10:王都に来ちゃいました……
朝、目が覚めて。
一番に目にするのが好みド真ん中のイケメンで、しかもそのイケメンが恋人という事実に、私は今まで何度も神様ありがとうって思ってきた。
でも、うん、たぶん。
今日ほどお礼を言いたくなったことってないんじゃないかな。
「……うん、大丈夫です」
「何がだ」
おはようの挨拶もなしの唐突なつぶやきに、隊長さんは怪訝そうな顔をして覗き込んでくる。
「隊長さんがいれば、なんとかなります!」
知らない土地に、どうなるかわからない私の処遇。
色々と不安もあるけど、隊長さんが隣にいてくれるんだったら私はきっと何にも負けない。
何かあったって、それを跳ね返すくらいの気持ちでいればいいんだ。
「……そうか」
私の意味不明な発言だけでも何か察してくれたのか、隊長さんは微かに笑みをこぼして、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
うんうん、全部うまくいくような気がしてきました。
そんなにゆっくりしている時間もなかったから、さっさと準備をして朝ご飯を食べて、荷物を取りに一度部屋に戻った。
王都に持っていくものの準備はそんなに大変じゃなかった。
服と下着を何着か、使うかはわからないけど愛用のお風呂用品、それから精神安定剤にうさぎのムーさんバスタオル。あと、気は重かったけど、小隊長さんにもらった短剣も。
その全部が入ったキャリーケースみたいな箱を手に、改めて同室の二人にしばしのお別れを告げ、隊長さんの執務室へと向かった。
「五日ぶりだな、お客人」
待っていたのは、偉っそーな王太子、フロスティン・キィ・クリストラル。と、隊長さんと小隊長さんだ。
お客様は王太子のほうじゃ、と思ったけど、すぐに精霊の客人のことを指しているんだと気づいた。
「今日はよろしくお願いします、王太子様」
王都までは王太子の魔法で連れて行ってもらうらしい。
気に入らないことは多々あれど、この国の住人として、そして社会人としては、一応はちゃんと挨拶しないといけない。
「よろしくしてやってもいいんだが、そこの従兄殿の不景気面をどうにかしてもらえないか」
王太子は不愉快そうに鼻を鳴らして、ちらりと隊長さんを一瞥した。
私もつられて視線を向けると……まあ、たしかに不景気面だった。眉間に五百円玉が挟まりそうなくらい。
「えっと、隊長さんのこの顔はいつものことです!」
「ほう、恋人の前でもか?」
「いえ、私の前では……え、これ聞きたいんですか? ただのノロケになりますよ」
「……いや、やめておこう」
王太子も同じくらいの不景気顔をして、ため息を一つついた。その顔は少し隊長さんに似ている気がする。
近くにいた小隊長さんが、「さすがサクラちゃんだな……」って私にしか聞こえない声で言ったけど、ちょっと、それどういう意味ですか!
「では、早速王都へ行くとしようか」
王太子は少ない荷物を持って、部屋の中央を陣取る。
そういえば、彼がこの砦に来たときは何も持っていなかったけど、小隊長さんいわくあのあと荷物を魔法で呼び寄せたんだとか。重い荷物を運ばなくてもいいなんて、魔法ってつくづく便利だ。買い出しのときとかに使いたいね!
「一つ聞きたい。どこに転移する予定だ」
「別に私の部屋でも構わないが……冗談だ、そんな嫌そうな顔をするな。本気でそうしたくなる」
「サクラの立場を考えろ」
え、私の立場?
急に名前が出てきてビックリしてしまった。
転移先一つで何が変わるのか、私にはいまいちピンと来ない。
「別に、王太子の部屋から出てなんの不都合がある? 精霊の客人を王族が迎え入れることなどおかしくもなんともないだろう」
「精霊の客人の待遇には本人の意向が尊重される。望まぬ者を留め置くことはできないと決まっているはずだ」
「……少しは勉強したようだな」
「人目につかないところにしてくれ。タイラルドの家に飛べるなら、それが一番だが」
「籠にでも閉じ込めるつもりか?」
隊長さんと王太子の会話は小難しい。もうちょっとおバカな私にもわかるように話してくれないだろうか。
小隊長さんも会話に参加するつもりはないようだし、もちろん私に解説してくれるような親切心もないようだった。
それでも、タイラルドの家というのがどこなのかは、さすがにわかった。
「隊長さんのお家に行くんですか?」
隊長さんの袖を引いて聞くと、隊長さんは私を見下ろして、険しい顔を少しゆるめてくれた。
眉間のシワは、五百円玉から五円玉くらいまでランクダウンした。よかったよかった。
「後見人が決まるまでそこに滞在すればいい。何度か王宮に出向くことにはなるだろうが」
「わ~! 隊長さんのご家族にもご挨拶できますね!」
話に聞いていた、のんびりしているお父さんと頭のいい弟さん、お転婆な妹さんに会えるのかー!
「気の早いことで」
はっ、と王太子は嘲るように鼻で笑う。
一瞬なんのことを言っているのかわからなかったけれど、少し考えて、“恋人の家族に挨拶”という行動の一般的な意味に思い当たった。
え、あ、ち、違……っ! そういう意味じゃないんですよ! そんな厚かましいこと思ってないですよ!
「術を展開する」
言うが早いか、王太子の足元が光って、丸い陣が浮き出てきた。
どうやら弁明の時間はもらえないようだ。
「さっさと入れ」
ピシャリとした声に急かされて、私と隊長さんは王太子のすぐ傍まで歩み寄る。
ふわふわと浮いている青白い光の円陣は、熱くも冷たくもなく、さわった感覚もなかった。
考えてみると、こんなに大掛かりな魔法を目にするのは初めてのことだ。
転移魔法は上級魔法だそうだから、そんなにぽんぽん使える人がいるわけじゃないんだろう。
今まで目にした中で一番魔法らしい魔法に、不覚にもちょっとわくわくしてしまう。
「……? おい、フロスティン」
少しして、隊長さんが不審げな声を上げた。
隣にいる隊長さんを見上げると、彼はまっすぐ王太子を見つめ……いや、睨んでいて?
いったいなんだろう、と首をかしげつつ二人の様子を眺めていると。
ニヤリ、と王太子が唇を歪めた。
「悪いな、グレイス。この転移は二人分だ」
「なっ!」
え、そ、それってどういうこと……!?
隊長さんは王太子に掴みかかろうとして、触れる寸前に何かに弾き飛ばされた。
たたらを踏みながらも体勢を整えた隊長さんは、今度は私に視線を移した。
サクラ、と。
その口が動いたのを、たしかに見た。
「ちょ、わぁっ!」
「うるさい」
王太子に手首を引っ張られて、危うく転びそうになった。
勢いよく王太子の肩に頭突きをかましてしまったけど、私は悪くない。何も悪くないはずだ。
誰だっていきなり引っ張られたら驚いた声くらい出すだろうに、王太子は本当に心が狭い。というか性格が悪い。
「隊長さん!」
私は掴まれていないほうの手を隊長さんに伸ばす。
この状況で二人分の転移だなんて、それは隊長さんでも小隊長さんでもなく、私が連れて行かれるってことだろう。
知らない土地に、隊長さんと離れて一人で行くなんて、そんなの絶対に嫌だ。
「サク――」
伸ばした手と、伸ばされた手が。
しっかりと、結ばれて。
なのに……
次の瞬間、私は王太子と二人きり、見知らぬ部屋に立っていた。
「こ、ここは……」
「私の部屋だ」
「えっ」
王太子の、部屋?
それ、隊長さんがすごい嫌そうな顔をしていた場所じゃなかったっけ?
というか、王太子の部屋というのは、もちろん王都の、王宮の中にあるはずで。
つまり、ここはもちろん……。
「ようこそ、王都セレストへ」
ニッコリと、それはそれは楽しそうに笑う王太子は。
まるで悪魔のようでした……。
た、助けて隊長さん……っ!!
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