 王太子は私の問いに答えることなく、唐突に不可解なことを言い出した。


「へ? 見えますよ?」

「ほう、それは妙な話だ。今も精霊がお前を囲んでいるが」

「えっ……!?」


 そんなまさか!!

 思わず周囲を見回すけど、精霊はどこにもいないし、声も聞こえない。


「無いものとして扱っているのかとも思ったが、お前はそれほど器用ではなさそうだ」

「お、王太子様、ちょっと待ってください。ここに、精霊が、いるんですか……?」

「ああ、いるな。四体ほど」


 再度周りを見てみても、やっぱり私の目には何も映らない。

 オフィを見ることができたときみたいに、心の中で精霊の姿が見えるようにと願ったところで、何も変化はなかった。

 からかわれているのかもしれない、とも思ったけど、こんな嘘をつく理由がわからない。

 王太子は隊長さんにひどいことを言った人で、性格も悪そうだし、いまいち信用できない。それでも、初めて会った、私以外に精霊を見ることができる人でもある。

 その彼の言葉を、嘘だと頭から決めつけるのは賢い判断じゃないだろう。


 それに……たしかに、考えてみればおかしなことだった。

 この世界に来てもう半年近くになるのに、オフィ以外の精霊の姿を見たことがない、っていうのは。

 オフィは、たくさんの精霊と力を合わせて私を喚んだと言っていた。なのに、私の様子を見にきたのはオフィだけだった。

 今までは気にしてもいなかったけど、指摘されて初めて疑問がわき上がってきた。


「でも、私、オフィのこと、見えてましたよ……?」


 今の私に言えるのは、それだけだ。

 声に力が入っていないのは自覚してる。一度おかしいと気づいてしまったら、王太子の言葉を突っぱねることもできない。


「見えていたのはそのオフィとやらだけか?」

「あ、はい」

「そいつだけが見える、ということは特別波長が合っているのだろう。お前の身のうちの精霊と縁続きか、お前自身と縁があるか。その両方かもしれない」

「……他の精霊と協力して私を連れてきた、とは言っていました」

「少なくとも片方の条件は満たしているわけだ」


 私とオフィには縁がある。でもそれだけなら、私を召喚するために力を使った他の精霊の姿を見ていないのはなぜだろう。

 そういえば……オフィの本名はオーフィシディエンオール。フルーの本名はフルーオーフィシディエン。偶然の一致とは思えないくらい名前が似ている。

 他の精霊の名前を知らないけど、オフィとフルーに何かしらの縁があっても不思議じゃない。

 それに、そう。オフィは最初、『私の中の子に会いに来た』と言っていたんだった。


「で、でも、オフィは別に何も……」


 何も、言ってなかった。

 他の精霊がいるとか、私にオフィしか見えてないとか、そんなこと。


「精霊の言葉を当てにするな。あいつらは自分の都合でしか動かないし話さない。こちらの都合など推し量ってはくれない。加えて癇癪持ちなのだから、幼子と同じだ」


 王太子の言葉は妙に実感がこもっていた。

 精霊の子どもっぽさは、私自身にも覚えがある。ありすぎる。

 自分勝手な精霊に振り回された過去を思うと、反論のしようがなかった。


「砦にも、ここほどではないが精霊がいた。初めて会ったときも、お前は精霊に囲まれていた。だからお前が客人だとわかったわけだが。そのときも、お前には見えていなかったんだろう?」

「初めて知りました……」


 王太子と初めて会ったのって、中庭で掃除をしていたときだよね。

 たしかに、王太子は一目で私が精霊の客人だって見破った。それが精霊に囲まれていたからっていうんなら、納得がいく。

 じゃあ、やっぱり……私には、オフィ以外の精霊が見えていない……?


「お前はまだ精霊に認められていない。なんとも中途半端な精霊の客人だな」


 王太子は口端を歪めて笑みを作る。

 もはや見慣れてしまった、嘲りの表情。


「そんなお前があいつの恋人とはな。出来損ないには出来損ないがふさわしいということか?」


 容赦なく降り注ぐ雹のように、攻撃的で冷ややかな声音。

 今までの隊長さんの葛藤を、苦労を、努力を。

 全部……意味のない屑ゴミみたいに。

 隊長さんにまで向けられた矛先に、しぼんでいた心が一気に息を吹き返した。


「隊長さんはっ! 出来損ないなんかじゃありません!」

「知ったような口を利く」

「失礼ですが、王太子様よりは隊長さんのことを知っている自信があります」


 キッと王太子を睨むように見上げた。

 つい最近衝撃の事実を知ったばかりで、今まで何も知らなかったんだって気づかされたけど、身分という外枠よりも大切で重要なことを、私はたくさん知っている。

 年月は関係ない。血のつながりだって関係ない。そんなのよりももっと大切な絆を、私と隊長さんはこの半年で積み上げてきたと思ってる。

 一国の王太子になんていう口の利き方を、って頭の片隅に冷静な自分がいるけど、私だけならまだしも、隊長さんへの侮辱を聞き流せるほど大人にはなれそうにない。

 長いものに巻かれるのは場合によりけりだ。郷に入っても、従えないこともある。


「はっ、庇護の下で身勝手を許されていた小娘がいつまで粋がっていられるか、見ものだな」


 王太子は、楽しみだと言わんばかりに鼻で笑う。

 バチバチバチ。私たちの間で火花が散る。



 くっ、圧倒的不利な状況だけど、負けないんだから……!

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